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血盟クロスリリィ  作者: 猫郷 莱日
一章 ≪転換≫
13/43

銀を冠するモノ 1


 あらゆるものを飲み込みそうなくらき闇に浮かぶ無数の星の瞬き。月明かりと星の輝きだけが地を照らす夜。

 ヴァンパイアが活動するのに適したこの時間は、闇に生きる者達がそこかしこでうごめいている。


 それは名高いヴァンパイアが住みしアルゲントゥムの屋敷においても当然の摂理。

 等間隔に小さな明かりが灯された屋内の訓練場で、リーリウムとウィスタリアは向かい合っていた。



「リリィ。まずは自分の意思で力を発現させてみましょうか」


「うん」


 動きやすいスウェット姿で訓練に勤しむ二人を見守るように、入り口近くにはキーファとリンデが静かに待機している。

 キーファは温かい眼差しで、リンデはハラハラと案じる様子を見せながら。


「アタクシ達の能力は氷を生み出すこと。面倒な正式名称で言うと…能力形態・環境作用型、能力種別・自然、発現・氷。書類の記録上ではこうなってるわ。普段は全く使わないから、何の能力かって聞かれたら氷って言えばいいんだけれど」


 優雅に腕を組み、ウィスタリアはリーリウムに説明する。


「どんなヴァンパイアも能力を使うには明確なイメージと妖力のコントロールが必要よ。妖力の動かし方はなんとなく分かるかしら」


「うん。昨日少し覚えた」


「そうね、もう意思の伝達ができるものね」


 娘の成長にウィスタリアは嬉しげに目を細めた。


 リーリウムは役所で正視・ウェーレに探られた時の妖力の感覚から、すでに妖力の掴みは終えている。その際リンデに感謝を伝えようと妖力を意識してみたこともあり、細かい部分の操作を抜きにすれば、妖力を動かすことに支障はない。


「妖力は使えば使うほどに感覚が馴染むはずだから、そのうち自然と他者の妖力を感じ取れるようになるわ」


 暇なときは積極的に動かしてみて。続けられた言葉にこくりと頷く。


「じゃあ、基本的な使い方を教えるわね」


 漫画に出てくる登場人物になれたみたいだとワクワクする気持ちを覚え、リーリウムは一生懸命ウィスタリアの説明を聞いた。

 幼い時に魔法を使ってみたいと箒にまたがってみたり、アニメを見た後に意味もなく主人公が唱えていた呪文を口ずさんで決めポーズする時の期待感に似ている。


「大切なのはイメージ。どこに、どれくらいの大きさで、どういう形の、どんな性質を持ったものが現れるのか。妖力を練りながら、放出して命令を与えるの」


 右手を出し、上に掌を向けた。するとパキンという甲高い硬質な音がして、ウィスタリアの手の数セン上に氷の塊が出現する。

 水晶と見まごうばかりに澄み切った透明な塊は、掌のすぐ近くの空中に浮遊している。


「大きさも形も、使う妖力の量によって変える事が出来るわ」


 ふわり。漂う微量の冷気。

 次の瞬間、再び硬質な音がパキリッと響いた。氷の塊は二倍の大きさに膨らみ、槍の穂先のように尖った形状へと変化した。


「今アタクシは氷を生み出すために注いだ妖力に更に妖力を足して、別の形のイメージを与えたの」


 パキパキ。

 次々と別の形に氷は姿を変える。完全な球体、金平糖の様な星形、面積が広がった薄い円盤、立体的な箱。

 不純物のない美しい氷が形作るそれらは、何時までも見ていたいというほど美しい。



 透き通る宝石の如き煌めきを放つ氷の芸術。照明の光が薄く差し黄や朱に染められた様は、命の炎が宿った生き物のようにも見える。繊細なガラス細工でもなお及ばない美の結晶がそこにはあった。


 リーリウムの瞳は魔性の美に魅入られたのか、じっと見つめたまま逸らすことが出来ない。



「どうだったかしら」


 キィン。


 唐突に消失する氷。砕け散る、又は弾け飛ぶように。


「………綺麗だった…今まで見たどんなものよりも」


 夢心地で開いた口は、淡々と話すリーリウムにしては珍しく感嘆の熱が込められている。心なしか漏れる吐息も熱い。


「そ、そう?ありがとう」


 ウィスタリアは正面からこれ以上ない形で称賛され、動揺を見せる。ほんわり温かいものが胸に満ち、知らず緩められた口元。きゅっと手を握り、視線を彷徨わせた。

 こんな初歩的な技術で作った氷を褒められることは久しい。ウィスタリアが十にも届かない年頃に、両親に披露した時以来だろう。


ラ・フィュが特別だからこんなに気恥ずかしいのかしら…いえ、嬉しいのだけど)


 なんだかおかしな気分になる前に、咳払いで雰囲気を誤魔化すことにした。


「…コホン。アタクシがやったように、リリィもやってみましょう」


「分かった」


 褒められて照れている母に一層強まった尊敬の念を込めて眼差しを送り、リーリウムは力の行使に挑戦する。


 先程ウィスタリアが実演した光景を反芻。再現。


(場所、大きさ、形、性質……詳細に…イメージ)


 どんな氷がいいだろう。条件はきちんとイメージできるものだ。


「初めてだから…そうね。大きさは掌くらいで、身近なものの形を思い浮かべるといいわ。小石やボール、リンゴなんかのフルーツ」


 リーリウムの様子を確認しながら告げられるウィスタリアのアドバイス。なるほど、と助言通りにイメージを作っていく。


(んー…石はなんかあやふやになりそうだし、リンゴかな。よし、形はリンゴで)


 掌大のリンゴ。ウィスタリアのように、場所は手の少し上。


「性質はざっくりね。氷にもいろいろ種類があるけれど、まずは固いかもろいか。どれだけ冷たいのか。今回はこれくらいでいいと思うわ。このイメージ次第で、簡単に砕ける氷かすぐ溶けてしまう氷かが違ってくるのよ」


(じゃあ、とりあえず凄く硬い感じで。冷たさは…普通?うーん……スーパーのドライアイスくらい、とか)


 右手を宙に浮かせ、掌を上に向ける。妖力を右手に集め、ぎゅっと凝縮する感覚。

 凍てつく寒さの冬の日に運動すると感じる、内側から湧き出す熱のようななにかが、体の中心から右手に集中していく。


 十分集まったところで、作り上げたイメージを乗せて外に解放。抜けていく熱とは裏腹に、掌に生じるひんやりとした空気。


 ヒュォッパキキィ。


 生じた冷気が刹那の間に渦巻き、固形の物体を形作った。


(おぉ…!ぉー…ぅん?)


 予定では、手の上に浮かぶ透明な氷でできたリンゴ。眼前にあるのも、リンゴ。初めてだが滑らかでツルリとした光沢のある、流麗なカーブを描いたフォルムにできた。


 しかし。


「…白い?」


 ちゃんとヘタまである、冷たい、真っ白な・・・・リンゴ。

 純白の・・・リンゴである。


(………失敗?いや、でもリンゴになってるし成功?だけど透明じゃないし…)


 何か誤った工程があったのだろうか。


「あらあら、白いリンゴも素敵ね!」


 訝しげにリンゴを眺めていると、ウィスタリアが微笑を浮かべながら手元を覗き込んでくる。興味深いらしく、しげしげと観察した。


「わざわざ白い氷にするなんて考えたこともなかったわ。できなくはないのだけど、普通の氷の方が手間が少ないし」


「手間が少ない?」


「ええ、そうよ。透明なのは不純物がないからで、純粋に空気中の水分だけを妖力で固めるようなものなの。だけど、白くするならわざと空気を混ぜないといけないでしょう?その分だけ手間が増えるから、妖力も少しだけ多く必要なのよ」


 片手を頬にあてて不思議そうにリンゴを見やりながらの言葉に、リーリウムの疑問がさらに増えた。

 手間が多いことに加え、妖力も多めに必要。簡単にイメージしたもののはずなのに、なぜ白いリンゴができあがったのだろう。


母上マトレム。これは勝手に白くなった。イメージと違う」


「そうなの?」


「うん」


「どういうことかしら…。じゃあリリィは、透明な氷でイメージしたということよね」


「そう。透明なリンゴ」


 リーリウムが言わんとしていることを理解し、ウィスタリアも謎に頭を傾げる。


「妖力の誤操作?別の要素…?……うーん…分からないわ。リリィ。どうやってイメージしたか、順を追って説明できる?」


「できる」


 白いリンゴが完成するまでの流れを思い返した。

 現在あるリンゴの妖力を解き、分散。もう一度最初から再現。


母上マトレムみたいに掌の上。手で包めるくらいの大きさ。リンゴの形」


 消えたリンゴがあった場所に再度顕現させるイメージで。


「かなり硬い強度。ドライアイスみたいに冷えてる」


 透明なリンゴ。とても硬く冷たい、掌大の水晶のようなリンゴ。


「妖力を手に集めて、外に放つ」


 パキキィンッ。


 一度目より早い構築速度で、リンゴは出現した。冷気の渦は生じず、ウィスタリアが見せたのと同様の刹那の顕現である。


 ただし、透明な・・・リンゴが。


(……ん?なんで?今度は成功…)


 二度目は想像通りの透き通ったリンゴだった。ますます疑問は深まる。


「成功したわね…」


「うん…」


 疑問符が乱舞した。色彩のよく似た二人が揃って首を傾げ、困った空気を醸し出す。


 どういうことだ…と美しき親子が頭を抱えている様を見ている騎士エクエス二人の片割れ、リンデが、躊躇いながらも主達の助けになれればと口を開いた。


「あの、タリア様、リリィ様」


 無駄な音もなく静かにリーリウム達に接近する。


「なにかしら」


「……?」


「原因は、ドライアイスではないかと」


「ドライアイス?」


「はい。リリィ様は初めてお力を行使されたので、一度目はイメージが少々弱く、ドライアイスに引っ張られてしまったのではと愚考いたします」


「っ…!」


 目から鱗とはこのことか。

 リーリウムは目を丸くし、はっとさせられる。


(そうだ…さっきはあんまり透明な氷を意識してなかったかも)


 ドライアイスは白い。リンゴをイメージした後、冷たさでイメージしたドライアイスの印象が強かった気がする。


「透明なの、一回目はそんなに意識してなかった」


 リンデの指摘はもっともだ。うんうんと納得。


「あらまあ、お手柄ね。ありがとうリンデ」


「いえ」


 リーリウムがすっきりした晴れやかな空気を纏ったので、リンデは意見が助けになったことを安堵し、ウィスタリアの賛辞に謙虚な姿勢をとる。


 役立てたことに喜びつつ、リンデは一礼して元の場所に下がっていった。


(むーん…けっこう難しいんだなぁ…イメージに合わせて氷作るの)


 妖力を固有の力に変換するのは案外難易度が高い。特に、イメージをしっかり固定化することが。


(そう考えると、圧力とか重力とか、想像しづらい能力じゃなくて良かったかも)


 目に見えない力ではなく、触れられて形のあるもの。いくらでも身近なもので形を思い浮かべられるのだから、使いやすい能力と言える。

 前向きに能力と向き合っいけそうだ。リーリウムは練習を重ねる少し先の自分の姿をを幻視した。






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