学園の案内人 3
修道院の回廊を思わせる高い天井の廊下。美しさを損なわず現代風にアレンジされた校舎内は見ごたえ抜群だった。
いちいち芸術的価値の高そうな造りになっている校舎の中を四人で進む。リーリウムとプリムローザが並び、その後ろにリンデと浅黄が続いた。
(フランス観光したから、わりと驚きは少ないかも)
こういう随所にシンメトリーが取り入れられた西洋の建築物は結構好きだ。
流れゆく風景を目で楽しみながらプリムローザの案内に身を任せる。時折解説を交えた雑談をふってくるプリムローザは話術が巧みで面白い。
「あちらの右手にある廊下は真っ直ぐ進むと二学年の各教室があります。覗いて行かれます?」
「うん、見てみたい」
「うふふ。今日は無人ですから普段できないこともし放題ですわよ」
自然に右手をとられ、先導されていく。
(会ったその日には手を繋いで歩けるって…って考えちゃうのは日本人だからかなぁ)
ヴァンパイアになってからスキンシップには慣れたつもりだった。主にウィスタリアやリンデ、フランスに住むアルゲントゥム一同が頻繁に構ってくれたから。
それでもプリムローザのそれは気恥ずかしいくらい積極的だ。
「どうかしまして…?」
「会ったばかりなのにスキンシップ多いなと思って」
「ご不快なら止めますが」
「ううん。ちょっと恥ずかしいけど、嫌ではないよ。ただ純粋に不思議だっただけ」
「リリィと会えて嬉しく思っていますし、早く仲良くなりたいんですの。…こんなにも近く、自由に触れるのを許したのは、家族と浅黄以外でリリィだけですわよ?」
意味深に流し目をくれる。
プリムローザの艶っぽい眼差しにドキリと心音が跳ね、リーリウムは落ち着かない気分にさせられた。
素直な反応にクスリと悪戯っぽく笑い、プリムローザは教室の扉を押し開ける。
「凄い…ここも綺麗だね」
扉の向こうは白亜の空間が広がっていた。
等間隔に並んだ長机と椅子は温かみのある木製で、窓の一部にステンドグラスがちりばめられている。
「決まった席はありません。早いもの順で自由に選べますわ。一つの机に最大三人まで座れますの」
「最初は名簿順にして席替えやるとかじゃないんだ」
「名簿順にしてしまいますと不平不満を言う方が珍しくなくて…席替えも運が絡むので同じ理由で廃止になったと聞いています」
ヴァンパイアも人間も良家の子息令嬢が半数を占めますから。
困り顔で内情を話すプリムローザ。背後で浅黄も大きく首を縦に振って同意している。
「特に無駄にプライドが高いやつとか最悪だもんねー。リリィ様も気を付けた方がいいよ。ヴァンパイアは絶対にないけど、人間だと頻繁につっかかってきたり命令口調で指図してきたりっていう馬鹿な輩が稀にいるから」
「ああ、そういえば何時だったかしら。浅黄に向かって『俺の女になれ』と囀っていた愚かな人間もいましたわね」
「あの時はあまりにも馬鹿な言動だったもんで、逆に面白かったけどね」
「貴女がそんな態度だから軽く見られるんですのよ?周りが勝手に解決してくれましたが、その分同胞達が煩わしい思いをしたのです。反省してください」
「えー、それ一部に限っては誰かさんにブーメランだよ」
「ワタクシは相手を選んでいますもの。実害を出したこともありませんし」
打てば響くやりとり。リーリウムはこの二人の仲の良さが若干羨ましく思えてきた。
「……リンデも美人だから危ないよね」
「っな、び、美人っ!」
「美人だよ?それに凛としててカッコいいし」
「っ…そのように言っていただけて光栄ですっ」
主に直球で褒められ、リンデはカッと全身が熱くなるのを感じた。
顔に熱が集中し、醜態を晒しそうになるのを必死に堪える。
「ぷくくっ。リンデってばリリィ様に弱すぎ~」
「何よりも優先すべき大事な主なのだから当然です」
「『当然です』きりっ!て…あははは!昔とキャラ変わりすぎなんだけどーっ」
「うっさいです!」
「あ、微妙に地が出た。そーそー前はそんなだったよ。でも今はですます口調なんだね」
「っ~~あ、主の御前ですからね。おちゃらけている貴女がおかしいんですっ」
「え~だって敬語とか丁寧語とかお堅くて肩こんない?そんなのとずっと一緒だと疲れるじゃん」
浅黄に言われそうなのかと不安そうに視線で尋ねるリンデ。
「いや、別にリンデといて疲れるって思ったことないよ。楽しいっては思うことは多いけど」
リーリウムの言葉にぱああっと輝くリンデの顔。
密かに「でも過保護でメンドくさい時もある」と考えたことは内緒である。
「確かにリンデさんは以前と大分変りましたわ。前はどこか刺々しくて警戒心の強い野良猫みたいでしたもの」
「そうなの?」
「ええ。父とウィスタリア様が所用でお会いされる時、ワタクシ達もついて行ったことがありまして。けれどすることもなく暇を持て余すのもどうかと、専属騎士であるキーファさんの娘だった年の近いリンデさんがお話し相手になってくれましたわ」
「へぇ…」
そんなことがあったんだ。
知己を得た経緯を知り、また昔のリンデの様子を聞くことができてリーリウムは好奇心が首をもたげる。
「私は今のリンデしか知らないけど、当時のリンデってそんなに違うの?」
「お世辞にも友好的とは言い難かったものですから、ワタクシの主観も入っていますわ。それを差し引いてもかなり、その」
「ちょー捻くれてたんだよ。ウチらより年上のくせしてまー感情が表に出やすかったし」
「っあの頃は反抗精神の強い子供だったのです!黒歴史です!」
だからボクを見捨てないでください。
捨てられた子犬のごとき目で訴えられ、リーリウムは言葉に詰まった。普段の優秀っぷり――リーリウムはキーファ達他の騎士しかいない空間でのリンデを見たことがない――が嘘のような仕草が、新鮮で可愛らしい。
(なんか、野良猫って言われてたけど、どっちかっていうと犬っぽいよね)
ふせられた三角耳と気落ちして丸まった尻尾を幻視する。
(あ、いいかも)
ハロウィンでは狼女の仮装とかどうだろうか。今度やってもらおうと夢想にふける。
「リリィ様…?」
「大丈夫。どんなリンデでもきっと仲良くなれるから」
「本当ですか!?いえ、当たり前ですね。ボクがリリィ様を好きにならない筈がないですから!」
気を持ち直したらしい。満面の笑みで断言された。
全力で好意を示されるのを恥ずかしくも嬉しく思いつつ、リーリウムも小さく口角を上げた。
「――!……普段表情を変えない人が笑うと、破壊力が凄まじいですわね」
「…だね。今のはヤバかった。さすがのウチもグラッときたよ」
「もしかすると、アルゲントゥム家は皆様方メロメロにされているのでしょうか」
「っは!そうかも。ただでさえあの家は仲いいし、身内に弱いし」
なにやらボソボソ会話をしているプリムローザと浅黄を気にせず、リーリウムはリンデを愛でていた。二人が自身についての考察をしているとは微塵も思っていない。
ひとしきりリンデと戯れた後、ふと疑問が浮上。
「ジーヴル学園って私は母上…母に言われて始めて知ったけど、ここまで綺麗で立派だと普通は全国的に有名になるよね。なんで広く知られてないの?」
フランス様式の外観というだけでも話題性がありそうなものだ。
「情報規制が半端ないんですの。テレビに映らないのはもちろん、新聞や雑誌取材などもNGですから」
「秘密裏にヴァンパイアが通うとこだからねー。あんまり注目が集まっても不利益にしかならないんだよ」
「…裏でヴァンパイアが動いてる?」
「そうだね。そういう役割の人もいるね」
なるべくヴァンパイア生徒の顔やプロフィールが情報という形で残らないようにしているのだとか。写真の流出も厳しく取り締まっているそうだ。
「地元の人間とか上流階級の人間だけ学園の存在を知ってる感じ。って言っても、設備が良くて金持ちも満足できる学園って印象でね。さすがにヴァンパイアのことは知られてないよ」
「そのあたり、ウィスタリア様が徹底されていますもの。おかげで充実した学園生活を送れていますわ」
ウィスタリアの言っていた安心安全という文句は事実だったようだ。
「そっか。通うの楽しみだな――改めて、学園ではよろしくね」
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
「歓迎するよ。新しい同胞さん」
不思議なものだが、今やっと学園の生徒になるのだと実感できた気がした。
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