鎖の死神
ある所に、仲睦まじい、とある夫婦がいた。
夫は死神、妻は守護者であり、“理解者”だった。
夫の名は、ジュラ。妻の名は、イーザ。
二人が結婚して二年後、長女が生まれた。その一年後に、次女が生まれた。
愛しい娘達がスクスクと成長していった頃。とある日、とある夜。
妻は子供たちを寝かせ、床ですっかりくつろいでいた夫の隣に座る。
「また泣いていたな、上の娘は」
「えぇ、下の娘が少々乱暴を・・・・・・。今日はいつも以上に疲れました」
そう言う妻をいたわる様、夫は妻の肩を抱き寄せた。
「そうか。私も行けばよかった」
「いえ、あなたは稼ぎ頭です。子を育てるのは、母の役目」
強い目で言い切る妻に、夫は苦笑する。
「ならば、もっと稼がなければ。愛しい娘と、お前のために」
そう言って立ち上がる夫は、壁に掛けてあった黒い布を身体に纏わせる。
「では、行ってくる」
夫は翻して窓により、外に出ようとした。
しかし、身の危険を感じた夫は窓枠にかけた手を離し、その場から右に避ける。
瞬間、夫が先程までいた場所に、鎖のついた草刈り鎌が飛来する。
「・・・・・・イーザ?」
問いかける夫の目には、驚愕の眼差しが浮き出てくる。
「あらあなた、どうしたのです?」
にこやかに草刈り鎌を手元に戻した妻は、一歩出て月明かりに照らされる。
「何の、つもりだこれは?私を殺る気か」
その問いに、妻は答えない。
「今なら許そう。私の命を奪う理由があるのか?」
妻は、ただ笑うだけだった。
「分かった」
呟いた夫は、走って再び窓に近づき、ガラスを破って外に飛びたした。
「逃がしませんよ。あなたは稼ぎ頭なんですから」
妻は後を追う様に、夫が開けた窓から飛び降りた。
逃げた夫は、身に纏っている黒い布を深く被り、どこからか自分の死神大鎌を取り出す。
鎌を使って跳躍し、妻がまだ来ないことを確認して空中を鎌で切り裂いた。
切り裂いたそこに夜空より暗い穴ができ、夫がそこに入ろうとした時。
背後に感じた気配に、夫は逃げ道を断念した。
「逃げないでくださいな。愛しい私を置いていく気ですか」
追ってきた妻は手に持つ草刈り鎌を回し弄びながら近づく。
「何が目的だ」
「だから言ったでしょう。あなたは稼ぎ頭ですと」
妻のその言葉に、夫は鎌を構える。
私はどうやら、妻に売られている。恐らく、娘達も。
「何故急に、今日なんだ。それともお前は、私に何らかの兆候を見せていたのか?」
妻は、また問いには答えず、空中に躍り出た。
「私は確かに理解者。けれど、落ちこぼれの守護者。あなたは死神。人間を連れて逝く存在。あなたやその血を持つあの娘達を守護者総裁様に差し出せば、私はもう、後ろ指を指されない」
攻撃を開始した妻に、夫は鎌の柄で守りに入る。
「なるほど。私達も少し、人間を侮っていた。最初からそのつもりだったか、イーザ」
ならばと、夫は反撃を開始する。妻は、力量と経験値で押される。
「死んでよ、私のために。死んでよ。人間の恐怖」
見ると、妻の目からは、光り輝く涙が流れていた。
「・・・・・・っ、イーザ・・・・・・」
それに気を取られた夫は、どうしても鎌の切っ先を、妻に向けられなかった。
妻を許そうと手を伸ばしたその時。
腹に、衝撃が走る。
衝撃の後、ジワジワと滴る黒い液体。そして、口からも同じ色の液体が流れてくる。
鉄の味がした。
それにむせるかのように、夫は吐血する。
「やはり、侮っていた・・・・・・。図ったな、イーザ」
「これで、私のこれからは明るくなるわ!」
高らかに笑う妻に、夫は苦しげに口角を上げた。
『判定者・死神ジュラより伝達。理解者と思われた“感情の守護者”・イーザを理解者から反逆者に訂正。彼女の攻撃により負傷・・・・・・』
ドスッ・・・・・・。
鈍い音が、夫を貫いた。
崩れていく夫の身体。
「・・・・・・話が違いますよ、総裁様」
何の感情もない瞳で、妻は夫の背後の暗闇に言った。
暗闇から、一人の独裁者が現れた。
「何が違うというのかね、愚民?お前は理解者だろう?ならば、我々神聖なる守護者の敵であろうが。えぇ?何だ、死神殺しゃ、愚民から天人になれるとでも?」
低く嗤った独裁者は、夫の身体を蹴り飛ばす。
「滑稽だ。なぁ、実に滑稽よ」
宙を舞う夫を目に入れ、妻の瞳は赤く染まる。
「我を殺すか?愚民よ。面白いことだ。・・・・・・だが」
刹那、妻の身体がその場から消える。
「今の気分はどうかね、愚民?・・・・・・おや、先の一撃で死んだか。つまらんな」
それを、ギリギリの命で、夫は見た。
「・・・・・・人間、とは・・・・・・つくづく、滑稽だ・・・・・・。いや、そう形容する我々人間外も、同じと言えよう」
夫は拳を握りながら起き上がり、口や腹から血を出しながら訴える。
「だが、滑稽以前に、呆れた」
その言葉に、独裁者は零度の目で夫の身体に細い三角錐を落とした。
「死神風勢が、誰に口を聞いている?我は“天上の守護者”だぞ。我々神聖なるカンナギとお前らとを一緒にするな」
「その言葉、そのまま返そう」
夫がそう言い、独裁者がクッと喉を鳴らした時、その場から夫の姿が消えた。
「どこに・・・・・・」
独裁者が辺りを見渡すと、夫は妻を抱き上げていた。
「私の女だ、返してもらう」
「死神風勢が。人間に手を出していいとでも?」
「またかそれか」
独裁者は夫に向かって、再び三角錐の岩を落とす。今度は沢山。
しかし、そのどれもが当たらない。
業を煮やした独裁者は、自ら当たっていく。
「我を苛立たせるとは、後悔させてくれる」
両手が塞がっている夫は、身体中から血を流しながら、懸命に闇夜の路地に降り、暗闇の中を走り抜く。
独裁者が来ないことを確認すると、夫は妻の亡骸を抱き締めた。
「騙されていたのは、誰でもなかった。お前は、本当はどうしたかった・・・・・・娘達は、どうするというのだ」
身体中から滴る血とともに、夫の目からは、涙が流れては落ちる。
それは、数秒の一欠片だった。
「そこから少しでも動いたら、いくらマラディとはいえ、容赦しません」
そう言った雪女の少女、雪花は構えもせず部屋の入口付近に立ち、自身の能力で創った巨大な氷のクリスタルの前に立つ少女を見た。
「そちらの御仁も、どなたかは存じませんが、下手な動きをすれば殺します」
雪花は続けて、少女よりクリスタルに近い位置にいた少年に目を遣る。
「・・・・・・ねぇ境ちゃん?人見知りなんじゃ無かったっけ、彼女。“殺す”なんて物騒な事言ってるけど」
そう言う少年、楼院は少女に目を遣る。少女、マラディこと境、境ことマラディは少々複雑そうな顔をして楼院に顔を向ける。
「いや、だって・・・・・・、ユキは私と違って臨機応変と言いますか、こんな場合ですし・・・・・・?」
どうにもハッキリとしない返答に、楼院はため息を吐く。そして、雪花な顔を向けて話しかける。
「君、吹雪雪花ちゃんっていうんでしょ。境ちゃん・・・・・・君の呼び方だとマラディちゃん、から関係は聞いたけど、君が今彼女に刃を向ける理由は一体何?」
楼院が問い掛けると、雪花は二人の背後に佇む氷のクリスタルを指差す。
「・・・・・・ユキ、ここに封印してる死神が“鎖の死神”だってことは分かってるんでしょ?“鎖の死神”の対処は“猫狛警察”の管轄なんだから、私に言ってくれれば・・・・・・」
マラディがそう訴えるが、雪花は首を横に振って苦しそうな顔をした。
「その人、自分の意思で“ソレ”になった訳じゃないの・・・・・・」
雪花はそう言ったきり、口を閉ざしてしまった。
しばらの沈黙の後、マラディと楼院は目を合わせ、マラディは鎌を下ろして雪花に近付く。
その時。
背後の氷のクリスタルから、黒い突風が吹く。その風でマラディは軽く飛ばされるも鎌を上手く操作して耐える。一方の楼院は能力を行使しているのか、その場から一歩も動いていない。
「・・・・・・っ!ジュラさん、待ってくださ・・・・・・」
雪花がその風を抑えようと手をかざそうとするが、風は更に強まり、いよいよ耐えられなくなったマラディが雪花の方へ飛んでき、二人はぶつかる。
「あうぐっ」
「ま、マラデ・・・・・・」
「ユキごめん、大丈夫?」
マラディは雪花に背をあずけた状態で問い掛ける。
「う、ん。大丈夫・・・・・・」
雪花の無事を確認したマラディは向かい風に立ち向かう様に鎌を使って立ち上がり、前方に注意を寄せる。
「・・・・・・そ、そんな・・・・・・」
背後からの驚きの声に、マラディは顔を雪花に向ける。
「なあに、どうしたのユキ・・・・・・?」
「・・・・・・“永久保存”が・・・・・・破られる・・・・・・」
小さな声でそう言った雪花にハッと何かに気が付き、一番氷のクリスタルに近い位置にいた楼院に叫ぶ。
「楼院さんっ!退いてくださいっ!」
風で声が届いていないのか、楼院は何の反応も示さない。
「っ!楼院さぁーん!!」
精一杯の叫びでやっと届いたらしく、楼院はマラディと雪花の方を見る。・・・・・・が、
「・・・・・・マラディ、あの御仁、一体何を考えているの?」
マラディが叫んだ意を介さなかったのか、楼院はむしろ氷のクリスタルに近づいている。
「・・・・・・楼院さん・・・・・・?」
黒い血だまりの中で、一組の夫婦が浮かんでいた。
「手こずらせてくれた。全くもって。これで、我々生き物が永く生きられる一歩が増えた」
そう言う独裁者は白い布で自身の手を拭きながらその場を後にする。
その場に堕ちる夫婦の傍ら、血で汚れた鎖のついた草刈り鎌。
血だまりの中で、夫の手が動いた。
そして、その場から立ち去った独裁者の影が、瞬時に二つになった。
血だまりの中、蠢く鎖は蹲る夫と事切れた妻を飲み込むように、ジャラジャラと巻き付いていく。
その中心は黒く輝き、血をも吸い上げる。そこからは、怨念の呻き声。
「・・・・・・人間・・・・・・理を、崩す・・・・・・『堕チロ』・・・・・・止めろ・・・・・・!」
マラディが黒い風に吹き飛ばされた直後。
『・・・・・・お前は、守護者だな?』
その声に、楼院は氷のクリスタルを見上げる。
『おれは死神・・・・・・いや、もうそんな大層なものではないか。おれは“鎖の死神”・ジュラ。元は、生者と死者の判定を任されていた』
そう響く声に、楼院は腕を組む。
「・・・・・・どうも、ご丁寧に。僕は“重圧力の守護者”、とだけ言っておくよ。フェアじゃないけど」
楼院がそう紹介すると、ジュラは風を強くする。
風が強くなった直後、妙な叫び声が聞こえ、楼院がその方向を見ると、マラディと雪花が衝突していた。
「彼女には手は出さない方がいいと思うよ」
楼院が再び氷のクリスタルに目を戻すと、ジュラは薄ら笑う。
『ふん・・・・・・見たところ、あの娘は人間か、或いは雪女一族に見えるが』
その時、遠くからマラディの叫ぶ声が聞こえ、楼院はチラリとそちらを見るが、何を言っているのか、心配そうな顔しか見えない。
「・・・・・・まぁ、今はあながち間違ってはいないね。それで、僕が思うに、君は僕に何か頼みがあるんじゃないかな?」
楼院はそう言いながら氷のクリスタルに近付く。
『おれを殺せ、愚かな人間。そうすれば、災いは避けられよう』
「人間に神を殺せって?無理な話するね。勝てもしないのに」
『おれはお前達守護者に殺された。そして、呪詛化した』
「・・・・・・彼女に攻撃しないなら。ついでに、もうひとりの子も」
楼院は、雪花と何かを話しているマラディを見つめた。
『約束はできん。何せ、この封印が解かれれば、おれの理性は消えてなくなる』
ジュラがそう言い切ると、再び風を強くする。楼院は長いため息を吐いてから能力を使う。
“圧力”!!
「・・・・・・マラディ」
雪花が焦った口調でマラディを呼ぶ。
「何?」
「館に入ってきた時、マラディだって分からなかった。魔力も感じられないし、神力も感じられない。どういうことなの?」
「・・・・・・私自身も、よく分かってないの。ただ、この世の理がどうとかで、人間界を知れってことみたい」
マラディは説明になっていない説明をするが、雪花にはなんとなく伝わったらしい。
「魔力も神力もあると狙われるってことね。じゃ、あの御仁は?」
雪花が楼院がいる方に目を遣ると、マラディもその方に目を向ける。
「・・・・・・あの人は、私の保護者を買って出てくれた人なの。土岡楼院さんっていって、“重圧力の守護者”でね、紫陽花様達から聞くに、守護者最強だって」
マラディが鎌の柄を握り締めると、雪花は少しだけ頷いた。
「そっか、だから私の雪人形、全部一気に押し潰せたんだ」
雪花が納得してくれたのを見て、マラディは心配そうに楼院の後ろ姿を見つめる。
「・・・・・・マラディ、あの御仁と知り合ったのって、いつ?」
「え、一週間くらい前だよ。何で?」
「マラディにしては、すごい懐いてるし。誰かに“さん”付けするの、初めて聞いた」
マラディはキョトンとしたが、すぐに困ったように笑う。
「いや、だって楼院さんは・・・・・・」
マラディが何かを言いかけた時。
バリィィィィィンッ!!
突如、氷のクリスタルが割れ、散開する。
当然マラディ達の方にも飛んでくるわけで、マラディは飛んでくる氷の破片を鎌で振り払う。
「わ、割れた・・・・・・私の、許可無しで・・・・・・」
雪花が絶望したかのような声を出すのを聞いて、マラディは一歩前に出る。
「楼院さ」
マラディが呼ぼうとしたとき、立ち込める霧と埃の中から、楼院とジュラが飛び出し、戦闘している。
だが楼院は、能力を使わず体術だけで戦っている。
死神の、しかも堕天した死神の神力と、人間の霊力とでは差がありすぎて、どうやら楼院は相手に能力を使わないらしい。だが、
「あの御仁、体術だけなのに、ジュラさんと互角以上・・・・・・?」
「いや、よく見て。楼院さん、自分に能力、重力をかけてる」
よくよく見ると、楼院が着地したり避けられた攻撃が当たった場所を見ると、粉々に粉砕されていたり、ありえないくらいへこんだりしている。
「あの人は多分、自分の力量をよく知ってるんだと思う。流石と言うべきなのか、年の差もあるし、経験が違うのか・・・・・・」
マラディが冷静に分析していると、雪花はマラディの最後の言葉に疑問を抱く。
「と、年の差?あの御仁って・・・・・・」
「楼院さん、魔女がランダムにかけちゃうあの魔法で年が止まってるの。今は九歳で止まってるって聞いたけど、本当はプラス十歳だって」
マラディからの衝撃的な告白に、雪花は言葉を詰まらせる。
「・・・・・・でも、来る途中とさっきの戦いで体力消耗してるみたい。ちょっとずつだけど、押されてきてる」
マラディが今にも助太刀に向かいそうな大勢で鎌を構えると、雪花は申し訳なさそうに肩を落とした。
「ごめんなさい、私のせいで・・・・・・」
そんな声に、マラディは笑いかける。
「大丈夫だよっ!楼院さんは優しいから」
マラディは雪花の頭に手を置くと、少しだけ険しい顔をして敵を見据える。
氷のクリスタルが割れた直後、中から流れ出てくる憎悪の念に当てられた楼院だが、気を確かに持って辺りを見渡す。
周囲には元から立ち込めていた霧と、氷のクリスタルを粉砕した事による埃と破片が散らばっていた。
手を見るとところどころに切り傷があり、痛々しく血が滲んでいる。
背後からの強力な気配に、楼院は大きく避けて霧の中から飛び出す。
その攻撃のほとんどは呪いを帯びた鎖であるが、楼院は相手に能力を使えない分、接近戦に持ち込む。
飛び上がってブローをかまし、着地してすぐに足を狙うために身体を最大限に低くし、回転をかけて引っ掛ける。
しかし、楼院の息は段々と乱れている。
(・・・・・・雪にずっと体力を奪われ続けてる・・・・・・)
それでも、先程ジュラが言ったことは本当らしい。隙あらば後ろにいるマラディと雪花を狙って鎖を伸ばそうとし、その度に楼院は氷の破片を、凍傷覚悟で掴んで投げる。
呼吸が乱れ、意識が一つに集中できていないせいか、正面からの鎖の攻撃をモロに受ける。
何とか回避しようとずれたものの、引っ掛けたらしく頬から出血する。
そして、気にかける暇もなく攻撃してきた鎖をやっと掴む。
均衡する雰囲気。
“雪操術”!!
突如、辺りが濃霧に包まれる。正確には、冷気だが。
楼院は掴んでいた鎖に反動を感じて離す。そして、濃霧の向こうに向かって能力を発動させる。
“重力”!!
その瞬間。濃霧が勢いよく払われ、漆黒色の鎌を持ったマラディが、楼院の能力を上手く使ってジュラに攻撃を仕掛けている。
ギギギ・・・・・・と嫌な音を立てて拮抗するマラディの鎌とジュラの鎖。
マラディはのしかかる重力に耐えながら、楼院にアイコンタクトを送る。
気づいた楼院は能力を一度解除してマラディを重力から解放する。
“引力”!!
再び能力を発動させて、今度はマラディを引き寄せて抱きとめる。
「助かったよ、境ちゃん」
まだ息が乱れている楼院だが、表情一つ崩さずにそう言った。
「いえ、非力な今でもお役に立てたなら」
対してマラディは薄く笑って返し、体勢を整える。
「楼院さん、どうして氷壊しちゃったんですか?」
立ち上がったマラディは鎌を軽く持ち上げる。
「殺してくれって言われたんだけどね、まぁ無理な話だよ。それに、君の方が適切な対処を知っているだろうと思って」
同じく構えた楼院は、向こうで蹲っている黒い塊を見据える。
「一つ・・・・・・」
呟く様な小さな声に、楼院はチラリと目だけをマラディに寄せる。
「“鎖の死神”の特徴として、その名の通り、鎖がその怨念の依代だったり、源だったりするのですが、その鎖を出している核が弱点です」
楼院がその言葉を受け、再び向こうに目を戻すと、ジャララッと、蹲る黒い塊は何本か鎖を出して攻撃の準備に入る。
「ここからじゃ、どこから出しているのか分からないね」
「あの、楼院さん」
「何?」
「楼院さんは、武器とか使えますか?」
「・・・・・・使えなくはないよ」
すると、マラディは鎌を持ち替えて楼院に渡す。
「境ちゃん?」
「能力が通じない相手です。その鎌の主人は私ですが、先程、「ひとみ」様と対話を終えました。今なら、楼院さんでも使えます」
なんとなく鎌を受け取るが、楼院はよく分からずマラディを見つめる。
「境ちゃんはどうする気?さっきの“雪操術”は君だったけど、彼女の比にもなってなかったよ」
言われたマラディだが、天に手をかざす。
「答えよ、全ての創造者に選ばれた屍。四番目の屍の持ち物は今、この手にあらず。一番目の屍は、元より私の元にあらず。よって、三番目の屍をこの手に・・・・・・」
マラディが詠唱している時、楼院は度々伸びてくる鎖を受け取った鎌で弾くが、黒い塊に異変を感じ、跳躍をつけて自身に能力をかけ、鎌を振りかざす。
鎖で受け止められてしまうも、ある点に目星をつけた。
目星をつけた点を覚えて能力を解放し、同じ場所に戻る。
「境ちゃん、彼の右手だよ」
楼院がそう教えると、マラディは手に持ったある物を黒い塊の、向かって左側、彼の右手に焦点を当てる。
パァァァンッ!!
その音は、銃声だった。
銃声の後、黒い塊から怨念が霧散し、その中から、一人の死神と・・・・・・一人の女性。
「・・・・・・え?」
不思議そうな声を上げたのはマラディで、死神と女性に駆け寄る。
マラディが駆け寄ってその場に屈んで安否を確認しようとしたとき、死神の指が動く。
「・・・・・・もう終わりましたよ」
マラディはそう言いながら、銃口を死神に向けた。
「・・・・・・言っている事と、やっている事が・・・・・・違うように、見えるぞ。小娘・・・・・・」
死神の言葉に、マラディは引き金に指を置く。
「今の私に色々なチカラはありませんが、あんまりそういう事言わない方がいいのでは?」
マラディが引き金に指を置くのを見た死神は、目を細める。
「・・・・・・さきほど、お前の後ろにいる守護者の少女と話したが、そいつもお前に「手を出さない方がいい」と言っていた・・・・・・。何者だ?」
「彼女は君と同じ死神だよ」
答えたのは、歩いて来た楼院だった。
「死・・・・・・神だと?」
「今は神力も魔力も没収されているけど、君が頭を下げなきゃいけない相手だよ。まぁ、そういう点でも、僕も同じ事が言えるけど」
楼院はマラディの隣に立ち、鎌を返す。
「・・・・・・何者だ、お前は」
もう一度聞く死神に、マラディは少しだけ躊躇うも、口を開く。
「私は・・・・・・吹雪境。またの名を、死神・デス=マラディ=ボース。『病』を司る死神」
マラディがそう答えると、死神は目を見開いて何とか起き上がろうとする。
「・・・・・・それ、は・・・・・・申し訳、ない・・・・・・。死神王にお子ができていたとは、知らなかった・・・・・・」
「そのままでいいです。それに、私は三番目ですから」
マラディはそう言いながら銃を下ろす。
「隣の、その女性は?」
聞かれた死神は、右側に目を向ける。
「・・・・・・私の、愛しい妻だ・・・・・・」
答えに、マラディは息を呑む。
「何十年か前の資料に、理解者の女性が死神と結婚したという資料を見たことがある」
楼院は何かを思い出すかのように拳をあてがう。
「確か・・・・・・資料の最後、『地の、時の権力者により、死神と裏切りの巫は消えた』・・・・・・って表記されてたかな」
真偽を確かめるかのように、マラディと楼院は死神に目を向ける。
「消えた、とは・・・・・・それ以上に、適切な文句もあるまい・・・・・・」
死神はそう言うと、フッと笑った。
「何を、している、雪花・・・・・・」
そう呼びかけた死神の目線の向く先に、マラディと楼院も向く。
「ユキ・・・・・・」
呼ばれた雪花は肩を揺らす。
「・・・・・・私・・・・・・役に立てませんでした・・・・・・」
苦しそうに拳を握る雪花に、再び死神から声がかかる。
「雪花・・・・・・こちらへ来い」
しかし、雪花は動こうとしない。
マラディと楼院は目を合わせた。
「ユキ」
「雪花ちゃん」
同時に声をかけ、微笑む。
それに勇気づけられた雪花は少しづつ、ゆっくりと死神に近付く。
「・・・・・・ジュラさん・・・・・・」
死神の前に正座した雪花に、死神はふっと笑う。
「色々、すまなかったな・・・・・・お前には、私を押さえつけてもらっていたが、最初から怖がらせていた・・・・・・」
ジュラのその言葉に、雪花は勢いよく首を横に振る。
「そんな・・・・・・!た、確かに、怖かったですけど、でも、他に方法がなかったし、ジュラさんは・・・・・・私に、色々な事を変わりに教えてくれました。チカラの制御法とか・・・・・・。それなのに私は・・・・・・結局、役に立てなくて、力にもなれなかった」
そう言って、雪花は目からポロポロと涙をこぼした。
「・・・・・・そこにいる少女が、私に鎌を向ける前、お前が見えた・・・・・・。ずっと、そんな顔をしていたな」
話を聞いていたマラディと楼院は納得した。
マラディが詠唱している時に感じたジュラの異変。あの時、奥底に沈んでいた理性が、雪花の姿を捉えて、怨念に抗ったのだろう。
「すまなかった・・・・・・どれだけ謝ろうと、どれだけ感謝しようと足りぬ・・・・・・」
雪花はいよいよ涙とともに、嗚咽をこぼす。
「・・・・・・お前に、渡すものがある」
ジュラは、最期とばかりに右手を動かし、黒い鎖の環の一つを雪花に手渡す。
「お前は、チカラは強いが、そのチカラを制御する術を持たない・・・・・・。何度教えても、お前には無理だった・・・・・・。封印されている時、何とか創ったものだ。効力は、私が転生するまで、だ・・・・・・」
「・・・・・・え・・・・・・?」
雪花が鎖を受け取った直後、ジュラと女性の身体は、鉄の塊と化した。
「吹雪の館」と呼ばれていたその場所の入口で、泣き崩れている少女がいる。その少女に、肩を貸すもう一人の少女。
もう一人の少女、マラディは悲しそうな表情で少女、雪花の頭を撫でている。
辺りは太陽の光が射し込んでおり、積もりに積もった雪に反射しては輝く。
その光景を、一人の少年、楼院が館入口の柱に寄りかかって見つめており、何とも言えない表情をしていた。
「・・・・・・楼院さん」
突如、マラディから声がかかる。
「この子、雪花を、私と一緒に預かってくれませんか・・・・・・?」
真摯な瞳で懇願するマラディに、楼院は白い息を漏らしながら困った様に笑った。そして、二人に近付く。
「君の事だから、そう言うだろうと思ってたよ。部屋もまだ余ってるし、僕は構わないよ」
楼院からの返答に、マラディはホッとした表情になる。
「ねぇユキ」
泣き止み始めていた雪花に、マラディは優しく声をかける。
「ユキはどうする?」
顔を上げた雪花にマラディと楼院は笑いかける。
雪花は二人に顔を見せる。
「・・・・・・よろしく、お願いします・・・・・・」
『そっすか、ありがとうございます、楼院殿。ではまた、何かあったら』
受話器から聞こえてくる女性の声に、楼院は返事を返して受話器を置く。
(ひとまず今回の仕事は、これで一段落かな・・・・・・)
今から十分前に帰ってきたマラディ達であるが、楼院はすぐに事務所に入ってどこかへ連絡を入れていた。
一息ついて何かの書類にサインを残すと事務所を出る。
すると、階上から冷気が流れてくる。そして、女の子の声が二種類。
「暑いよぉぉぉぉ・・・・・・」
「ま、待ってよユキ。私はともかく、楼院さんもいるんだから我慢してっ」
そんな問答を先程から繰り返している。
マラディの自室、『土星の部屋』の隣、『水星の部屋』が雪花に割り当てられた部屋だった。そこの扉は今開きっぱなしであり、その扉を楼院はノックする。
「お邪魔するよ」
「あ、楼院さん」
「頭領さん」
入ってきた楼院は困った様に笑う。
「境ちゃん?雪花ちゃんに僕の事、なんて説明したの」
呆れた口調で聞いてくる楼院に、マラディは笑って誤魔化す。
「まぁいいけど。それより、何を揉めてるの」
「ユキにとって、この気温や室温は耐えられないんです。あの死神さんが雪花に渡した制御装飾は完全な物ではないので、雪花の体質と空気の温度が合わないんです」
現在、死神・ジュラの置き土産である黒い鎖の一部の環は、紐に通されて雪花の首にかかっている。
「あの・・・・・・、この部屋だけ、凍らせちゃダメですか・・・・・・?」
雪花が罪悪感無しに言った言葉に、マラディと楼院は待ったをかける。
「じゃあ、わかった!今日はもう遅いからこのまま耐えてもらうけど、明日大きめの冷凍庫を買いに行こう」
楼院がそう提案すると、雪花はガックリと膝を落とすし、それにマラディは苦笑する。
「買いに行くって、あのインテリアショップですか?」
「そうそう、奥の方がキッチン系だから。まぁこれから連絡して適当な物を見繕ってもらっておこう。雪花ちゃん、それでいいね?」
有無は言わさないという風に笑った楼院に、雪花だけでなくマラディも顔を引き攣らせていた。
「さぁて、夕ご飯作ろう」
楼院はそう言いながら伸びをし、階下に降りていく。
「・・・・・・あの御仁、何か・・・・・・」
「うん・・・・・・怖いよね・・・・・・」
楼院に続いて階下に降りたマラディと雪花。階下に降りるにつれ、何かに気がつく雪花。
「・・・・・・!いい匂いがする・・・・・・」
「でしょっ!楼院さんは何でもできるんだよ」
「でも、私・・・・・・」
「大丈夫。言ったでしょ?楼院さんは優しいって」
リビングに入ると、トントンと子気味のいい音をさせて何かを切っており、入ってきた二人に気がついて軽く手招きする。
マラディは楼院の方に近づき、腕まくりをして手伝いに入る。
マラディが隣から移動してしまって所在無さそうにウロウロし始める雪花。チラチラとマラディや楼院を見ると、マラディはニッコリと笑うだけだった。
「・・・・・・」
マラディの意を汲んだ雪花は、意を決してキッチンに近付く。
「あ、あのぉ、頭領さん・・・・・・」
「うん?」
反応してくれた楼院に多少安堵すると、次の言葉を繰り出す。
「あの、私・・・・・・凍った食べ物しか、食べられないんです・・・・・・」
雪花がそう言うと、楼院はキョトンとしたが、すぐに微笑んだ。
「そっか。あー、うん、でも良かった、シャーベットがあるよ」
快い返答に、雪花はホッとしてマラディを見る。マラディはウインクして作業を続けた。
コンコンッと扉の向こうから聞こえた音に、マラディは顔を勢いよくあげて、手元の本を閉じて布団をかぶる。
そして、容赦なく開けられる扉。
「まぁだ起きてたのかなぁ?」
「うぅ・・・・・・」
入ってきたのは楼院で、手にはランタンを持っている。
「楼院さんだって、起きてるじゃないですかぁ」
「僕は良いんだよ、ほとんど大人だから」
マラディは諦めて布団から顔を出す。
「今日はお疲れ様、境ちゃん」
「いやいえ!楼院さん、頬はもう大丈夫ですか?」
「あぁうん。君が持ってた薬のお陰で」
楼院はランタンを持ち替えて、ベッド脇にある灯りを消す。
「次、来た時起きてたら追い出すからね?」
楼院は微笑みながらそう言うが、ランタンの灯りが無駄に楼院の影を出していて怖い。
マラディはこくこくと、冷や汗を滲ませながら頷く。
それを確認した楼院は踵を返して扉に向かう。
「楼院さん」
楼院が扉の取っ手を掴もうとした時、マラディに呼ばれる。
「・・・・・・おやすみなさい」
その言葉に、見えないとわかりつつも、楼院は笑って返す。
「おやすみ、境ちゃん」
扉が閉まる音で、マラディはやっと目を閉じた。
今日が終わった音だった。