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血盟クロスリリィ  作者: 猫郷 莱日
二章 ≪賽は投げられた≫
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銀に輝く月と華 3


 机と椅子はクラス人数分より二つ余分にある。リーリウム達が二人ずつ座っても特に問題はない。


(ローズと友達で良かったぁ。自由席って言われても友達いないと絶対困るよね)


 プリムローザが友人である二人と一緒の席に座ってしまえば、リーリウムは一人寂しく座るハメになったであろう。それを考えれば、クラスの中心人物たるプリムローザと共にいることで注目されようが耐えられなくもない。


 注目されるのが自信の存在感も関係しているとは、想像すらしていないリーリウムだった。


「ローズって有名人なの?」


 教室に辿り着くまでに拾った声から情報を得たリーリウムの疑問。


「ええ、まあ。それなりに」


「それなりどころか、この学園でローズを知らないのは外部受験で入ったばかりの人くらいよ」


「みーんなローズを知ってるんだ。どこにいてもローズ見たらヒソヒソ喋る」


「……そんなに?」


「ワタクシだけではありませんよ?他にも噂になりやすい生徒は何人もいらっしゃいます」


 絢草と友の説明に学園生活が前途多難な気がしないでもない。リーリウムは諦めることにする。


「リリィもその有名人の仲間入りでしょ」


「え」


 絢草は諦観を浮かべるリーリウムをジト目で冷やかに断じた。


「編入初日にこれだけ噂になってるし。なにより、胸につけてるそのバッジが決定打。―—“月華”の会員証だもの」


 思わず左胸に目を移す。

 今朝がた忘れないよう確認した、銀色の繊細な意匠のバッジがそこにあった。


「これつけてれば、いろいろと便利って…」


 母上マトレムが言ってた。

 最後の言葉を飲み込み、リーリウムはよくよく説明を思い出そうと記憶を遡る。


 曰く。


 特別待遇生徒の証。表向き特別優秀な生徒に与えられる、実際はヴァンパイアのための制度。ヴァンパイアが過ごしやすいよう学園からサポートを受けられる。

 学園に通うヴァンパイアの生徒が必ず入会している、人間と共存するための措置。

 “月華の会”という名称で、会員は月と百合をモチーフにした銀のバッジを左胸につける義務がある。


(もしかして、“月華”ってかなり目立つのかな)


 聞いた当初、リーリウムはスポーツ推薦や奨学金制度のようなものだと考えた。学園から補助されながら、ヴァンパイアとしての能力を上手く使えるようにするための制度だと。


 絢草と友の反応、否、学園生の反応を見るに、大分大きな意味合いを持つらしいと気付いたが。


「“月華”の会員だと、有名になるの…?」


「そりゃそうよ。容姿端麗、頭脳明晰、超人的運動能力。これが“月華”の最低条件なのよ。周りが放っておかないわ」


「人間超えてるってみんな褒めてくれる友と同じぐらい動けるの当たり前とか、“月華”ってヤバ過ぎだよな」


「言っておくけど、友が言ってるのはダンスのことね。この子、ダンス大会で日本一になったこともあるから。世界大会でも上位に入ってるダンサーの実力者よ。その友と同じかそれ以上の身体能力があるのが“月華”だって言いたいの」


 人間に合わせ抑えたうえでこれか。ヴァンパイアの能力の高さはどうあっても隠し切れないらしい。

 リーリウムは平凡な日常が遙か遠き彼方にあると知り、愕然とした。


 ヴァンパイアの非常識さに呆れればよいのか、世界クラスの能力を持った人間が平然と目の前にいることを驚けばよいのか。

 ヴァンパイアになった日からリーリウムの人間としての常識は、木端微塵に破壊されていく。


「注目は仕方ないこと。人間に特別視されるワタクシ達の中で、さらに特別な銀の一族リリィですもの」


「その発言だと、かなり嫌な予感がする…」


 プリムローザに詳細を尋ねようとしたところで、チャイムが鳴った。

 教室内の生徒はぞれぞれ着席し始める。



 リーリウム達も時期に担任教師が来るだろうと話をうちきり、正面を向いた。


「…そういえば、けいさんがまだ来てませんわ」


 隣でぽつりとプリムローザが呟く。数秒後、教室前方のドアが開かれた。


「セーフっ。ヤバかった~二年の初っ端から遅刻とかありえないし!おはよう、まだ先生来てないよね!?」


 赤みの強い茶髪ショートカットの少女が慌ただしく入ってくる。

 鮮やかなオレンジ色のカチューシャがチャームポイントで、小動物じみた丸いくりっとした瞳が可愛らしい。


(あ。あの子もヴァンパイアだ)


 制御が甘いのか、人間よりも明らかに多い揺らめく妖力が身体から滲み出ている。

 妖力量や質からすると、おそらくは騎士エクエス


「おはよう。来てないけど…繋ちゃん。あんた勇者だね」


「おはー。話題の張本人がいるのに、こんな派手な登場。やっぱり繋は繋だわ」


「おはよ。私なら恥か死ねる状況」


 繋と呼ばれた少女の登場に生徒達の空気が弛緩する。

 口ぐちに掛けられる声で分かるが、人気者のようだ。プリムローザとは方向性が異なる人気なのだろう。親しみがあふれている。


「話題って…あ!」


「春休みに学園で目撃された妖精。薔薇様と戯れる可憐な様は桃源郷のよう……編入生で“月華”メンバーだったんだって。編入先は、我がクラスです」


「この、クラス…?」


 ギギギ。

 固い動きで後方を振り向く繋。


(うん。目が合ったね)


 始めはプリムローザに向けたものだったが、すぐリーリウムに視線が移行した。

 軽く会釈をしてみる。


「へ?……ぅぇえ!?ぁ、う…え」


 リーリウムの会釈に動揺し、全身が硬直。口をパクパクさせ言葉にならない。


「あぁあ、あ、アルゲントゥムしゃまでいらっしゃいまじっい゛!?~~~っ!!」


 盛大にどもり、噛んだ。物理的にも舌を噛んだ。

 そこら中から笑い声が漏れる。


(……なんか、凄く人間っぽいなぁ。今まで会ったことないタイプ)


 ここまで感情が分かりやすすぎるとほっこり和む。そしていろいろ心配にもなった。


 隣から笑いを堪えている気配。

 密着しているのでプリムローザの肩の震えがじかに伝わる。


「…結相ゆあいさん。貴女のそういうユニークな態度は長所でもありますが、これからホームルームです。早く席に着きなさい」


 背後からこのクラス担当の女性教員がやってきて、固まっている繋の肩を叩いた。


「っは、はいぃぃ!」


 自身の状況に赤面しつつ、最後のクラスメイトである結相 繋はバタバタと空いている席へ着席する。

 その際、ちらちらとリーリウムを気にする視線を投げかけた。


 後で話をする機会を作ることにして、リーリウムは教師の方に意識を向ける。


「今年この二年A組の担任になった仕間しま 宮子みやこです。編入生の存在が気になる人も多いでしょうが、後でいくらでも交流できるのですから今は連絡事項をよく聞いてくださいね」


 一見普通の優しげな若い女教師に見えるが、わずかにヴァンパイアの気配を漂わせている。

 妖力も一般的な人間より多い。 


(たぶん、誰かの従僕ファミュルスだと思う。母上マトレムの配慮かな…?)


 本当にどこまでも優しい環境を与えるものだ。

 ウィスタリアの影をいたるところに感じ、苦笑。現在進行形で上限が見えない愛を持つ母は、今頃どんな思いでいるのか。


 甘さと優しさは似て非なるもの。子のためを考えて環境を整える母に敬愛の念が堪えない。


 最初は甘やかされていると思っていた。しかし違う。

 ウィスタリアは甘やかしたいと思いつつ、リーリウムが困り悲哀に暮れるようなことを望まない。だからあらゆる選択肢と可能性を用意する。


 甘やかすだけの親なら、専属騎士であるリンデと違うクラスにはしなかったであろう。


(学校に通わせてくれる時点で、分かってた。母上マトレムが私をどれだけ大事にしてくれていて、幸せにしようとしてくれているか)


 母の愛は偉大。

 よく聞く言葉だ。心底同感できるリーリウムは、ウィスタリアへの愛を順調に深めていた。


 母という存在の大きさを、ここ数カ月で頻繁に感じる。

 同時に、己の生みの親のことも意識する。


 数々の思い出と大きな愛をくれた父、片手で数える程度しか思い出の記憶がない亡くなった母。


 ツキンと、どこかが痛い。

 父に会えないからか、両親を思うと苦しいような悲しいような、何かに締め付けられる感覚。指先が冷え、上手く思考できなくなる。


 時間が経つと薄れ、普段通りに戻った。






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