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血盟クロスリリィ  作者: 猫郷 莱日
一章 ≪転換≫
18/43

銀を冠するモノ 6


 一面の銀世界。生物も木々も大地も、氷と雪に覆われた。

 多くの生き物が死に絶え、抵抗する暇もなかった。

 凍てつき痛みさえ感じる寒さが襲い、地球の半分を氷漬けにしてしまったのである。


 後の世で語られる最後の氷河期は、こうして始まった。



「…なあ、ルーナ。我が月の光ルークス・ルーナエよ」


「ふふ……なんでしょう、我らが敬愛するおさ


 氷河の世界で、生き残った鬼人達は新たな里に集い言葉を交わす。


「愛した男を手に掛けて、良かったのか?」


 雪のように白い髪を冷風に躍らせながら、鬼人のおさは訪ねた。琥珀色の涼しげな瞳が愁いを帯び、些細な感情も見逃すまいと眼前の相手を見つめる。


「愛した男、ですか………愛しいと、思っていたはずなのですけどね。あの日、それは何倍もの憎悪にとって代わりました」


 寂しいとも、哀しいともとれる声音で語る銀髪の妹。

 身も心も捧げ共に歩みたいと思った相手だ。例え同胞を傷つけられても、胸中に燻る熱は確かにある。誰よりも憎いのに、愛しい。愛しいのに、憎い。


「後悔はしていません。同胞達が助かったのが何より嬉しいですから」


 言葉に嘘はない。全部を語らないだけで。


「それに、わたしはただ同胞のために、兄様のために力を振るうと決めました。他のことにかまけるつもりはありません」


 暗に、どう感じていても同胞と兄のこと以外に心を傾けないと匂わせる。

 力を持ったケジメなのか、身の内にある思いと向き合うのが怖いのかは本人でも把握できていない。


 それでも仲間のためにあろうと思ったのは本心から。


「そうか…」


「――兄様!落ち込んでも仕方がないのですが、ご自分を責めすぎです!」


「――むっ」


 駆ける銀の美女。家屋から飛び出して氷河を背に両腕を広げ、夜空を見上げる。


 只人が外を歩けばたちまち凍え死ぬ極寒の空気が漂う空の下、笑顔を浮かべて駆け回った。時折自ら能力で氷塊を生み出しては好きに形作り壊す。

 近頃では珍しく厚い雲がない星空に、浮かぶ満月。月明かりは彼女を祝福するかのように淡く降り注いでいる。


「兄様が夢見た他種族との共存は叶いませんでした!」


 無数に出現する人間を模したらしい氷像。手を振ったり氷塊を打ち出したりすると途端に砕けてゆく。


「でも、また彼らのような種族は現れると思いますっ」


 兎や熊、鳥、猿と次々氷像が作られる。


「兄様が再び望むなら、みんなも努力するでしょう」


 鬼人の氷像が幾つか現れ、動物たちと寄り添った。


「同じ過ちを繰り返さなければよいのです……我らは仲間を尊ぶ心がありますっ、だからここまでやってこれました!」


 踊るように凍った地上を駆けていた足をぴたりと止める。

 ふわりと広がり波打つ銀の髪が、月明かりを反射してキラキラと輝いた。


「あの日のことがあり、わたしは現れる他種族を愛せないかもしれない……そしてまた決裂するかもしれないっ…!」


「ルーナ…」


「けれどっ」


 きゅっと引き結ばれる口元。


「けれど…慈しむ努力は怠りません。もう一度始めからやってみて、歩み寄れるよう努めます」


 泣き笑いのような顔で、しっかりと力の篭った意思ある声で告げた。


「兄様……貴方はたった一人、この世で代わりのいない我らの主。わたしにとっての兄で、同胞たちにとっての父で救い主。かけがえのない、導き手」


 おさがいなければ同胞達は生まれなかった。救われなかった。同胞という仲間の形成すら、できなかった。

 実は鬼人はおさの下に数々の異端者や忌子が集って進化した種族。迫害される苦しみも、仲間が出来る喜びも皆が知っているのだ。


「そんな貴方が望んだ…叶えたいと、強く思うのです」


 気付けば家屋から顔を出していた多くの同胞達に目を向ける。当然という顔で、皆が大きく頷いていた。

 戸惑うおさに、彼の妹はとびっきりの笑顔を返す。


「失敗したら、この身が貴方の敵を全て屠って御覧にいれます。二度と同胞が傷つかないよう全力で」


 それは純粋な好意で、敬意で、誓い。真っ直ぐで含みのない灼熱の焔。

 氷結の力でも冷まし鎮めようがない、苛烈な想い。


「っふ、まるで戦うための道具になると言っているようだな」


「そうとっていただいて構いません」


「……そなたも大切な同胞で家族だぞ」


「分かっています」


 それがなんだというのか。そう顔に書いてある妹に呆れてため息。

 道具のように扱うことへの抵抗をちっとも汲み取ってくれない妹に、一種の諦めと悪戯心が湧く。


「ふむ、なら我が月の光ルークス・ルーナエと言うのもおかしな話か」


「は?えぇと…兄様?」


 我が月の光ルークス・ルーナエ。この言葉は鬼人にとって『最愛の人』という意味を持つ。家族や恋人、夫婦間で用いる言葉だ。

 夜に生きる彼らが愛する月とかけて「我が人生を月光のように照らす愛しき者」だと言っている。


 だが、武具となるなら意味合いが正しくないとおさは考えた。


 伝えてやるために自らも屋外へ進み出る。

 近くに侍っていた同胞が制止する声を放ったが、耳を貸さないことにした。


「なっ、兄様お待ちください!私がそちらへ参りますから!」


 病み上がりの兄に無理をさせてはいけないと駆け寄ろうとするが、手で制される。

 おろおろと様子を窺っているとおさは寒さに顔をしかめつつ喋り出した。


「ルーナ」


「はいっ。なんでしょうか兄様」


「先日の惨劇を生き抜き、同胞達の助けとなったそなたに、新しいそなただけの名をやろう」


 目を見張った妹の頬に左手を当てて撫でさする。



 私の矛、我がつるぎとして名を授ける。


 その声は穏やかで、だがよく響いた。


「―――そなたは今この時を持って“月の剣アルゲントゥム・ルーナエ”。ルーナ・アルゲントゥムを名乗れ」



「月の銀、ですか?」


「否、剣だ。研いだ刃は銀の輝きを放つだろう?また、そなたの氷結は銀雪をも生み出す―—私はそなたのつくる銀の輝きが、この世で最も美しいと思っている」


「っ…ありがとうございます」


 内に秘めた攻撃的な力。それと自分自身を肯定された気がした。


(―――兄様。我が身、心、魂の全てを。御身と同胞達に捧げます)




 自然と跪き頭を垂れた銀髪の鬼人、ルーナ・アルゲントゥムは、この時より鬼人を統べる主の一振の剣となった。

 役目はおさの敵の一掃と、同胞の規範となること。


 おさの優しい眼差しを受けて凛と立つ姿は鬼人達の目に焼き付き、遙か遠き未来まで語り継がれていく。


 その場に集った鬼人達は、二人のやり取りを印象深い出来事として強く記憶した。何故ならおさの妹にして新たな名を賜った目の前の同胞は、彼らの英雄に違いなかったから。





 □ □ □ □





 伏せた目を上げたくない。ウィスタリアに失望された顔を向けられる想像をするだけで、体が強張る。


「…リリィ」


「っ!」


「謝らなくていいのよ」


 冷たいけれど温かみを感じる手に、両頬が包まれた。そこから安心する意思が伝わってくる。

 じんわり、ぽかぽかと、意思の熱がリーリウムに広がってゆく。


「リリィはリリィらしく、思うとおりに生きればいいの。アタクシは全く、貴女に生き方を強要しようとは思っていないわ」


 そっと目を上向ければ、優しい瞳が覗いていた。リーリウムが好きになった、慈愛と力強さを内包した碧眼。


「“知識”に呑み込まれちゃダメ。アタクシ達は願いを託されたのでも、命令されたのでもない。ただ願われた。こうだったらいい、こうなってくれればと、先人がお願いしたにすぎないのよ」


「でも、役目なんでしょ?みんなが期待してる」


「ええ。その時が来たら、果たした方がいいのでしょうね」


 まるで他人事のように言う。


「…結局、どうすればいいの?」


 頬を包むウィスタリアの両手に手を重ね、疑問だらけの困惑した視線を向ける。想定と異なる母の反応に戸惑いが大きい。


「言ったでしょう、好きに生きればいいって。ヴァンパイアとして生きて、いろんな経験をして、たくさん知っていくの。ヴァンパイアのことも、人間のこともね。そうして過ごしていくことで、リーリウムっていう自分を確立させなさい」


「自分の確立…」


「今のリリィは、生まれたばかり。環境も知識も与えられてるだけの状態だわ。ヴァンパイアの外の社会を見たことはないし、身内以外ときちんと接したこともまだない。リリィ自身が判断するのに、情報も経験も圧倒的に足りない状況よ」


 だからまずはこの世界を見てほしい。ヴァンパイアの視点で。


「多くのものを見ながら考えを固めていけば、いざという時、自分の意思で決断できるようになる。アルゲントゥムの力とも、正面から向き合える日が来るかもしれないわね……迷いがあるのでしょう?」


「!……うん」


「過ごしていくうちに考えは変化するはずよ。何が大事で譲れないものなのか、何を守りたいのか。それを分かったうえで行動するのと、分かっていないのに行動するのとでは大きく違うわ」


「今の私は、分かってないってことだよね。ちゃんとした意味では人間の社会しか知らないから」


「そうよ。『人間を憎めないからアルゲントゥムになれない』っていう言葉は、それこそアタクシ達の本質を知ってはいても理解していないことの証拠。何を成したいか意思が定まっていないだけ」


 これができない、したくないからこうするしかない。

 先ほどの言葉は妥協から出た言葉と言っても過言ではないのだ。だがそれは明確な志とは程遠い。


(私はヴァンパイアを知らなさすぎる、か。人間とヴァンパイアが互いにどう接し合っているのかも“知識”でしか知らない。だから人間だけの肩しか持てない)


 正確にはウィスタリアやリンデ、キーファには親愛を抱いているから、彼女らの肩を持つのは当然できる。

 しかし、彼女らは所謂“身内”。アルゲントゥムの役目はレクスとその旗下にある全てのヴァンパイアに対するものだ。


 身内が大切なのは誰もが同じこと。

 だから、焦点となるのは身内以外のヴァンパイアにどういう思いを抱けるか、だ。


(それを知り、理解するために外に出る…)


 言われてみれば当たり前のことだったと反省する。どうやら自分は答えを急ぎ過ぎていたらしい。


 ウィスタリアはこう言ったのではないだろうか。

 ヴァンパイアを知ってからでも遅くはない。と。


(なんか、ヴァンパイアになってから落ち着きがなくなった?子供っぽくなった?気がする)


 ことあるごとにウィスタリアにやんわりと諭されている現状に、いささか情けなさを覚えた。







読んでくださりありがとうございました。


本作品は氷河期の解明がある程度されているリアルとは異なる歴史を辿っております。

フィクションです。



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