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第3話 警視庁捜査一課長とロジック遣い

 

 生徒会役員室にSkype着信音が響き渡る。


「警視庁捜査一課長の大石小次郎課長からか。みんな静粛に頼む」


 そんな隼人の言葉に、花音と千冬は緊張を覚える。



 生徒会役員室の東側の壁一面に埋め込まれた大型ディスプレイに40代半ばほどの精悍な顔立ちの白髪交じりの紳士が映し出される。その鋭い眼光は、刑事畑を長く経験してきた本物の刑事であることを名刺代わりに伝えるものであり、花音と千冬はその迫力に戦慄せんりつを覚える。



「久しぶりだな。史上最強の名探偵にして完全なるロジック遣い・綾宮隼人。警視庁捜査一課特別分析官である貴官に分析を依頼したい」


 大石の落ち着いた声が、緊張に包まれた生徒会役員室へと響く。



「綾宮特別分析官よ、そこのお嬢さん方は、信頼できるのかな?」


 Skypeごしに花音と千冬を見つけた大石は、いぶかしむ声で、隼人に尋ねる。



「大丈夫です。一人は秋葉原学園の風紀委員会副委員長という責任ある立場にある者。もう一人は俺の妹という極めて近い親族です。ゆえに俺が捜査一課の特別分析官であることを含め、あらゆる秘密を遵守してくれるだけの見識を持つ者であることが保証されているといえます」



「そうか。貴官がそこまで言うのなら、間違いはなかろう。失礼したね、お嬢さんがた


 大石は申し訳なさそうな優しい口調で、軽く頭を下げると、本題へ切り込む。


「銀座で白昼堂々起こった15億円の現金輸送車襲撃事件のことなんだ。日本犯罪史上最高額の強盗事件として注目されているんだが、全く捜査が難航していてね。マスコミからのパッシングも激しくなるばかりだ。そこで貴官に分析を依頼したいと思う」



「大石課長、今の捜査一課の最大の弱点は、新Nシステムを過信していることにあります。そんな過信ゆえに、見つかるべき者も見つからないんですよ」


「過信?」


「はい。かつてのNシステムは、幹線道路のみしか撮影対象となってはいませんでした。ですが、現代の新Nシステムにより、全国に張り巡らされた路地をも含めたあらゆる道路網、さらに警察への要請に応じ包括提供を約束したたことで全国の私鉄各社やコンビニ各チェーンなどから常に送られ続ける大量の防犯カメラ映像情報、これらを統合することで現在の警察は、完全なる監視社会を実現しました。これにより、あなた達は、犯罪者に対し圧倒的なアドバンテージを持った。この新Nシステムによって、犯行現場と犯行時刻さえ分かれば、あなた達は、容易に犯人認定に役立つ画像を入手できる蓋然性を高め、現にそれを利用して犯人検挙率を圧倒的に高めてきた。ですが、そんな成功経験の繰り返しが、逆にあなた達の捜査能力を少しずつ低下させていったんですよ」



「逆に低下か……思い当たるふしが多すぎて、恥ずかしいくらいだよ……薄々は気づいていたが、面と向かって言われるとねぇ。やはりそうなのか……」


 大石の頬に冷や汗が流れる。



「そうです。犯人は新Nシステムの整備されていない東京の地下にある秘密路線網を利用したんですよね」


「そ、そんな最高レベルの捜査機密情報が漏れているのかね!」


 大石は驚く。


「いいえ、これは単なる推理ですよ。完全なるロジックを遣うことで、真理へと辿りつけます。

 すなわち、あなた達の捜査は新Nシステムに依存しきっている。ならば、新Nシステムの追跡の及ばない場所を逃走経路として利用することで、捜査の手から逃れられる蓋然性は飛躍的に高まるのですよ。ちょっとしたコロンブスの卵です。

 銀座という東京のど真ん中において新Nシステムに補足されない逃走経路となると、東京の地下秘密路線網を選択するのが最も合理的です。他方、東京の地下秘密路線網に関する情報は、官邸のみが独占し、警察にとってはアンタッチャブルな情報となります。そこに踏み込もうとするとすると捜査一課と官邸との衝突が不可避となり、日本の行政システムにおいて最上位にある官邸の意向に警察は決して逆らうことができない。そうすると捜査一課の捜査が難航するのが必定となります。

 また、かかる事象を視点を変えて考察するならば、捜査一課の捜査が難航していること自体が、犯人の逃走経路が東京の地下秘密路線網であることを推論させることとなるんですよ。全ては、しっかりと考える頭さえあれば、簡単に推論できることばかりです」



「さすが『完全なるロジック遣い』だ! その通りなんだ。見事なロジックだ。犯人グループが地下に潜った段階で、完全にお手あげなんだよ。上からの圧力もハンパないんだ。さすが綾宮特別分析官だね」


 隼人の見事なロジックを前に、大石は感嘆する。


「もしかして、いつものように犯人の特定まで、できているのかい?」


「大石課長、ここは逆に考えるんですよ」


「逆に?」


 大石は不思議そうに問う。


「そうです。犯行現場が、『偶然に』東京の地下秘密路線網の近くだから地下に潜られ捜査が難航しているとあなた達は思っている。ですが、逆です。捜査を難航さえるために、犯人は『必然に』地下秘密路線網の出入口付近という場所で現金輸送車を襲ったんですよ」


「!」


 大石の瞳が輝く。


「そうです。地下秘密路線網の出入口というのは、それ自体有名なものではありませし、非常に限られた数しか存在しません。そんなレアな場所を犯行場所とするには、事前に現金輸送車の巡回ルートを知っておくしかないのです。しかし、二神銀行は、毎日、輸送車の巡回ルートを変更します。そうすると、そんな日々変わる輸送ルートを把握している銀行内部者に犯人がいることが必定となります。そこで、私は二神銀行内部者のみならず親族、友人のSNSを全て観察しました。そしてある行員の友人に、事件後に急に金遣いが荒くなったニートを見つけ出しました。彼が実行犯でしょう」


「それは凄い! 内部犯も疑ったが、具体的な人物まで特定できた捜査官は皆無だったよ」


 大石は興奮を隠せない。


「また大石課長もご存知のように、俺の知人には世界最強のハッカー『2代目Dr.I』がいます。私は『2代目Dr.I』に依頼して、官邸のみが独占する事件当日の地下秘密路線網の監視カメラの映像をハッキングしました。勿論、あなた方の新Nシステムの映像にもハッキングをかけてます。これらの映像をかけ合わせることで見つかった犯人は、前述したSNSから割り出した犯人と全くの同一人物です。すなわち、私の抱いた嫌疑は、しっかりとした裏付けのある客観的証拠によって合理的疑いを容れないレベルまでの心証形成可能な事実へと高められたと言えるのです。これらをまとめたレポートを、今から送信しますから」


 隼人は、そう言いながら、長テーブルに埋め込まれたPCパソコンのキーボードを操作する。



「お見事だ! さすが『史上世界最強の名探偵』にして『完全なるロジック遣い』だな。本当に助かったよ」


 大石の声が、心からの安堵に震える。



「君の昇格と昇給は間違いないよ、特別分析官」


「いえ、俺は昇格も昇給も興味無いです。俺は手応てごたえのある事件で犯人を詰ませられさえすれば満足ですから」


「いや、捜査官には論功行賞をしっかり与えること。これは組織を効率的かつ健全なものとして機能させる為に必須のことなんだ。だから貴官にも、しかるべき報酬を受け取って欲しい」



「そう言う理屈であれば、受け取らない訳にはいかなくなりますね」



「分かってくれて嬉しいよ。それと、僕から2つ頼みたいことがあるんだ、隼人」


 この時、大石は、今日、初めて『隼人』と呼んだ。


 今日の大石は、隼人のことを『特別分析官』や『貴官』と呼んでいた。これは、同じ警察組織に属す者として接していたことを意味する。


 だが、大石と隼人は年こそ大きく離れているが、互いに認め合った親友でもある。そんな大石が今『隼人』と呼んだということは、これからは、警視庁捜査一課長としてではなく、友人としてのプライベートな依頼をするぞとの意思表示であることを意味する。


「何でしょう、大石さん」


 そんな大石の真意を察したがゆえに、隼人も、『大石課長』ではなく、『大石さん』と呼ぶことで、プライベートな依頼と分かっているとの意思を暗黙に表示する。



「隼人、またお前と将棋が指したいな。今度の日曜でも、御徒町おかちまちの将棋道場に来いよ。これが1つめだ」


 満面の笑みの大石。


「大石さん、俺たちの最初の出会いは、あの道場でしたよね。難航する事件をボヤいてる対局相手に自分の推理を言っただけなのに、いきなり捜査一課の特別分析官へとスカウトされるんだから、驚きましたよ。捜査も将棋も、大石さんは攻め急ぐところが弱点なんですよ。もっと腰を据えてしっかり考えないと勝てるものも勝てませんからね」


 楽しそうに話す隼人。


「そうだな。あの日は、刑事としても、アマチュア棋士としても、ボコボコにされたからな。こちらは中盤のつもりでいたのに、いきなり隼人に51手の詰め宣言をされたときは驚愕しまくったよ。あんな偶然があったのも不思議だし、それを発見した隼人は凄いと思ったぞ」


 大石も、なつかしむ声で嬉しそうに話す。



「偶然? 俺は、たまたま51手の詰め手順を見つけたわけじゃありませんよ。51手の詰め手順がある場所へと初手から、あなたの玉を誘導させ続けたんですよ」



「そ、そうだったのか……さすが隼人だ。

 で、では、2つめだ。ここからが本題だ。俺は、お前の倍以上の長さの人生を送ってきた。それだけに分かることがある。だから、一つ忠告したいんだ」


「はい」


「お前を見てると分かるんだよ。お前は、きっと女で苦労する」


「はい?」


 斜め上からの助言に隼人は、思わず頓狂とんきょうな声を上げる。


「うちの捜査一課の女性捜査官たちも、お前の話になるとうわついた発言しかしなくなるから困ってるんだよ。夏休みで今日はいないみたいだけど秋葉原学園高校の生徒会役員さんたちも、美少女たちばかりだったろ? そして今日は風紀委員のお嬢さんか。隼人は無意識のうちにどんどんとハーレムを構築しているようだ」



「確かに何故なぜか俺のまわりには女性ばかりが周りに集まることには気づいてました。でも、副会長の人色ひといろ七里ななりさんも、書記の西木野ヒナギクも、単なる生徒会を共に執行するパートナーです。花音は、風紀委員として生徒会に協力する立場にある者です。なぜハーレムになるのか全く意味が分かりませんが?……」


 大石の言葉の意味を計りかね困惑する隼人。

 そんな隼人を見て、大石はニヤリと笑う。


「『世界最強の名探偵』にして『完全なるロジック遣い』も、男女の機微にはうといようだな。

 だが、隼人。女性には気をつけろよ。

 特にヤンデレは、いきなり刃物を持ち出すからな。じゃあな」



 言いたいことを全部言うと、大石はいきなりSkypeからログアウトする。



「女性に気をつける? なんのこっちゃだな」


 隼人は首をかしげる。



「今のって警視庁の捜査一課長よね。刑事ドラマの世界の人じゃない。そんなのが友達ってアンタって、どんだけえええ」


 高校生とは思えない隼人の広い人脈に、花音は驚く。


「お兄様のご友人は捜査一課長だけじゃありませんですわ。FBIのヴィルヌーブ長官、コロンビア大学のハーディング教授、ケンブリッジ大学のオッペンハイヤー教授も、お兄様のことが大好きで、しょっちゅう極秘来日されてますわ」


「ちーちゃん、長官のことは極秘事項だから……」


「あっ! すみません、お兄様。助手様ちゃんは、口をウッカリ滑らせてしまったのです」


「これからは気をつけようね」


 申し訳なさそうにする千冬の頭を、優しいそうな瞳で撫でる隼人。


「FBIの長官ですって……それにコロンビア大のハーディング教授って空気に触れると消滅する魔法の繊維を発明でノーベル賞もらった人だよね……ケンブリッジ大のオッペンハイヤー教授もSTAP現象の証明でノーベル賞もらった人……アンタって……」


「FBIのヴィルヌーブ長官は俺に捜査の相談をする為、何度か来日されているが、オフレコで頼む。ハーディング教授はチェスのグランドマスターで俺の好敵手だから対局に来ただけだよ。オッペンハイヤー教授からは、STAP現象の有無と、STAP細胞の有無に関する小保方氏のねつ造論文問題とは、理論上何の関係も無いことなのに、なんで日本で自分の評判は悪いんだって相談をされに来たんだよ、繊細な人だ。それは日本のマスコミの頭が悪いだけですって言ったら、納得されて帰っていかれたよ」



 コンコン



 その時、生徒会役員室をノックする音がする。


「入って、どうぞ」


 隼人が、低い美声で外の人物に声をかける。



 ガチャ



 顔面を蒼白にさせた一人の少女が、慌てた様子で生徒会役員室へ入ってくる。



「大変や! 完全な絶対の密室で犯罪が起こったんや。起こるはずのない完全不可能犯罪が起こったんや! ウチを助けて欲しいんや!」


 絶対と呼ぶには余りに絶対すぎる密室、すなわち完全絶対密室におけるパーフェクト・プロブレム。人類の知性では決して解に辿り付くことのできぬ難問『真夏の夜の方程式』。


 それこそは『史上最強の名探偵』にして『完全なるロジック遣い』綾宮隼人による奇跡の推理ショーの幕開けであった。


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