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ノイズ・ベル

 整った景観のお社。その裏に、たくさんの木々に囲まれた木造造りの大きな学舎がある。そしてそのさらに奥には、古びた大鐘が鎮座している―――・・・・・・。

 その古びた大鐘に、近付く人影。

 金髪に若草色の眼をした若い(カンナギ)、リアリ・ベルリアという名の少女である。

 リアリは大鐘に手をかざし、大きなため息を吐く。

「ハァー・・・・・・。私、もうダメかも・・・・・・」

 そう言うリアリは明らかに不機嫌な顔をしており、何を思いつめてそうしたのか、素手の拳で大鐘を殴る。

 しかし大鐘は鳴らず、リアリの拳は大ダメージを受ける。リアリは痛さに座り込んで悶絶。

「・・・・・・私、何でこう、才能が無いのかなぁ?」

「やる気が無いからじゃね?」 

 一人きりだと思っていた空間に、もう一つの声が聞こえる。

 ハッとしたリアリが立ち上がると、大鐘の後ろに立っていた大木の上から飛び降りてくる人影。

 その人物はダンっと音を立てて着地し、リアリを見る。

「・・・・・・稲妻さん」

「よぉ、リアリ〜。・・・・・・れ?ひよこは?今日は一緒じゃねぇのな」

 口調は荒いが、男ではなく女である。

 長い金髪を桃色のシュシュで高くポニーテールにしており、こちらも同じく(カンナギ)。リアリの袴が朱色なのに対し、彼女の袴は焦げ茶色で、ミニスカートの様に何があったのかと思うくらいに短い。

 彼女の名は、(トドロキ)稲妻(イナズマ)。  

「お姉ちゃんなら先に・・・・・・と言うか、やる気がないとか、稲妻さんに言われる筋合いはありませんよ」

 呆れたように言うリアリに、稲妻は高らかに笑う。

「おうおう、ひよこから聞いてるぞ〜?反抗期だろ?『リアリが昔みたいに笑ってくれない〜!』って」

 稲妻は思い出し笑いをしているのか腹を抱えて笑っており、リアリは鼻を鳴らしてそっぽを向く。

「そんなの、知りませんよ!」

 余計に機嫌を損ねたリアリは来た道を戻る。

「昔っていやぁ〜、あっちは逆だったな?」

 リアリはピタリと動きを止めて振り返る。

「昔って・・・・・・あっちってどっちです?お姉ちゃん?」

「ひよこの方はお前知らないだろ。ほら、つい半年前まで無口・無表情だった」

 稲妻がそう言うと、リアリは思い出すために目だけをちらりと上に向ける。

「―――・・・・・・あぁ、あの方ですね。そういえばこの前見ましたよ。見知らぬ女の子と一緒に買い物してました」




「ハックシュッ!」

 調理していた食材を置き、両手で抑えてクシャミをした楼院は、寒そうに腕をさすった。

 そのクシャミに、食器を片付けていたマラディは振り向く。

「楼院さん、大丈夫ですか?」

「うん・・・・・・大丈夫」

 苦笑してそう返した楼院に、マラディは少し心配そうだ。

「私の風邪が移っちゃったんですかね?それとも、昨日の雪山で?」

「いや、違うような気が・・・・・・」 

 楼院は乾いたため息を零しながら、リビングでテレビを見ている、昨日増えた被保護者に目を向ける。

 その目線を追いかけていたマラディは、先程の楼院と同じく苦笑する。

「あ〜・・・・・・雪花の冷気ですか・・・・・・。あの鎖、あんまり効いてないのかなぁ?」

 現在、楼院はいつも着ている緑色のパーカーを着ていない。さらにワイシャツの袖を捲っているので余計に寒い。極めつけ、雪花の冷気により捻った蛇口からでる温水も冷水となる。

「いや、彼女に罪はないんだけど・・・・・・うぅ、早く冷凍庫取りに行こ」

 調理を再開した楼院に倣い、マラディも残りの食器を片付ける。



「ユキ、何見てるの?」

 一通り食器を片付け終わったマラディが雪花に近づくと、雪花は一瞬だけマラディを見て、再びテレビに熱中し始める。

 そんな雪花の様子にマラディは気にした素振りを見せずに、同様にテレビを見る。

 そこに映っていたのは桃色の髪の少女で、司会者からの質問を笑顔で答えている。

「へぇ、可愛い人。えと・・・・・・苗字読めない・・・・・・なんとか、あい」

 マラディが読むのを諦めた時、背後に気配がした。

鍔木(ツバキ)だよ。鍔木あい」

 答えたのは楼院で、両手にスプーンが入っているコーヒーカップを持っている。中身はシャーベット状のアイスココアだ。

「この人、(カンナギ)ですよね?」

 マラディが指し示す彼女の格好は巫女服である。

「・・・・・・ん〜、まぁ?」

 よく分からない返し方をしながら、楼院はマラディと雪花にカップを手渡す。

「ありがとうございます」

「あ、ありがとございます」

 二人は楼院に手渡されたアイスココアを口に含む。

「彼・・・・・・」

「彼?」

「じゃないや、彼女は元々僕の家とかと違って能力を世襲していない一般の家の出なんだけどね。ちょっと訳ありで・・・・・・」

 楼院はそう言いながら台所へ戻ってい行く。

「この人、加護者ですかね?」

 戻って行く楼院から目を外しながら、マラディは聞く。

「ご名答。彼女は“浦安の加護者”。暇があったら今度会わせてあげるよ。知り合いだし」

 そう言った楼院に反応したのは、マラディではなく雪花。

「ほ、本当ですか?」

「え?ユキ、この人に会いたいの?」

 雪花はこくこくと頷く。

「この人、カッコいい・・・・・・」

 雪花からの思わぬ言葉に、マラディは疑問符を浮かべる。

「か、カッコいい?どこらへんが?」

「だって、巫女さん服なのに、リボンつけてる」

「それだけで!?」

 マラディと雪花の会話に、台所で調理している楼院は必死に笑いをこらえている。

「雪花ちゃん、今度会ったときに言ってあげるといいよ。きっと喜ぶ」

 楼院のその言葉に、マラディと雪花は疑問符を浮かべる。




「じゃあこの値段でどうだ!?七万五千円也!!」

「僕をなめてんの?まだ高いよ」

 小洒落たインテリアショップ店内。その奥の方のスペースで、店長・オリオンと客・楼院が冷凍庫の値段について拮抗している。

「おまっ・・・・・・まだ下げさせる気かよ!?つか、お前ん家金あんだろ?」

「ふん・・・・・・今僕は離縁中なんでね。その中でやりくりしてんだよ。ほら、後五万下げて」

「迷惑な客だな!?」 

 楼院に頭が上がらないのか、オリオンは呻くばかり。

 店のフリースペースでは、待ちくたびれたマラディと雪花がその光景を遠目に見ている。

「冷凍庫・・・・・・」

「うぅ〜ん・・・・・・。ずっとこうしてると何もしてないのに疲れるなぁ」

 マラディは伸びをすると立ち上がり、楼院の方へ行く。

「楼院さん、近所を散歩してきちゃダメですか?」

 マラディに気がついた楼院は座った状態のまま彼女に振り向く。

「別にいいけど・・・・・・雪花ちゃんは置いてくの?」

 椅子に座ったまま動かない雪花に目を遣るが、彼女の視線はまっすくどこかに向かっている。

「ユキなら今寝てますよ?」

「・・・・・・え?あ〜、まぁいいや。その代わり、四時までにはここに戻って来ること。それから、知らない人について行かないこと!もし声をかけられたら叫ぶんだよ!『いかのおすし』を忘れないでね!」

「どこのお母さんだよ。心配しすぎ」

 オリオンは楼院を茶化すが、楼院はスルーして簪を頭から外す。

「何かあったらそれを出して。ここらで土岡の名を知らない輩はいないから」

 簪を渡されたマラディもまた、オリオン同様「どこのお母さん?」と思ってしまったが、そもそも保護者であった。

(いやけど、自立するためじゃなかったっけ?少しは自衛出来るつもりなんだけどなぁ・・・・・・)

 それでも、彼に余計な心配をかけるわけには行かない。

 彼の簪をスカートのポケット大切そうにしまって、店の出入口に歩を進める。

「行ってきまぁす」



 

「・・・・・・いいのか?あの簪って土岡頭目の証だろ?」

 そう聞くオリオンに、楼院は表情の無い顔で答える。

「さっき言った。ここらで土岡の名を知らない輩はいない。まぁ、この西区域外の輩は例外だけどね」

 楼院は腕を組んで、マラディが出ていった方に目を据える。

「その割にやぁ、随分心配そう、だよな?あの子、前に来た時は店内荒らすくらいコミュ障だったし、か弱い感じだし」

 オリオンのその言葉に、楼院は鼻で笑う。

「彼女は元々僕より強い。それに今はどうあれ、彼女は多少自衛が出来る。さっきはああ言ったけど、過保護なつもりはないね」

 そういう割に一向に目線を戻さない楼院に、オリオンは驚きを隠せない顔で同じ方向を見ていた。

「・・・・・・すげぇな、あの子」




 店内を出たマラディは爽やかな光の射す道路を歩き、特に目的もないまま散歩を始める。

 この前に来た時は怯えていてそれどころでは無かったのだが、周りを見るとどうやらたくさんの見世棚が連なっている。

 この前行った呉服店に八百屋、精肉店。雑貨屋に花屋に・・・・・・。

「・・・・・・あ、お小遣い貰ってくればよかった」

 マラディはそう呟きながら、雑貨屋の店内を覗く。

(商品がちょっと魔女界に似てるかも。あ、あれ姉さんが喜びそう。あっちのは兄さんの役に・・・・・・)

 マラディは色々な商品を目に映しては、そんな事ばかり考える。

「・・・・・・ホームシック、なのかな?」

 その時。


 ドッゴーンッ!!

 グワングワン・・・・・・。


「!?」

 何かが落ちるような音が街中に響き、その後に何かの反響音。

「な、何・・・・・・?」

 雑貨から目を離し、辺りを見渡してみる。が、通りかかる人々は皆、何でもなかったかのように歩行している。

「・・・・・・何だったの?空耳?」

 あんな大きな音だ。空耳であるはずは無い。

「あれは守護者四天王の一人、ここ西区域の主、リアリ様が鳴らしたのですわ」

 マラディに声をかけてきたのは、雑貨屋から出てきた呉服店の女の子。

「・・・・・・あ、えと・・・・・・」

 この間、マラディを着せ替え人形の如くしてきた少女だが、名前までは聞いていなかった。

「改めまして、アタクシは世違(セイ)フィリアと申しますの」 

「あ・・・・・・どうも、吹雪境、です・・・・・・。あの、守護者四天王って・・・・・・?」

 マラディが恐る恐る聞くと、フィリアと名乗った少女は微笑んだ。

「守護者四天王というのはですね、東西南北にお社を構え、その区域主として君臨する、いわゆる絶対権力者ですわ」

 フィリアが説明すると、マラディは頭にハテナを浮かべる。

「え、でも・・・・・・」

 マラディがそう言いかけると、フィリアは苦笑する。

「えぇ、困った事に。彼女は人からの信頼はあるのですが、どうもあまりご自覚が無いようで。統率者としても、守護者としても、他区域からは落ちこぼれと卑下されていますわ」

 マラディはフィリアの言葉に目を見開く。

「落ちこぼれって・・・・・・でも、さっきの音と一緒に霊力を感じましたよ?距離の問題だったのかも知れませんが、『落ちこぼれ』と言うには、些か鮮明だった気が・・・・・・」

 マラディが困惑していると、フィリアは少し面食らった様な表情をするが、何かを思いついたらしく、手を叩いた。

「でしたら、彼女の元に行ってみるといいですわ。リアリ様は、お生まれになった時からの耐え難いお悩みがおありですから。アナタ様なら、何か力になるかも知れませんわ」

 嬉嬉としてマラディの手を握るフィリアに、マラディは気圧されながらも頷いた。



 地面に叩きつけられた様な感覚に襲われた雪花は、机をガタンッと揺らして起きる。

 隣を見るが、先程までいたはずのマラディがいない。

「・・・・・・」

「おはよう雪花ちゃん。境ちゃんなら散歩に行っちゃったよ」

 何故か店長とチェスをしている楼院が、雪花の起床に気がついて声をかける。

「・・・・・・散歩、ですか?」

「うん、十分くらい前・・・・・・チエックメイト」

「あがあぁぁ!?くっそ、値段下げてやるものかァァ!!次はリバーシだっ!!」

 その様子に、楼院とフリースペースにいる雪花はため息を吐く。

「境ちゃん、多分あと三時間は帰ってこないと思うよ、分からないけど。雪花ちゃんも、もしあれなら散歩してきていいよ?」

 楼院のその勧めに、雪花は首を横に振る。

「外は暑いのでいいです」

 雪花は呟くように言い、机に突っ伏して二度寝を始めた。




 緑の茂るお社。その後に、何か建物がある。

 フィリアに言われてやってきた、西区域を象徴する社。鳥居や瓦屋根の四隅など、所々に鈴が装飾されている。

 境内に置かれている案内板を見つけると、そこには『西区域詞家分家鈴宮家御社』と書かれてあり、その下はこの社の地図と注意書き。

「にし、くいき・・・・・・し?け、ぶんけ、すずみやけ、おやしろ・・・・・・」

 辿々しく読むマラディの背後に、近づく人影が一人。

「西区域、(ウタ)家分家、鈴宮家のお社よ!」

 その声に、マラディは肩を揺らし、案内板の後ろに隠れる。

「隠れないで出てきなさい!別に何もしないわよ」

 リンっと鈴の鳴るような、透明感のある声で言うその人を、案内板の後ろからマラディはちらりと見る。

 短めの明るい金髪に、燃えるような草の色をした巫女だ。手には庭ぼうきを持っている。 

 マラディはゆっくりと案内板の後ろから出て、彼女を見つめる。

(この人が、西区域の巫女・・・・・・)

 マラディの視線に気がついた彼女は、鼻を鳴らして境内を掃除し始める。

「貴女、最近土岡さんが預かったっていう子でしょ」

 一つもこちらを見ないで言う彼女に、マラディは瞬きをする。

「はぁ、まあ・・・・・・」

 案内板の後ろから出たが、案内板からは離れないマラディ。

(一応まだ知らない人だし・・・・・・)

 マラディが何を言おうかと考え出した時、彼女が口を開く。

「私は西区域の巫女、“打楽器の守護者”。名をリアリ・ベルリア。またの名は鈴宮(スズミヤ)凛亜(リンア)。貴女、名前は?」

 掃除の手を止めて聞く彼女に、マラディは無論躊躇うが、名乗らないのは無礼だ。

「えと、雪女一族の血縁、名前は吹雪境です」 

 マラディが名乗ると、リアリは近づいて来てマラディに手を差し出す。

「アワイ、よろしく」

 差し出された手にやはり躊躇うものの、楼院の時と同じように、彼女の指先だけを握る。

「よろしくお願いします・・・・・・?」

 何故か疑問形で返すが、リアリは特に気にしていないようだ。

「・・・・・・ねぇ貴女、会って突然で悪いのだけど、私の相談に乗ってくれない?」

 思いもしない言葉に、マラディは一瞬大げさにギョッとするも、警戒する必要はなさそうだ。

「それは、構いませんけど・・・・・・」

 顔を引き攣らせているとリアリは手招きをして社に向かっていく。マラディは大人しくついて行く。

 リアリは石畳の上を静かに歩き、鈴の下の石階段腰をかける。マラディもそれに倣って隣に腰掛ける。

「私、悩んでることがあるのよ」

「悩み・・・・・・」 

 そういえば、先程会ったフィリアもそう言っていた。「アナタ様なら、何か力になるかも知れませんわ」と。どこから来る根拠なのか。

「私ね、クソド音痴なのよ」

「・・・・・・。は、ハイィ?」

 裏返った声で聞くマラディに、リアリはため息をつく。

「そうね。いきなりそんな事言われたって、どうしていいか分からないわよね」

 そう返すリアリに、マラディは多少げんなりして「じゃあ何故そう切り出した!?」と内心思う。

「え、音痴なのが悩み・・・・・・って事なんですか?」

「貴女、何分か前に妙な音を聞かなかった?」

 そう言えば、フィリアに声をかけられる前に、何かが落ちるような音が聞こえてきた。

「えーと、何かが落ちてくるような・・・・・・でも、何の関係が?」

「土岡楼院さんが最強の守護者なら、私は最弱の守護者って言われてるの。この事は知ってる?」

 話が噛み合っているのかいないのか、マラディは戸惑いながらも「さっき教えてもらいました」と答える。

「土岡さんが最強と言われているのと私が最弱と言われているのはね、単に力の差だけじゃないのよ」

 リアリのその言葉に、マラディは先日の楼院の戦闘を思い出す。

 死神・ジュラと闘っているのを雪花と見ている時、マラディは雪花に「あの人は多分、自分の力量をよく知ってるんだと思う。流石と言うべきなのか、年の差もあるし、経験が違うのか・・・・・・」と、言った覚えがある。リアリが言いたいのは、正にその事だろうと察する。

 リアリは才能を弄んでいるのだろう。

(いやでも・・・・・・音痴って、この人の能力とどう関係があるの?)

 先程本人が紹介していたが、彼女は大きく分類して“楽器”の分野だろう。確かに声も楽器の一つかもしれないが、叩いてはいないし。“楽器”ならば、“音痴”ではなく“絶対音感”では?アレ?何だっけ?

「家の中でも、私は落ちこぼれなのよ」

 一人で勝手に錯乱状態になっていたマラディの耳に悲痛な声が入ってくる。

(ウタ)家はその昔、土岡家と並んで“四大守護者”と呼ばれていてね。私はその詞家の分家の鈴宮家なの。まあ、今の土岡家もそうだけど」

 余計に混乱しそうな事を言い始めるリアリに、マラディは目をグルグルと回す。が、リアリは気が付かないのか話を続ける。

「一昔前までは、音痴じゃなかった。むしろ、本家が羨むくらい。でも、他の分家の阿呆が、私を大きく変えてしまった。・・・・・・今の私に、楽器の音は聞こえないの。能力は使えるのに、変な話よね」

 マラディはそれで少しは頭の整理がついた。

 前置きみたいな話はよく分からないのでともかく、何かが落ちるような音は、聞こえないからがむしゃらに能力を使った結果なのだろう。

(そっか・・・・・・要するに、能力の使い方は分かっているのに、この人の過去にトラウマになるような事が起きて、それが能力を使う上での障害が発生している・・・・・・って事なのかな?)

 それならば、原因を克服する他に方法はないだろう。あるいは、能力行使を矯正するしかない。

 マラディは勢いよく立ち上がり、リアリの前に躍り出る。

「・・・・・・え、何?」

「リアリさんっ!頑張りましょう!」

「は?何を?主語は?」




 再び眠りについた雪花の隣に、新たな来客者が腰をかける。

 マラディをリアリの元に導いたフィリアである。

 その正面に楼院が座る。その後では、泣く泣く冷凍庫を包装するオリオン。

「お久しぶりですわ、土岡様。先程、貴方様のお子様とお話しましたわ」

「え、誤解されるようなこと言わないで欲しいんだけど・・・・・・境ちゃんの事?」

「えぇ。リアリ様の方へ行かれましたわ。あの方のポケットから“硝子折紙之簪(がらすおりがみのかんざし)”が見えたので、どれほどご心配なされているのか、拝見しに参った次第ですわ」

 楽しそうにそう言うフィリアに、楼院は頭を抱える。

「君たち兄弟はどうしてこう、人の事面白く言うのかな・・・・・・。リアリ君の所なら心配はないかな」

「あら、姉上様たちの性格が伝染って来たのかしら。とても嬉しいことですわ。しかし土岡様、女性に『君』とつけるのは、初めて聞く方にそれこそ誤解されますわよ」

 くすくすと揚げ足を取るフィリアだが、楼院は先程とは打って変わって特に気にした素振りは見せない。

「ま、それは置いといて。君が個人的に境ちゃんに“依頼”したって事は・・・・・・」

「えぇ、樹姫様からのご命令ですわ。資料も渡されておりまして、彼女、コウモリ型の・・・・・・」

「シッ!」

 フィリアが言いかけると、楼院は少し焦りながら人差し指を立てた。

「・・・・・・っと、失礼いたしました。ここからは小声でお楽しみあれ♪」

「・・・・・・誰に言ってるの?」

 とにかく、ここからは小声で会話をする。

「先程の話、彼女、コウモリ型の死神様だとありましたわ。動物のコウモリのように夜に行動し、光の当たらない場所では“超音波”を使うようですわね」

「そうらしいね。さて、どうなるのかな・・・・・・」




 一方のマラディ&リアリサイド。


 マラディはリアリと共に、社の裏の学舎の裏の林の奥に向かっていた。

「この奥にはね、青銅で創られた鐘があるのよ。と言っても、かなり特殊な方法で創られたらしくって、その鐘は関連する守護者にしか扱えないらしいわ」

 鐘の前に立つリアリの後ろで、マラディはその鐘を見つめた。

 綺麗な鐘だ。青緑色が太陽の光を受けて周囲の緑色によく映えている。

「・・・・・・っちょ、ちょっと!何してるの!」

「え?」

 突然叫んだリアリの目先では、マラディが鐘によじ登ろうとしている。

「え?じゃない!何を思ってそんな事を・・・・・・!」

 リアリがマラディを連れ戻すと、マラディは「うーん」と唸る。

「いや、あの・・・・・・私って、何者に見えます?」

 何の脈絡もない事を言い始めるマラディに、リアリは口をあんぐりと開ける。

「は・・・・・・。いや、何者って・・・・・・人間じゃないの?」

 リアリが答えるのを聞き、マラディは「そうなんだ」と呟く。

「?何?何なの?」

「いや、何でもないです。・・・・・・ところで、随分立派ですね、この鐘。あなたが使うのが勿体ないくらい」

 マラディがそう言うと、リアリのこめかみがぴくりと動く。

「・・・・・・どういう意味・・・・・・?」

「そのまんまの意味ですよ」

 顔を引き攣らせるリアリに対して、マラディは挑発的に微笑む。

「だって、宝の持ち腐れって感じしますよ。誰の過去に何があったとか、今の私には関係ない事だからどうでもいいけど・・・・・・」

 マラディがそこまで言いかけると、リアリはマラディの襟首を掴む。

「何なの、一体!?何が言いたいの!?さっきは頑張ろうとか言ってたくせに!!だ、だいたい、私言ったわよね!?チカラの使い方だって・・・・・・」

「まあまあ、落ち着いて」

 マラディは両手をリアリの前にかざすように出し、リアリを落ち着かせようとする。

「あんたが火種でしょーがっ!!意味分からん!!」

 頭を乱雑に掻き回すリアリに、マラディは拳の甲一つで鐘を叩く。

 ごわぁあぁあ――――・・・・・・。

 響く鐘の音。

 しかし、マラディはリアリのように痛がって蹲ったりはしていない。

「・・・・・・!な、なん」

 驚くリアリに、マラディは笑いかける。

「さ、頑張りましょう!」

 その言葉に、リアリは顔を引き攣らせて思う。

(お、恐ろしい子・・・・・・!)

「まず、音が聞こえなくてもある程度のチカラの加減を覚えておきましょう。ただ、能力はその時の気持ちにも左右されます。落ち着いて、しっかり前だけ見ていてください」

 マラディが真剣な眼差しでリアリを見つめると、リアリは戸惑いながらも目を閉じる。




 十年近く前――――・・・・・・。

 一族の若代を揃えて、大衆の前で演奏会をした。

 詞家本家からは、双子の兄妹が。分家は鈴宮家を含め三つあり、鈴宮家からは、リアリとその姉が。轟家からは、異母姉妹が。笛都々(フエトト)家からは、姉弟が。

 それぞれ、能力を駆使して演奏していた。

 その途中、つまらなそうに横笛を演奏していた笛都々家長女が突然演奏を止め、あろう事か、その場で暴れ始めた。

 笛を振り回し、横でシロフォンを奏でていたリアリに体当りし、更に酷いことに笛をリアリに投げつけた。

 会場は勿論騒然となり、リアリが笛で怪我をして姉の悲鳴が響く。

 演奏を中断し、他の親族たちは暴れている笛都々家長女を取り押さえるのに必死になる。

 運が良かったのは、リアリの姉が、世襲していない類の加護者だった事。




 ぐわあぁあぁん――――・・・・・・。

 響く鐘の音に迷いの色が混じる。

 拳を鐘にあて、リアリは何かに耐えるように震えていた。

 そんなリアリの様子に、マラディは近づき、リアリの赤くなった手を包む。

「落ち着いて・・・・・・」

 祈るようにそう言うマラディに、リアリは目を見開くも、すぐに目を閉じて自身の心に言い聞かせる。

 それと同時に、身体全体に響く甲高い波長・・・・・・。

『・・・・・・だいじょうぶ、あなたは、できる・・・・・・おち、ついて・・・・・・』

(大丈夫・・・・・・。私は出来る、落ち着いて・・・・・・)

 リアリは目をカッと開き、大鐘めがけて拳を振るう――――・・・・・・。




「あ、おかえり〜」

 インテリアショップの店先でマラディを迎えたのは、丁度店内から出てきた楼院だった。

「クークー、楼院さん」

 満面の笑みで帰ってきたマラディに、楼院はどうやらクリアしたらしいと悟る。

「あら、またお会いしましたわね。マラディ様」

 楼院の背後から歩いてくるフィリアに、マラディはぎょっとして楼院の後ろに隠れる。

「え?え、え?えっ!?」

 言葉の出ないマラディに、フィリアはクスクスと笑う。

「まぁまぁ。先程は面と向かってお話ししましたのに・・・・・・お忘れになられたのですか?」

 とても楽しそうに笑うフィリアに、マラディの頭は疑問符だらけになる。そして、楼院を見る。

「・・・・・・ろ、楼院さん、何か知って・・・・・・ますね、その顔は・・・・・・」

 顔を引き攣らせてなおも後ろから出ないマラディに、楼院は困った様に笑う。

「まあね。でも僕も驚いたよ。いきなり境ちゃんをそっちの名前で呼ぶから」

 不安そうに見つめるマラディと保護者目線で見ている楼院に、フィリアは一つ息を吐く。

「――――・・・・・・改めまして、アタクシは“樹”メンバーの最後、十二番目のメンバー、世違フィリア。“再生の加護者”ですわ」

 愛想良くそう言うフィリアに、マラディははっとする。

「あ、じゃあ・・・・・・」

「えぇ。そのご様子だとオヒメ様からお聞きになられておりますわね」

 フィリアがそう言うと、マラディは楼院の背後から出て改めてフィリアを見る。

 その視線に気がついたフィリアはにっこりと微笑む。

「ここではなんですから・・・・・・神明寺(かんみょうじ)山の麓まで行きましょう。貴方がたの帰路途中でもありますし」

 フィリアの提案に楼院が頷き、続けてマラディも頷く。

「あ。あの、楼院さん。ユキは・・・・・・?」

 マラディが店内を覗き込むと、楼院は入口付近に先程から鎮座していた冷凍庫を指さす。

「あ、買えたんですね」

「うん。暗いしまだ涼しい方だからって、あの中に」

 楼院のその返答に、マラディは苦笑いを零した。




 神明寺山頂上、巨大な鳥居の真下で、淡く光るチカラの灯火。

 辺りは静まり返っていて、地平線はうっすらと紫色になっている。

 神明寺山頂上、巨大な鳥居の真下で、淡く光るチカラの灯火。

 その中心にいるのはマラディで、その目の前では、フィリアがチカラの一部返還を行っている。

 その後ろで、楼院と雪花が見守っている。

 チカラを返還し終えると光は徐々に消え、マラディは確認するかのように掌を開いたり握ったりする。

「マラディ様。第一関門『ノイズ・ベル攻略』クリアにつき、初等レベル魔力の返還を致しました」

 フィリアはマラディに片膝をつき、地に拳をつけて敬礼する。

 マラディはその行為にぎょっとして、慌てて背後の楼院を見る。楼院は一つだけ頷いてマラディを促す。

「えと、ありがとうございました」

 マラディからのありふれた一言に、フィリアは顔を上げてにっこりと笑った。

「ふふ。このような局面には、まだ慣れていらっしゃらないのですね。参りましたわ」

 フィリアは立ち上がり、「では、また」と一礼し、去っていった。




 木製の床を、藍色の袴姿の巫が走っていた。

 足元近くまで伸びるラベンダー色の髪の毛を、拳大の水晶玉のようなもので二つにしている。

 その巫はある位置で急ブレーキをかけ、ガタンッと木製の扉を開ける。

「ねぇねぇねぇ!!リアリが能力をちゃんと使えるようになったって、本当!?」

 息せき切って入ってきた巫に、執務をこなしていた桃色の髪の毛に金の目をしていた覡が顔を上げる。

「うるせぇよ雛花(ヒナカ)。姉妹なんだから直接聞けるだろ。それよりお前も手伝えよ」

 再び顔を机の上に落とした、配色が女子な覡は、衣離屋(イリヤ)風鈴(フウリン)と言う。名前も少し女子っぽい。が、れっきとした男子である。

 風鈴に『雛花』と呼ばれた巫の名は、リアリの姉である。

「え〜?私、執務苦手・・・・・・」

 渋る雛花だが、風鈴は完全に無視してある紙をひらひらとさせる。

 譲る気のない風鈴に雛花は溜息を吐いて、その紙を受け取って目を通す。

「風鈴、これ・・・・・・だいぶ遅くないかな?」

 紙から目を離して風鈴に目をやると、風鈴も顔を上げる。

「あぁ。一昨日申請に来た。本人が風邪で倒れて一週間近く遅らせたらしい」

「でも、その本人の朱印がないよ?」

 雛花は机の上に紙を置いて風鈴に返す。

「今日こっちに降りてきたらしいけど、目的が違うから帰ったんだと。明日は依頼が入ってて無理だから、明後日来るって連絡が入った。ついでに、もう一枚頼むとも」

 至極迷惑そうに返された紙を見返す風鈴に、雛花は「ふぅん」と呟く。

「・・・・・・あれ、そういえばイナは?」

 キョロキョロと辺りを見渡す雛花に、風鈴は「いつも通り」と答える。

「え、まさか」

「また袴、破いたらしいな」

 クルクルとペンを回して興味無さそうに言う風鈴に、雛花は苦笑して風鈴の背後に連なる窓の内の一つを開け放ち、外の空気を吸う。


 満点の星空は、雛花の瞳と袴の色にそっくりだ。



 闇の中と化した“水星の部屋”・雪花の部屋の入口で、マラディは覗き込むように中を見つめ、静かに扉を閉じた。

「楼院さん、ありがとうごさいます」

「いやいや。出来ることならやるからね。遠慮なんかしなくって良いんだよ」

 マラディの後ろにある手摺りに寄りかかっている楼院は嬉しそうに微笑んだ。

「さ、もう遅い時間だから部屋に戻って。明日は早いよ」 

「はぁい」

 間延びした返事に楼院は苦笑するも、階下に向かう。

 マラディは楼院と逆方向に歩いていくが、途中、手摺りに近づいて階段を降りていた楼院に声をかける。

「あの、おやすみなさい。楼院さん」

 マラディはそう言うと、直ぐに部屋に入っていった。

(・・・・・・全く、また読書にふけようとしてるのかな)

 楼院はやれやれといったふうに肩を竦めるも、まぁいいか、と自室に戻っていった。

 

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