第9話 ロジック遣いによる優雅で華麗な推理ショー・閉幕
「違う、僕は断じて犯人じゃない!! 僕は確かにノンケじゃない。でも、みんな、こいつの言うことを信じちゃダメだあああああああああああ」
新井は雄叫びをあげる。
「では、第2の論拠を証明しましょう。第1の論拠が主観面に拠るものであったのに対し、第2の論拠は客観面に拠るものです。」
隼人は新井を無視して、証明を続ける。
「犯行現場である女子更衣室は、天才物理学者・水鏡恭一郎がCEOを務める世界最高のセキュリティー技術を持つイリュージョン・アーツ株式会社による安全保証がなされた完璧な密室でした。このシステムは、女子更衣室自体を密閉された鉄の箱として完全に外界と隔離してしまうものです。そして、壁や屋根から鉄の箱を破損しようとする者がいれば、防犯センサーが作動し、イリュージョン・アーツ株式会社本社へ通報が行くというシステムが24時間体制で作動している。入口のドアからのみ、中へ入ることができるものです。その入口には、最新のバイオメトリック認証システムが導入されていた。指紋、掌の静脈、網膜という3点の生体認証を要求する完璧なものでした。現場検証するまでは犯人が高度な非常に技術を持っていて入口に小細工をした可能性を考えてましたが、そんな痕跡は皆無でした。このドアを外から開けられるのは雪乃さんだけでした」
「ただ、このドアは内側から外へでるのは自由でした。そうでなければ消防法に違反しますからね。ですから、現場検証前は、犯人がロッカーの中に隠れていて、雪乃さんたちが出て行ってから、脱出する可能性を考えました。
しかし、現場に行ってみると、ボストンバックを入れられるくらいの小さなロッカーしか無く、犯人が隠れる場所は皆無でした。これにより、犯人が雪乃さんたちが出て行ってから脱出する可能性を排除することができました」
「しかも、最新のバイオメトリック認証システムはロッカーにも施されていたから、犯人の滞在時刻に拘わらず犯人が雪乃さんのロッカーを開けることは不可能なのです。
つまり、被害物件には世界最新のシステムで二重で守られた完全なる密室が構築されていたといえるのです。密室と呼ぶには余りに密室すぎる絶対完全密室と言えるものです。すなわち、これは人類の知性では決して解に辿り付くことのできない最難問『真夏の夜の方程式』です」
「ここで犯行時刻を検討しましょう。水泳部員は更衣室の入口に午後4時に集合して、全員で一緒に入った。着替えを済ませて、全員で午後4時20分に外に出た。そして午後6時前に再び全員で一緒に更衣室に入った。つまり、午後4時20分から午後6時前の1時間30分間、この更衣室は無人だった。そして、午後6時過ぎに雪乃さんがイリュージョン・アーツ株式会社にこの1時間30分間に更衣室の防犯センサーが作動しなかったことを確認している。そうすると、花音、犯行時刻はいつだ?」
「そこまで言われたら誰でも分かるわよ。午後4時20分から午後6時前の1時間30分間だけは絶対にあり得ないんでしょ」
「そうだ。二重の生体認証で担保された完全密室となっている午後4時20分から午後6時前の1時間30分間に紐パンを盗難することは100%あり得ない。また午後6時ころ更衣室に雪乃さんたちは戻ってきて、ロッカーから紐パンが盗まれていることに気づいた。ということは、午後6時ころより後に盗まれたことも、勿論、あり得ない。だったら、ちーちゃん、犯行時刻はいつになるかな?」
「はい、お兄様、そうすると、みんなで更衣室に入った午後4時から更衣室から出た午後4時20分までという20分間に特定されます! あれ? でも、午後4時20分より少し前に、 丸さんも、ルリィも、新井さんも、全員が、雪乃さんが紐パンをロッカーを入れる瞬間を目撃されているんですよね? だったら、それより後になります。でも、その後、みんなで外に出たのが午後4時20分で?? あれれ? お兄様、紐パンが盗まれる時刻が存在しなくなってしまいます……助手様ちゃんは頭が爆発しそうなくらい混乱してます……」
千冬は泣きそうな声で訴える。
「そうなんだ! ちーちゃん! ここが最高の難問だ。常識的に考えると盗まれる時刻は存在し無かったはずだ。だが、実際は盗まれていることから、盗まれる時刻が存在した。この矛盾をどう説明するか? 花音、説明してみろ」
「できるわけないでしょ! 私も頭が爆発するわよ。え?! あっ! も、もしかして!」
「どうした? 言ってみろ」
「午後4時20分より少し前に、雪乃さんが紐パンをロッカーに入れたという事実が存在しないってことね! そうすれば、全ての事実が全部矛盾無く説明できる」
「それが唯一の矛盾の無い説明方法ではある。だが、それは間違っている。
なぜなら、そうすると、今度はさっき説明した事実Xとの矛盾が生じるからだ」
「!! 本当だわ!! この事件は全員が口裏をあわせてないことが既に証明されている。全員が口裏をあわせていないという事実を、事実Xとして、アンタ、しっかり覚えておけって言ってたよね。
でも、雪乃さんが紐パンをロッカーに入れるところは全員が目撃したと言っている。紐パンがロッカーに入れられてないなら、全員が口裏をあわせてることとなって事実Xと矛盾するわ!」
「そう。この矛盾は、説明不可能なんだ。これが今回の事件を人類の知性では決して解に辿り付くことのできぬ難問、すなわち『真夏の夜の方程式』としている由縁だ。だが、俺はこれを解いた!」
「凄いズラー! 勿体ぶらないで早く教えて欲しいズラ!」
「どうやったんだにゃー」
女子水泳部員たちは、自分の立場を忘れて隼人の推理ショーに夢中になり、続きを促す。
「では、花音、お前と初めて話した生徒会役員室での事を思い出せ。俺が警視庁捜査一課長の大石さんとSkypeで話し終わった直後のことだ。チェスのグランドマスターをやってる俺の対局友達は誰だ?」
「え? コロンビア大のハーディング教授だよね」
「そうだ」
「空気に触れると消滅する魔法の繊維を発明でノーベル賞もらった人だよね……まさか!」
「そのまさかなんだよ!」
「雪乃さんがロッカーに紐パンを入れたのは事実Xとして絶対に存在するんだ。だが、そのロッカーに入れられた紐パンと、雪乃さんが履いてきた紐パンに同一性が無くても、それは事実Xと矛盾しない。事実Xにおいては、紐パンは紫でスケスケでエロいというレベルで抽象化されるにとどまるからだ。すなわち、ロッカーに入れられる直前に、魔法の繊維で作られた紐パンとすり替えられたとしても、何ら事実Xと矛盾しないんだ。
すなわち紐パンは、100%すり替えたといえる、そして、そんなすり替えをした人物が真犯人となる。
では、そんなすり替えを行うことが可能だったのは誰か?ちーちゃん分かるかな?」
「はい、お兄様! 助手様ちゃんは覚えているのです! ルリィさんは、言われました。水泳部員のロッカーは、南壁面の最上段の右端から4つが割り当てられていて、右から順に、ズラさん、ルリィさん、新井さん、雪乃さんですわ。つまり、雪乃さんの隣は、新井さんだけです。新井さんだけが紐パンをすり替えられました」
「ちーちゃん、正解だ!」
「やったのです!」
隼人は笑顔で千冬の頭を撫で、千冬は両手を上げて喜ぶ。
「そ、そ、それやったら、おかしいんちゃうか! それやったら、新井が事前にウチの紐パンのデザインを知ってないとアカンやん。おかしいやろ」
「雪乃さん、あなたが新井さんの肩を持ちたい気持ちは分かります。でも、もう遅いんですよ」
「もう遅い?」
「あなたは生徒会室に来られた時、紐パンを半年前にもらった大切にせんとアカンもんやのに立つ瀬があらへんねんと仰いました。今日は8月11日です。ならば半年前とは、2月14日のバレンタイン・デーの事でしょう。その日に、新井さんに告白され紐パンをもらったのでしょう?」
「ち、ち、違う。バレンタインなんて知らんわ! ウ、ウチの誕生日が2月なんや! そうや! ウチの誕生日は2月に決まってるやん!」
「そうすると新たな矛盾が生じますが?」
「矛盾?」
「これも生徒会室に来られた時の会話です。俺が何故、XVIDEOの話題を振ったか分かりますか? それはあなたの誕生日を知るための誘導です。あなたは、そんな俺の罠にかかり、『そんなん見てええんはウチみたいな18才以上のもんだけやで』と仰いました。高3の先輩が18才とうことは、4月から8月の間に誕生日を迎えられたことになります。だとすると、2月に誕生日は、ありえません」
「ぐぬぬ……」
雪乃は反論できない。
「でも、それは憶測やん! 仮に新井がすり替えたとしても、新井が持ってきた紐パンは消滅してるから証拠が無いやん!」
「証拠はあります!」
「え? なんでや?」
「ポイントは何故、新井さんは今日を選ばれたかなのです。これが俺の最終尋問でした2つの質問のうち最後の質問の意義なんです。新井さんは、今、生理直前です。
すなわち、今だけは余計なビニール袋を持っていても怪しまれないんですよ。現に盗難発覚後に女子部員たちが相互に行った私物チェックでも新井さんのビニール袋は、何ら問題とされていない」
「新井さんは、そんなビニール袋に、空気に触れると消滅する魔法の繊維で作った紐パンを入れて、持って来られた。そして、雪乃さんが着替えてる隙に紐パンをすり替えたわけです。雪乃さんが衆人環視の下、ロッカーに入れた紐パンは、すり替えられた後のものなので、ロッカー内で消滅してます。おそらく午後5時前後には跡形も無くなっているでしょう」
「それやったら、証拠が無いやんか?」
「いいえ、違います。雪乃さんが履いてきた紐パンは消滅しません。それは、女子部員たちが私物チェックをしなかった唯一の場所、つまりスカートの中にあります。雪乃さんの紐パンを、今、新井さんは履いているんです」
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ
女子更衣室がどよめく。
「すなわち、明確なる物証があるんですよ。これが客観面に拠る第2の根拠です。
よって、完全絶対密室事件の犯人は、秋葉原学園高校3年の新井いろは女子水泳部副部長あなたです。Q.E.D」
隼人はピシッと人さし指を新井に向けつつ証明終了を告げる。
「副部長として潔く罪を認めて下さいますね? そうでなければ、スカートをたくし上げてもらうことになりますが?」
隼人は冷静な表情で新井を見つめる。
「驚いたね。完璧な計画だと思ったんだけどね。僕が犯人だ。申し訳ない」
新井は、少し悲しげで、だが、どこか安心した表情で、隼人にそう言った。
◇
20X8年8月11日
PM10時10分
秋葉原学園高校・生徒会役員室
30畳の広さを持つその部屋は、光沢のある黒曜石が全面に敷き詰められ、壁や天井にはバロック様式の絢爛豪華な装飾がされている。部屋の中央には、クリムゾン・レッドの絨毯が敷き詰められる。
隼人、千冬、花音の3人が円卓を囲み、ティータイムを楽しむ。
「このアイスティー、美味しいわね」
花音が絶賛する。
「これは先輩から伝わる伝統のレシピによるものなんだ。最初の考案者は、田所史哉という先輩らしい」
「田所? 聞いたことないわね」
花音は、そう言いながら、不思議そうな顔をする。
「今日は、お兄様、大手柄でしたね! 素晴らしい最高のロジックでしたわ」
千冬が両手を上げて絶賛する。
「そうよね。まさか、副部長の新井さんが犯人だなんて思わなかったわよね」
「ですよね~」
花音と千冬が、楽しそうに話す。
「そうだな、楽しかったよな。新井先輩は冤罪だけどな」
ガチャン ガチャン
パリン パリン
驚きの余り花音も、千冬も、ティーカップを円卓に落とし、ティーカップは割れ、円卓はアイスティーだらけになる。
「お、お、お兄様? ……い、今、何と仰いました?」
「あ、あ、新井先輩が……犯人じゃないって言うの」
千冬も花音も、声を震わせる。
「そうだよ。キーパーソンは、間もなくやってくるだろう。悲痛な面持ちでな。その者に語ってもらおう、『本当の真実』というものをな」
コンコン
生徒会室の扉が2回ノックされる。
「入って、どうぞ」
隼人が低音美声で入室を促す。
ガチャ
そこに入ってきたのは。