次代をつくりし者は 2
「楽にしていい。面を上げろ」
宙に映し出されたウィスタリアに、嬉々として王が答える。
「一年と七か月ぶりだな、タリア」
『はい。王におかれましてはご機嫌麗しく』
「ああ、麗しいとも。タリアに会うのに悪いわけがない」
満面の笑みは実に機嫌が良い状態を表している。この三代目の王は自分に素直で正直だと有名。嘘は地位や立場故に必要だと判断した場合を除きつかない。
『過分なお言葉、ありがとう存じます』
「そちらは昼か?光が漏れている」
『はい』
言葉通り、ウィスタリアの片側から光が差し込み、陰影を生んでいた。
「お前が定期報告以外で謁見を望むとは珍しい。さらに娘を持って忙しいと聞くが」
「私の娘と同じ年頃だとか。学園にも通わせているのだろう?」
『ヴォルペス殿もいらっしゃいましたか。ええ。娘はローズさんと友人になりました』
「それは知らなかった…ローズめ、黙っていたな」
許可を得て王の左やや手前に移動した男、ヴォルペス・スファレイトが歯噛みする。
「プリムローザも良かったが…タリアの娘か。さぞ美しいのだろうな。直系に足る銀を持つと聞いている」
想像し、うっとりとした眼差しで虚空を見つめる王。
ウィスタリアは相変わらずの若い王に苦笑を禁じ得ない。
『いずれ御目通り願いますので、その際は宜しくお願い致します』
「もちろんだ」
お気に入りが増えそうな予感を抱いたのはこの場の全員だったと思われる。
「そうだ。ヴォルペス、お前の用を先に済ませろ。その後で我はじっくりタリアとの時間を楽しむからな」
「御意。聞いての通り、お前と先に話させてもらうぞウィスタリア」
『構わないけれど、なにかしら』
真剣なヴォルペスの様子に、ウィスタリアは身構える。
「一つ聞きたい。直系のアルゲントゥムがファミリアを持ったのはお前が初めてだ。その意味、理解しているか?」
『…一族に前例がないだけで、他のヴァンパイアが持つことは珍しくないでしょう』
「そうだな。例え他の貴族だろうと六王玉だろうと持った例はある。だが、アルゲントゥムが持たない訳を、考えたことがあるか。いや、他でもないお前なら考えたことがあるはずだ」
『…っ、承知の上よ』
「民は、騎士は、ほとんどの貴族は、多くの同胞は知らない」
張り詰める空気。ヴォルペスの内包した妖力が膨らむ。
空気を震わせ放たれる声。
誇り高きヴァンパイアの血に連なる者として、六王玉として問う。
「――結果が出たその時に。責を、お前は負えるのか?ウィスタリア・アルゲントゥム」
答えは。
『アタクシはヴァンパイアで六王玉。けれどその前に“月の剣”の一振。誰に向かって覚悟を聞いているのかしら』
一笑に付す。
覚悟など、今更すぎる問だった。
『――身も心も魂も、王と愛しい娘のために使うと決めているわ』
これで満足か。
ヴォルペスが聞きたかったであろう答えを告げて、ウィスタリアはつんと顔を背ける。
「っふ、安心した。娘を持って信念が揺らいだかと心配する必要もなかったか」
『心配…いつまでも子ども扱いしないでほしいわ。いくらアタクシが貴方より二回り年齢が下だからって……』
「俺にとっちゃあずっとお前は可愛い後輩、妹みたいなものなんだよ」
『誰が妹よっ。アタクシは貴方みたいなウザったい兄なんか心底いらないわ。こんな人が父親だなんて、ローズが可哀想…アスお姉様もどうしてこんな人の妻になったのかしら』
「おいおい、いくらなんでも言い過ぎだろう。俺は六王玉になったばかりのお前を可愛がってやったじゃねえか」
『……いい機会だから言うけれど、貴方は構いすぎなのよ!貴方が子供に嫌われやすいのはその顔だけじゃいってことを知っておきなさいっ』
ウィスタリアは我慢できないとばかりに不満をぶちまける。昔から知る眼前の男とは長い付き合いで、非常に気安い関係であった。
ヴォルペスの妻であるディアシー・スファレイト。アスの愛称で呼ばれるヴァンパイアをウィスタリアは姉のように慕っていたこともあり、ヴォルペスへの感情は複雑だ。
数少ないウィスタリアが苦手に思う人物の一人である。
「やはりヴォルペスの同席を許可して良かった。タリアの感情的な姿は普段めったに見られないからな」
二人のやり取りを見守る王は大喜びしていた。
「なぁサラ」
「はい。ウィスタリア様は基本的に隙がない方ですので」
同意を求められ、王の右に侍る専属騎士のサリーサ・アルブータスは相槌を打つ。
ヴァンパイアにしては大人しく地味な容貌の彼女は、人間に混じっても分からないだろう。しかしよく見ると非常に整っている顔立ちは、化粧によって化けると推測される。
華やかさに欠けるサリーサだが、その実力は王の専属の中で随一。貴族の位階を賜っているのに、自ら専属騎士になることを志願した王の懐刀であった。
『!…御前でみっともない醜態を。失礼いたしました王』
「よいよい。タリアはどんな時でも美しいからな。それにヴォルペスがうっとおしい気持ちも分かる」
「っな、王までそんなお言葉を!?」
「お前は少々…いやだいぶ口煩いし会うたび世話を焼こうとしてくるし、時間いっぱいついて回るだろう。かなりウザい」
「そんな…っ」
がっくりと肩を落とすが誰もフォローしないあたりが事実であることをヴォルペスに突きつける。
ヴォルペスが超がつくほど親バカだとヴァンパイア達の間では周知。むしろバカ親ではとすら囁かれている。
「主である我にこれだと娘のプリムローザは大変だ。ちょうど思春期だろうし、相当嫌われてるんじゃないか?」
王の美しい相貌にニヤニヤと意地の悪い顔が浮かぶ。
「そそ、そんな筈ありませんっ。ローズは心優しい良い子ですし、いつも笑顔で私の話を聞いてくれます!」
『学園に通う娘に会う機会は少ないでしょう。年に数回、たまに会う程度の父親に愛想よくしてるだけかと』
「心優しいか…確かに気に入った者には優しいだろうよ。我と近い性質の娘だったからな」
「なんなんですか!二人の方が娘のことを分かってるとでも!?」
「お前は身内に対してだけ盲目的で正しい見方が出来ない」
『ローズが学園に入ったのは勉強の目的だけじゃなく、両親から少し離れてみたいからだと聞いているわ』
止めを刺された。
「そ、そんな…ローズは俺がき、きき、きら…嫌いなのかぁっ…?」
いい大人が、それも大男が涙目になっても無様なだけである。
ウィスタリアはあからさまに目をそらし、見たくないものをシャットアウトした。
「きもっ…いや男がそのくらいで泣くな見苦しい!見直してもらえるように挽回すればいいだろう」
「っぐ、どうすれば」
「知らん。娘どころか子供も弟妹もいない我に聞くな」
「娘……っは!ウィスタリア!お前も娘を持ったんだ。参考までにどう接しているか聞かせてくれ!」
『…近い!もっと離れて!』
「教えてくれウィスタリアぁぁぁ」
『分かったわよっ。そんなに近づかなくても教えるから離れて、その暑苦しいうえにみっともない顔を止めなさいっ』
「分かった…」
渋々映像から遠ざかるヴォルペス。
その様子を見ながらウィスタリアは何を話すかと思案する。
(正直あまり参考にならないと思うのよね…リリィは元から良い子だったし)
手の掛からないリーリウムとの生活を反芻し、もっと甘えてほしかったと残念に思う。
自分なりに良き母親であろうと努力はしてきたが、何分手さぐりで一から子を育てた経験がない。また子狸と噂されるプリムローザとは勝手が違うだろう。
『まず貴方は同じ家にいる時に四六時中構い倒すのを止めなさい』
「子供を可愛がるのは普通だ」
『限度があるの。構われ続けるのはストレスにもなるのよ』
「どのくらいならいい?」
『そうね……三度の食事を共にするのはいいとして、出掛けたり特別な用事でもない限りは一日三時間か四時間くらいね』
「そんなの少なすぎるっ」
この世の終わりだと絶望した表情になるヴォルペスはとんでもなく面倒だ。
『少なくないわ。子供にも一人で過ごすプライベートな時間は必要なの』
干渉せず同じ空間にいるだけならば何時間でもいいのだが。
同じ室内にいて手を出すなというのは、ヴォルペスには無理だろうとウィスタリアは続ける。
『アタクシも時間が許す限りリリィを構いたいけれど、うっとうしいと思われたくないから見守るだけの時が殆どよ』
(本当ならずーっと手を繋ぐか抱きしめておきたいのに)
ここにも親バカ、否、バカ親が一人。
「ほほう。リーリウムだったか?タリアの娘の名は」
間が悪いことに、興味を示した王がウィスタリアのバカ親スイッチを押してしまった。
『はいっ。とっても綺麗な子だったので百合の名を授けたのです!我が一族の直系が持つ銀を宿した髪はサラサラで、肌なんて雪や陶器のように真っ白で。瞳はこの世のどんな宝石も霞む煌きをたたえたグリーン・アイでそれはもう魅了されるのですわっ。上品で蠱惑的に色づいた唇は食べちゃいたいくらい可愛らしくてもう』
「え、タリアちょっと待っ」
『もちろん内面も素晴らしいのですよ。騎士にも使用人にも優しいですし、いつも感謝の言葉を忘れず一人一人と対話しています。誰に対しても思いやりの精神を持つのは美点ですが、自分より他者を優先しようとするのが些か心配の種でもあるんです。素直な子なので思ったことを正直に伝えてくれるのが救いで、でも歯に衣着せぬ物言いで紡がれる言葉は否応にも心を蕩かせるものとなっており』
怒涛の勢いで始まったまさかの娘自慢に、その場の全員が呆然と聞くしかなかった。
考えを読ませない表情固定の近衛騎士達ですら目を点にしていた。




