学園の案内人 2
「リンデ以外の歳が近いヴァンパイアは初めてだから、ちょっと緊張する……どんな人が来るの?」
「そうですねぇ…ヴァンパイアの中では珍しい人間に理解のある方です。ボクの私的な意見ですが、社交的で人望もあって、絵に描いたようなザ・お嬢様って感じの人だったと思います」
リンデは見学の案内役と以前から顔見知りであり、その人物の印象を話しながら足を動かす。
「ただ欠点というか、悪い癖がありまして…」
「悪い癖?」
「その……色々な意味で遊びが過ぎると申しましょうか、奔放な面がおありです」
言うべきか言わないべきか迷った末に、リンデは教えておいた方が心構えができると判断した。心構えをしたところで未然に防げるわけではないが、言わないよりはマシだろう、と。
「イタズラ好きってこと…?」
「ええ、まあ、概ねそのような解釈でいいかと」
頭痛をこらえるように眉間を揉みほぐすリンデは、過去の所業を思い出し溜め息とも唸り声ともつかない声を漏らす。
(親といい娘といい、あの一族は本当にやりづらい相手なんだよね…今から憂鬱。せめてリリィ様に実害が出ないようにしないと)
頬を叩き気合を入れる。
同時に妙な気配を感じて正面に目を戻した。
瞬間。
強い好奇心に彩られたブルートパーズと視線が交差した。
ヤバい。
リンデの全身がブワリと総毛立つ。瞬時に己の主の前に移動し、警護態勢へ。
「驚いたわ。まさかリンデさんがワタクシをそんな風に見ていただなんて…あんなに楽しくお喋りしたのに、薄情じゃありませんこと?」
落ち着きがありつつも透明感のある声。
学園の制服に身を包んだ派手な少女が歩いてきていた。
腰のベルトが女性的格好よさを演出する紺のスカートに、オシャレなデザインの赤を基調とした短い丈のジャケットが良く似合う。
いかにも悲しんでいますと言わんばかりに眉尻を下げ、右手を口元へ持ってきている少女。しかし隠す気もないのか弧を描いた唇が見え隠れしており、彼女が全く心理的ダメージを受けていないことを知らしめている。
いきなり建物の物陰から登場した少女に驚きながらも、リーリウムは案内役のヴァンパイアだろうとあたりをつけた。
証拠に、人間離れした魅力と存在感がある。
ブルートパーズを思わせる見事な空色の碧眼と、レースリボンのバレッタが上品なゴールデンブロンドの編み込みハーフアップ。ジャケットを押し上げる双丘にモデルのように長い手足。燦然と輝く美貌はまさしく太陽という言葉が相応しい。
ダメ押しとばかりに濃厚で強大な妖力の気配が漂っている。
「いつの間にいらっしゃったのですか……」
「たった今ですわ。校舎前で合う約束でしたけれど、待ち遠しくて来てしまいました。…とっても気になる方がご一緒なのですもの」
リーリウムを一瞥。
意味ありげに笑いながら答える少女に、リンデは警戒度を上げる。
「そうですか。御覧の通りお気づきかとは思いますが、こちらは我が主にございます」
見えるように左へ一歩ずれ、後方にいるリーリウムよりも一歩後ろまで下がる。
リンデの意をくみ取り、華やかなオーラを放つ少女はスカートの端をつまんで正式な挨拶の礼をとった。
「お初にお目にかかります。ワタクシは貴族の位階を賜るスファレイト家が一子、プリムローザと申します。以後お見知りおきくださいませ」
優雅に名乗った太陽のような少女、プリムローザ・スファレイト。彼女は最後に髪を後ろに流し、黄金の姫とでも呼ぶべき気品を見せながら微笑んだ。
「…つい先日アルゲントゥム家の一員になりました、リーリウム・アルゲントゥムです。本日は案内をしてくださるとのことで、お手数をおかけしますがよろしくお願いします」
リーリウムも相手に合わせ、儀礼に則った礼を返す。
礼儀作法全般は昔から父に仕込まれていた。覚えておいて損はないと教えられたが、本当にその通りだなと、リーリウムは父に感謝する。
細かい所が怪しい言葉遣いに関しては、さすがに勘弁してほしい。
「まあ!そのように畏まらないでください。こちらこそ、最も新しき“月の剣”の姫君にお会いでき、恐悦至極に存じますわ」
スッと詰められる距離。
急に目の前に迫ったプリムローザの端正な顔に、リーリウムは思わず硬直する。おまけに頭を撫でられ、頬を触られ腰を抱かれと過多なスキンシップ。
「ああ、透き通るような銀の御髪が本当に美しいですわね…至高のアルゲントゥムの証。瞳が他の方々にはなかったグリーンだというのもまた……」
「え、あの」
「そしてこの匂い立つような高密度の妖力……いけませんわ、病み付きになってしまいそう」
「ちょ」
「はーいストップだよローズ様、そろそろ離れようねー」
光の速さで十メートルほど空間ができた。
はたと気づけば胴に回されている細腕。リンデに抱きすくめられている。
「…ほんっとに何をしでかすか分かったもんじゃないなぁ、プリムローザ様は」
低く抑えられた声が横から発せられた。リンデの不穏な気配に、リーリウムの身体がびくりと震える。
震えから自らの失敗を悟り、腕を離して主に笑顔を向けるリンデ。再び警護体制をとる。
「いやーごめんね、ウチの主が」
「申し訳ないと思うなら最初から起こらないように防いでくれます?」
「あはは、面目ない」
終始軽いノリで謝る知己に、リンデは軽くイラッとした。
「ちょっと何をしてくれているんですの浅黄。せっかく芳しい至高の方を堪能できる機会でしたのに」
「犯罪者臭がする行動は、ちゃんと仲良くなって許される関係になってからしてよ、ローズ様」
ムッと頬を膨らませて抗議するプリムローザを窘める――むしろ未来で悪化させるようなセリフだが――制服姿の見知らぬ少女。
前髪をトップでまとめているため額が晒されている。日本人にしては明るめの髪色で、毛先をカールしたロングヘアだ。
プリムローザには及ばないものの強い妖力を内包していて、この少女もヴァンパイアであった。
純粋な日本人というよりハーフ系の整い方をした顔立ち。
会話から察するに、プリムローザの専属騎士らしいとリーリウムは判断する。随分と気安い関係に感じられ、仲の良い主従だと思った。
(騎士っぽい方がタメ口だし、付き合いが長いのかな)
自分とリンデは休眠期間を除いて四か月しか共に過ごしていない。いずれこうなるのかと興味深く見つめる。
「急にいなくなったと思ったらやっぱりアルゲントゥム様に会いに来てた。校舎前でって言ったじゃん」
「早く会いたかったのですもの。別にかまわないでしょう」
「ローズ様が何かやらかすかもしれないから一緒にいたんでしょーもう……案の定だし」
「ただのスキンシップよ」
「友達だったら許されるけど、初対面でそれはないわー」
ないわー。
小声で同意する声。パッと振り返るとリンデが言ったものらしかった。
リンデをじっと見やるが素知らぬふりをされる。
(えーと…これはどうしたらいんだろ。私から話しかけるべき?でも、内容が内容だからちゃんと話し合って改善はしてほしい……じゃないとプリムローザさんが将来困るかもしれないし。うーん…)
むむっと悩んでいると向こうの会話がひと段落したようで、
「どうやら拒絶されにくそうな相手を選んでしてるらしいからオーケーだった。待たせてごめんね、アルゲントゥム様」
と朗らかに言われた。
(…それは性質が悪くない?)
後方から黒いオーラが吹き出すのでそういうことを言うのは止めてほしい。
リンデを気にしながらリーリウムは微妙な心境で少女と対峙した。
「初めまして。位階は騎士、隣のプリムローザ様の専属騎士、小夜風 浅黄です。気軽に浅黄って呼んでね」
「ワタクシのことは愛称でローズと呼んでくださいね」
浅黄は主のプリムローザと違いとてもフランクなヴァンパイアである。
気が抜けるのを感じつつ、リーリウムも返答した。
「リーリウム・アルゲントゥムです。私も愛称のリリィで呼んでくれればいいかな」
一度リンデを確認したが、すでに知己であるため紹介は必要ないようだ。
「リリィさん…」
「リリィでいいよ」
「まあ、ありがとうございます。――では、リリィと」
和やかに会話する貴族二人。
「…リリィ様ね、分かったー」
何が面白いのかリーリウムの後方、つまりはリンデの方を見てニヤニヤ笑う浅黄。
疑問に思い振り返るもいつも通り。リンデがキリッと凛々しく立っているだけである。
実はリーリウムが振り返る直前まで歯ぎしりしているかのような悔しげな表情だったのだが、それは浅黄とプリムローザにしか視認できなかった。
(っく、ボクはリリィ様って呼べるまで時間が掛かったのに!)
子供じみた嫉妬である。
ついに新キャラ登場です。
一応しばらくはメインキャラとして登場回数が多いと思いますので、温かく見守ってやってください。
それと「学園の案内人 1」で、(改)がつく前に読んでくださった方へ
→学園が神奈川の横浜市にあると書いていましたが、出月市に訂正しました。
{補足}横浜市にあるのはウィスタリアの屋敷です。
出月市は架空の市で、リアルにはありません。
完全に本作品のオリジナル都市となっております。




