第7話 ロジック遣いによる最終尋問
その瞬間。
「くっ、目が、目が……」
隼人は右膝を地面に突き、悶え苦しむ。
「どうしたんや、隼人くん」
雪乃が叫ぶ。
「大変よ。救急車を呼ばなきゃ」
花音が半泣きになりながら、スマホを取り出す。
「お黙りなさい」
千冬は怒りに震えながら叫ぶ。
「あなた達は、何も分かっていません。お兄様は、今、スパコンを越える超高速度による物理演算により、犯人を特定されようとしているのです。でも、お兄様は、かつて地球外生命体ビグースにより右目を奪われました。この後遺症により、頭脳をスパコンを越えるレベルまで回転させた瞬間、その代償として尋常ならざる苦痛がお兄様を襲うことになるのです。その痛みの量は、妊婦が出産する時の痛みの11万4514倍と言われています」
「妊婦が出産する時の痛みの11万4514倍って……そんなんショック死するやん……」
雪乃は絶句する。
「そうです。そんな死ぬほどの思いをしながら、お兄様は、あなたたちの為に計算処理をされているのです。軽々しく、お兄様に助けを求めた自らを責めなさい」
兄を思う気持ち故に、涙声になりながら、千冬は雪乃たちに叫ぶ。
「そこまでして、みんなの為に……」
そう言ったきり花音は言葉を失う。
そして隼人は、ゆっくりと立ち上がる。
確信に溢れた表情で。
「条件は充足された。これより史上最強の名探偵にして完全有るロジック遣いである俺による絶対的に効率的で最上級に本質的な最後の質問を行います。
すなわち最終尋問です。これにより必ず真実が明らかとなります」
隼人の宣言に対し、真摯な面持ちで頷く女子水泳部員たち。
「隼人くんが、そんな大変な思いしてたなんてウチら知らんかったから……ホンマごめん。何でも答えるわ」
「ヨーソロー! 僕も何でも答えるよ。君の全力の誠意に僕たちも全力の誠意で答えたい」
「ルリィも何でも答えるにゃー。頑張ルリィ!」
「丸も何でも答えるズラ。ありがとズラ」
だが隼人は、念を押す。
「本当に何でも答えるんだな」
「せや」
「そうだよ」
「勿論にゃー」
「ズラー」
隼人は、4人を冷静に見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「これより絶対的に効率的で最上級に本質的なる2つの質問をします」
4人は、神妙な顔つきで大きく頷く。
「では第1の質問です。あなた達の初体験の年齢を教えて下さい」
その瞬間、女子更衣室が凍った。
水泳部員の4人は、ドン引きする。
予想外というより、予想に対する斜め下からの非常に低俗な裏切られ方に、4人は固まる。
「それタダのセクハラやねんけど」
「そんなん言うわけないにゃー」
「ふざけんな! 僕は絶対言わないよ」
「ズラー!」
隼人はそんな4人にイラッとした表情を見せる。
バンバン
隼人は机を2回叩いて、怒りをアピールする。
「さっき、お前達は何にでも答えると言ってたんじゃなかったのか? お前達の真実を明らかにしたいという気持ちは、そんなもんだったんだな。
よし、分かった。帰る。ちーちゃん、花音、帰るぞ。アバヨ」
キツイ口調で、そう言うと隼人は不機嫌そうに足早で、出口へと向かう。
その時。
「中3の夏休みズラ……相手はクラスメイト、場所はそいつの部屋でズラ」
俯きながら丸はカミングアウトする。
「やっぱり真実を明らかにしないといけないズラ……だから丸は隼人さんに協力するズラ」
丸は真摯な瞳で隼人を見つめる。
隼人は丸に向けて頷くことで感謝の意を示す。
「確かに、そうだよ。ズラの言うとおりだよ。隼人くん、僕も協力するよ。ヨーソローだ!」
新井が明るい笑顔で隼人を見る。
隼人は頷くことで、続きを促す。
「僕は、まだなんだ。生憎、機械が無くてね。高3なのに、恥ずかしいばかりだよ」
いつもの元気な口調で、新井は言う。
隼人は新井に向けて頷くことで感謝の意を表す。
「ルリィは中2の夏にゃー。相手は水泳部の先輩、場所は先輩の部屋にゃー。先輩のお屋敷の屋上で日光浴した後だったにゃー」
「中古が多いのね。その点、私はピカピカの新車よ」
「花音、お前は黙ってろ」
隼人に一喝され、花音はシュンとなる。
「ウチも新井と同じで、まだやねん。別に守ってるわけやないんやけど、先輩やのに恥ずかしいことやわ」
「皆さん、ご協力感謝します。俺は、ただ初体験の年齢を聞いただけなのに、相手や場所まで教えていただけたのは、意外でしたが」
隼人は、冷静な口調で、そう言いながら丸を見やる。
「え? 年齢しか聞いてなかったズラか?……」
「?! そうにゃー! 年齢しか聞かれてなかったのに、ズラが間違うから、ルリィも連らされて間違ったにゃー」
丸は申し訳無さそうな顔をする。
「お兄様、先ほど皆様が言われている初体験というのは、何の体験のことなのですか?」
千冬が、とても不思議そうな顔で、隼人に尋ねる。
「助手様ちゃんのデータベースには、そんなものはないのです」
隼人は、千冬が完全記憶能力を有するだけに有害情報の影響がより深刻になり得ることから、千冬のスマホのフィルタリングソフトの保護レベルが極最高に設定されていたことを思い出す。そして、ここは上手く誤魔化さなければならないといけない場面であると判断する。
「ちーちゃん、あ、あれだよ……しょ、初体験ってのは異性と初めて……て、て、手をつないだかんじみたいなかんじかな。お前ら、そうだよな!」
優しく千冬に語りかけつつ、最後の一言を他の皆に向かってドスを効かせた声で言うことで俺に話をあわせろという合図を送る。
「そ、そうにゃー……手をつなぐのは緊張したにゃー」
上手く話をあわすルリィに隼人は、笑顔により感謝の気持ちを示す。
「そ、そうズラ。手をつなぐことズラ。ちょっと痛かったズラ、あっ!」
「チッ」
隼人は舌打ちをして丸を睨む。
「お兄様? 手をつなぐことが痛いのですか?」
「そ、それは、あ、あれだよ……す、好きな人と手をつないだら、胸がキュンとなって心が痛いって意味なんじゃないかな。そうだよなズラ」
千冬に優しく、そして最後の一文を押し殺した声で言うことで丸を威圧する。
「そ、そうズラ……とても心が痛かったズラ……こ、心以外は全然痛くなかったズラ」
必死で言い訳をする丸を、隼人は不機嫌そうに見る。
「分かりました、お兄様! 心のことなんですね。大切なお話のときに横から失礼しました」
千冬は隼人に頭を下げる。
「いいんだよ、ちーちゃん」
優しい笑顔で返事をして、隼人は一転、冷静な顔に戻ると水泳部員たちを見つめる。
「では2つの質問のうち2つめの質問、すなわち最後の質問をします」
女子更衣室に再び静寂が訪れる。
4人は神妙な顔で頷く。
「最後の質問です。あなた達に次に生理が来るのはいつですか?」
再び女子更衣室が凍った。
「……アンタただのアホやろ」
「それ絶対、推理と関係無いにゃー」
「ふざけんな! そんな変態っぽい質問に答えないよ」
「ズラー!」
隼人は再びイラッとした表情を見せる。
バンバンバンバン
隼人は机を4回叩いて、怒りをアピールする。
「お前達の俺に協力したいって気持ちは、やはりその程度か!
帰る! ちーちゃん、花音も来いっ」
隼人は声を荒げながら再び足早で、出口へと向かう。
その時。
「8月25日ズラ……」
俯きながら丸がカミングアウトする。
「オラたちは真実を明らかにしないといけないズラ……だから丸は名探偵の隼人さんを信じるズラ」
「確かに、そうだよ。ズラの言うとおりだよ。このままじゃ僕たち何も分からないままだ。8月15日だよ、これでいいかい」
「ルリィは8月30日にゃー」
「私は今、生理中よ」
「花音、お前には聞いてない」
隼人に怒られ、花音はシュンとなる。
「ウチは8月20日やで。疑いたくないけど、この質問ってホンマ意味あんのん?」
不思議そうに雪乃は、隼人を見る。
「皆さん、ご協力感謝します。これにて最終尋問を終了します」
隼人は、冷静な表情で、4人の女子水泳部員を見やる。
「ロジック遣いである俺による絶対的に効率的で最上級に本質的なる2つの尋問が終了いたしました。
これにより、私は、真実を知ることができました。絶対と呼ぶには余りに絶対すぎる密室、すなわち完全絶対密室で行われた今回の窃盗事件。しかし、この事件にも、勿論、犯人が存在し私は遂に犯人をつきとめました
女子更衣室を絶対的静寂が支配する。
室内の誰もが熱い視線を隼人に注ぐ。
「この完全絶対密室による窃盗事件。その犯人は、あなたですっ!」
ビシッと隼人は、一人の人物を指さす。
その指の先にいたのは。