プロローグ 1
『―――またね、由璃』
―――うん。またね葵。
遠のく声。遠ざかる背中。
何でだろう。ひどく寂しくて、泣きたくなる。
古い記憶のようにも思うし、これから起こる未来の暗示のような気もする。ただただ懐かしい、訪れてほしくない光景。
待って、やっぱり行かないで。
私を孤独にしないで。
―――ねえ、葵。何処に行くの?私も行く。
『…何言ってるの?離れて行ったのは、由璃の方でしょ』
振り返った親友の顔は、相変わらず人形のように整っていて。
でもいつも浮かべる向日葵みたいな温かい笑顔がなくて、代わりに止めどない涙が溢れていた。そして細くて綺麗な首筋に流れる赤。
『何で行っちゃったの?』
おかしい。もう葵は歩みを止めたはずなのに、徐々に距離が開いていく。
『バイバイ、由璃。あたしと由璃は、もう一緒にいられない』
広がる赤が、世界を染めていった。同時に失われる平衡感覚。
葵の身体は赤い世界にゆっくり沈んで、滲むように溶ける。
何かを失う焦燥感に駆られ、必至に手を伸ばしたいのに、私の手は動いてはくれない。私は今、何処にどうやって立っているのかも分からない。立ってすら、いないのかもしれない。
一つだけ漠然と分かるのは、もう親友と共に歩める人生がないということだけだった―――――。
◇◆◇◆
(熱い…ダルい…気持ち悪い…)
ふと、不快感が湧きあがって少女は覚醒を促される。
重い目蓋を持ち上げるのに苦労しながら、何とか開いて瞬きをする。周囲に揺らめく小さな灯りがとても眩しく思えたらしく、目を細めて眉間にシワを寄せてしまった。
十代半ば特有の瑞々しさに、気だるさの合わさった背徳的な空気を醸し出し、危険な香りだ。しかし本人は無自覚だろう。
少女は少しでも光を遮ろうと手近な毛布を掴み、顔全体が隠れるように覆う。非常に肌触りの良い質感だったことも相まって、起き抜けの不快さが若干薄れたようだ。
「…あらあら。アタクシの可愛い子はずいぶん寝起きが悪いみたいね」
椅子に腰かけた美しい銀髪の女が、微笑ましげに少女を見つめて言う。
少女の寝ていたベッドは広い部屋の中央に置かれており、女はそのすぐ傍にある椅子に座って少女の様子を観察していた。
室内は壁に取り付けられた燭台の蝋燭のみで照らされているため、非常に薄暗い。
その状況で女は今まで読書をしていたらしく、椅子の脇にあるテーブルの上には、数十冊の本が積み重ねられていた。
「……だ、れ?」
女の声が聞こえた少女は不思議に思い、被った毛布の隙間から顔を出す。
「おはよう。そしてありがとう、無事に誕生してくれて―――アタクシの愛しい家族」
「ふぁみりあ?」
「そうよ…貴女はアタクシの、やっと生まれてくれた娘っ」
心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべて、女は椅子から立ち上がり少女に顔を近づけた。
「さあ、喉が渇いているでしょう?」
「なに、が…っ」
女に言われた言葉を理解する前に、途轍もない飢餓感が少女の身体を襲った。
(喉がっ…カラカラするっ)
欲しい、喉を潤す、ナニかがホシイ。
痛いほどの渇望。
少女は狂いそうなくらい強いその感情に頭が支配され、他には何も考えられない。荒く息を吐き出すようになり、双眸が妖しくギラついた。
そんな少女を、女はベッドに腰掛け抱きしめる。壊れ物を扱うように優しく。
「―――好きなだけ、お飲みなさい」
耳元で囁かれた瞬間、少女は。
女の白く肌理細やかな首筋に、いつの間にか鋭く尖っていた犬歯を突き立てた。
どうも。
初めましての方もそうでない方にも一応名乗らせていただきます、猫佐都です。
時間があって気が向いたら執筆していくスタイルですので、不定期更新になります。
遅筆になりがちです。そのため中々話が進みません。
それでも読んでくださる方、ありがとうございます。
粗末なものですが、お楽しみいただけるよう頑張ってまいります!
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本作品はガチ百合を含んでいます。