共存する弊害 1
学生の本分は勉強である。
よく聞く言葉だが、人間だけでなく、ヴァンパイアにもそれは当てはまる。しかし、人間の生徒と同じ勉強内容ではない。
学園に編入したその日、始業式の後。クラスの係・委員会決めが終わった頃にリーリウム達は自分が所属するクラスに帰ってくる。
“月華”が集まる一学期最初の交流を終え、気合も新たに戻ると、待っていたのは身体測定と言う名の試練であった。
「地獄絵図になりそうね」
何の脈絡もなく言った絢草に、リーリウムは疑問を抱く。
担任の宮子が先導する二年A組の男女別の列に並び、女子更衣室に案内された直後の台詞だ。
ジーヴル学園は生徒の体調含む健康面を殊更意識し、一般的な学校の身体測定にはない検診が存在する。身長体重、座高、視力や聴力に加え、内科検診、血液検査、胸部X線、心電図検査までやるのだ。
そのため制服ではなく学園指定の運動着に着替えなければならない。まだ少々肌寒いので、長袖の着用が認められている。ただし、一般項目では、だ。
「なんで無駄に犠牲者を出そうとするのかしら。未だに改善しないのが不思議なのよね」
「自分で言うのもなんですけれど、ワタクシ達に慣れてもらうためのショック療法の意図もあるらしいですわ」
「それで駆り出される保健委員の身にもなってほしいわ」
「なら保健委員にならなきゃいいじゃん。毎年それ言ってるよなアヤは」
「……こういう特別な時以外は仕事がないから楽なのよ」
ぶすっと不機嫌そうに応える絢草にプリムローザは苦笑し、友は理解できないとつまらなそうに言い捨てる。
「リリィ、少し周りが煩くなっても気にしなくていいですわ。暴走しそうな子は周囲が止めてくれますから」
「…暴走?」
何を暴走すると言うのか。ヴァンパイアになったばかりのリーリウムには展開が読めなかった。
話を理解できない状態で着替え始めると、いくらか離れた場所でどさりとクラスメイトが倒れる。咄嗟に友人と思しき女子に支えられ、怪我はしていないようだ。
近くにいた繋が慌てることもなく倒れたクラスメイトと友人を隅の椅子に座らせている。
「早速一人…はあ」
その光景を横目に、絢草が溜息を一つ。
「!?…あれ、大丈夫?」
「心配いりません。いつものことですから」
「貧血ぎみなの?」
「ええ、間違ってはいませんわね」
倒れたクラスメイトが気にかかり手を止めると、プリムローザがリーリウムに着替えを促す。
「ほら、早く着替えませんと。身体測定は手早く済ませるにかぎります。……リリィ、そうやって無防備な格好をしていると熱を上げてしまう者が出ます。大変そそられるのですが、さすがにここで悪戯をすると後が厄介ですので残念ながら隠さなくてはなりません」
下は学園指定のハーフパンツをはいており、上は制服のブラウスの前を開けたところだ。
健康的に引き締まった真っ白な足と、きゅっとくびれた腰に柔らかそうな腹筋からへそのライン。
レースをあしらわれた上品で清純な白い下着が、触れてはならない禁断の果実を思わせ、視線を吸い寄せられるほどよい大きさの胸。
リーリウムに魅せられたクラスメイトの大半が、鼻を押さえたり呻いたりよろめいたりしていた。共通しているのは全員顔が真っ赤であること。
何故か同族の繋も一緒になって顔を赤くしている。ちなみに、クラスに戻ってからは繋は人間の仲の良い友人達の輪に入っており、リーリウム達の傍には寄ってこない。
「おーやべえ、ちょう触りたい。触っていい?」
「お馬鹿っ、大惨事を引き起こそうとしないでくれる!?」
リーリウムの扇情的な姿に強い興味を覚えた友が手を伸ばす。すぐさま絢草によって手を叩き落とされ、リーリウムを隠すように立ちはだかった。
すでに運動着に身を包み、少しでも被害を少なくするため、リーリウムのブラウスを脱がせて上からスッポリと半袖シャツを素早く被せる。
「リリィ、悪いけどもっと急いで。それと自分の魅力が周囲に及ぼす影響を知りなさい」
「分かった」
ここにきてようやくリーリウムも思い出した。ヴァンパイアが人間の目にどういう風に映るかを。
“知識”で知っていたが、実感できたのはこれが初めてだったりする。今までは過保護に守られ、大勢の人間が近くに寄ることがなかった。
ウィスタリアが徹底して周辺に気を遣った結果、ヴァンパイアになってからは一度も人ごみを歩いたことはない。学園に来てから初めてのことばかりだ。
(あ、さっきの子だ。……あれ、血の匂い?)
遠目で倒れたクラスメイトが意識を取り戻したのが分かり安堵するも、妙に血臭が漂っている。
「鼻血出しすぎて貧血起こす生徒が珍しくない学校って、きっとうちだけよね」
「だから増血に役立つ食べ物が売店に多いのですわ」
「うちの学校って変なのか」
「とんでもなく変わってる学校よ。まあ、その分いろんな質が高いけど」
(倒れた原因って鼻血だったんだ)
リーリウムは非常に微妙な心境である。
「ありがと」
「どういたしまして」
絢草の手で着替え終わった。手慣れている様に、ああ、ローズもこうやって世話を焼かれたのかなと理解する。
ヴァンパイアを前に意識を惑わされず、普段通りに振る舞える者は貴重だ。加え、絢草はお人好しの気があり、素っ気ない口調ではあるが丁寧に世話を焼く。
プリムローザが気に入るのも納得だ。これほどの人間はそうそういないだろう。
「行くわよって…友!飴を食べない!これから身体測定よ?」
「黙ってればバレナイって」
「身体測定で測る時に教師が近くにいるのよ。バレるに決まってるでしょうが、今すぐ出しなさい」
「ちぇ、分かったよぉ」
「…なによその手は。なんでアタシに口から出した飴を見せるのよ」
「え、だって今すぐ出せって言ったじゃん。アヤが没収するんだろ」
「人が食べてた飴なんか没収しないわよ!ティッシュにでも包んで捨てればいいでしょう」
「持ってない」
「っああもう」
人によっては口煩く感じるかもしれない。だが絢草の注意はただの口煩い小言ではない。
(黙ってても友は飴を転がして口もぐもぐさせてそうだしね)
友は嘘をつけないタイプだ。しかも隠す気があるのかも怪しい。それならばと絢草が事前に面倒事の種を潰している。
「可愛らしい二人でしょう?」
「うん」
友と絢草の二人を眺め、プリムローザに同意する。
分かりやすい友と、口調は厳しいが心優しい絢草。今日会ったばかりでも、二人が良い人間だという事は分かる。
他のクラスメイトが更衣室から出て行き始めたのを見て、リーリウム達も更衣室を出ることにした。
体育館につくと、まず一般項目の身長などを測った。特に問題もなく終了する。
次にもう一つある体育館である第二体育館へ行き、事件は起こった。
血液検査は僅かな採決の痛みと、若いヴァンパイア生徒が多少血の香りに高揚する程度で済んだ。内科検診も、肌を見られるのは医者だけで、周囲は仕切りで隠されて問題はない。
しかし、ことは残りのX線検査、心電図検査で起こったのである。
どちらも上の下着、つまりはブラジャーを外さなければいけないからだ。
並ぶ前に下着は外しておく。まずこの段階で鼻血を吹き出すクラスメイトが続出した。否、A組以外の他クラス生徒も体育館にはおり、同性であるにも関わらず、皆が興奮せずにはいられなかった。
半袖のシャツは着用したまま中でホックを外し、もぞもぞと肩紐を下げ、ブラを抜き取る。リーリウムのこの工程を目撃した者たちは、脳を沸騰させ、服の中の状態までを妄想し、鼻から出血。
次にブラを外したリーリウムの姿が目に毒すぎて失神する者が数名。
理由は言わずもがな。ノーブラ状態の胸がシャツを押し上げ、可憐な先の部分が浮き上がってしまったのだ。
それに照れたリーリウムの頬が薄く色づき、色香が増幅。完全にノックアウトされた同級生たちは、釘付けになって鼻血を垂れ流し、正気に返った後幸せそうに鼻にティッシュを詰めていた。
第二体育館の床は血の斑点がそこかしこに見られたと言う。
手配された医者や助手は全て女性で、皆がヴァンパイアに縁ある者だったため、冷静に対処してくれた。




