第8話 ロジック遣いによる優雅で華麗な推理ショー・開幕
「ロジック遣いである俺による絶対的に効率的で最上級に本質的なる2つの尋問が終了いたしました。
これにより、私は、真実を知ることができました。絶対と呼ぶには余りに絶対すぎる密室、すなわち完全絶対密室で行われた今回の窃盗事件。しかし、この事件にも、勿論、犯人が存在し私は遂に犯人をつきとめました」
女子更衣室を絶対的静寂が支配する。
室内の誰もが熱い視線を隼人に注ぐ。
「この完全絶対密室による窃盗事件。その犯人は、あなたですっ!」
ビシッと隼人は、一人の人物を指さす。
その指の先にいたのは。
秋葉原学園高校3年女子水泳部副部長・新井いろは、その人だった。
隼人は冷たく言い放つ。
「全部、新井が悪いと言うことです」
「わ、私じゃない。断じて私は犯人じゃない」
新井は叫ぶ。
続けて雪乃も叫ぶ。
「なんでや! 新井関係無いやろ!」
「新井先輩がそんなことする訳無いズラ」
「新井先輩が犯人なんてありえないにゃー」
丸とルリィも叫ぶ。
「冷静にお願いします。全ての事実が、論理によって、新井が悪いという1点へと帰結されるのです」
隼人は顔色1つ変えず、4人を制止する。
「私も外部犯であることを願ってはいたのですが、残念です」
そう言って蔵人は悲しそうに首を横に振る。
「推理の起点となったのは、千冬のちょっとした一言でした」
「お兄様、助手様ちゃんが、お役に立てたのですね!」
千冬は目を輝かす。
「そうだよ、ちーちゃん」
隼人は千冬に微笑む。
「千冬は、完全記憶能力を有することから、データベースとしての十分な機能を有します。その千冬が、容疑者となり得る者全員が共謀することで犯行を行ったという類型に当たること、すなわち真犯人全員が口裏あわせていることから本件では容疑者が全く出てこないと推論した事には、それなりの重みがあるといえるのです」
「他方、その推論には、1つの欠点がありました。容疑者となり得る者全員が真犯人であり共謀して犯行を行ったという類型に当たることは、セットとして、真犯人全員が共謀することで共通して得られる利益を有すること、あるいはそれと同視できる事情があることという積極的な動機が認められるということが必要となることも、その類型に属することの帰結として出てきます。
もっとも、このロッジクは犯人が犯罪により価値を得るという合理的に思考ができることを所与の前提としてのものです。しかし、我が秋葉原学園高校は日本屈指の名門校であり、合理的に考えることができない人間がいません。そこで、そんな所与の前提に疑いを持つ必要は全く無くなるわけになります。
故に、本件では、犯人推論過程にいて、真犯人全員が共謀することで共通して得られる利益を有すること、あるいはそれと同視できる事情があることという積極的な動機が認められるということを要求しなければならなくなるわけです。もっとも、本件秋葉原学園女子水泳部のメンバーたちは、部長の紐パンが盗まれることで共通して利益を得ることはありませんし、それと同視できる事情もなく、積極的な動機は到底認めることができないのです。むしろ信頼できる先輩が大切なものを失ったことに同情し、自らも心労を抱えるという大きな不利益を有するといえましょう。そんなロジックにより、本件は、容疑者となり得る者全員が真犯人であり共謀して犯行を行ったという類型に当たらないということを導くことができるのです」
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ
女子更衣室がどよめく。
「完璧なロッジクずら」
「切れ味鋭いロジックにゃー!」
「さすがお兄様です」
とても頭の良い者たちばかり集まる学園の生徒であることから、口頭による説明でも、そのロジックの精度の高さ、及び鋭さを判断できるわけである。
「また、本件が容疑者となり得る者全員が真犯人であり共謀して犯行を行ったという類型に当たらないということは、真犯人全員が口裏あわせていることから本件では容疑者が全く出てこないとの推論が否定されるとのロジックを意味します。今までのロジックは、そんな推論の正しさを検証するため積み重ねたものであるわけですから、この意味を理解できない者は、論理的思考力では無く自らの記憶力を嘆くべきです」
とても頭の良い者たちばかり集まる学園の生徒たちなので、当然、皆しっかりとした記憶力を有しており、静聴することで、隼人の説明を理解していることを示す。
隼人は続ける。
「このように本件は全員が口裏をあわせているわけではないわけです。このことは重要です。全員が口裏をあわせていないという事実を、便宜上、事実Xと名付けます。しっかり覚えておいて下さい」
「では、論を進めましょう。
先ほど本件では真犯人全員が共謀することで共通して得られる利益を有しないという事実を認定することにより、全員が共謀することの可能性を排除しました。
ならば、視座を変更して、単独犯として、同様の推論を行うべきでしょう。すなわち、個人が本件犯行で利益を得られるかを究理すべきなのです。
本件被害物件は紐パンというただの小さくて安価な繊維にすぎません。しかも中古品です。こんなものに経済的価値はありません。ネットオークションで何ら価値はつきません。ネットなんていう足のつくことをすることは不合理でもあります。またJK好きによる一部マニアによる裏市場があるとしても、そこで利益を得られるとも考えられません。なぜなら、JKが履いた紐パンとおっさんが履いた紐パンを、事後に客観的に区別することは、普通人には不可能だからです」
「つまり、本件の犯人は紐パンから、経済的利益を得ることを目的としていなかったとのロジックが成立するのです」
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女子更衣室に満場の拍手が響き渡る。
「ブラボー!」
「緻密すぎる! ハラショー!」
「凄い切れ味だわ!」
「ヨーソロー!」
「お見事ズラ!」
「さすがお兄様です!」
隼人のロジックの鋭さを、誰もが自らの立場を忘れて口々に賞賛する。
「このように真犯人は紐パンから、経済的利益を得ることを目的としていなかった。では、真犯人は何を目的とする者なのでしょうか? 紐パンから経済的利益を得ようとするのではない。そうだとすると、雪乃さんという個人の紐パンそれ自体に高い価値があるとの考え方を持っている者たち、すなわち、雪乃さんの身につけている物に偏った趣向を有してる者、雪乃さんの温もりの感じられるグッズが欲しくて堪らない者といった雪乃さんに対するその種の共通感情を有する者たちといったクラスタをグルーピングし、そのようなクラスタに帰属する者と考えるのが合理的でしょう」
見事なロジックの連続に、皆が集中して聞き入る。
「では、そんなクラスタが共通して有している感情とは具体的には何でしょう? それは雪乃さんLOVEでしょう。つまり、犯人は雪乃さんを愛しています」
「では容疑者である女子水泳部員3人のうち、誰が雪乃さんを愛しているか? ここで気をつけなければいけないのは、雪乃さんは女性であり、容疑者も女性ということです。つまり、真犯人はノンケでは無いという特徴を持つということです」
「そこに俺の最終尋問での2つの質問の1つめの意義があります。ズラとルリィは初体験を済ませていたことから、ノンケであることが証明されました。
それに対して、新井先輩、あなたはノンケでないという真犯人と同じ特徴を持たないことが証明されません。容疑者3人のうちあなただけがです。ならば、あなたが真犯人しか論理上あり得ないのです。これが第1の根拠です」
余りに切れ味鋭い完全なロッジクが成立にしたことによる感動から、女子更衣室の面々は言葉を失う。
「違う、僕は断じて犯人じゃない!! 僕は確かにノンケじゃない。でも、みんな、こいつの言うことを信じちゃダメだあああああああああああ」
新井は雄叫びをあげる。