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浦安の加護者

 暗くて寒い何処かの室内で目覚めた。

 懐には温もりを感じ、見れば愛しい我が子が眠っている。

 起きようと思って隣を見れば、寝る前には居たはずのあの人がいない。

 首を傾げ、まだ眠っている我が子を背負って床を出る。

 何故だか心がざわついて、冷や汗が出る。焦燥感を感じる。

 隣にあの人がいないだけで、こんなに恐怖を感じる。・・・・・・いや、本当はそれだけじゃないはずでしょう?


 ・・・・・・待って。あの人って、誰?

 


  

 寝心地の悪いベッドから勢いよく落ち、ゆっくりと身体を起こす。

 マラディが周囲を見回すと、何とか周りを視認できるくらいの明るさであり、ここが最近慣れてきた家ではない事に気がつく。

 まだ頭が覚醒しきっていないが、全身から気持ちの悪い汗が流れている。恐る恐る両手を見ると、カタカタと震えている。

(・・・・・・何だっけ?夢・・・・・・また思い出せない。汗、気持ち悪い)

 取り敢えずフラフラと立ち上がる。そしてトランクの中からフェイスタオルを取り出して洗面台に向かい、濡らして身体を拭う。鏡を見れば、うっすらと隈がある。

 ここの宿にはバスルームもシャワールームも無いので、昨夜もそうして身体を拭った。

 小さい頃から、よく眠れない時は決まって先程と同じ夢を見る。けれど、その中身は起きればすぐ忘れてしまう。ただ何となく、同じ夢だというのは知っている。分かる、ではなく、知っているのだ。ただ気になるのは、夢は一種類では無いということ。

 何故かは分からない。あの人に聞けば、何か分かるだろうか?あの人は大分物知りだから。

 マラディは、あの人という曖昧な表現に違和感を覚える。何とも言えない感じでもどかしい。

(・・・・・・あの人は、あの人だよ。・・・・・・そう、楼院さん)

 今何時だか分からないが、彼ならこの時間にはもう起きているだろう。

 マラディはそう思い、まだ寝息を立てて眠っている雪花と『あそぼ』を残して外に出た。

「・・・・・・あれ?」

 扉を開けた目の前には、既に楼院が立っていた。

 今まで見てきた服装と違い、白いTシャツに青系のスカジャンを羽織って、下はカーゴパンツという出で立ち。髪の毛もそのまま下ろされていて、左手首には赤い腕輪とベルト、右手首には髪ゴム。靴も、昨日は革靴だったはずなのに今日はスニーカーだ。

「ん、おはよう境ちゃん」

 声をかけられ、マラディはハッとして挨拶を返す。

「おはようございます、楼院さん」

 先程はマラディが楼院をじっと見つめていたのだが、今度は楼院がマラディをじっと見つめていた。

「・・・・・・?あの?」

 マラディが困惑した顔で楼院に聞くと、楼院はくすっと笑う。

「いや、こんなに早く起きてくるとは思ってなかったけど、そんな格好で出てくるなんてもっと思ってなかったよ」

 慌てて自身の格好を見てみれば、魔女学校の体育ジャージのままである。さらに、髪の毛は起きた時のボサボサのまま。

「着替えておいで」

 マラディは慌ただしく部屋に戻り、壁に激突する。そして、雪花の眠る備え付け冷蔵庫に膝小僧をぶつけながら、誤ってトランクを蹴飛ばす。一連の動作の後、やっと着替えの準備を始める。 



 朝日がすっかり昇った、時刻表すら無い無人の「鉄の町」駅。そこには、ほとんど身長差の無い四人の男女の影。

「・・・・・・お前ら、目の下に隈あるな」

 『あそぼ』に指摘された二人、マラディと楼院は互いを見る。

「私は・・・・・・あんまり眠れなくって・・・・・・」

「僕は・・・・・・一睡もしてないなぁ」

 楼院が呟くようにそう言った。マラディは顔を顰めるが何も聞かなかった。代わりに『あそぼ』が口を開く。

「何で寝ないんだよ?私みたいに死人じゃないんだから、いくらでも寝りゃいいのに」

 因みに夜の間、『あそぼ』自身は宿の屋根の上で周囲を警戒しながら朝日を待っていた。

「君と同じだよ。それに元々、部屋は一つしか取ってなかったからね」

 楼院からの返答に『あそぼ』は軽く頷く。ただその場では、雪花だけが会話の意を解していなかった。

「ま、境。この人たち、何の話してるの?」

「いやぁ・・・・・・。夜更かしは良くないって話だよ。うん。それから、いい加減名前の使い分け慣れようね」

 そう返したマラディに雪花は頭の中に疑問符を生み出すばかりであった。

 そのうち数分せずに電車が現れ、先に『あそぼ』が興味津々といった風に走って入り、その後ろに雪花がふわりと意気揚々に付いていく。マラディは楼院に先を譲られたので搭乗し、続いて入った楼院と共に車掌に四人分の切符を渡す。

 駅にはマラディたち以外にはいなかったので、車掌は切符を確認してすぐに運転席へ。それと同時に楼院は電車の扉を閉める。楼院が扉を閉めたことが確認されたのか、電車は動き始める。

 境がチラリと楼院を見てみると短い間に何度もあくびをしており、時折あくびを噛み殺している。

「・・・・・・楼院さん、私が言っちゃうのは何だかなぁって感じなんですけど」

「・・・・・・うん?」

「一睡もしてなかったんですよね?少しでも寝た方がいいですよ。私もユキも多分途中で寝ちゃうと思いますけど、『あそぼ』様が起きてると思いますし」

 変わる景色を見ながら、未だにはしゃいでいる雪花と『あそぼ』を見ながらそう言うマラディに、楼院は少しの間考え、座席に移動する。

「それじゃ、お言葉に甘えようかな。荷物は任せるよ」

 楼院は座席に深く腰をかけて伸びをする。マラディは荷物を電車の荷物棚に乗せてから楼院の隣に腰をかける。隣の楼院を見れば、もう眠っている。

(え、寝るの速いなこの人・・・・・・)

 腕と脚を組んでいつの間にか眠る楼院は、止まった歳相応に見えるような気がする。

「なぁおいマラディ・・・・・・じゃ、ねぇ方がいいのか。境」 

 先程まで無邪気に電車内をパタパタとしていた『あそぼ』は打って変わって、マラディの対局に腰をかける。

「雪花、お前も座れよ。ちょっと軽く昔話しようぜ」

 昨日のように目を輝かせながら景色を見ていた雪花は、少しだけ眉を寄せるも素直に『あそぼ』の隣に座る。

「なぁお前ら覚えてるか?お前らが私の止まった歳よりもちびだったとき、ちび魔女の小娘に勝負をけしかけられた事」

 一瞬マラディと雪花は目を合わせ、マラディは「あぁ、はい。覚えてますよ」と返すも雪花は首を横に振った。

「まぁ境さえ覚えてりゃ話はできる。“負けたら死神手帳に乗ってる『土民の狂人』の魂、名称『ディロン』っつー名前で呼ぶ“罰ゲーム”、覚えてるな?」

「えぇ、まぁ。でも勝負に勝っても未だに呼ばれますよ。元は祖父の魂だって予め知っていたので、誇らしくはありますが。如何せん、男性名なんですよね」

 少しだけ不服そうに言うマラディに、『あそぼ』は1つ頷く。

「私も一度その中身を見ているんだが、その『ディロン』が転生していた記述に覚えがあるか?」

「え?いえ・・・・・・。そもそも、私は仕事の確認以外で開かなかったので」

 申し訳なさそうに言うマラディに、『あそぼ』は軽く手を振る。

「いやいいさ。てか、『ディロン』は殺人鬼だぜ?どうして誇らしいのか理解不能だな」

「・・・・・・あ、あぁ、そんな事よりも!『あそぼ』様、現代の事について誰かに聞いてきたりしたんですか?」

 明らかに動揺して話を逸らすマラディの顔は、何故か引きつっており、少々情けない。

「ん、それなんだけどよ。暗黒の武器の中で一番現代に近いのは『しんげつ』なんだが、本人自身が元々人間じゃなくってな。だから、『しんげつ』の教典を通じて、暗黒に現代に関しての教えを乞おうとしたんだが・・・・・・ご生憎、天界から常世、全ての俗世から退いていてな。んで、暗黒の・・・・・・義理の息子のうち一人に当たる神の、知識神に頼ろうとしたんだ」

 言葉を選んでいるのか、『あそぼ』は少し黙り込み、マラディをチラと見つめる。

「・・・・・・その神様が、ご不在だった、とかですか?」

「まぁ、うん。ご不在って言うよりは、消息不明らしいんだ」

「・・・・・・神なのに、ですか?」

 信じられないと眉根を寄せるマラディに同意を示すかのように、『あそぼ』は頭をかく。

「私に、死んでからも加護を与え続けてくださっている神様が、な。暗黒を通じて教えて下さった事なんだが、どうも重大な事件が片付いた後、不幸にも死んだ若い女神様を追いかけて常世に下ったらしい・・・・・・が、ダメだ。それ以上分からないらしい」

 お手上げだと態度で示す『あそぼ』に、マラディは少し考え込む。

「常世って言っても・・・・・・死神界に、世界中の地獄に冥界、“黄泉之国”と呼ばれる所とか、色々ありますし・・・・・・そんな話、聞いたことは・・・・・・」

「だろうな。ただ、下ったのは“黄泉之国”なのではないか、と聞いた。まだ地獄とか、死神界が形成されていないか、或いはされ始めたばかりの頃の話らしいからな」

 とても遠い昔の事らしい話に、頭を使う事に関してあまり得意ではないマラディは、トランクから本を出して読書をし始めてしまいった。雪花は元から話を聞いておらず、座席の上に膝たちになって外を眺める。

 『あそぼ』はまだまだ子供な二人に頭を抱える。


 因みにこの間、楼院は身じろぎ一つせず一度も起きることは無かった。




「連続妖怪ハンター、未だ捕らえられず。守護者にも被害・・・・・・」

 西地区区役所の窓口で胡座をかいて新聞を読むのは、現在テレビで大人から子供まで人気の美少女加護者、“浦安舞の加護者”の鍔木あい。

 そこへ同僚の少女、鈴宮雛花が重そうなダンボール箱を抱えながらやってきた。

「ちょっと風鈴!いくら休み時間で私たち以外に誰もいないからって、そんな所で胡座なんてかいてないでよ!皆の憧れ、“鍔木あい”に対する夢がガラガラがっしゃーんだよ!」 

「最後にオノマトペを使うんじゃねぇよ。それにどうせ昼休みが終わったら、この件の見廻りしなきゃいけないんだからいいだろ」

 そう。雪花が憧れていた“鍔木あい”という少女は、昨夜楼院と連絡を取っていた少年、衣離屋風鈴のことである。楼院が電話を切る直前に『君に直接言うのが面白いと思ってるんだけどね、彼女の遠縁の子が“鍔木あい”に会いたがってるよ』と言ったのはこの為である。

 鍔木あいこと衣離屋風鈴は窓口から降りて新聞を畳む。

「でも、お頭がいらっしゃるんじゃなかったっけ?ファミーヌ様の妹様と」

 雛花は空いた窓口にダンボールを置いて時計を見る。

「別に俺じゃなくてもいいだろ。若頭は器量がいいからな、執務をしたがらないお前らが手間取っても若頭が対応できるだろ」

 呆れた様に髪を結い上げているリボンと、首に巻かれているスカーフを取る風鈴に雛花は頬を膨らませる。

「そりゃ、今でもお頭に私たち“神殺し《ソラギリ》”の仕事の一部をお任せしてるけどさ。でも、私だってやればできるもの。ファミーヌ様の妹様にも、リアりのことでお礼したいし」

 雛花がそう言っている内に、風鈴は手を首の後ろに回して小さな留め具を外し、襟足に手を入れてウィッグを取る。

「・・・・・・ふぅっ」

「風鈴だけに?」

「何をくだらない事を言ってんだ。つか何でウィッグまで桃色なんだよ。地毛がそういう色なんだから、同色じゃ下手すりゃバレるじゃねーかよ」

 桃色のかつらを窓口に叩きつけ、前髪を無造作にかきあげる動作はどこか『男子』を感じさせるモノが・・・・・・ある、気がする。

「大丈夫でしょ。万が一バレても『実は兄弟でした〜』とか何とか言えばいいし」

「証拠見せろって言われたら終わりだぞ。分身の術とか出来るわけないだろ。・・・・・・っと、そろそろ出なきゃな」

 時計を確認して窓口の中に飛び入り、風鈴は裏口へ向かった。




 西区域にある小さな服屋『モンド』の店内で、不機嫌そうに試着室に立つ『あそぼ』。その正面では、雪花が『あそぼ』をじっと見ている。

「納得いかねぇ・・・・・・」

「あら、いいじゃありませんかこの服!気に入らないのであれば、こちらの服はどうでしょう?こちらは、土岡様が置かれていった上限ギリギリですが」

 『あそぼ』に優雅に対応しているのはフィリアで、多種多様な服を持ってきては着せ替え人形にしている。

「服の話じゃねぇよ、ふわ小娘!境と土岡の若兄はどこ行きやがった!?」

 そう、今この場にマラディと楼院はいない。この店に入った時にはまだいたというか、一緒に入ってきていたのだが、いつの間にか楼院はカウンターにお金を置き、マラディを連れて行ってしまった。

 行き先はわかっている。そして、「いつの間」の時間に雪花が本人たちからその理由を聞いている。

 何故この服屋に来たのかというと、『あそぼ』の服がなぜか所々焼けて傷んでおり、少々時代錯誤であるからだ。そんな格好で歩き回すわけには行かないと、楼院が連れてきたのだ。

「落ち着いてくださいな。きっとからかわれるのが嫌なのでしょう。今までそんな事一度も無かったですし。もし貴女様方まで行ったら、皆様が調子乗ると踏んだのでしょう」

 フィリアは『あそぼ』に何を着せるのかとっくに決めていたらしく、真剣に『あそぼ』に衣服を着せていく。

「・・・・・・?どんな奴だったんだよ土岡若兄は?少なくとも、誰からも頼られているんじゃないのか?境も雪花も大分懐いてるし」

 フィリアに着付けられながら腕を組む『あそぼ』に、雪花も同調する様に首をかしげる。

「それは、本人が直接話すのを待つしかないですわ。ワタクシたちの口からは彼を語れませんので」 

 彼女はまるで、自身の髪の毛の様に青ざめた顔で言うものなので、『あそぼ』は不思議そうな顔をする。

「はい!これでお着替え完了ですわ」

 『あそぼ』はフィリアが自身から離れたので試着室から出る。

「ありがとうなふわ小娘。これで区役所?って所に行きゃいいのか?」

「えぇ。土岡様に頼まれているので、案内はワタクシが致しますわ。それにしても、お礼を言って下さるのですね」

 意外そうに言うフィリアに、『あそぼ』はニヤリと笑って無い胸を張る。

「当然だろ!これでも礼儀は重んじるほうだ。見下しても見下してなくても」

 フィリアは上品にくすくすと笑って頷く。そして前を見て首をかしげる。

「・・・・・・あら?雪花様がいらっしゃいませんね?」

「え?あぁ本当だ・・・・・・。は?」




 来客がまだほとんどいない区役所内に、二人の来客者が現れた。

「あれ、珍しいね。雛花君が窓口にいる」

「いらっしゃいませ、お頭!風り、あいちゃんなら今出ているので代わりに私が」

 来客者、楼院とマラディを出迎えたのは雛花で、立ち上がって礼をする。

「・・・・・・?あれ?ファミーヌ様の妹様は?」

 立ち上がって早々キョロキョロする雛花を見て、楼院はくっつき虫のように背後にしがみつくマラディを何とか前に出そうと苦戦する。

「境ちゃん、ほら、挨拶くらいしようね!」

「・・・・・・」

 マラディは楼院と雛花の双方を睨みつけ、なおも楼院から離れず喋らず。楼院はマラディの手を何とか解こうとしている。

 そんな様子を見ていた雛花は腹を抑えて笑う。最終的に、マラディと楼院は睨み合って無言の喧嘩を始める。

 終わりそうに無い(片方は見た目だけ)子供の拮抗に雛花は咳払いをして、警戒しているマラディの方に話しかける。

「初めまして、マラディ様。私はこの区役所に勤める少数加護者組織、“神殺し《ソラギリ》”メンバーの鈴宮雛花と申します。“感情の加護者”です」

 話しかけられたマラディは最初肩をビクリと揺らしたが、一つの単語に少しだけ楼院から離れる。

「・・・・・・鈴宮」

 反応してくれたマラディに「今だ!」と言わんばかりに雛花は話を続ける。 

「えぇ。先日は妹のリアりを立ち直らせて下さって、ありがとうございました。丁度、お礼がしたかったのです。貴女方ご兄弟は、私たち姉妹の恩人ですから」

(・・・・・・ふぅん。それで最初に姉さんの名前が出たんだ・・・・・・)

 警戒するに及ばないのか?と感じたマラディは取り敢えず楼院の背後から出るも、楼院からは離れなかった。

 楼院の方はやっと離れてくれたと言わんばかりに、乱れた身だしなみを整える。

「取り敢えず、住民票の受理を頼むよ。それから、預かってた各書類も」

「はい、かしこまりました。毎度書類の手伝いをさせてしまって・・・・・・申し訳ありません、お頭」

 楼院から住民票と書類を受け取って確認し受理していく雛花は、本当に申し訳なさそうに言う。

「いやいいよ。僕はまだお礼し終わってないと思ってるし」

 そう返した楼院に、雛花は困った様に笑う。

「こんな事なら、普段から私も書類整理の手伝いでもしていればよかったなぁ」

「全くだ、バカタレども」

 板張りの床を音を立てずに歩いて来る人物がいる。・・・・・・いや、正確にはどこからかどう見ても人では無い。天井に届きそうな巨体に、六つの尻尾と尖った獣の耳を持つ、銀色の妖狐。

「あ、龍来(リュウライ)様・・・・・・と、イナ?」

 その手には、破れた袴を着る巫女、轟稲妻。

「ふん・・・・・・おも・・・・・・いや、気にしないでくれ。そうか、土岡の若兄の後ろにいるのが、時期の暗黒殿か・・・・・・」

「・・・・・・」

 光の無い瞳で全てを見下ろす龍来に、マラディは凄む。

 そんなマラディを見、龍来は少し考えて屈み、マラディの目の高さに合わせる。

「そう睨むな。話には聞いていたが、なるほどな」

 表情一つ変えずに言う龍来にはまだ高さがあり、光の無い瞳と相まって、影がかかって余計に圧力がかかる。

 そこへ、区役所の扉が乱暴に開かれ、ドタバタと忙しく駆けてくる小さな影が二つ。

「た、大変だ境!!」

 片方は『あそぼ』で、もう片方は案内がてら、ついでに走ってきたフィリア。

「ど、どうしたんですか?」

「うおお!?化け狐のババア!?死んだんじゃなかったか!?と、それより境!雪花は!?」

 矢継ぎ早にしゃべる『あそぼ』に若干引きながらも、マラディは楼院と顔を見合わせる。

「み、見てないですよ?雪花がどうかしたんですか?」

「は、はぐれた!!つか、勝手にいなくなっちまったんだよ!」

 その言葉を受けた境は、『あそぼ』に同伴していたフィリアを見る。

「目を離してしまったのは一瞬でしたわ。彼女、移動には脚をお使いになられていませんでしたけれど、それにしたって道中誰も見ていないと言うのです」

 困った様に説明するフィリアにマラディは頷く。

「・・・・・・もしかしたら“気化”したのかも知れません。どこかで一際冷たい風を感じた人がいれば、その冷たい風が雪花だと思います」

 マラディが少しの確信を持って思い当たる節を言うと、楼院が軽く手を叩く。

「よしわかった。境ちゃん、祖代様、雪花ちゃんを探しに行こう」

「けど」

「昨日の夜に忠告した事、覚えてる?」

 昨夜、風鈴からの電話で忠告を受けた楼院は、その場で盗み聞きしていたマラディを含め、雪花と『あそぼ』にも話をしていた。

「あれか?妖怪ハンター?ってやつ」

 聞いた『あそぼ』に、楼院ではなく龍来が答える。

雪女(ゆきめ)一族はその数が減ってきておる。それは、我々妖狐一族も同じだが。妖狐一族は高い妖力を持つものの、雪女一族は場所や季節に左右される。この時期はまだともかく、場所的に不便があるだろう」

 ハッとしたマラディは顔を青ざめさせ区役所の出口に走ろうとしたが、服の襟を楼院に思い切り掴まれる。

「落ち着け境ちゃん。一応手分けをしよう。僕と境ちゃん、祖代様とフィリア君。僕はフィリア君より土地勘があるから、路地裏の方を探してみる。フィリア君たちには表の方を頼みたい」

 楼院の掛け声で四人は外に出る。

 境は楼院に付いていき左へ。『あそぼ』は建物に飛び乗って、上からフィリアと共に中心へ向かう。



 一方その頃。行方不明扱いになっている雪花はというと。

「で?お母さんかお父さんは?」

「・・・・・・お母さんも、お父さんも、山」

「じゃあ、知り合いは?ここには何しに来たの?」

「知り合い・・・・・・同じ血が流れてる子、保護者の人と一緒にお役所行っちゃった。私、探検したいから自分から離れた」

「役所・・・・・・」

 雪花の相手をしているのは、風鈴である。そして、現在の雪花は普段維持している姿形をしていない。普段の雪花は“相応フォルム”といいマラディより身長が少しだけ高い、歳相応の姿だが、現在は風鈴の腰より少し低い“妖精フォルムである”。

「・・・・・・もしかしてお前・・・・・・若頭が預かってるっていう、もう一人の子か?」

 雪花は先程、「血縁者が保護者と共に区役所へ向かった」と言っていた。しかし、彼が言う“若頭”こと土岡楼院の近況を地域住民に聞く限り、彼が長時間目を離したのは一昨日の雛花の妹、リアりの件のみ。そのとき、彼は簪を持たせていたとも。

 それだけ過保護に面倒を見ているのなら、この少女が後から預かった子だという事が分かる。

 プラス、彼女が“鍔木あい”に会いたがっている方だという事も。

「・・・・・・若頭?あ、頭領さんの事ですか?」

 それが彼女の特徴なのか、どこかぼんやりとした表情のまま言う雪花に、風鈴は頭を抱える。

「あ〜、お前の言うその“頭領さん”っつーのは、土岡楼院って奴で合ってるな?」

 風鈴が聞くと、雪花はそれとなく頷いた。

「ん。じゃあ区役所に戻るついでだ。送ってってやる」

 しかし、その厚意に雪花は首を縦に振らなかった。

「探検、まだ終わってない!」

 雪花が本物の子供のように言い返すものなので、風鈴は余計に頭を抱える。

「探検って、この西地区は比較的田舎の方なんだぜ?それに、昨日の夜辺りに若頭から何か言われなかったか?」

 風鈴が聞くと、雪花は風鈴を訝しげに見つめる。

「・・・・・・エスパー?」

「んなわけあるか。どうしても探検したいってんなら、俺が同伴するからな」

 呆れ口調で言う風鈴を雪花はジィッと見つめてから、彼の袂を掴む。

「え?」

「よろしくお願いします」



 ところ変わってマラディと楼院チーム。


 マラディは楼院の後ろを歩きながら周囲を警戒する。どうも土岡楼院という人は、危険そうな場所に女の子を連れていくことに躊躇はないらしい。どんどん進んでいくし、初見の時と違って変に気を掛けたり、遠慮しない。

 それはマラディも同じところがあるが。

 何故楼院が路地裏の方を探すと言ったのか、少しだけ遡るとこういう事だ。


「昨日の夜も言った通り、最近西地区に怪しい連中が出入りしている。風鈴君からの情報だと、どうやら妖怪ハンターが“狩り”をしていると。そして今朝の朝刊で、守護者にも被害が及んでいることが分かった」

 そう説明しながら区内の道を歩く楼院は淡々としており、家電屋の目の前で止まって陳列されているテレビ画面を指す。そこには「西区役所ニュース」という番組名で放送されており、アナウンサーは最初、楼院と同じ説明をしていた。

「現代においても、妖怪の類が恐れられていることはある。けれど、その種類は減少傾向にあって、霊感の強い一般の人間やごく一部の守護者なんかは、手を組んで妖怪を狙う」

「何でですか?」

 マラディが聞くと、楼院は難しそうな顔をして、言いずらそうに口を開く。

「・・・・・・君の前だからすごく言いにくいんだけど、かなりの高値で売られるんだよ。希少だから。君の血に混じる“雪女”の他に“人魚”、それから魔女もそうだし、さっきも言ったように守護者までもが売られている」

 楼院から告げられる暗い事実に、マラディは何とか冷静になって拳を握る。

「人身売買・・・・・・いや、その人たちは“バケモノ”として、商品として見てるって事なんですよね。今、死神手帳を持っていれば探し出す事なんかわけもないけど、今は私情だし没収されてるし」

 悔しそうに下を向くマラディからは少しの憎悪を感じるが、楼院はそれに関しては口を出さなかった。しかし話は続ける。

「因みに、この事件が起こっているのは、妖怪の類の出入りの多い西区域と、他より比較的穏健派の北区域のみ。事件が起こる時間帯は夕方から明け方。そのほとんどが、人気の無い路地裏で消息不明になっている」

「だから、私たちがなるべく隅の方ですか?」

 マラディが固唾を飲んで冷や汗を流しながら聞くと、楼院は軽く頷いた。

「それもあるし、さっき二人に言った『土地勘』云々もある。でもそれだけじゃないよ」

 マラディを安心させようとしてくれているのか、楼院はマラディの肩に軽く自身の手を置いて微笑む。

「雪花ちゃんの事が心配なんでしょ?血相変えて走ってこうとしてたし。それに、もしこっちの方に来ていないとしても、風鈴君っていう子が区域内を巡回してる。君も雪花ちゃんもまだ全員に会った事がないから、『見かけない子だから土岡楼院のとこの子だな』ってすぐわかる」

 それでも、と、マラディは心配そうに唇をキュッと結んで楼院をじっと見る。

「でも、雪花は私より気まぐれで、いつまで“気化”してるのかわからないし・・・・・・」

 すると、楼院はマラディの頭をグシャグシャに撫でる。

 突然されたものなので、マラディは唖然とするも、楼院は微笑むばかり。

「大丈夫。彼は僕と違って加護者だから」

 それだけ言ってまた進み出した楼院の背に少しだけ目を細めながら、マラディはグシャグシャにされた髪の毛を結い直しながらついて行った。

 

 少しだけ考えに耽っていたら、途中で楼院が歩を止める。

 見れば、高いフェンスが道を遮っている。

「ここから先は南地区だよ」

 彼が指し示す通り、フェンスに貼られている紙には『keep out ココカラ先侵入及ビ進入不可 南地区代表巫』とある。

「しんにゅう禁止って、どうしてですか?」

 マラディが聞きながらフェンスに寄ると、向こう側から下卑た笑い声が響く。

「これはこれは・・・・・・“裏切りの西”の土岡じゃねーかよぉ?女連れて火遊びか?」 

 しかし楼院は顔色一つ変えずマラディをフェンスから遠ざけさせる。

「おいおい?中央にいた時と変わんねぇな?ダンマリかよ。アァ?」

 瞬間、彼らは途端に地面に倒れ伏す。

 マラディがそっと楼院の右手を見れば、能力を発動させているのが分かる。

 重力に押されて呻く彼らに、楼院は脅し掛ける。

「あんまり僕に喧嘩売んない方がいいよ。下手すりゃ殺しちゃうからね」

 冗談に聞こえない楼院の言葉と重量に、一部の人達は泡を吹き気絶してしまっている。そして楼院はまだ意識のある一番近い人に話し掛ける。

「ところでさぁ、ねぇ。こんな季節に聞くのは可笑しいけどさ、一際冷たい風とか吹かなかったかな?」

 話を振られた人は「ひぃっ!」と情け無く声を上げるも、動かせる範囲で懸命に首を左右に振る。

 ・・・・・・それを最後に、その人も気絶した。

 ある意味、瞬殺でした。

「・・・・・・ごめんね、どうやら見当違いだったらしいね。情けない。僕らももう少し裏を見たら、表を探そう」

 抑揚の無い声で言う楼院に、マラディは背筋を凍らせる。

(・・・・・・恐い)

 身震いしてから、その内に踵を返して歩いていく楼院の後ろをついていくと、元の道に戻り、橙色の混じる太陽の光が眩しく現れる。

「・・・・・・どうして、彼らが西地区を“裏切り者”と言うか分かる?」

 振り返らずに聞く楼院に若干の恐怖を感じながら考える。

 西地区の主は、この間会った巫のリアり・ベルリア。彼女は楼院とは反対に「最弱の守護者」と呼ばれている。いや、能力を正しく使えるようになったから、きっともう過去形になる。

「・・・・・・西区域の、一般人から加護者まで、ほぼ全員『理解者』なんだよ」

 楼院の言葉に、マラディは手に拳を叩きつける。

「あ、なるほど。そういえば、楼院さんに会う前に見た魔女狩りの現場、真ん中辺りだったなぁ」

 マラディはいいながら中央区域のある方に目を向ける。

「死神はその名の通り死をもたらし、魔女は赤子から老獪までヒトをたぶらかす。死神は目に見えず、魔女はヒトに紛れる。だからこそ目に見える魔女が、主に弾圧の対象にされる」

「でも西地区の人たちは、死神や魔女達の役割を知ってるんですよね?だから、他の区域のように弾圧しない・・・・・・から、“裏切りの西”と?」

「そういう事。特に過激派と謳われる中央の覡、天之(アマノ)青空(アオゾラ)の傘下の者たちが特にね。まあ、その対象は主にリアり君か、僕かのどっちかだね」 

 少々困った様に言う彼に首を傾げる。

「・・・・・・何か、恨みでも買ったんですか?」

「鋭いねぇ。リアり君は違うけど、僕はそうだよ。成長が止まる前に、ちょっとつまらない事でトラブル起こしてね」

 あんまり緊張感の無い声音で言うものなので、マラディはため息を吐いて眉根を寄せる。

「それでさっきのヒトたちですか。恨み買ったっていうの、さっきの『火遊び』云々ですか?たきびや花火の一つくらいで?」

 マラディがやれやれといった調子で放った言葉に、楼院は「え?」と返す。

「私も魔女学校の長期休暇前の集会で、『火遊びは絶対ダメ』って言われてましたよ。火の魔法は便利なのに」

「うん?うん、そうだね・・・・・・」

 頭を抱えて「言わない方がいいのか?でも将来的に・・・・・・。いやでも僕が教えるのは・・・・・・」などと唸る楼院に、マラディは一旦放置するべきと考え、狭い空を見上げる。




「美味し〜」

 棒読み且つ無表情でそう言う雪花は、未だに“妖精フォルム”でベンチに座っており、ソフトクリームを食べている。

「あぁ、そりゃあ良かったな・・・・・・。クソ、俺の手持ちカッスカスになるくらいアイス食べやがって・・・・・・」

 後半小声で言う風鈴は雪花の隣に座り、財布の中身を見て項垂れる。

 そう、雪花が食べているソフトクリームは一個六百円で現在十一個目。味は一貫してオレンジ味。

 最初は雪花の言う「探検」に付き合ったてそこら中を歩き回っていたのだが、途中で「お腹空いた」と言った雪花がソフトクリームを要求したのだ。

「後で若頭に文句言ってやろう。・・・・・・ついでに金を返してもらうか」

 風鈴は腕を組んで横目で雪花を睨みつける。

 雪花はそんな目線を、気づいているのかいないのか、ものともせず食べ進める。

「もっと食べたい・・・・・・」

「ふっざけんなクソガキが!!俺の懐破綻させる気か!?」

 風鈴が立ち上がって怒鳴りつけると、雪花はやはり無表情で風鈴を見上げる。

「・・・・・・んだよ、そんなに見たって、もう買ってやんないからなっ」

 雪花の何だかよく分からない目線に耐えられなくなり、ツンデレよろしくそっぽを向く風鈴に、雪花は少し考えてベンチの上に立つ。そして、手に持っているソフトクリームを風鈴に差し出す。

「・・・・・・あ?」

「お兄さんも、食べたいんでしょ」

「はっ!?」

 見当違いな思い当たりに吃驚する風鈴だが、雪花は「そうなんだ」と内心勝手に決めていて引く気は無いらしい。

「いいよ別に・・・・・・それお前の食べかけだし。だいたい、こんな季節にそんなに食べるとか、変わってるな。腹壊すんじゃね?」 

「へーき。私、雪女一族だから」

「・・・・・・何?」

 雪花がそれとなしに言うのを聞いて、風鈴は何かに気がついて雪花を見るも、昨夜の楼院との電話での会話を思い返す。

 楼院が預かっている娘は、雪女一族の血が流れる多種の混血。その遠縁が、正面にいる少女。

(こいつまさか・・・・・・純血?)

 そういえば、雪花がこの季節にアイスを食べているのを見ていたせいか変に肌寒いと思っていたのだが、雪花自身から冷気を感じるのかもしれない。

 だったら、この時間は怪しくなってくる。目を離した楼院やその娘に責任があるにしろ、雪花の言う「探検」に付き合ったのは正解だった。もし付き合わずに無視していたら、下手したら彼女は帰ってこないかもしれない。そうなれば、自ずと風鈴にも責任が生じる。 

 しかし、楼院からの忠告をちゃんと聞いていないのか、何故「探検」するなどと抜かしたのだろうか?

 雪花はオレンジ味のソフトクリームをぺろりと平らげ、風鈴にお辞儀をする。

「ありがと、ございます。お腹いっぱいになった」

 予想外の言動に風鈴は一瞬唖然とするも、急に照れ臭くなって頭の裏を掻く。

「いや・・・・・・満足になったんなら良かったよ。うん・・・・・・」

 何秒か沈黙が流れたが、雪花はその間ずっと風鈴を見つめており、軽く目を細めた。

「お兄さん、私の憧れの人に似てる」

「え?」

「テレビでいつも見てる人。桃色の髪の毛で、黄色の目で、リボンしてる、かっこいい女の人」

 それを聞いた瞬間、風鈴は身体中からサァッと血の気が引くのが分かった。今、盛大に顔が青ざめていることだろう。

「・・・・・・な、なん・・・・・・!?」

 同時に、何故楼院が「面白そうだ」と言ったのかが理解出来た。

(アイツ・・・・・・俺がどう反応するか、大体の予想がついてたのか)

 がっくりと地に膝と手をついて震える。その様子を見た雪花は無表情な顔でポカンとしている。

 その時。  

 風鈴は背後に嫌な、粘着質な気配を感じ、そのままの体勢で背後を警戒する。雪花は無表情のままその何かに気が付いた様子はなく、風鈴の頭を無邪気(?)につんつんとつついている。


「・・・・・・何だ、お前ら」



 もう一方、『あそぼ』&フィリアチーム。


「まぁっ!では『あそぼ』様は姉上様方の御先祖様の血縁者なのですね。何と果てしない御縁なのでしょうか・・・・・・」

 感心するように頷くフィリアの横のオブジェを器用に渡り歩いていく『あそぼ』は、着なれないセーラー服(浴衣の帯で、上のセーラー服と丈の合わなかったスカートを締めているという格好)のスカーフを弄びながら、懐かしそうに目を細める。

「そうだな。けど『血縁』なんてものは、誰かと誰かの逢瀬の度に、薄れいくものだろう」

 薄ら笑いをしながら皮肉る『あそぼ』は、最後のオブジェから飛び降りる。

「さて、どうやらこっち方面には来てなさそうだな雪花は。ったく、境以上のマイペースばかめ・・・・・・」

 一転して顔を顰めてこの場にいない二人の少女を思い浮かべる。

「ま、マイペース馬鹿?ですか?」

「境は面倒臭ければ絶対やらないし、やっても行動が遅い。普段の雪花はボケてるからな。何考えてんのか分かんねーし、突飛な言動はまぁ、常套句だな」

 普段は保護者に隠れて大人しい少女二人の、腐れ縁とも取れる彼女から告げられた素顔に、フィリアは何とも言えず苦笑いをこぼす。

「では、どこに行ったのかというようなアテは・・・・・・」

「私じゃ無理だ。私の生きていた時代とも、大分違うしな・・・・・・っと」

 『あそぼ』は急に動きを止め、その先を睨む。

「どうしたのです・・・・・・」

「あれ見ろ」

 視線で促す『あそぼ』に倣って前に目を向けると、探していた人物が、知り合いの少年と一緒にいる。しかし、その目前、彼の見据える先にはこの地区の者では無い影がうろつく。

「守護者だな」

 そう呟く『あそぼ』は至極冷静で、事の成り行きを見つめている。

「え、あ、行ったほうが・・・・・・」

「ばか。雪花の近くにいる奴は加護者だろう?奴に少し間を取ってもらうべきだ」 

 『あそぼ』は暫くの間その先を見つめていたが、相手が動いた瞬間、ゆっくりと踵を返した。

「ふわ小娘。お前は、奴らに気づかれないように尾行しろ。私は境と若兄を連れてくる」




 錆びた鉄骨の柱に麻縄で捕えられた、桃色の髪の毛を持つ少年。その目の前には、小さな雪女がひざまつかされている。

 その小さな雪女こと雪花の周囲には(おびただ)しいほどの下卑た輩が取り囲んでおり、雪花の顔や手には濃いアザが出来ている。それは身動きの取れない風鈴も同じで、雪花よりも酷いアザや切り傷がある。

「まさか、いくら西地区とはいえ、こんな希少な“ウリモノ”に出会えるとはなぁ?」

「あぁ、違いねぇ。雪女一族は絶滅した霊鳥一族と同じ、氷雪系妖怪でかなり数が減っているからな。今日は大した収穫だったな」

「魔女や守護者の比じゃねぇぞ。一体いくらで売れるかね・・・・・・」

 そんな会話と嫌な笑い声が響く中、風鈴はいたって冷静であった。しかし、気になる点が一点。

(・・・・・・アイツ、なんで無抵抗なんだ?)

 そう、雪花はここに来るまで、そして現在進行形でなんら抵抗をしていない。それは風鈴とて同じ。しかし、先程のソフトクリームといい、雪花の言動には目に余るものがある。初めて会ったというのに。

 風鈴と違って、何かしらの策があるのか。或いは、単純に信じて待っているのかもしれない。

 彼女の、血族や保護者達を。

 ・・・・・・しかし、これ以上彼の者が保護する少女を傷つかせるワケにはいかない。少し早いが、行動に移すべきか。

「・・・・・・さぁて、そろそろ『ナンバー』をつけっかぁ〜」

 どうやら、相手も行動に移す気らしい。

(そうはさせねぇよ・・・・・・)

 風鈴は後ろ手になっている腕を気取られないよう器用に動かし、腕を袖の中に隠す。袖の中から目的のモノを見つけると、いつでも立てるよう胡座から片膝を立てる格好をとる。

 丁度その時、風鈴は異常な程の冷気を感じる。

「・・・・・・!?」

「うわっ、何だっ!」

「さ、寒ぃー・・・・・・」

 突然の冷気に薄着の敵共は腕を擦り歯の根を合わせられない。

 その元凶は、冷気の溢れる中心部に居る少女。見れば、その少女の姿は変わっている。

 長い髪を冷気にたゆたわせ、凍てつく氷色の瞳が暗がりの中で光を反射する。

 その冷気で、風鈴を縛る縄が凍てつき崩れる。

 その時。



 パアァァァアンッ



 何かが爆ぜるような音。銃声。



 弾丸が飛んできた方向に、一同は顔をあげる。その場には、十にも満たない幼い女の童。

「おっと、そこを動くなよ!暗黒に潜むこの童、生きてる奴ァ殺せねぇ」

 童の手には、一丁の拳銃。背には、時代錯誤な火縄銃。

「な・・・・・・何だ!?キサマ、何者だ!?」

 その言葉に、女の童は笑止とばかりに手持ちの拳銃を敵に向ける。

「そりゃこっちのセリフだねぇ。この私を知らないとは、腹で茶が煮えくり返っちまう」

 女の童はある一点に焦点を絞ると、その一点を撃ち抜く。

「ほらよ、これで本領発揮出来るんじゃねぇの。雪花」

「・・・・・・ありがとございます。『あそぼ』様・・・・・・」

 雪花はそれだけ言うと、冷気に溶け込みその場から消えた。

「おい、そこの・・・・・・名前は知らねぇが、『浦安舞の加護者』。雪花に力を貸してやってくれよ」

 突然現れた偉そうな少女の指示に、風鈴は目を白黒させる。

「な、何で、そんな事・・・・・・」

 状況が掴みきれていない様子の風鈴に『あそぼ』はため息をつく。

「『そんな事』ってのが、お前の素性についてなのか私の命令なのかは分かんねぇ。が、今はそうしてくれよ。お前の邪魔はさせねぇようにしてやる」

 『あそぼ』はそう言うとニヤリと笑い、空に発砲する。

「全員良く聞きな!私はこの星を創りし神が眷属、暗黒の武器三番目『千発必中銃』、名は『あそぼ』!さぁ、舞え舞え!人間よ。神の血を引く雪の姫に華を添えてやれぃ」

 至極愉しそうに話す少女に半ば辟易するも、神の類に『舞え』と言われれば、舞わなければいけない。

 風鈴は手に持っていたモノを薙ぐ。

 それは椿襲の色に、金箔が流るる河の如く散りばめられた、煌びやかな扇。親骨には、金の細い装飾が鳴り、紐のようなものが躍る。

 彼がその場に正座し扇を広げて面を外に向け両手で持つと、周りが静寂に包まれる。

「・・・・・・鈴は、置いてきちまったんだけどな」

「それでもいいさ。何せ対象はお天道様じゃねぇからな。それにお前一人で本装束じゃねぇし。その時点で完全なものは求めてねぇ」


 

 “浦安の舞、扇舞”



 風鈴が静かに舞い始めると、冷気は更に冷たさを増し、彼の足元に雲のように広がる。



 “雪姫の華舞吹雪”



 突如、風鈴の頭上に美しい雪女の姫が現れる。彼女は風鈴の舞に同調するように舞う。彼女が舞う度、地は凍りつき、天を冷やし、生き物を飲み込む。

 もう、敵共は動けなかった。いや、既に瀕死の状態の者までいた。

「極寒の空間で生きられるやつなんざ、たかが知れてる」

 



「ユ〜キ〜!!」

 冬対策の格好の一つもしていない少女が、雪女の少女に抱きつく。

 と、思ったら。

「こんのバカユキ!どうして勝手に行動したの!」 

 境は腰に手を当て、その頬を上気させながら雪花に説教をする。怒らている事に雪花は少したじろぐものの、大人しくその場に正座する。

「ご、ごめんなさい・・・・・・」

 しゅんとする雪花を見て『あそぼ』は面白そうに見ており、フィリアはその隣でいつ境を止めようかと悩んでいる。

 その様子を、少しだけ離れた位置から見つめる少年が二人。

「・・・・・・もう少し、スマートにできなかったのか」

 そう言うのは楼院で、凍傷寸前で済んだ風鈴の後頭部を蹴り飛ばす。

「ガッ!?・・・・・・いってぇな!何すんだ若頭!ぐふっ!」

 さらに、風鈴の顔面にあったか〜い缶が飛んでくる。

「一家の柱に向かってその言い草とは、いい度胸じゃないか」

「・・・・・・何言ってんだ!ずっと「嫌だ」の一点張りだったくせに!お嬢がああしなかったらお前、絶対当主じゃなかったろーが!俺が来た時だって、真っ先にお嬢の餌食にしやがって!って、あっつぅ!?」

 ヤケクソに缶の中身のコーヒーを飲む風鈴は、凍えている全身には痛いあったか〜い飲み物を吹き出す。

「何やってるんだ。教育に悪いヤツ」

 呆れた様子の楼院は腕を組んで露骨な態度を取る。

「・・・・・・お前、いつの間にそんなに滑舌になったんだ?」

 その問いに、楼院は答えない。風鈴を一瞥し、境たちを呼ぶ。

「紹介するよ。コイツが衣離屋風鈴。加護者組織“神殺し《ソラギリ》”のメンバーの一人で区役所職員。兼、土岡家の小舎人童。まあ、仕えてるのは僕の妹の方なんだけどね」

「・・・・・・はぁ」

 境は一緒に呼ばれた雪花の後ろに隠れながら、風鈴を品定めするかのようにじっと見上げる。

 桃色の髪に黄色の目。男にしては、女のような色だ。

「・・・・・・なあ、お前の長女、何か失礼な事考えてねーか?」

「お前、いい加減にしろ。僕の子供じゃないし。・・・・・・境ちゃん。ほら、ご挨拶」

 楼院の様変わりする口調に風鈴は吹き出し、楼院にスネを強打される。

「・・・・・・吹雪境です。『病』を司る死神で、楼院さんにお世話になっています」 

 楼院からの攻撃を受けて悶絶している風鈴を何だか憐れに思うものの、自業自得ともとれるかと、一人合点して手短に自己紹介を済ませる。

「っ・・・・・・お、おう。お初目にお掛かりします、現死神王の末っ子サマ。俺は、今紹介にあった通りの者、『浦安舞の加護者』衣離屋風鈴と申します。っても、神楽舞とか、白子拍子とか、他のモンも舞えますぜ。以後、お見知りおき願いたい・・・・・・」

 痛みに耐えながらも紹介を済ます風鈴に内心拍手を送り、チラと雪花を見上げる。

 視線に気が付いた雪花は風鈴に一礼する。

「さっきは、ありがとございました。境の親戚の、吹雪雪花です。アイス、ご馳走様でした」

「・・・・・・アイス?」

 怪訝そうに聞く境に雪花はコクリと頷き、「美味しかった。また食べたい」と誰も聞いていない感想を言う。

「あぁぁぁぁぁー!!」

 腹から出された悲鳴に、その隣に居た楼院は一瞬警戒するも知る人物だと理解してその悲鳴を力ずくで止める。 

「痛ったい!」

「急に叫ぶな、煩わしい」

「若頭、その雪女のせいで財布の中身がほとんどスッカラカンになっちまったんだよ!金を返してくれ!」

 思いもよらない言葉だったのか、楼院は一瞬固まり、頭を抱える。

「・・・・・・いくらだ?」

「六百掛けの十一だっ」

「六千六百か・・・・・・。無垢な女の子相手に器の小さいヤツだ。分かった。今まで通り無金で区役所の手伝いをする。それから、依頼の報奨金の一部を、暫くは雪花ちゃんではなく君に支払う。これでいいな?」

 これ以上文句を言われてはたまらない。最後は凄みを効かせて終わらせた楼院に風鈴はたじろぐも、妥当かと判断する。

「おい、土岡若兄」

 今まで殆ど黙っていた『あそぼ』は二人の前に出て、後方を親指で指す。

「あのよ。境が高熱で倒れたぞ」

 言われて直ぐに境の元に駆け寄る楼院を物珍しそうに見ている風鈴に、『あそぼ』は眉根を寄せる。

「何だ?変な顔しやがって」

「ったりめーだ・・・・・・。言われたこととはいえ、若頭が感情を表沙汰にするなんてな」

「・・・・・・」



「境ちゃん、大丈夫かい?また無理させたかな?」

 心配そうにマラディの首元に手を持っていき熱をはかる。

「またって?」

「あぁ、うん。君が来る前、境ちゃんと初めてあった日の事なんだけどね。どの程度動き回れるのか試して欲しいって言われていたから、それとなく連れ回したんだけど、同じように高熱で倒れちゃってね。この子、『病』を司る死神で病原体の集まりみたいな子だったから、雪女一族の血も手伝って免疫力がほぼゼロになってしまったみたいだってね。この子のお姉さんが」

 取り敢えずマラディの上半身を起こして、楼院は自身の着ているスカジャンを羽織らせる。そして雪花に声を掛け、マラディをその背に乗せてもらう。

「雪花ちゃん、着くまでの間、境ちゃんの首元を軽くでいいから冷やしてやってくれ」

「はい」

「フィリア君、迷惑をかけたね。お姉さん達に宜しく言っといてくれ」

「はい。土岡様も、お疲れ様でした。あ、そうでしたわ。例年通り、収穫祭までワタクシは服屋を留守に致しますから」

「ああ。今年も君達のパフォーマンス、期待しているよ」

 くすくすと可笑しそうに笑うフィリアは、楼院と雪花、少し離れている風鈴と『あそぼ』に一礼し、苦しそうにしているマラディの目を向ける。

「お大事になさって」

 一言そう言い、フィリアは去っていった。

 フィリアを見送った楼院は、風鈴を見る。雪花も先程言われた通りマラディの首元をいい感じの冷たさで冷やしてやりながら彼に倣う。

「風鈴君、区役所に泊まるのか?」 

「あ?まあな。まだこの件が終わってねーし。くそ、雛花達を呼ばなきゃか・・・・・・」

「終わったらでいいから、区役所に行く前に本家に戻ってくれ。僕の部屋の文机の中に、樹姫宛の書簡をこしらえてある。鶴院を伝って届けてくれ。それと、僕達の荷物を区役所に置いてきたから、手伝って欲しい書類と一緒に持って来てくれ」

 楼院の口から出た誰かの名前に風鈴は身を固くするも、深くため息をついてやる気の無さそうな返事を返す。そして、懐から子機を取り出し区役所へ電話を繋ぐ。


「さて、僕達もそろそろ帰ろう。これ以上境ちゃんに疲れをためさせないようにしないと」

 熱でグッタリと眠っている境を背負い直し、何やらうるさい風鈴から背を向ける。

 他の二人も楼院に続き、帰路についた。

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