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血盟クロスリリィ  作者: 猫郷 莱日
一章 ≪転換≫
15/43

銀を冠するモノ 3


今回書いた内容で過去編があります。

現状研究者たちが調べて分かっているリアルの地球・人類の歴史と多少異なる過去ですが、あくまでフィクションです。



「今日はこのくらいにしておきましょうか。妖力の細かいコントロールは次の機会に教えるわ」


 ウィスタリアにそう締めくくられたので、本日の修練は終了である。



 集中力が切れていつの間にか氷が消失していた。若干残念に思いつつ、この後に何をしようかと予定を組み立てる。

 自室に戻ろうと訓練場から出る前に、背後から声を掛けられた。


「どうかしら、アルゲントゥムの力は」


 柔らかな笑みをたたえたウィスタリアの問いかけに、振り向いてリーリウムは思案する。


(これって…使いこなせそうか聞いてるのかな?)


 それとも、単純な感想や力への心構えを聞いているのだろうか。 わざと「アルゲントゥム」のあたりを強調したようにも感じられ、おそらくは後者だろうと予想する。アルゲントゥムの名に大きく関わっている氷の力は、様々な意味でとても重いのだ。


レクスが認めた“銀”…ヴァンパイアが生まれたその時から始まった長い歴史の中で、唯一無二の一族)


 リーリウムが踏み入ったヴァンパイア達の社会は、人間とは異なる独特の感性や思想でつくられた規律で成り立っている。特殊な構造であり、全ての要素が重要な役目を担っているため、無駄な名ばかりのものなど何一つない。


 その中でも“銀”を冠するアルゲントゥムは、少し特別。


「…とても綺麗ですごい力、だと思う。……けど…人間だった私が、背負えるかどうか……分からない…」


 使いこなすのとは違う。


 アルゲントゥムの力を、意味を、思いを。

 受け止めて理解し、が訪れれば成さねばならない。


母上マトレムは私をファミリアにした。…それは嬉しいし、なれて良かったと心から思ってる」


 ウィスタリアを瞳に映して言い切り、閉じられる目蓋。

 リーリウムは脳裏に思い浮かべる。“知識”に刻まれたヴァンパイアの歴史と、激動の時を駆け抜けた初代アルゲントゥムの苛烈な熱情。


 感情を“知識”に刻んでしまうほど強い願いは、紆余曲折を経て、確かに次代に引き継がれた。


 そして、何の因果か。

 今なお息づくその願いは、元人間のヴァンパイアの下へ。


「私はきっと…ううん、おそらく確実に、人間を憎み切れないから。―――本当・・のアルゲントゥムには、なれないよ」


 ごめんなさい。


 か細い声音で謝罪が零れた。願いを叶えられない自分が嫌で、救ってくれた命の対価に何もできない自分を嫌悪した。

 締め付けられる胸の痛み。言ってしまった言葉が内側から心を刺した。


(でも、これだけは言っておかなきゃいけなかったんだ)


 母の、ひいてはヴァンパイア達の期待を裏切ることになるのだろう。

 こんなにも良くしてくれたのに、彼女らの希望を叶えることができない。


 何も叶えられない代わりに、せめて嘘はつきたくなかった。役目を果たせない代わりに、アルゲントゥムの誰よりも高潔な姿勢を尊び、どんなアルゲントゥムよりもアルゲントゥムらしい姿であろうと戒める。





 □ □ □ □




 数えるのも面倒になるくらい遥か昔。最後の氷河が地球の半分を覆うよりも前。

 ヴァンパイアは人間の前でも姿を隠すことなく、一種族として普通に暮らしていた。



 機械なんて文明の利器はもちろん生まれてすらいない時代、緑に溢れた美しい大自然の中での生活。動物の毛皮と植物を器用に編んだ衣を纏い、大木や岩を加工した住処に住まって狩りを行う。

 この時すでにヴァンパイアは確固たる生物としての地位を確立しており、最も完成された種といえる存在であった。

 火や石を道具にし、知恵を蓄え自在に操り、多彩な言語での対話というコミュニケーション方法も持ち得ていた。食材の調理に加え、少ないながらの娯楽もある。文明の形ができていたのだ。

 後に「人間は猿から進化した」と説かれる根拠となりそうな面影はない。


 周囲に新人類と呼ばれる種が数多くいたが、その内のどの種類とも似つかない異端(・・)

 当時のヴァンパイアは、それでも人類の一種族(・・・・・・)だった。




「あの知恵持った猿、また石だの削った木だの向けてきた」


 怒り心頭。

 歯を剥き出しに怒気を撒き散らす者達がいる。雄々しさを全面に押し出すこの者達が、ヴァンパイアの前身。言うなれば、新人ならぬ鬼人だろうか。


「なあ、もう皆殺しでいいだろ。あんな言葉も通じない蛮族」


「そうしたいのは山々だけど、(おさ)がダメだって」


 この頃、新たに力をつけ始めた自分達と近い姿形の多種族に頭を悩ませていた。否、悩むほどの脅威ではないが、鬱陶しく目障りだった。


(おさ)は他の種に期待しすぎなんだよ。どう見てもあいつら猿にちょっと知恵ついただけの動物だろうが」


「その知恵が重要なんだって。考える知能がある生物とない生物じゃ鳥と虫くらい差があるらしいよ」


「そう言ってどんだけ待ったよ!?俺らのじい様の代からだぞ!」


 もう五万年も前から彼らは待ち続けている。共に時代を進められるような、同等の知性を宿した存在が現れるのを。

 敬愛する(おさ)――後の世で言う(レクス)――が生物の可能性を愛し、共生を望んでいたがゆえに。


(おさ)が言うには、そろそろ出てきてもいい頃だから、あとちょっと待ってほしいってさ」


「……っち」


「はー、(おさ)は相変わらず猿モドキ贔屓か」


 猿モドキ。数万年前から出現した道具を操るだけでなく、絵を描きだした猿顔が薄れてきた生物。

 創意工夫する様を見ると非常に頭のいい生命体だと分かる。しかし現在進行形で時代を先駆けし、進化する生態系のトップを爆走中の鬼人には遠く及ばない。


 良くも悪くも、鬼人達の興りと成長は早すぎたのだ。


 皮肉だが、鬼人が生まれるきっかけとなったのは、ある意味で猿モドキと呼ぶ者達である。

 なにせ彼らと進化の分岐を果たしたのが、鬼人だから。そういう過程があり、鬼人と猿モドキはある種の親戚と言えなくもない。


 鬼人達のおさはその親戚のような種族も自分たちと同じ可能性を秘めているのだと、信じて疑わなかった。

 いずれ手を取り合えるだろう愛しき種を見守り、永き生を楽しむ。弱肉強食の世で初となる、博愛の精神の芽を心に宿していた。




 ―――およそ一万年後、待ち望んだ時は訪れる。全てが始まって、そして終わった。


 ―――小さな偶然と、上回る必然が積み重なって。


 ―――消えない傷を刻み、埋めようのない隔たりを生んだ。




 彼らと彼らは、出逢うべくして生まれた。星の導きとでも言おうか。不可思議な引力が働いたかのように、それはそれは幸運で、運命的な出逢い。


 これ以上ない出逢いにより築かれる関係。

 人間とヴァンパイアが心を許しあった、最初で最後の瞬間。


 確かに最初は偶然だったのかもしれない。けれど、たとえその偶然が起こり得なかったとしても、いつか決裂していただろう。


 胡蝶の夢とも思える楽園は、始めから崩壊が定められていた。




「我が妹を宜しく頼む」


「頼まれるまでもない。誰よりも幸せにすると決めている」


 笑いあった二人の男と、見守り微笑む銀髪の女。

 満天の星空を背に、周囲で炎が揺らめく。歓喜に染まった大勢の鬼人と、鬼人のように完成された姿の人間達・・・


 二種族の交わりを祝う宴に誰もが明るい未来を幻視した。



 地球史上たった一つの出来事、公に認められた鬼人と人間の婚姻。同胞達がもろ手を挙げて歓迎したのは、これ一度きりとなる。


 彼らは未だ知らない。


 進化の分岐の原因にもなった、意志の違いを。

 伴って変化した、根本的な種の在り方を。



おさ…いいえ、兄様。わたし、兄様が言うとおり待っていて良かった」


 銀髪の女は宴の中心で蕩けるような笑みを見せる。

 この日のために着飾った美しき妹は、宴を開いた兄に幸福だと全身で伝えた。鬼人のみが異常に多く生まれ持った妖力が、兄である鬼人のおさにふわりと向けられる。


「そうだろう。生き物は皆生きるために成長し続ける。私達はいささか急ぎ過ぎたが、追いつき共に影響し合える存在は必ず生まれると信じていたよ」


 微笑がおさの穏やかな喜びで満ちたものになる。真っ白な髪がふわふわと炎の熱風に煽られ、緩んだ空気をさらに和やかにした。


 そんな兄に笑い返す妹だったが、兄の白磁の肌に薄ら赤みがさしているを見つけ、慌てだす。


「ああっ兄様!焚き火に近づきすぎです!」


「別にこれくらいなら大丈夫だろう。もし軽い火傷になっても今日くらい許せ」


「よくないですっ」


 渋る兄を焚き火の前から遠ざけ、傍に薄い氷壁を形成した。


「兄様は肌が弱いのですから気を付けてくださいと毎度言っているではないですか」


「めでたい日なのだ、私とて思いきり楽しみたい」


 口を尖らせて不貞腐れる。


「それでしたら風纏いの子らを傍に置けばよいのです」


「ぬう……あ奴らは構いすぎて面倒なのだ」


「可愛らしいものでしょう、皆あなたを慕っているのですから。兄様を大事に思っているのですよ」


「………そなたもか?」


「あら」


 驚いて目をやると、兄は気まずそうに視線を逸らした。

 今日はやけに意見を押し通すために粘っているなと思えば、様子がおかしい。この婚姻は真っ先に兄が賛成し、あれだけ嬉しそうだったものを。


「何かお気に触りましたか?それとも憂慮される事態でも…」


「別にそんなものはない」


「何でもおっしゃってください。どんな無茶でもくだらないことでも叶えてみせます。たった二人の兄妹ではないですか」


「………」


「兄様…?」


 首を傾げるとシャランと髪飾りが鳴る。磨かれた鮮やかな石と獣の牙で作られたそれは、兄の手作り。


「二人の兄妹…ああ、そうよな。二人だけの兄妹だ」


 そなたが幸せならそれで良いのだ。


 寂しさを残すも、愛に溢れた言葉。輝んばかりの心底嬉しげな笑顔に、妹はほっとした。


「おいおい、俺のつがいが何してるんだ。そんなしみったれた顔してないで笑え」


 暫く歓談していると、金の長髪を獅子のたてがみごとく後ろに流した長身の男がやってきた。

 本日の主役の片割れ、鬼人のおさの妹を嫁にもらった人間の男だ。


「レグルス!」


 ぱっと身を翻し、おさの妹は男に身を寄せる。


 途端に鳴り響く歓声、葉や木を利用した楽器の音。宴に参加している者達のはやし立てる声が投げかけられた。

 同胞達に囲まれる二人の姿を見つめ、おさは静かに果汁が入った盃を口に流し込んだ。







完全に人間という種になるのは本来もう少し後で、七万年から十万年前は人間の前、新人類であるホモ・サピエンスの時代です。

鬼人は現代の人間ともう変わらない感じですね。突然変異でかなり優秀な種です。

その鬼人と同レベルの人類がすでに当時一部の地域に現れていた、という設定になっています。



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