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血盟クロスリリィ  作者: 猫郷 莱日
二章 ≪賽は投げられた≫
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共存する弊害 3


 一面のあかあかあかあか、アカ、あか。


 人も地面も、池も建物も、空でさえ、アカ色に染まっていた。影を落とす木々が得体の知れぬ何かに思えて、身震いする。



『泣いちゃ、ダメ…よ。――、―。由璃、―…泣き顔、なん、―…――――――――、最低…ね―。――――、だい―な――たか―もの。―――と、あ、たし、の……。…だ―—―—き…―あいし―いる…わ……だか、ら――――――…!』


 掠れた声。ひどく聞き取りづらく、ほとんど何を言っているのか分からない。

 けれど心が引き裂かれそうなほど切ない激情と、もどかしさが、叫びが、次から次に湧いてくる。


『―――』


 横たわっている女性が最後に言った言葉が聞こえない。とても重要なはずで、この人から貰えたのはこれが一番最後の、大切な言葉なのに。

 分かるのは、泣くなという単語と何に対してか最低だと蔑んだこと。女性がとても大好きな、かけがえのない人だという事。

 女性の口元が動いたのがやけにゆっくりと感じられ、影になった顔はどんな表情をしているのか窺い知れない。


 溢れ出る涙が止まらない。泣くなと言われたのに、止められない。

 こんな自分を、目の前の女性は嫌いになったのだろうか。だから、何度呼んでも目を開けてくれないのだろうか。


 嫌な臭い、嗅いだことのない匂いを感じながら、汚れるもの構わず膝をついて女性に縋りついた。拭った涙と鼻水で汚れた手は、土と生温いアカい液体がべたつく、散々な状態へ。


『ごめ、なさっ、ごめんなさい!うっぐずっ、うううう゛う゛あ゛あああっ、ねえおきてっごめ、っなさっい、するからぁっ!』


 ボロボロの服から一杯に広がるアカい何かを知らないから、なぜ目を覚まさないのか理解出来なかった。




 視界は急に切り替わる。




 同じ真っ赤な世界で、今度は自分唯ひとり。佇む場所は、先ほどと全く同じ場所。

 何かが怖くて悲しくて、どうしようもないくらい寂しかった。


 滲む涙を堪えようと蹲っていると、初めて聞く音が耳に飛び込んできた。


 リィーン、リィーン。


 風鈴にも似た、澄んだ美しい音。心を穏やかにするそれに惹かれ、顔を上げてみる。

 カランカランと鳴る下駄の音。これは聞いたことがあり、誰かが近づいてきたのだと悟った。


『あらあら、どうして君がここにいるのかな』


 鳥居をくぐって現れた彼女は、アカい空の色を薄めた様な淡い髪に、流麗な黒いかんざしをさしていた。

 幼子でも見惚れてしまうこの世のものとは思えない美しい少女が、小首をかしげる。


 未だ小学校を卒業していないだろう外見の少女は、容姿に似つかわしくない大人びた喋り方をする。異常性に気付かぬまま、目の前の少女の話に耳を傾けた。


『いいの?――――――――――――――――――――』



 彼女が何を言ったのか、それを驚愕し混乱した頭で駆けだした自分は覚えていない。がむしゃらにその場から逃げ出して、ある場所へ周囲の制止を振り切って向かったから。


 その先で待ち受けていた光景に、それまで考えていた何もかもが吹き飛んでしまった――。





 ◇◆◇◆





「――っ!はぁはぁっ」


 バクバクと心臓の鼓動が煩い。全身にびっしょり掻いた冷や汗が気持ち悪く、最悪の寝起きだ。


「今のは……痛っ!」


 最近何かを思い出そうとするたび、頭痛を覚えることが増えた。

 今しがた見た夢に、重大な何かがあったことは明白である。リーリウムは寝台で起き上り、おぼろげながら思い出せる限りで反芻する。


(あれは…誰…あの女の人は、確かに知っている筈)


 倒れていた女性に見覚えがあった。昔、本当に幼い頃の記憶。


(お母さん?)


 そう、確信はないが、いくつかの少ない思い出にある顔だった。


(でも…事故で死んだんじゃ…)


 父の話では旅行中に運悪く交通事故に遭ったと聞いている。まさか、偽りだったのだろうか。


(それとも、ただの夢?本当に?)


 自分で自分が信じられない。夢にしてはリアルに感じられたし、かと言って現実で起こったとも考えられないおかしな状況だ。


(最近増えた頭痛と関係ある、のかな)


 収まらない痛みに耐えつつ、思考を巡らせる。


 ヴァンパイアになってからはふとした瞬間に襲ってくるようになった。それも、小学生以前の過去を思い出そうとする場合に限って。

 ついこの間まではその状況にすら違和感を抱かなかった。どんなに異常なことか分かるだろう。


(ヴァンパイアが存在するんだしね。何が起こっても不思議じゃない、か)


 例え荒唐無稽なことでも起こりうるかもしれない。

 何より、夢には明確なおかしい人物が出てきたのだから。


(服装はもう思い出せないけど、あの薄い赤っぽい髪の色は、普通じゃない。コスプレの可能性も無きにしも非ず、それでも)


 ヴァンパイアの本能が教えてくれた。アレは、人間ではないと。


(ヴァンパイアが関わってる、か)


 心が渇く。無理やりに感情を追い出して、疼く妖力を抑え込んだ。


「私はっ、リーリウムだから」


 母たるウィスタリアに迷惑をかけるかもしれない。その可能性を、自然と自身の厄介さに気付いた時には導き出す。


(由璃としての過去が、母上マトレムに迷惑をかけたら)


 割り切れるだろうか。こんな、未だに人間贔屓な不完全のヴァンパイアに。未熟すぎるアルゲントゥムに。


「無理、だろうなぁ」


 関わった人間を庇うどころか、その人間と敵対したヴァンパイアを許せないかもしれない。

 せっかくウィスタリアに助けられ、同胞として迎えいれてくれたヴァンパイアを、傷つけるかもしれない。


(自分のことが一番信用できないよ)


 過去の記憶と頭痛という、謎めいたものがリーリウムを取り巻き、少しだけ置かれた境遇とその厄介さを自覚する。


 何はともあれ、その内この記憶と頭痛について進展があれば、ウィスタリアに報告するべきだろうと結論付けた。そろそろリーリウムの起床に気付いたリンデが訪れる。浮かない感情を排していつも通り迎えなければ、心配性な専属騎士はあれこれと気を回すだろう。


 豪奢なベッドから降りてタオルを用意する。全身の汗を拭いて軽く着替えることにした。



 そうして表向き変化のない、だが確実に変わった意識をもって、一日が始まった。夜行性のヴァンパイアには辛い朝の日差しを受けながら。


 枷の綻びは小さく、まだ完全に壊れてはいない。





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