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血盟クロスリリィ  作者: 猫郷 莱日
二章 ≪賽は投げられた≫
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学園の案内人 4



 面白くない。

 高等部一年目が終わりそうな近頃、プリムローザは退屈していた。


「なにふて腐れた顔してんの」


 専属騎士の浅黄に頬をつつかれる。


「だって、暇なんですもの」


「だからって物憂げな顔をつくらないでくれる?ローズ様が無駄に色気ふりまくから、友達になんとかしてくれって懇願されたんだけど」


 扉から顔を覗かせる友人二人の視線を感じ、プリムローザは仕方ないと垂れ流していた憂鬱オーラを消す。


 教室後方、窓際の席。周囲はそこだけぽっかりと空いた空間。

 プリムローザの色気に当てられるのを恐れ、自主的に誰も近づかない。


「聞いてください浅黄。皆さま酷くないですか?お父様は仕事でレクスにお会いできるのにワタクシをちっとも連れて行ってくださらないし。お母様はハンター協会となにやら揉めていますし…知り合いのおば様方もザワザワして楽しげなのに何故か理由を教えてくださりませんっ」


「あーみんなピリピリしてたりソワソワしたりしてるよね。尚且つ構ってくれないから不満だと」


「その通りですわっ。どこかで面白いことが起こったに決まっています。ワタクシだって関わりたいのです!」


「気持ちは分からないでもないけど、学校で八つ当たりするのは止めようねー」


 浅黄はちらりと周りに目を向けた。


 物憂げな表情だったプリムローザによこしまな思いを抱いている輩は少なくない。世界で活躍するレベルのトップモデルも白旗をあげる美少女が、アンニュイな空気で足を組んでいるのだ。特殊性癖でもない限り人間の男なら欲情してもおかしくないだろう。


「手を出そうとする者がいたらオモチャに出来るでしょう?」


「…この確信犯め」


 言い寄って来る人間で遊ぶ気満々だったらしい。


「はぁー。ホントはギリギリになってから言う予定だったけど仕方ないか」


「何か面白いことがあるんですの!?」


「ローズ様が大好きな騒動の種になるんだろうねー」


「早く言いなさいっ」


「はいはい」


 仕方ないと言いつつ笑っているあたり、浅黄も騒動を愛する同じ穴のムジナである。

 ヴァンパイア界に名を轟かす小悪魔たち。彼女らは同年代に加え、一部の大人達にも畏れられていた。


 曰く。

 清純の皮を被った黄金の仔狸こだぬき。狐ほど陰険で悪質ではないものの、無邪気な分、狐よりも性質が悪い。


「この前、当主様達の話を聞いたんだ~」


 なお、能力を悪用した盗み聞きである。


「アルゲントゥムの一の姫が、ファミリアをもったみたい」


「…ウィスタリア様が?まあ、なんて―――美味しそうなネタかしら」


 こうして仔狸の懐刀は主に面白い情報おいしいごはんを献上したのだった。





 春休みに入って六日目。

 念願のヴァンパイアの新星と対面した。それもあの危うい騎士エクエスを忠犬に躾け、従えている。


 家に帰り、すぐさま私室に二人で引っ込んだ。

 お茶を入れ一息つく。どちらともなく交わる視線。


 プリムローザと浅黄は確信していた。


「まったく…とんでもないジョーカーではなくて?」


「こんだけ設定てんこ盛りだとむしろ引くわー」


 リーリウム・アルゲントゥム。ヴァンパイアの英雄たるアルゲントゥムの末姫。

 とうとい因子を受け継ぐ証に煌めく銀は、ややもすればヴァンパイアの喉笛を食い千切る危険性を秘めていた。


 彼女は元人間。しかし、喉笛を食い千切るというのはそれが大きな要因ではない。

 人間であったという点ではなく、人間だった時の素性・・がとんでもなく事態を厄介にする原因だった。


「……ハンターと陰陽師が動き出すのも時間の問題ですわよ」


「《月戦(ルナベルム)》の再来、ってね。日本(こっち)では《人魔大乱》って言うんだっけ?マジで笑えないんだけど~」


 確かにプリムローザと浅黄は騒動が大好物だ。転がってる火種を拾って引火したり、特殊な火種を見つけて火を近づけて眺めたりするくらいには。


 だが前提として己の安全は確保しておきたいのである。

 全てをコントロールできている事態、自分の掌の上で物事が回っているのならともかく、手に余るような大事はいらないのだった。


 ましてや飛び火し、猛火にこの身を焼かれるのは御免。


「おそらく全てを把握できているのは、いいえ、素性にまつわる多くを知っているのは、と言うべきでしょうね。それは人間の父である氷丘ひおか 司翠しすいとワタクシ達だけかもしれないですわ」


「そりゃあそもそも、そこまで深く調べようとはしないでしょ。ファミリアはヴァンパイアになった瞬間から同胞って認識なんだから、人間だった時の経歴なんてさらっと分かればいいし」


「戸籍を見ても判明しないことですものね。【ふびと】に依頼すればいいのでしょうが……いくら家族になると言っても、記憶を覗くのは不躾。親しき仲にも礼儀あり。日本の人間は素晴らしい言葉を考えましたわ」


「記憶見ても分かるかは微妙じゃない?ウチらが知ってたのは偶然も偶然。ウィスタリア様がどこまで把握してるかは知らないけど、知ってたら今頃レクスに報告言ってるから、ウチらが気にすることじゃない」


「それもそうですわね」


 浅黄の言い分に頷き、大人達の面倒な事情に関わらないよう頭からいったん追い出した。

 プリムローザは貴族ノビリスであるが、まだ子供でいたいのだ。子供でいられる時期など限られているのだから。


「ふう。せっかくの逸材でしたのに…鬱陶しい蛮族の血筋でなければ」


「あー、めっちゃベタベタしてたもんね。初心うぶで好みど真ん中だったでしょ」


「失礼ですわね、ベタベタだなんて。あれは崇高な触れ合い。より強く印象付けてワタクシを忘れさせないためにしたのですわ。仲を深める布石ですのよ……好ましく思っているのは事実ですけれど」


 プリムローザは妖しい笑みを浮かべてリーリウムの顔や肢体、妖力、仕草を思い出す。

 素直ではかりごとに向かない、良くも悪くもいじらしい少女を。


「いやー勝手に先に会いに行くのは不意を突けてやっぱいいね!相手の性格も見られるし」


「あら、気付いていましたのね」


「何年ローズ様の専属やってると思ってんの。そのくらい分かるって」


「生まれた時からの付き合いのはずのお母様は気付きませんわ」


「あの方は鈍いっていうか、ほら、真っ直ぐ生きてるから」


「脳筋ですものね」


「………」


 言葉を濁した意味とは。

 浅黄は誤魔化すようにそっと目を遠くに向けた。


「お母様にはお父様がいらっしゃるから、脳の足りない部分は補えますわ。気を回しすぎるきらいのあるお父様は、正直で義に厚いお母様がいらっしゃるから他者から信用を得やすい訳ですし。なんて素晴らしい相互扶助」


 これはフォローになっているのだろうかと浅黄は疑問に思う。

 娘を普通に可愛がっているプリムローザの母親に言ってやりたい。「貴女の娘さんは言葉を弄して他人をいいように操っていますよ。そこには貴女も含まれていますよ」と。


 浅黄も人のことは言えないのだが。


「まあ、お母様はその脳足りんなところが可愛らしいのだけどね」


 くすくす笑う娘。


(ダメだこの親子。……ん。でも待てよ)


 今の会話で引っ掛かったことがある。


「ローズ様。もしかして素直で初心な子が好きなのは母君に似てるから?」


「ええ。あの鈍くて少し照れ屋な感じが堪りませんの。なのに意志が強いところなんかギャップでキュンときますわっ」


 両手を頬に当て、悶えるプリムローザ。派手な外見に反し、深窓の令嬢もかくやというお淑やかさだ。


「だからあの気に入りようかぁ。ローズ様がリリィ様に近づきまくるから、リンデがキレないようにするの大変だったんだよ?」


「リリィが魅力的すぎるのがいけないと思います。何度か絆結ウィンクルスをしたい衝動に駆られたけれど、抑えましたのよ?」


「…抑えてくれて良かったぁ~!してたら確実にリンデの血管切れてたよ。学園に通うようになっても気を付けてね」


「そんなのあんまりですわ…仲良くなったらいいでしょう?」


「ちゃんとリリィ様に許可は取ってよ」


「もちろんですわ」


 女子高生とは思えない妖艶な笑み。プリムローザはペロリと艶かしく唇を舐めた。つい先ほどまでお淑やかな雰囲気を醸し出していたのに、空気ががらりと変化する。


 浅黄はリーリウムの冥福を祈った。


「で、結局。どこまで本気だったの」


「何が、かしら?」


「今日リリィ様にしてたこと。最初に会いに行ったのは見極めの打算ありきだったのは知ってる。必要以上にスキンシップしたのも親睦の布石。でも、けっこう楽しんでたよね」


「全部本気でしたわ」


「いやいや、ローズ様に限ってただの戯れじゃないでしょってことだよ」


 浅黄は知っている。己の主が一般的な十代の少女ではないことを。

 善意だけで動くほど単純ではなく、打算だけで動くほど腹が真っ黒でもない。損得を考えられないような子供でもないし、現実だけを突き付けて意見を押し通すような驕った大人でもない。


 プリムローザ・スファレイトは、騒動を愛する遊び好き。

 同じくらい、自己と同胞を愛する人情家。


 矛盾しているようで、彼女だけの価値観で構成されたそれらは、確かな芯の下に形成されている。


「ねえ、知っていまして。浅黄」


 プリムローザは笑う。晴れやかで、何も含むところのない笑顔。


「感情というものは儘ならなくて、自分でもどうしようもない時がありますのよ」


 ここにはない、遠くある何かを見つめる瞳。


「友好的な人間は大切に。同胞が笑っていられる世界を。……ワタクシは、ワタクシの信念に従って楽しく生きたいと思っています。そのためなら、立ち塞がる障害や害悪を排除することも厭いません」


「………」


「ワタクシは大切にしているものを傷つけられるのが何より嫌いです。傷つけた者を決して許しはしません」


 これは暗示なのか。

 傷つける者とは、誰を指すのか。


「無知でいたくありません…傷つけられて後悔したくありませんから。徹底的に調べて、推し測って、見極めて……知り尽くして、必要なことを成します」


 必要なこととは何か。


 傷つけられたくないと言うプリムローザは臆病だろうか。大切だというものに対して優しいだけなのだろうか。

 否。そんな甘い存在ではない。優しいだけの存在では、決してない。


 小夜風 浅黄の主はもっと攻撃的で、利己的で、自分本位。

 どこまでも欲に忠実な、だが故に最高の麗しき女主人。


「今日、リリィを知りました。愚直で誠実で、残酷なまでに優しいんですの………優しいから、心がダイヤモンド」


 世界一硬い鉱石。美しく輝く、力強い宝石。

 けれど瞬間的な強い衝撃に弱く、火に弱い。


 どんどん増える負荷には耐えられる。引っ搔かれても大丈夫。多くのダメージを受けても、揺らがないのだ。


 でも、不意にドカンと強烈な一撃に見舞われたら。氷壁さえも溶かす焔に晒されたら。


「リリィ…あの子はどう転ぶか分からない……だから、見ていなければいけませんわ。―――見ていたいのです」


 これ以降、プリムローザは口を開かなかった。手元の紅茶を傾け、それ以上は語らないと空気で伝える。


 答えになってないよ。

 そう告げることが、何故か浅黄にはできなかった。








「学園の案内人」として登場した新キャラ二人のサイドでした。



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