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血盟クロスリリィ  作者: 猫郷 莱日
二章 ≪賽は投げられた≫
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銀に輝く月と華 5


 気配を消していたのか、唐突に現れた二人の少女に目を丸くしている友。


 リーリウム達を中心に講堂の喧騒がピタリと止んだ。

 中には教室へ戻る途中の足を止め、興味津々に様子を見る生徒までいる始末である。


「あー来ちゃったよー…いきなり双璧の大ボスがぁっ」


 ぬけていても流石はヴァンパイアと言うべきか。上位存在の接近に気づき夢の世界から帰って来た繋が小声で悲鳴を上げる。


「先輩方。ワタクシは伺いを立てられるような存在ではありません。許可など得ずとも、姫を隠すようなことなどいたしませんわ」


「それでも、姫君を頼まれたのはローズさんでしょう?」


「はい。身に余る大役ですけれど」


 樹と名乗った上級生らしいヴァンパイアの優しげな瞳に、謙遜しながら答えるプリムローザ。

 上級生を前に座ったままでは非礼であったので、立ち上がって応対する。


 “月華”の上級生とプリムローザに挟まれた絢草は居心地が悪く、不機嫌そうな表情を浮かべている。友は空気を読んでかマイペースなだけか、興味なさげで大人しい。


「重責に思うならおっしゃって下さらない?いつでも代わりますわよ。…ウィスタリア様に評価されているからといって、調子に乗らないことですわ」


 キッと眼光鋭く告げる樹の対のごとき少女はカメーリエ・グラウィス。第一印象を裏切らない気の強さだ。


「調子に乗ったこともその予定もございません。正当な評価の結果でいただいた役目ですもの。ウィスタリア様が指名してくださったのは、学園の誰よりもワタクシがリリィ・・・に適任だと判断したからでしょうし」


「……言ってくれますわね」


 カメーリエの威圧に臆することなく、堂々と笑みさえ浮かべて話すプリムローザは肝が据わっている。


 暗に言ったのだ。ウィスタリアの判断に間違いがなく、実際にプリムローザとリーリウムは短期間に愛称で呼び合う親しい仲になったと。

 対するカメーリエは憤り、威圧感を増す。


 リーリウムは話に自分が絡んでいると悟り、どう対応するべきか苦慮していた。加えて上級生と友人の会話の雲行きが怪しく、妙な緊張を覚える。


(この人、ちょっとキツイ物言いだけど、母上マトレムを凄く慕ってるのが分かる…それで、たぶんローズは分かっててわざと言ってるような…?からかってるというか、ローズなりのこの先輩との付き合い方っぽい)


 少ない付き合いながら知っているプリムローザの性格から、そう分析した。

 問題は、カメーリエが気付いていないらしいという事実。根がいいのか真っ直ぐな性分なのか、反射的に言い返している。


「…あ、あの!」


「なにか意見がおあり?結相さん」


「ひぃっ、い、いえあのその、アルゲントゥム様が困惑していま、まするっ」


「!……失礼いたしました。気付かせてくれたこと、礼を言っておきますわ」


 カメーリエの眼光に怯まず物申すとは、繋も中々に豪胆である。恐怖から言葉遣いがおかしくなっていたとしても。


 リーリウムは、繋に人望ある理由が垣間見えた気がした。


「ひとまず、月の間に行きませんか?これから“月華の会”の集まりがあるので」


 頃合を見計らって提案した樹に、それぞれ首肯し、話の場を変える流れとなる。




 始業式終了後は生徒達の委員会や係決めが各クラスで行われる。ただし“月華の会”所属生徒は例外で、どこの委員にもクラスの係にもなれない決まりだ。唯一、生徒会だけは認められており、年に一度ある生徒会選挙の出場を許されている。

 良くも悪くも様々な影響力を持つ“月華”の生徒が元で起こるトラブルを防ぐためであった。また、特別待遇を得られる代わりに“月華”の生徒は行事の際に役割を振られるので、何もしないわけではない。


 という説明を、リーリウムは歩きながらローズから聞いた。


 委員会や係決めの時間は“月華”の生徒が暇になるため、毎年“月華”だけで集まり近況報告や話し合いをするのだそうだ。


「今回はリリィの紹介がメインになりますわ」


 嬉々として語るプリムローザに、微妙な目を向けるリーリウム。説明自体は助かるのだが、手を繋がれた現状がやや気まずい。

 初対面のヴァンパイア上級生がいるという理由と、もう一つ。


「…………」


「そろそろ諦めるか慣れなよリンデ。そんなずっと憤慨してたら疲れない?」


 後方からついてくるリンデと浅黄の存在である。


 “月華の会”に属する生徒が集まるのなら、自然、ヴァンパイアであるリンデ達も来るということだ。無論、樹達の専属騎士だと思われる上級生も。


「お嬢サマー、同じ貴族ノビリス相手にあんな睨むもんじゃないですよー。こっちにとばっちり来たらどうするんですかぁ」


「ばっかお前、お嬢はあれだ、スファレイト嬢と戦闘あそびたいんだよ。絶対そうだって」


「…脳筋」


 やたらと緩くやる気のなさそうな女生徒と、制服を着崩した筋肉質な男子生徒はカメーリエの背後で会話する。無表情の高身長な女子生徒は、樹の斜め後方で小さく一言だけ呟いた。


「はあーなんでこんな凄い人達の中にいるんだろわたし…」


 誰の専属でもない騎士エクエスの繋は、リーリウムの隣を歩いている。プリムローザとリーリウムの意向なのだが、リンデに睨まれ続けるという迷惑をこうむっていた。


「…リンデがごめん」


「いえいえ!アルゲントゥム様が謝罪なさることじゃありませんから!」


 慌てて否定する繋はそれはもう必死である。何か会話する度にリンデの目付きが険しくなっていくのだから。



「着きました。さあ、どうぞお入りくださいませ、姫君」


 繋に申し訳ないと思いつつ進んでいると、前を歩いていた樹達が大きな扉の前で止まり振り返った。


 両開きのその扉は繊細な装飾が施されており、他の教室の扉とは一線を画す。扉の上にはフランス語で『Salon de lune』というオシャレな店のようなプレートが掲げられていた。


「月の間…」


「はい。ここが“月華の会”に所属する生徒が集う部屋です。談話室、と呼んで差支えない場所ですね」


 リーリウムの言葉に反応し、樹が丁寧に話す。


 一呼吸置き、示し合わせたかのような動きで樹とカメーリエが扉を押し開けた。


(ここって学校の筈なんだけど)


 思わず疑ってしまうような内装だった。


 一般的なものとは桁が一つ二つ違うであろう絨毯やテーブル、ソファが設置され、茶器が並ぶ棚もある。それどころかカードゲームやボードゲームの数々が並ぶ棚まであり、小さいながらキッチンルームが横の扉から繋がっていた。


 構内でここだけが別世界に思える。広さも相まって、高級ホテルのロビーと言われても違和感がない。


「どうぞお掛け下さい。皆さんもお好きな場所へ」


 すでに二年生と三年生のメンバーが揃っており、ヴァンパイアばかりが待っていた。一年生は後日に顔合わせをするようで、今回は不参加。


 全員が腰掛けたところで、一人前に立ったままの樹が注目を集める。


「新二年生、三年生の皆さん、こうして全員が顔を合わせるのは三学期の交流会以来ですね。誰一人欠けることなく無事にお会いでき、大変嬉しく思います。前三年生が卒業し寂しく思いますまが、新たに一年生を迎えて、今度は私達が盛り上げていきましょう」


 一人一人の顔を見ながら話す樹は、紛れもなく代表者、先導者たる風格を漂わせている。


「また、今年は喜ばしい出来事があります」


 リーリウムを一瞥し、その存在を強調。


「かのアルゲントゥム、我らが英雄たる銀の一族に、直系の姫君が誕生されたのです。そして、アルゲントゥム家は、大事な姫君と学び舎を共にする栄誉を私達にくださいました」


 ヴァンパイア達の妖力が、随所から揺らめき漏れ出す。歓喜であったり、興奮であったり、抑えきれない感情の波が思春期の彼らを襲ったのだ。


「姫君には未だ分からないことや戸惑うことが多いかと思います。未熟な私達でもできることはあります。姫君が困っていたら少しでも助けとなれるよう協力していきましょう。しろがねの姫君、私達に御名前を拝聴する機会をくださいませんか?」


「はい。リーリウム・アルゲントゥムです。拝聴だなんて大袈裟に扱わなくて構いませんから、どうか他のヴァンパイアと同様に接してください」


 いきなり話を振られて驚いたが、リーリウムは言いたい事をスラスラ口にできた。


「私は一人のヴァンパイアとして共に過ごし、皆さんの色んなことを知っていきたいと思っています」


 ヴァンパイアを何も知らない自分。知識面でしか知らない自分に、現実の声を、姿を、考えを教えてほしい。

 何を思い、何を欲し、どのような日々を重ね、生きているのか。人間との共存に、どんな思い出があるのかを。


 救ってくれたウィスタリアが好きだから、知るために貪欲になろうとリーリウムは決めている。ヴァンパイアの人生をどう生きるか、その指針を求めて。


「だから、沢山皆さんのことを教えてください。私は知らないことが多すぎて呆れさせてしまうかもしれないけれど、理解したり、受け止めたりする努力は怠らないつもりです」


 彼等は知っているだろう。リーリウムが元人間のファミリアであることを。

 ヴァンパイアの社会は広いが、浅いようで深い。横の繋がりも縦の繋がりも強固で、ひた隠しにしない限り、情報は直ぐに伝達される。


 アルゲントゥムでありながら、外見年齢に似合わない無知さを持つのは皆が知るところなのだ。


「これからよろしくお願いします」


 プリムローザ達に言ったものと同じ一言なのに、重みが全く違う。

 リーリウムはヴァンパイアを知るための一歩を踏み出した。





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