第1話 ツンデレ令嬢とロジック遣い
20X8年8月11日
PM6時35分
東京都千代田区にある日本屈指の名門・秋葉原学園高校。
その学園の廊下を一人の美少女が、カツカツと足早に歩く。大股で力強く闊歩する姿が、その少女の気の強さを窺わせる。
少女の名は双葉花音。
秋葉原学園高校1年。風紀委員会副委員長。
100人いれば100人が認めざるをえないレベルの美少女。ゆえに校内随一の美少女との呼び声も高い。
ツインテールにした炎髪に小さな顔。緋色の瞳は大きく、意思の強さを感じさせる強い眼差しを放つ。身長は160cmほど。右耳にはルビーのピアス。
花音は、その美貌が並外れているだけでなく、世界有数の大富豪である双葉財閥の令嬢であり、しかも鬼の風紀委員会副委員長として活躍していることから、学園内では知らない者はいない存在である。
気の強そうな表情で廊下を闊歩する花音の姿を、部活や同好会のために学校に来ている男子生徒達が、皆うっとりと眺める。
花音は、その部屋の前に来ると、ピタッと歩みを止める。
非常に重厚な木製の扉が、その場所が特別な部屋であることを物語る。
扉の横には、『生徒会役員執務室』と檜に筆で書かれた立派な表札。
「はー」
先ほどまでの気の強そうな表情は、一転として不安げな表情に変わり、溜め息をつく。
「せっかく作った手作りのお弁当、気に入ってくれるかな」
誰にも聞こえないほどの小さな声で、呟く。
「頑張れ、花音」
自分で自分を叱咤することで、元の気の強そうな表情へと戻ると、花音は生徒会室の扉をコンコンと2回ノックする。
「入って、どうぞ」
部屋の中からの低音美声による返答。
ガチャ
30畳の広さを持つその部屋は、光沢のある黒曜石が全面に敷き詰められ、壁や天井にはバロック様式の絢爛豪華な装飾がされている。その空間の中央には、クリムゾン・レッドの絨毯が敷き詰められる。
その最奥にあるブラックウォールナットの重厚な執務机に向かう、銀髪で隻眼の少年。だが、その少年は、ぶ厚い書物を真剣な表情で読みふけったまま来客者へ顔を向けようとはしない。
執務机の上には大量の書物があり、それらにはどれも夥しい数のポストイットが挟み込まれている。
戸惑いながら、花音の方から声をかける。
「ふ、風紀委員会副委員長をやってる1年の双葉花音よ。あ、あ、あんたが1年で生徒会長をやってる綾宮隼人ね」
「確認しないと分からないのか?
そうだとすると、風紀委員会では、俺が生徒会長であるかどうかを聞かなければ分からないような無能が副委員長を務めているということになるんだが?」
相変わらず書物から目を離そうとせず、抑揚のない落ち着いた口調の隼人。
「か、確認したわけじゃないわよ! あんた銀髪とか隻眼とか特徴ありまくりだから、一目瞭然でしょ。こ、こ、これは、しゃ、社交辞令? そ、そう社交辞令よ」
頬に冷や汗を垂らしつつ、花音は平静を装う。
「戯言だ。許せ。
初対面の相手には、ついアドバンテージを取りたくなる少年時代の悪い癖が残っててな。申し訳ない」
全く申し訳ないとは思ってない冷淡な口調のまま書物を読み続ける隼人。
「さて花音とやら。お前がここへ来る理由は、存在しないはずだが?
夏休み期間中の校内見回りは、従来は風紀委員会と生徒会の役割だ。この両者で夏休みの前半と後半でその役割を分担してきた。ゆえに本来なら、夏休みも後半となる今日8月11日からは、風紀委員が見回りとなるはずだ。だが、今年に限っては、生徒会が全て引き受けるということで生徒会長である俺と風紀委員長であるロックコ・ビンセントとの間で話はついている。ゆえに風紀委員『副』委員長にすぎないお前が、この部屋に来る理由は、当然それ以外のものなのだろうな?」
隼人は、読んでいた書物を徐に閉じると、鋭い眼光で花音を見つめる。
「風紀委員長のロックコさんからは聞いてるわよ。でも、風紀委員の仕事を、あなた達がやるって言うのが気にいらないのよね。だから私も今日の見回り手伝わせてもらうわ」
花音は、負けじと隼人を睨め付ける。
「今年の夏休みから、秋葉原学園高校の部活動は特殊サマータイムを実施したことは知ってるな?」
「うん、知ってるわよ。あんたが生徒会長の専権でやったのよね。夏休みの部活を夜間に集中させることで、生徒の非行を防止するという政策なんでしょ」
「そうだ。昨年までのうちの学生の行動に関するあらゆるデータを統計学的観点から分析することにより、俺はこの学校の生徒の補導率というものが、夏休みの夜間に集中して高いことに気づいた。しかも、血気盛んな運動部員にその傾向が顕著だった。だから、そんな夏休みの夜に、彼らを部活に専念させることで、夜遊びの時間を奪い、これにより補導率を下げることで非行を防止するという政策を俺は立案したわけだ」
「あんたの114個の選挙公約のうちの1つよね。さすがだと思ったわ。あんたの生徒会長選挙での演説も、全てが完全なロジックだったわ。他の全校生徒達と同じく私もスゴく感動したわ。1年生が生徒会会長選挙で圧勝したのも当然と思ったわよ。
でも、それと見回りも生徒会がすることとは関係ないでしょ! 私はそれが気にいらないの!」
花音は負けじと反論する。
「関係あるな」
「え?」
「風紀委員会のメンバーたちは、俺が生徒会長選挙で当選する前の生徒総会で選任された者達だ。つまり、俺の政策を前提とせずに選ばれた存在だ。すなわち、従来の風紀委員の職務を前提としてその任に就いた者といえる。ならば、新たな政策を持った俺が生徒会長に就いたことでお前達の職務も少なからず変容し、その変容の程度としてはお前達が職務就任をする時に前提にしていた基礎を揺るがすほどの変容であると評価することも決して過言ではなかろう。これは他面から見れば、お前たちにとって、今回の夜間の見回りなど就任時点からは予見困難であった少なくない負担が加重されたことをも意味することとなる。
ならば、それは俺にとっては、お前達への借りとなることを意味する。しかし、いかなる借りも作らずに、『ギブ・アンド・テイク』が俺の流儀だ。そんな俺自身のプライマリーバランスを図るという流儀を守るため、夏休み期間の夜間の見回りは我々生徒会が行うと俺は決めたわけだ。
ゆえに風紀委員であるお前が俺を手伝う理由はないし、むしろ手伝うべきではない。これが俺のロジックだ」
「ぐぬぬ……」
隼人の完全なるロジックに圧倒され、いつも強気な花音も怯まざるを得ない。
「さっきも言ったように俺が拒否するのは風紀委員との立場としてお前が俺を手伝うことだ。風紀委員という立場以外の立場でなら、お前が俺を手伝うかは、また別途の開かれた問題となるわけだが?」
言い過ぎたと思ったのか、隼人は新たなロジックにより助け舟を出し、花音が持つ大きなバスケットをチラっと見やる。
「た、た、確かに、これはアンタと私のお弁当よ。
風紀委員の立場じゃなくて、夏休みの夜の秋葉原学園高校ってどんなだろうって興味があったから、見回りしたいって思ったのよ」
名門秋葉原学園の生徒であり、決して頭が悪いわけではない花音は、蔵人のロジックによる助け舟に気づき、瞬時にそのロジックに乗るべきと判断し、返答した。
だが、負けず嫌いの花音は、それでは自分のプライドが許さないと、つけ加えて言う。
「で、でも、べ、べ、べ、別に、これはアンタに食べて欲しいから、頑張って作ったわけじゃないんだからね! か、勘違いしないでしょね!
これは、そ、そうよ。たまたまよ。自分の分を作るついでに食材が余ったから、たまたまアンタのお弁当も作っただけよ。
私もアンタと一緒でプライバシーバランスで見回りするつもりなだけよ」
「プライバシーバランスでなくプライマリーバランスだ」
「ぐぬぬ……うるさい、うるさい、うるさい」
顔を紅潮させつつ言葉とは裏腹に、少し嬉しそうに嬉しそうな花音。
「あれ? その大量の付箋のついてる書物って全部、法律書だよね? ハムラビ法典に、マグナカルタ、権利章典、フランス人権宣言あたりは、題名くらい知ってるわよ。カール・シュミットとかロクシンってこれドイツ人? しかも全部が翻訳されてない原書じゃない! こんなのまで使って大学への受験勉強してるわけ?」
隼人の執務机の上にある沢山の書物の表紙を見て、それらが凡そ高校1年生では理解困難なレベルの外国の法律書であることに気づき花音は驚く。
「大学入試なんて、ただの一般教養だろ? そんなのの対策なんて1秒たりともするつもりないよ」
隼人は一笑に付す。
「なら、どうして?」
「俺たちが秋葉原学園へ入る数年前に人色蔵人さんという生徒会長がいたのを知っているか?」
「勿論よ。たしか東大とハーバードとケンブリッジを受けて全てを一番で合格した凄い先輩でしょ! 伝説の生徒会長として、理事長たちを完全論破して、学園の主要な権限を理事会から大量に生徒会の権限にしちゃった人だよね」
「そうだ。秋葉原学園高校は、世界で最も生徒会の自治が広くて尊重されていると世界中で有名だが、それは全部、蔵人先輩のおかげなんだ。
だが、次の生徒会長になった岡凜。こいつが改正した生徒会規則は欠陥だらけだ。今までは顕在化してこなかったが、いずれ問題が出てくることは明らかだ。だから、俺は、次の生徒総会で生徒会規則の再改正をすべくゼロベースでの草案を起案してるんだ。新しい生徒会規則は、世界で最も公正で中立的な内容を持つものでなければならないと俺は考えている」
「そ、そんなことまで考えているんだ。さすが『完全なるロジック遣い』ね!」
花音は、うっとりとした表情で隼人を見つめる。
「分かればいい。せっかく来てくれたのだから、今日の見回りだけは手伝って貰うことにしよう。お茶も出していなかったな。冷たいものでも出そう」
そう言って、隼人は徐に立ち上がる。
花音は、隼人のズボンのチャックの横に濃厚な黄色い液体が付着しているのに気づく。
(こ、これって……せ、精液……隼人くん、私が来るまで生徒会役員室で何してたの……)
花音は思春期で精力旺盛な16才男子というものは、きっと四六時中エッチな妄想ばかりしているんだろうという先入観を普段から持っている。そして、精液がベットリついたズボンからの連想で、隼人は生徒会役員室で生徒会規則改正草案の起草などしておらず、一人でエッチな行為をしていたと察した。
そんな野獣の様な男と夜中に密室で二人っきりになっている状況になっていると気づく。
(隼人くんのこと大好きだけど、いきなり体を求められた時のこととか、全然考えてなかったよ……)
「わ、わたし……」
動揺しながら後退りする花音。
「あっ」
過度の緊張から目をパチクリしたことで、花音の片目からコンタクトレンズが落下する。
花音は四つん這いになって、コンタクトレンズを探す。
そんな花音に向かって、ゆっくりと隼人が近づく。
「しゃぶれよ」
隼人は、徐に全長15cmほどの太くて黒い円筒形のアイスを仁王立ちの姿勢のまま花音へと差し出す。
「こ、これは……」
動揺する花音。
「お前がこの部屋に来た本当の目的はこれだろ? これが欲しかったんだろ? これが好きなんだろ?」
「どちらかと言わずとも好きよ」
花音はコクリと頷きながら、そう言うとトロンとした目となる。
花音は四つん這いから膝立ちにになりながら、仁王立ちになった隼人の腰の高さにある太くて黒い円筒形のソレへとゆっくりと自らの顔を近づける。
花音はゆっくりと黒いソレへと舌を絡める。
「ちょっと苦いだろ?」
隼人は、そう言いながら花音の右側の耳元の髪をかき上げて、耳を出し、また花音の右側の首もと鎖骨上にあるホクロを優しくなぞる。
黒いソレを一心不乱に舐める花音は、隼人にホクロをなぞられていることも、スマホで舐める姿を撮影されていることにも気づかない。
隼人は、花音の胸へとゆっくりと手を伸ばす。




