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千発必中銃

 枯渇した世界の中心は木々に囲まれ、生者の迷い込みを防ぐ。

 木々の中には魔物が紛れ、四六時中目を赤く光らせる。

 その木々の奥は死神たちの生活が広がり、その殆どの者が、忙しく歩き回っていた。

 この場が死神界である。

 死神界の一番高いゴシック建築の建物が、死神のいわゆる本社のようなところで、“裁判所(トリビュナル)”と呼ばれている。その名の通り、裁判や死神手帳の随時更新などが行われている。

 その最下層には死神王が鎮座し、天国や地獄・魔女界と連携を取ってサイクルを回す手助けをしている。

 そのトリビュナルの入口付近で、二人のメイドが話をしていた。うち一人は大地(ダイチ)真央(マオ)という死神であり加護者で、弱冠十七歳にしてメイド長となった少女である。

 もう片方は新入りの純血死神のメイド、濃霧(ノウム)案菜(アンナ)といういう少女だ。

「それじゃあ頼むよアンナちゃん。ファミーヌさまからのお使い、ホントはわたしが行けたら良かったんだけど、ヒメから招集かかっちゃって」

 申し訳なさそうに言う真央からある物を受け取った案菜は頷いて前を向く。

「お任せ下さい、メイド長。必ずマラディ様へお届け致しますから」

 無い胸を張って自信満々に応える案菜に、真央は心配そうに眉根を寄せる。

「ホントに大丈夫?アンナちゃんは方向音痴だし、ドジだし」

「だ、大丈夫ですって!必ず、絶対に、マラディ様にお届け致しますからっ!」




「っこのぉ!・・・・・・っ!」

「ほうら、こっちこっち!ほらっ、今度はこっちだよ」

 夜明け前の空の下に響く声と足音と拳の交える音。

 日が昇る前から組手をしているマラディと楼院。どちらも普段よりラフな格好で動き回っている(無駄に動いているのはマラディだけだが)。

 二人が組手に選んだ場所は頂上の家がある場所ではなく、途中にある“静寂の公園”。

 体格に差はないが、楼院の方が幾枚も上手である。実際、マラディの息はあがっているが、楼院の息は一つも乱れていない。

(うぐぅ・・・・・・四歳差ってこんなキツイ・・・・・・!)

 本格的な組手はしたことが無かったマラディに楼院は配慮し、攻撃はしないものの、受け流している。組手を始める前に目標を決めており、それをクリアすれば更なる目標を追加するという体を取ることにしたのだ。

 最初(現在)の目標は「楼院に攻撃を避けさせる」というものである。

 結果、全て受け流されて終わっている。

「焦らないで、境ちゃん。僕の動きをよく見て予測して」

「やってますって!!楼院さんが速いんですってば、そりゃ焦っちゃいます!」

 マラディが大きく振りかぶると、楼院はそれを難なく受け止める。

「はいはい、一旦呼吸を整えようか。後十分あるからさ」

 境は言われた通りに呼吸を整える為に深呼吸し、頬を軽く膨らませる。そんなマラディの様子に、楼院は頭を撫でてやる。

「そんな顔しないでよ、境ちゃんなら達成出来るから。別に、すぐできるようになれって言ってるわけじゃないし、こうする事で経験も増えるから」

 諭す楼院にマラディは申し訳なさそうな顔をして頷く。

「さ、もう落ち着いたね?残りを頑張ろ?」

「はいっ」




 何処にあるか分からない、上も下も真っ白なとある空間に、銃声音が鳴り響く。

「・・・・・・そう荒れるな、『あそぼ』」

 オレンジ色の髪の毛を揺らし、浮遊して来た少女がそう言った。

「荒れずにいられねぇ・・・・・・!だってアイツ、いきなり行方不明になったんだぞ!私たちの目の前でっ!」

 声を荒らげて少女に反抗するのは、少女よりも見た目幼く、焦げ茶色の短い髪の毛を持つ。彼女の名称は、少女が言った『あそぼ』。

 先日の雪山でマラディが使用した拳銃の主、暗黒が死人の魂から創り出した武器の一人。暗黒No.3、千発必中銃『あそぼ』が彼女。

 そしてオレンジ色の髪の毛の少女の方も同様であり、名称は暗黒No.0、新旧教典『しんげつ』。

 勿論本当の名はあるが、今はどうでもいいのでスルー。

「いい案がある」

 『しんげつ』が口を開くと、『あそぼ』は文字通り飛び付く。

「何何!?どんな案ですか!?」

「今、時期暗黒が現世で修行しているだろう」

「時期暗黒ぅ?って、マラディの事ですか?あれ、境っていったほうが良いのか?」

 ころころと視点の変わる『あそぼ』に、『しんげつ』は未だ引っ付いたままの彼女の脇に手を入れて下ろす。

「現世なら境の方。そう、現世で彼女の手を借りるしかない。今の所、死神界と天界、それから地獄や魔女界にも彼の反応は見られなかった」

「・・・・・・けど」

「丁度いい機会でもある。改めて、彼女が私たちが主君と敬うに等しいかどうかを確認してきなさい。彼女には大きなハンデもある」

 『あそぼ』は顎に手を当てて考える。

「・・・・・・あれって、ハンデ?没収されたんじゃなかった?」

「行くの、行かないの」

 『しんげつ』の催促に『あそぼ』は『しんげつ』の顔をしっかりと見る。

「行く行く!行かせてくださいっ!」

 必死に言う『あそぼ』を目に入れた『しんげつ』は『あそぼ』から少し離れ、両腕を肩幅くらいに広げる。

 その中心が発光し、一冊の、厚さが百科事典二冊分ある真っ黒な教典が現れる。

「彼の者を、現世へ導きましょう。我、姿を見せぬ月が強制する」

 『しんげつ』が詠唱すると、『あそぼ』の周囲に黒い影が取り巻く。



 怪しい商売の連なる小さな村で、裏社会を操る重鎮どもとその子分どもが、その中心で対立していた。

「あんたぁ、いい加減にしてもらおうか?」

「あぁあん?んだとコラァ?先に手ぇ出してきたんはそっちだろがっ!」

 今にも衝突しそうなヤクザ子分どもの中に、一人の少女が紛れ込んでいた。

 死神界から上司の頼みで現世にやって来た案菜である。

 しかし、上司の心配通りにスキル・方向音痴が発動され、神力を一旦封じ込めて普通の人間と化している案菜は、自身に背負っていたライフル銃に目をつけたヤクザどもに仲間にされてしまったのだ。

(ど、どどどどどど、どうしよう・・・・・・!)

 神力を失えど、元からの人間に勝てない訳では無い。

 だが、あくまでも死神なのだ。死神手帳に無いことをするわけにもいかない。それこそ理が崩れてしまう。

 一応、すぐに対応できるようにライフルに指先を当てている。

(こんな事、してる場合じゃないのに・・・・・・!)

 その時。

「お、親方ぁぁぁぁ!!」

「組長ぉぉぉぉ!!」

 双方の子分どもから、悲鳴が上がる。

「・・・・・・え、え?」

 子分どもの隙間を縫って見える程度に進むと、双方の親方の頭から、血が流れていた。

(―――っ!どういう事!?何の音も―――)

 案菜が周囲に注意すると、頭上から鋭い気配がする。

 ゾッとするようなその気配は、わざと「見つけろ」と言わんばかりの気配である。

 気配のする方を見上げると、建物の影から覗く一つの影が、案菜に焦点を合わせた。

 案菜は目を見開いた。




「鉄の町?」

 そう聞いたマラディに、楼院は何かの書類に筆を走らせながら「そう」と答える。

「自分の決めた事は鉄の掟。物理的刃物や火砲などの鉄物も全て裏ルートからのお取り寄せで売買されているっていう・・・・・・まぁ、一言で纏めるなら」

「やばくないですか、そこ」

 顔を引き攣らせてマラディが楼院のセリフに被せるが、楼院は書類に集中しているのか答えない。

 現在、マラディたちは列車に揺られて今日の依頼をこなしに行く途中である。どんな内容なのかは聞かされていないのだが、目的地に不安しかない。

 現に、楼院は朝食後からずっと書類に勤しんでいて、家を出た時から今までほとんどずっとこの調子である。そのためマラディがトランク二種類を持って動き、移動中は彼を何故か引っ張って行かなければならなかった(こちらの役目は雪花に任せている)。

 依頼の内容は知らないが、楼院から目的地までのメモを渡されている。現世の乗り物は乗ったことが無かったが、メモの端に「駅で分からないことがあったら、駅員に聞く」とある。

 残り五駅あり、今まで六駅過ぎている。しかも、かなりの時間をかけて。彼が暇もなく書類に向かっている理由がこれだ。今日中に帰れないのだ。

 何の書類なのか、どうして毎日書類に向かっているのか、サッパリ分からない。

 まだまだ前途は遠いので、マラディはかなり暇を持て余している。ならば雪花とおしゃべりでもしてればいい。しかしその頼りの雪花は、流れる景色にずっと目を奪われており、見たことが無いほど目を輝かせている。

(・・・・・・あぁ〜、つまんない・・・・・・)

 マラディは外の景色に興味は無いが、雪花はほとんど雪山で生活してきたから外に興味があるのだろう。

 右には座席に膝立ちになって窓に張り付く雪花。左には書類に没頭する楼院。

「・・・・・・寝よう」




 まだ幼かった頃・・・・・・。


「おい、これで諦める気かマラディ?」

 目を開くと、目の前に自分より少し年上の女の子。

「・・・・・・だって、魔法も神力も使ったら・・・・・・負けちゃうんですよ?」

 マラディが真っ黒なマントを握りしめると、女の子はマラディの胸にリボルバーを当てる。

「私を誰だと思ってんの?心配すんなよ、私が・・・・・・いや、私たちが、お前を必ず勝たせてやる」

 女の子は挑戦的に、且つ楽しそうに笑った。マラディはつられて微笑み、リボルバーに手をかける。

「絶対にあれを取り戻す・・・・・・!こんな事が知られたら、一族の恥になるし。もしあの名前で呼ばれたりなんかしたら、申し訳ないし!」

「その意気だマラディ!まずは・・・・・・」 

 マラディはマントを翻し、女の子はリボルバーをクルクルと投げ回す。

 マラディが頭上に光る太陽を見上げると、眩い光の中から一丁のリボルバーが・・・・・・。




 頭上に妙な衝撃が落とされ、マラディはゆっくり目を覚ます。

「・・・・・・うぇ」

「はよ、目ェ覚めた?」

 左隣からかかった声に身体を起こす。

「・・・・・・?あれ、拳銃は・・・・・・」

「物騒なこと言うね。そろそろ着くよ。ほら、しっかり起きて。境ちゃん」

 マラディの左側に座っていた楼院は立ち上がり、書類を持ってきていたショルダーバッグにしまう。そして、楼院は思いっきり伸びをして右肩と右首筋を軽く揉む。

「楼院さん、集中しすぎですか?」

「は、いやまぁそうだけど、半分は君のせい・・・・・・」

 無表情でマラディを見る楼院にマラディは首をかしげ、右側を見る。

 マラディの右側にいる雪花を見ると、窓に張り付いたまま眠っている。はしゃぎ疲れて眠ってしまったのか。

「そろそろ雪花ちゃんを起こして。切符は無くしてない?」

「はい。ユーキー、ほら起きて!もう着くって!」

 マラディの声に呻き声を上げながら雪花はだらしなく窓から離れ、ぐったりとマラディに寄りかかる。

「ねむいよぉぉぅ〜」

 雪花は起きたくないとばかりに、マラディに体重をかける。するとマラディは表情をすっと変える。

「・・・・・・ユキ、摩擦熱と一日氷一口、どっちがいい?」

「どっちもイヤ」

 一変して覚醒した雪花に、マラディはにっこりと満足そうに笑う。楼院はその様子に微妙に顔を引きつらせる。




「さ、着いたよ」

 駅は無人駅でそこを抜けると荒地が広がっており、建物は奥に高い建物があり、家屋は点在しているくらいで見通しがいい。・・・・・・が、

(・・・・・・物騒すぎる)

 見れば、チラホラと売店が出ている。しかしそのほとんどは鉄物・・・・・・銃の類。

 町全体に、チリチリとした気配が蔓延っている。人人も暗い面持ちで売買をしている。

「・・・・・・おっかしいなぁ」

 町の空気とは正反対の呑気な口調でそう言う楼院に目を向けると、楼院は懐から書簡を取り出した。

(おかしいのは楼院さんな気、が・・・・・・?)

 楼院が取り出した書簡に記されているサインに、マラディは書簡を凝視する。

「楼院さん、それって・・・・・・」

「うん?あぁ、これね。そう、君のお姉さんから。それが今回の依頼内容だよ」 

 楼院はもう封の切ってある書簡を開き、中身をマラディに見せる。



『Dear Mr.

 妹がお世話になっております。その件で、妹に印鑑を持たせるのを忘れてしまいましたので、私の使用人、メイド長の大地真央を派遣いたそうと思ったのですが、彼女もその件で忙しく、代わりに新米使用人のアンネリア・キリをそちらに送りました。

 しかし彼女は大変な方向音痴ですので、恐らくそちらに到着していないだろうと思い水晶で確認したところ、どうやら「鉄の町」と呼ばれる貧困地区に迷い込んでしまったようです。

 お手数ですが、そちらで解決していただきたいのです。妹も是非連れていっていただければと思っています。何より、妹の重要な私物ですので、本人がいた方がいいでしょう。

 そちらも忙しい身であると重々承知ですが、どうか。

 by.Death Famine Both』



「・・・・・・印鑑って」

「そう、君の住民票を作らなきゃいけないんだって。その為に色々準備してたんだけど、どの書類も君の証拠が必要でね。まぁ、最初の一週間で君はダウンしちゃったし、その後は普通の依頼を優先してたから」

 マラディはそれを聞いてはっとする。

(印鑑・・・・・・印鑑って、もしかしてもしかしなくても・・・・・・)

 マラディが自分の思考に浸ろうとしたその時。マラディは何かに気がついて顔をバッと上げる。

「境ちゃん?」

「どしたの、まら・・・・・・境」

 マラディは二人の声に答えず、辺りをキョロキョロと見渡す。

「・・・・・・今、何か聞こえませんでしたか?ほら、また・・・・・・」

 マラディの言葉に二人は耳をすませるも分からない。

(・・・・・・超音波を扱える彼女だから聞こえるのか?)

 しかし、マラディが何の音を聞いたのか分からない。音が無い世界などほとんどないのだから。

「境ちゃん、どんな音が聞こえたの」

「あ、えと、よく分からないんですけど、何かが軽く弾けるような・・・・・・?」

「う〜ん・・・・・・僕たちには聞こえなかったなぁ」

 楼院は顎に手を当てて正面を見つめる。しかし、ここは考えていても仕方がない。

「取り敢えず町内に入ろう。目的を果たさないと」

「え、マジで行くんですか?」

 マラディは渋って楼院から一歩離れる。そして、雪花は同調するようにマラディの背後に隠れる。

「ちょっと、今更困るんだけど」

「いやいや、やめましょうよ!女、子供が行くところじゃないですって」

「大丈夫だよ。僕の中身はほぼ大人だし、君たちだって戦えるんだから」

「そりゃそうですけどね?でも私、今の状態だと雪操術と初等級魔法しか使えないですし、そもそも私自身が近距離戦闘タイプと言うか・・・・・・」

 じわじわと後退するマラディと同調する雪花に、じわじわと間を詰める楼院は顔を顰める。


 パアァァァンッ!!


「!」

「今度は僕にも聞こえたな・・・・・・」

 冷静に町の方に目を向ける楼院に、マラディはやっと諦めがついて先ほどは逆に楼院に近づく。

「・・・・・・ま、境、あそこ・・・・・・」

 未だマラディの背後にいる雪花はある方向を指さす。

「・・・・・・煙?」

「行くよ境ちゃん、雪花ちゃん。今度は有無は言わせないからね」




 建物の影影から繰り広げられる銃撃戦。しかし実力差は明らかで、地でライフルを使いこなす方が案菜である。

 もう片方の姿は完全に捉えることが出来ず、敵が何者なのか分からない。

 案菜はライフル以外に、腰に回転式から自動式まで違う種類の拳銃を常備しているが、ライフルの弾が命中しない時点で全て無駄弾になってしまっている。

(・・・・・・どうしよう!このままじゃ任務遂行どころかナメられて終わる・・・・・・!)

 さっと顔が青ざめる。相手からの銃弾はほとんど避けているのだが、避けきれなかった銃弾はマントやメイド服の裾に当たる。しかも相手はどうやら、それを狙っているらしい。案菜を殺すつもりは無いと言わんばかりに全て、わざと外している。

 どうにかして相手を黙認できれば、場合によっては神力を戻し、死神手帳で調べることが出来る。

 それまで何とか持ちこたえて―――。


   “魔法(マジック)(プロテクト)!”


 突如、自身の周りに透明なドームが出現する。

「っ!?」

 案菜が背後に目を向けると、見覚えのある茶色のツインテール。

「マ・・・・・・マラディ様ぁぁぁ!!」

 歓喜の念に案菜はマラディに走り寄る。

「アンナさん、お久しぶりです」

「はいっ!それはもう・・・・・・!あれ、でもなんでここにマラディ様が?」

「姉さんから私の保護者様宛に手紙が届いたんです。印鑑を預かってくれているんですよね」

「えぇ、ここに」

 案菜はスカートのポケットから、ダイヤモンド型の変わった形をした印鑑入れをマラディに手渡す。少しの揺れで、中身の印鑑はカラカラと音を立てる。

「確かに受取りました」

 マラディはしっかりと頷いて案菜の全身を見つめる。

「・・・・・・けど、なんであの方はアンナさんに攻撃をしたのか・・・・・・」 

「マラディ様、敵方を知っているのですか・・・・・・?」

「・・・・・・知ってますよ。少なくとも、この場にいる身内の中では」

 マラディはそう言うと、高い建物の上を鋭く見つめた。




「―――へぇ、こりゃ面白ぇ・・・・・・。私の知り合いにそっくりだな。お前は男みてぇだけど」

 そう言って使用していたライフル銃を肩に担いでニヤリと笑うのは、どこからどう見ても十歳いかない少女である。

 しかし服装が古典的で、薄手の淡い黄土色で膝丈の着物であり、帯は薄桃色。そして裸足である。

 その少女に対峙するのは、楼院と雪花。

「・・・・・・なんで、あの人撃ってたんですか、『あそぼ』様・・・・・・」

 静かに聞く雪花に、『あそぼ』は喉を鳴らして笑った。

「マラディと同類みたいだったからな、ちょっとした肩慣らしに。それにしても、随分久しぶりだな雪花。つっても、一昨日辺りにどっかの室内で会ったけど・・・・・・大分成長したな」

 懐かしそうに雪花を見る『あそぼ』を、楼院は不思議そうに見る。

「雪花ちゃん、知り合い?」

 そう聞く楼院に、雪花は頷く。

「はい。頭領さんも、一度見ています」

「・・・・・・一昨日、室内・・・・・・。“吹雪の館”の事か。と、いう事は」

「そういう事。私は暗黒No.3『あそぼ』、千発必中銃。で、お前は?」

「・・・・・・“重圧力の守護者”、姓は土岡、名は楼院。土岡家長兄現頭首」

 『あそぼ』は目を細めて笑い、どこからともなく漆黒の拳銃を二丁出現させると、楼院と雪花に向ける。

「さて、土岡の若兄に雪花。お前らはどこまでマラディを守れる力があるのかね?」

 その言葉に楼院は顔を顰め、雪花は口をギュッと結んだ。

「頭領さん、あの人、その名の通り狙った場所に必ず当てます。逃げるのはダメです、防御しないと」

 雪花は楼院にそう忠告し、背中から厚い氷で出来た翼のようなものを出す。

「防御、ねぇ・・・・・・。生憎、重力を変えるしか方法が無いんだけど」

「あなたは、マラディの大好きな人です。私も、頭領さんを尊敬しています。方法が無いなら、見つかるまで私が頭領さんの分も防御します」

 周囲に冷気を染み渡らせる雪花に、楼院は寒気に震える。

(寒さで動きが鈍りそう・・・・・・)

 それでもその厚意はありがたいのでその場から少し後退する。



   “雪操術!!”


 雪花の雪操術で、雪花より前は一気に凍りつく。そして、楼院は左から走って素手で氷の地面を叩き割る。

 『あそぼ』は一瞬目を見開くもすぐに嘲笑うかのような表情に戻し、右手の焦点を楼院に向ける。左手の焦点は、雪花に向いている。

 楼院は割った氷の破片を掴み、雪花はその破片に雪操術をかけ、氷の刀を創り出す。

(・・・・・・あいつは近距離タイプか?変なヤツだな)

 容赦なく『あそぼ』は拳銃を楼院と雪花に撃ち出すが、楼院は上手く氷の影に隠れ、雪花は自身の氷の翼で動かず防御する。

「チッ!!ちょこまか動きやがって・・・・・・」

 『あそぼ』は二丁の拳銃を空に投げ出し、腰に腕を回したと思ったらすぐに出す。その手には、二丁のライフル銃。

 両方使うのかと思いきや、左側のライフル銃は先ほどの拳銃と同じく空に投げ、右側のライフル銃は完全に楼院に向く。

「・・・・・・っ、ヤッバ」

 呟いた楼院は『あそぼ』の手元をよく見て氷剣を構える。『あそぼ』はニヤリと笑ってライフルを連射する。

 楼院は氷剣で弾を弾きながらだんだんと『あそぼ』に近づいて行く。

「ふぅ〜ん。強ぇな土岡若兄。私に能力が通じないのも分かってやがる」

 至極楽しそうに言う『あそぼ』は楼院に向けていたライフル銃を雪花に向かって投げ、空に投げていたライフル銃を難なく掴みとり、投げたライフル銃ごと雪花を撃ち抜く。

 弾は見事投げ出されたライフル銃を砕き通ると、雪花の肩に命中した。

「・・・・・・〜!!」

 雪花はその場に崩れ、氷の翼に少しのヒビが入る。

 そして、楼院は氷剣を槍構えにして『あそぼ』に切っ先を向ける。


 ガキイィィッ!!


 楼院の刃は、空から落ちてきた二丁の拳銃に阻まれた。

「・・・・・・」

「若いの、一つ教えてやるよ」

 『あそぼ』は再び腰に今度は片腕だけを腰に回し、一丁のリボルバーを出して楼院の額に当てる。

「私の本当の名前は『谷崎羅菜』。谷崎家二代目頭首・・・・・・この意味、お前なら分かるだろ?」

 リボルバーの引き金に、『あそぼ』の指がかかる。

「・・・・・・なるほど、だから僕を“土岡若兄”って呼ぶのか」

 楼院は『あそぼ』を睨みつけながらも、リボルバーに注意して反撃の隙を伺う。

「そゆこと」

 『あそぼ』は今にも引き金を動かしそうだ。・・・・・・だが、

「でもまぁ、ここでエンドにするにゃぁ、まだはえーよ。・・・・・・そうだろ、マラディ」

 頭上に、鎌を持った死神の影が映る。

 大きく腕を振りかぶったマラディは、『あそぼ』から少し離れたところで、『あそぼ』が手に持つリボルバーと拮抗している。が、マラディの手には何も無い。

「・・・・・・?」

 楼院は『あそぼ』から逃れることが出来たが、マラディの実際の姿と影を交互に見つめる。

 マラディの影には、確かにその手に鎌を持っている。『あそぼ』のリボルバーと、ちゃんと対峙している。よく見ると、ガラス製の何かなのか、光が抜けている。しかし、確かに鎌を持つ手の形をしているも、それは見えない。

「おもしれぇだろ、こいつの仕事道具」

 そう言った『あそぼ』は、余裕で飄々としており、マラディよりも小さな身体であるが、マラディの攻撃をものともしない。それどころか、『あそぼ』は楼院にマラディの「死神の一部」を教える。

「こいつの鎌は名称“上弦の鎌”。その特徴から、別称“透明の鎌”と呼ばれている、扱いの難しい代物だ」

 そこで、マラディがやっと口を開く。

「・・・・・・本来なら、使用者以外には見えないのですが、元々“武器の加護者”である『あそぼ』様には影を見ずとも見えるのです」

 マラディは鎌を凪ぎいて『あそぼ』から離れ、楼院の隣に降り立つ。

「楼院さん、『あそぼ』様の事をご存知なのですか?」

「いや。けど、伝記上の彼女・・・・・・「谷崎羅菜」ならそれとなく知ってる。十に満たないその歳で、才女と呼ばれた谷崎家二代目頭首。近くの村で焼死したという記録が残ってる。詳細は、不明だけどね」

 マラディは鎌を構え、楼院に目を配る。楼院がそれを受け取った瞬間、マラディはその場から消えた。

 その事に、『あそぼ』は少しだけ意外そうな顔をする。

(・・・・・・確か戻っていたのは初等級魔力だったハズ)

 『あそぼ』は目の前に残った楼院を見る。どうやら今の状態で能力をかけているらしく、手が特定の形をつくっている。

 背後に、見えない切っ先の気配を感じ、『あそぼ』は瞬間振り向く。


 ギイィィィィンッ!



「っ!」

「若兄の能力(チカラ)を借りたのか?」

 マラディの攻撃は、奇しくも再び『あそぼ』のリボルバーに止められる。

 それでもマラディはすぐさま次の行動に移し、まるで踊るかのように身体中の節々に柄を当てながら、回って攻撃をする。正に、攻撃は最大の防御とも言える動きである。

 ただし、周りには自在に鎌を操る姿は影を見る事でしか分からない。   

 左肩に柄を乗せて左手で軽く反動をかけたり、かと思ったら左手に柄を持ち替え、すぐさま右手を後ろで添えて振り下ろしたり。

 延長戦に持ち込んだマラディの態度に、『あそぼ』は大いに舌打ちをしてマラディから跳躍して離れ、リボルバーと、もう片方の手にグロック17を出現させて雪花に向ける。

「っユキ!!」

「おせェよマラディ」

 『あそぼ』はリボルバーとグロック17を交互に打ち分ける。

 雪花はギリギリで氷柱を創り出して防御するも、間に合わなかった弾丸はやはり受けてしまった。

「・・・・・・」

 マラディが戦闘に関わっている場合、あくまで直接的に手を出せない楼院は、歯噛みして弾丸の飛ぶ空中に躍り出る。

「・・・・・・え?」

「・・・・・・は?」

 『あそぼ』を止めるために鎌を振りかぶっていた境は楼院の行動にすんでのところで鎌を止め、『あそぼ』も同様に驚き、何の偶然か手に持っていたリボルバーは弾切れ。もう一方、グロック17は引き金を引いても打ち出されない。

「チッ!!ジャムったか・・・・・・」

 諦めたのか、『あそぼ』はリボルバーとグロック17を放り投げ、マラディに鎌を下げさせる。

「・・・・・・若兄、お前何のつもりだ?こんな偶然無きゃ、お前確実に死んでたぞ」

 『あそぼ』のセリフにマラディはぎょっとして『あそぼ』の肩をガシッと掴む。

「何を言ってるんですか、ダメですよ!!だいたい、死神手帳に火の点いている人間をこちら側の者が殺すのは、本業として許せません!」

 急に怒り出したマラディに『あそぼ』は若干顔を引き攣らせる。

「落ち着け馬鹿野郎。誰も殺しちゃいねーだろ」

 どうどうとマラディを落ち着かせる『あそぼ』。そんな二人に楼院は近づこうとするが、後ろから雪花のものでは無い声が飛んできた。

「そんなの、嘘ですっ!!」

 叫んだのは、雪花の背後に立つ少女、案菜。

「アンナさん・・・・・・?」

「だってさっき、アナタ二人も殺したじゃないですか!!」

 その言葉に、マラディと楼院は『あそぼ』に目を向ける。

「本当ですか、『あそぼ』様?」

 マラディが問い掛けると、『あそぼ』はため息を吐いて懐から一丁のライフル銃を取り出し、マラディに手渡す。

「・・・・・・ライフル?んん?でも大分軽い・・・・・・?」

「だだのライフルじゃないの?」

 楼院はマラディに近づき、マラディの手元を覗く。マラディは楼院に見えるようにライフル銃を持ち替える。

「本当に軽そうだね・・・・・・。グラース銃?だっけか、に見えるけど。あれ、でもこれは・・・・・・」

「あ、もしかしてこれって・・・・・・」

 マラディはライフル銃を頭上に翳す。

「ご明察。そりゃオモチャのライフル銃だ。見た目確かにグラース銃だが、中身はペイントを打ち出す軽いモノ」

 『あそぼ』は手をひらひらと振って案菜を見る。

「そういう事だ、死神の小娘」

「あ、もしかして境ちゃんが聞いた、僕と雪花ちゃんには聞こえなかった、何かが軽く弾けるような音ってこれの事かな?」

 楼院の言葉に、いつの間にか向こうからずかずかと近づいてきていた案菜はピタリと立ち止まる。

 そういえば、撃たれた二人の前後には、銃声音が聞こえなかった。

「ああ、お前やっぱ聞こえたんだな」

 『あそぼ』はマラディからグラース銃を返してもらい、それを担ぐ。

「そ、そんな・・・・・・。じゃあ、あの二人は・・・・・・」

「全くの無傷のはずだぜ?ま、多少の痛みと幻術を伴うように仕組んだ特別製だけどな。さっきも言ったが、死神だって分かったから肩慣らしにちょっかい出しただけだ」

 その言葉を聞いた案菜はその場に崩れ落ちた。

 緊張が解れたらしい案菜に、マラディと雪花が駆け寄る。

「アンナさん、大丈夫ですか?」

「頭、冷やしてあげます」

 マラディは案菜を軽く支え、雪花は後ろから自身の手を案菜の額に当てる。

「うぅ・・・・・・お二方・・・・・・。私が面倒見る側のはずなのに・・・・・・」

 青ざめた顔で涙ぐむ案菜に、マラディも雪花も苦笑する。

「それにしても、今までこんな事無かったですよね?私か、姉さんか兄さんの詠唱無しで、しかも肉体ごと出てくるなんて」

「そう、それなんだよ!マラディ、お前に協力してほしい事があるんだ!」

 途端に切羽詰った顔でマラディに突っかかる『あそぼ』に、その場にいる全員が顔に疑問符を浮かべる。先程までクールに笑っていた彼女とは思えない、年相応の困惑顔。

「何かあったんですか?」

 マラディは『あそぼ』の高さに屈んで問う。

「お前、“ソニード=スピアー”っつう奴聞いたことないか?」

 『あそぼ』の口から出てきた人物に、マラディは首を傾げて周囲の人たちを見る。

「ユキ」

 雪花に聞けば、首を横に振るだけである。

「アンナさん」

 案菜に聞けば、少し考える素振りをしてからゆっくりと首を横に振って口頭で「覚えがありません」と言う。

「んじゃ、楼院さんは?」

 楼院に聞けば、肩を軽く竦められたが、「けど」と続けられる。

「確か、そんなような・・・・・・似たような名前の修道院があったと思う」

 楼院が呟くように言うと、『あそぼ』は楼院のネクタイを掴む。

「どこだそこ!!なんていう名前だ!?」

 『あそぼ』にネクタイを掴まれ揺らすように引っ張られるため、楼院の首が締まる。

「『あそぼ』様!ろ、楼院さん死んじゃいますっ!ストップストーップ!」 

 マラディが楼院と『あそぼ』の間に割って入り、咳き込む楼院の背中を擦る。

「『あそぼ』様、殺しちゃダメですってば」

「あ、悪ぃ。つい感情が昂った」

「つい、で僕殺されそうになったの・・・・・・。境ちゃんも何か調子軽くない?」

 ゲンナリする楼院にマラディは渇いた笑いを零す。

「・・・・・・ソニーフィッド修道院」

 落ち着いた楼院はゆっくりと立ち上がってそう教える。

「その昔、とある極悪魔女が英雄の翼をへし折り、隣から肌身離さぬよう造られた建物・・・・・・。それがソニーフィッド修道院。その歴史から、またの名を“血翼の監獄”」

 楼院の口から告げられるおぞましい名に、一同は息を呑む。ただ一人を除いては。

「大当たりだ若兄・・・・・・!で、その場所は!?」

 再び楼院に掴みかかりそうな『あそぼ』を、マラディは何気に抑制し、楼院に先を促す。

「海のある方だから、山側のこことは逆方向だね」

 それを聞いた『あそぼ』は嬉々とした表情で拳を握る。

「よし・・・・・・!よし!それだけ分かれば、あのバカが見つかるかも・・・・・・。マラディ!」

「はいぃ!?」 

「行くぞマラディ!さっさとあいつを連れ戻すっつてぇ!!」

 ガシッとマラディの手首を掴んだ『あそぼ』の脳天に、楼院のチョップが落ちる。

「なぁにすんだ、若兄!」

「さっきの話聞いてなかった?・・・・・・のですか。逆方向だって言った・・・・・・ました。そもそも、ここから家まで片道半日以上かかるんだ。それに、ここの電車はもう出ていない」

「おい、敬語使うの諦めたろ。・・・・・・って、はぁ!?」 

 時間差で驚愕する『あそぼ』に、楼院は深くため息を吐いて額に掌を当てる。

「大丈夫ですか、楼院さん」

「うん、まぁ・・・・・・」

 被保護者に心配されて顔を上げた楼院は、固まっている『あそぼ』に説明を続ける。

「今日は周辺の宿を取ってある。それから明日、早朝の電車を使って西地区に戻って市役所に行く。それから家に戻る。まあ、どうしても彼女を連れてそこに行きたいのなら、明後日になるね」 

 楼院から聞かされた近日の予定に、『あそぼ』は愕然とする。

「な・・・・・・!じ、じゃあ、西地区?っていうところからそこまでどんくらいかかるんだよ!?」

「半日ちょっと」

「う、嘘だろおぉぉ!?」

 その場に崩れ落ちる『あそぼ』に、マラディは焦って話しかける。

「そ、それにしたって、どうしてそんなにその場に行きたいんです?一体誰を探して・・・・・・?」

 マラディの言葉に正気を取り戻した『あそぼ』は、ゆっくりと立ち上がる。

「あいつ・・・・・・ほら、『いぎり』だよ。暗黒No.2『いぎり』、神速弓矢の・・・・・・。あいつ、いきなり暗黒世界から消えたんだよ」

 『あそぼ』からの思わぬ告白に、マラディは目を開く。

「・・・・・・消えた?でも実質暗黒武器ナンバースリーの実力者ですよね」

「消えた理由は、『しんげつ』様もイマイチ掴めていない。あのバカ曰く、あいつは何かのチカラによって死んだらしい。思うに、もしかしたら残ったチカラが時を経て何らかの作用を及ぼし、引っ張られたのかもな。そこで、だ」

 『あそぼ』は言葉を切ってマラディを指さす。

「あのバカも、『しんげつ』様も『しらぬい』様も、死神や魔女の事は漠然としか知らない。だから、双方に詳しく現世に留まっているお前に、何とか調べて欲しいんだよ」

 マラディは顎に手を当てて唸る。

「・・・・・・楼院さん」

 チカラの無い今、困った時は保護者に頼るしか方法が無い。困惑した表情で楼院を見れば、楼院は快く・・・・・・なのか、取り敢えず首を縦に振ってくれた。

「それでも、こっちの事情もある。行くのは明後日だ」

「・・・・・・分かった。私はこれでも死人だし、お前はマラディの保護者だ。焦りが・・・・・・無いわけがないけど、譲歩する」

 話し合いが成立したらしいので、マラディは一息吐く。

「よし、これで今日は一段落かな」

 やれやれといった拍子で軽く伸びをする楼院に、マラディと雪花は「お疲れ様です」と声をかける。

「そういえば、印鑑はちゃんと受け取れた?」

「あぁはい。さっきから手に持ってますけどね」

 マラディがそう言うのに、楼院は不思議そうに首を傾げる。

「私がご説明致します」

 そこで案菜が前に出て、マラディの横を掌で指し示す。

「先程『あそぼ』様がおっしゃられたように、名称“上弦の鎌”といいます。この鎌は数ある死神の鎌の中でも特に特殊で、その姿を幾数にも変えます。第一形態である鎌の状態では使用者以外には見えず、第四形態は手のひら大のダイヤ型に姿を変えます」

 案菜の説明にマラディは鎌を持っている手、見た目拳を前に出し、ひっくり返して指を開く。

 その手の上には、いつの間にか手のひら大のダイヤ型が乗っており、よく見れば中身に何かが入っているのが分かる。

「上部は回して取り外す事ができます」

 マラディは案菜の説明に合わせ、上部を回して中身を楼院に見せる。

「なるほど」

 理解した楼院はこくこくと頷く。

「これで明日までに書類が間に合う。えっと、アンナさんで合ってるよね。ご足労をお掛けしました」

 礼を言う楼院に、案菜は焦って「いえいえ!」と両手を振る。

「そもそも、ファミーヌ様が私を気にかけてくれなければ、マラディ様には届きませんでしたから。本当なら、一昨日に任務完了していたはずなのですが」

 「アッハハハ・・・・・・」と笑う案菜に、一同呆れた目で見ていた。




『・・・・・・はぁ、そっすか。了解した、若頭』

 楼院の持つ受話器から聞こえる男性の声に、マラディは真横で盗み聞きする。

「明日、君は暇なの?風鈴君」

『・・・・・・まぁ一応。でも最近、地区内に怪しい連中が出入りしてるらしいから、そっちの対応も少々。確か、若頭の娘って雪女(ゆきめ)一族の血を引いてるんじゃ無かったか?』 

「・・・・・・娘?」

 楼院は聞き返しながら、堂々と真横で何故か盗み聞きしている少女に目を向ける。マラディは楼院の目線を受けて、不思議そうに自身を指さす。

「ねぇ何なの君たち。そんなに僕の行動が珍しいの?」

 楼院の不機嫌そうな声に、受話器の向こうの男性、風鈴は笑いを零す。

『たちって、他の誰かも言ったんだな。そりゃあそうだ。一年前じゃ考えられねぇよ、誰も。お前の妹もそう思ってるだろうよ。それは、お前自身もそうだろ?』

「ふん・・・・・・まぁいいよ。さっきの話、忠告受け取った。彼女たちにも伝えておくよ」

『・・・・・・たち?は、え?』

 楼院からの思わぬ申告に、受話器の向こうからカタンッと何かが揺れる音がした。

「あぁ、前の時言ってなかったね。一昨日から、彼女の遠縁の子を保護という形で預かっている。それから・・・・・・いや、あの人はいいや」

『・・・・・・ふぅ〜ん。だからもう一枚頼んだってわけか』

 受話器からは依然、風鈴の声だけが聞こえるが、ここで大きく紙の擦れる音が聞こえた。

「それじゃ、よろしく頼むよ。正午過ぎには着くと思うから」

『あいよ。じゃあな』

「あ、あともう一つ」

『何だ?』

「君に直接言うのが面白いと思ってるんだけどね、彼女の遠縁の子が“鍔木あい”に会いたがってるよ。じゃっ」

『はっ!?ま、ちょっと待て若・・・・・・』

 風鈴からの返答を聞かず、楼院は容赦なく受話器を置いた。

「・・・・・・?」

 盗み聞きしていた割に内容を理解していなかったマラディに、楼院は微笑み、マラディはそれに何となく笑い返す。

「さて、夕食を取ろう。席を取って待ってるから、雪花ちゃんと祖代様を呼んできて。多分はしゃいでるだろうけど」

 楼院からの指示にマラディは返事をし、楼院とは逆方向に歩を進めた。

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