吹雪の館
チチチ・・・・・・と、鳥の鳴き声が聞こえてきた。清々しい朝だ。
ゆっくりと起き上がって伸びをするも、再びベッドイン。ため息をついて目をつむり、外の音に耳を傾ける。
すると、向こうの窓側から、地面を掃く音が聞こえてきた。
のっそりと抜け出してそちらへ向かい、窓に手をついて外を見る。外は少し靄がかかっているが、朝日の柔らかい光がスポットライトのように射している。
目線の先には、マゼンタの髪の毛のヒト。その手には庭ほうきを持っており、どうやらそれの音らしい。彼が動くと子気味の良い音がする。
「おはようございます、楼院さん」
マラディが窓を開けて声をかけると、そのヒトは手を止めてこちらを見上げた。
「おはよう、境ちゃん。調子はどう?」
「はい、おかげさまで。すみませんでした」
「ふふっ。良いよ。君の事について、少しずつ分かっていくことがあるから。着替えて顔を洗っておいで。これからご飯を作るから」
それに返事を返し、窓を閉めて着替える。薄水色のブラウスに袖を通し、紺色のスカートを履く。その後、薄鼠色のリボンを襟に通してほどけないように二重に結ぶ。
それから、少し厚めの茶色の髪を、ブラシで梳かして黒いリボンで耳より高めのツインテールに。
取り敢えずの準備が整い次第階下へ。
リビングの扉の前に立つと、既にいい香りが。
「おはようございます」
扉を開きながら朝の挨拶をすると、その相手である楼院は食卓に二人分の食事を並べており、マラディに「うん、おはよ〜」と挨拶を返してくれた。
食卓には、フランスパンにサニーレタスとスライストマト、鶏の照り焼きを挟んだサンドウィッチ、パプリカなどの色とりどりのデイップサラダ、カボチャのポタージュなど。あの短時間でどうやって用意したのだろうか。
「庭掃除する前に大抵用意しておいてよかった。結構早起きなんだね」
「そうですか?え、今って・・・・・・」
「んと、六時ちょっと過ぎだね。僕は四時半に起きたけど」
二人で食卓につき、マラディは手を合わせて目を瞑る。
「生を受け、死を知り、再び生を知ろうか。全ての生命が生けるため、死するため、いただきます」
言い切り、スプーンを手に取ったマラディだが、正面に位置する楼院に目が行く。
「・・・・・・?あの、楼院さん?」
マラディがそう声をかけると、楼院はにこっと笑った。
「君はすごいね。いや、僕達が変なのか?」
何の話かは判らないが、楼院がフォークを取って食事を開始したので、マラディも手を動かす。
一通りの食事が終わると、楼院が先に立ち上がり食器を片付けていく。それに続いてマラディも食器を片付け、楼院の隣に並ぶ。
「手伝います」
「あぁ、ありがとう」
腕まくりをして食器洗いに取り掛かると、楼院から声がかかる。
「ねぇ、これから依頼を受けに行くんだけど、境ちゃんは大丈夫?」
「・・・・・・依頼、って?」
「うん。僕と君の生活費分を稼ぐのに依頼をこなさなくちゃならないんだけど、君、環境に耐えられなくて倒れたばかりだったから」
「因みに内容とかって、分かるんですか?」
マラディがそう聞くと、楼院は蛇口を止めた。
「ここからちょっと遠いところの山に、沢山の別荘が連なる湖畔があってね・・・・・・二年くらい前から、その辺りの地域の気象がおかしいんだ」
「気象が、おかしい・・・・・・?」
マラディが聞き返すと、楼院は腕を組む。
「うん。ほら、今ってまだ十月の始めの方でしょ?それなのに、どうも異常に吹雪いてるんだって」
「雪山状態って事ですか?」
「そうだね。例年なら、雪が降るような事は無いらしいんだけど」
それを聞き、マラディは考える様な仕草をする。
「・・・・・・あの、その山って、雪雲ありますかね?」
「へ?え、いや、吹雪いてるならそうなんじゃないかなぁ?そこまでは行ってみないとどうにも・・・・・・。あ、そうか、君は確か雪女一族の末裔だっけ」
「まぁ・・・・・・氷点下までなら普通に丁度良いですけど、それ以下はちょっと寒く感じますかね」
楼院は「ふ〜ん」と相槌を打つと、再び洗い物を始めた。
「いやぁ〜、助かるなぁ。折角の行楽シーズンだと言うのに、このままでは続けて閑古鳥になってしまうからなぁ。しかし、大丈夫かぁ?特にそっちの娘っ子」
そう言う依頼主のおじさんは頬を軽く掻きながらマラディを指差す。
それもその筈。マラディの格好は、どこからどう見たって雪山に行くには相応しいとはいえない格好だったからだ。
その格好と言うのは、ブラウスの上に厚手の紺色セーターと黒色ジャケット。下は紺色のスカートに黒のニーハイ。更には普段靴の、雪山に適さないブーツときた。
流石にフォローしにくい格好ではあるが、何とか誤魔化さなければ先に進めない。
「あの、彼女はその・・・・・・そう、モノっ凄い寒さでも耐えられる体質で、僕もビックリしたくらい・・・・・・」
楼院はギブアップして雪の降る窓の外に目を遣った。
「ほぉー、大層な娘っ子も居たもんだぁ。僕っ娘ちゃんも大変だなぁ」
「ぼ、僕っ娘・・・・・・?」
鋭くないおじさんのおかげで難を逃れたように思えたのだが、鈍感ゆえの追い討ちを掛けられる楼院。
「あ、の、その人は、男の人デス・・・・・・」
まだ下界に慣れないマラディではあるが、明らかに大ダメージを受けた恩人のフォローをする為、小さな声で必死に抗議する。
「んん?おおっ!あんたぁ、坊主だったかぁ!いやぁ、髪縛っとるから娘っ子かと。アハハハハ!」
豪快に笑うおじさんに楼院は静かにキレかかっており、マラディはそれを苛めるように笑いかける。
「それじゃ、早速頼んだぁ。おらぁ、寒いのは無理でなぁ。子供に頼むってのも悪い気しかしねぇ」
その言葉に楼院は咳払いし、おじさんに誠意を表する。
「ご心配なく。僕達が何としてでも解決して見せます。こっちも生活がかかっているので」
―――雪山、麓―――
「えー、と、こうですか?」
「そうそう。あ、そことそこ、しっかり結んで。それで・・・・・・」
現在、危険区域に指定されている雪山の中・・・・・・の、まだ被害が少ない麓側。道があったであろう道は雪深く隠されており、風が強くなってきたこの辺りで、楼院はあるモノを出した。
あるモノとは・・・・・・。
「・・・・・・っと、境ちゃん、苦しくない?」
「はい。ちょっとキツイですが・・・・・・。これ大丈夫ですか?ブチッとか・・・・・・」
マラディが指す「これ」とは楼院が出した「あるモノ」であり、双方が指し示すそれは、マラディと楼院を繋いでいる・・・・・・ロープである。
楼院は厚着で防寒してきていた為、腹に通しても刺激が行きにくいのだが、前述した通り、マラディの格好は学生服そのままの状態の様な格好なので、それなりに痛い。
離れない様にという画期的且つ苦肉の策だか、どちらかが動けなくなると厄介な事になる。非常に危険な行為でもあるだろう。
「境ちゃんは猛吹雪でも目は効く?」
白い息を吐きながら楼院は問う。しかし、口を開いたマラディから白い息は吐き出されない。
「はい、任せてください!」
強い目でマラディがそう返事をしたのに、楼院は小さく笑った。
「目的は異常気象の原因を突き止める事だけど、解決に持ち込みたい。境ちゃん、地図は任せたから、元凶まで案内お願い」
「はい!」
雪山の奥の森の中。
古びた館、「吹雪の館」がそこにある。
その、人気なく、静まり返った館内、その一室。
天井を貫き、全階三階まで伸びる氷のクリスタル。
その中心に黒く疼く影。
そして・・・・・・人気のなかったはずのその場所に、霧を纏った一人の少女が現れる。
その少女はクリスタルの中心に近づき、口を開く。
「ここに・・・・・・強い人達が近づいています。間違いなく、確実に・・・・・・。もう、覚悟なさった方が・・・・・・」
少女が言いかけると、黒い影は反発し、少女を突き飛ばす。
「・・・・・・っ!」
『・・・・・・オレがこの世に放たれれば、災いが起きる・・・・・・。覚悟だと?そんなもの、とっくに決まっている・・・・・・』
「で、ですが」
『このカラダは、オレの理性など関係無い。オレが“鎖の死神”である以上、避けられん事実だ。・・・・・・もし、その者達がこの館に到達し、乗り越えたのなら、オレを倒せるだろう』
鳴り響いた黒い影の『声』が止むと、再び静寂に包まれる。
『お前の力で、その者達を迎撃してみろ。その者達がそれで退く様なら、その程度だったというだけだ。頼むぞ、吹雪雪花』
「吹雪、雪花?さん?」
「はい・・・・・・私の母の従姉妹の娘で・・・・・・。あ、私と同い年なんですけど」
強烈になっていく吹雪の中を慎重に歩行している二人だが、マラディにはこの異常気象を起こしている原因に思い当たる節があった。
祖を同じくする、吹雪の姓・・・・・・。
親の親・・・・・・つまりはマラディの祖母である紫陽花とその妹から続く、幼い頃から主従に近い関係が結ばれているのが、雪女一族の血を強く受け継ぐもう一方の親族。
その内の一人が、マラディの言った「吹雪雪花」という人物である。
「雪花は、一族の中でも特に高い能力を秘めています。何年かくらい前に山を降りて以来、行方が分からなくなっているんです」
そう言うマラディに楼院は少し考える。
「主従関係って事は、君がいればその子はこの吹雪を抑えてくれるのか・・・・・・?」
「い、やぁ・・・・・・それは、どうでしょ・・・・・・」
煮え切らない反応に、楼院は一旦止まって振り向く。
「何か、問題があったり?仲悪いとか?」
「仲良いです!!・・・・・・雪花は・・・・・・私以上の人見知りなんです・・・・・・」
猛吹雪の中を突き進んで数時間。そろそろ体力が尽きようとしていた頃。
「あ、見えてきました!あの家です」
「家?あぁ、ホントだ。見えなかったよ」
マラディの案内で向かっていた目的地は、「吹雪の館」であった。
二人はようやく館の玄関に着き、一息ついて、マラディは楼院に地図を返す。受け取った楼院は地図を読む。
「えーと、うわ、結構奥の方まで来たみたい」
「・・・・・・?あれ、ここ家じゃないんですか」
マラディは自身の身体に付着した雪を落としながら、楼院の手元を覗く。
マラディが指す場所には、「思ひ出館」と明記されている。
「家って言うのも、あながち間違ってはいないよ。この山一帯が別荘地になるまでは、ここにも人は住んでいたみたいだからね」
楼院は「さて」と地図を畳んで仕舞い、二人を繋いでいたロープを持ってきていたナイフで切る。
そして、玄関の戸に手を掛ける。
・・・・・・が、
「・・・・・・」
「・・・・・・?あの、楼院さん?」
「・・・・・・開かないかも・・・・・・」
「え」
見れば、扉は凍結している。なるほど、「開かないかも」知れない。
「かもって、開くんですか?開かないんですか?」
「・・・・・・境ちゃん、ちょっと下がって」
言われた通りに下がると、楼院は装着していた手袋を外し、握り拳を作り、勢いよくそれを前に突き出した。
“圧力”!!
瞬間、粉砕される館の扉。
その衝撃で埃や木片、雪がパラパラと舞う。
「・・・・・・は、」
突然の事に、マラディは呆ける。
「―――さ、行こっか」
笑顔でそう言ってのける楼院に、マラディはただただ小さな声で、
「・・・・・・怖っ」
としか言えなかった・・・・・・。
楼院が破壊した館の扉の先を見てみると、暗く、静まり返っている。更に、室内だというのに雪が積もっており、冷風が吹いている。
「まるで屋内の洞窟みたい」
「雪花・・・・・・?いるの?」
二人がゆっくりと館内に侵入すると、正面から突風が突撃してくる。
「っ!」
「・・・・・・っ!・・・・・・ろ、楼院さん正面!!」
マラディが叫ぶと、正面からまさに何かが突風と共に襲いかかってこようとしている。
マラディは間に合わないと思い、守りの体制に入ったが、楼院はすかさず柔らかく指を折った掌を対象に向けた。
“滞留”!!
再び、楼院は能力を発動させた。
「・・・・・・これは・・・・・・」
楼院が空中に留めた対象を見ると・・・・・・。
「扉?ですか?」
「僕達は招かれざる客か、或いは逆に歓迎されているのか・・・・・・」
その時、二人は周囲に複数の同じ気配を感じる。
「この気配・・・・・・」
「間違いない・・・・・・これは雪花の冷気・・・・・・。来る・・・・・・!」
マラディが先方を睨みつけると、周囲の雪の地面が蠢き形創られる。
形創られた雪のそれらは不気味な咆哮を上げる。
「雪女一族特有の技、“雪操術”です!猛吹雪を起こしているのも、この技です!」
「・・・・・・猛吹雪に雪人形・・・・・・」
瞬間、創り出された雪人形達はマラディと楼院に襲いかかる。
「全く厄介な相手だな」
一転、楼院は体勢を低くし、攻撃してきた雪人形を回避し下から蹴りあげて一体撃破。続いてバク転で体勢を整えながら二体撃破。
呆けていたマラディも少し遅れて応戦。
襲いかかってきた雪人形の前で抑揚をつけ、見事なカカト落としを決め、その延長で華麗に回し蹴りを披露して更に肘で突く。
その一連を、戦闘しながら横目で見ていた楼院は、
「境ちゃん、スカートなのに・・・・・・大丈夫!?」
と聞く。するとマラディは、
「大丈夫です!絶対領域ってヤツですから!」
と半笑いで答えた。
「・・・・・・今の君のセリフと表情で夢が萎えた人いるかな?」
「?」
楼院は苦笑するが、マラディはよく分かっていない。
しかし、忘れてはいけないのが、この場が戦いの場だという事だ。二人ともなるべく離れない様に戦ってはいるものの、だんだんと離れていってしまっていた。
(・・・・・・ちょっとまずいかも)
能力を行使しながら体術で戦っている楼院は、不慣れな雪上で何とか戦っているだけなのでともかく、能力を没収されているマラディは体術だけで精一杯のようだった。
そして、まるでそれを狙っているかのように、マラディの周りに雪人形が集中し始めている。
その事に気がついた楼院はマラディに近づこうとするも、雪人形達に邪魔をされる。
楼院はすかさず扉を破壊した時と同じ手の形を作り、今度は上から下に振り下ろす。
“重力”!!
雪人形達を能力で一気に押しつぶすも、近づく最中にすぐさま再生する。
「っくそ、間に合わない、境ちゃん!」
マラディは見るからに苦戦を強いられており、遂には髪の毛を掴まれた。よく見れば、マラディの髪の毛を掴んだ雪人形は特大サイズ。
「いったぁ!!・・・・・・っ、ひぃ!」
髪の毛を掴まれたのも一瞬。大きく振り上げられて雪の上に叩きつけられる、その寸前。
“滞留”!!
守りに入ってしまった楼院が遠くからマラディをギリギリの空中に留め、衝撃から避けた。
ホッとしたのもつかの間、楼院は油断して雪人形から初めて攻撃を貰い体勢を崩し、一方のマラディにも雪人形からの次なる攻撃が襲いかかる。
その攻撃は、マラディのしっかりと見開かれた暗黒色の瞳に映った。
滴が、堕ちた。
静寂。
その中心は、意図して創られた雪の人形と、茶髪の少女。
少女、マラディの顔の横には、雪人形の拳。
その表情は薄い笑みを浮かべてるが冷や汗をかいていて、間一髪で何とか避けたらしかった。
「・・・・・・あれは・・・・・・」
何かに気がついた楼院がそう呟くと、少女は何かを掴み、振りかざす。
その一閃を受けた雪人形はホロホロと崩れ、マラディが掴んだものが顕になる。
それは、本業である死神が持つような大鎌だった。
その大鎌の形容は三日月の様で、色はまさに漆黒。
黒く光るその鎌は、マラディの瞳にそっくりだ。
「暗黒様の武器が一つ、暗黒No.4『ひとみ』、三日月鎌」
ガシャンッと重い音を鳴らし、マラディは三日月鎌を担いだ。
「それが、君の臣下の一人。暗黒が未練残る死者の魂を元に創り出した、漆黒の武器」
「え、し、臣下?そんなんじゃ無いですよ。むしろ私が臣下な気が・・・・・・。それに、真っ黒なのはNo.4の『ひとみ』様までの方たちですか、ら・・・・・・」
安心したのも束の間。二人の頭上に影がかかり、見上げれば、先程マラディを襲った巨大雪人形が三体、二人に襲いかかろうとしていた。
「・・・・・・境ちゃん」
「はい」
「相手は君を認識していないのかな?」
そう言われ、マラディはハッとする。
「このままじゃ、時間も体力も無駄になる」
楼院は低く構えると、マラディは鎌を肩から下ろす。
その瞬間。
マラディは楼院に左手首を掴まれ、あらぬ方向に引っ張られる。
「逃げるよ!」
「う、わ、あ、あ!ちょぉ!?」
引っ張られながら、頭でそのことを理解したマラディは、自分の足で走る。
そして、逃げていく獲物を敵が逃すはずがない。三体同時に咆哮を上げ、一気に追いかけてくる。
マラディは後ろ目にそれを確認する。
「楼院さん、追ってきます!」
「分かってる」
楼院は一瞬だけ背後を見ると、急にマラディを前に引っ張って脇に抱え込んだ。
そして、大きく飛び上がって能力を発動させる。
“浮力”!!
途端、体中に浮遊感が襲い、かと思ったら、ある一点に向かって加速する。
「ひぃぃぃぃ!?」
ズシャアァァァァァッ!!
飛び込んだ先はどこかへと続く廊下で、着地した楼院は抱えていたマラディを離し、締めの能力で出入口を塞ぐ。
“重力”!!
楼院の腕から離れたマラディが出入口を見ると、その場だけ重力が働いて、雪人形はどうやら入って来られないようだ。
(この人、凄い・・・・・・。守護者って言ってたけど、加護者並の能力を持ってる)
マラディが立ち上がると、楼院は一息ついて、マラディの手首を持ち上げた。
「どうしたんですか?」
「・・・・・・僕、握力強いんだよね。痛かったんじゃないかなって」
そう言われれば、掴まれた手首に鈍い痛みがある。先程まで必死だったから気が付かなかった。
確認してみると、掴まれた部分はうっすらとではあるが、充血していた。
「大丈夫ですよ。きっとすぐ治ります」
マラディはそう言ってにっこりと笑い、深刻そうな顔をしていた楼院も安堵したらしく手首を離した。
「・・・・・・雪花、どうして・・・・・・。『ひとみ』様も出現したんだから、気づいてるはずなのに」
「何か事情があるのか、本当に気がついてないのか。境ちゃん、天井と廊下の温度が違うの、分かる?」
「え・・・・・・?」
マラディはその場で屈んでみたり立ち上がってみたりを繰り返してみる。
「・・・・・・確か、に・・・・・・?」
「暖かい空気は上に滞留して、冷たい空気は下に滞留する。もしかしたら、この先に空気の流れがあるのかも」
楼院はそう言って先に進み、マラディも鎌を担ぎ直して付いていく。
「館内フロント、看破されました。現在、侵入者は二階の廊下を移動中・・・・・・」
そう言った少女・雪花は唇をキュッと結び、氷のクリスタルを見上げる。
『彼らが向かっている先は?』
「えと、この部屋の下の部屋に直通している廊下を歩いています。その、彼らがこの氷に気がつけば、アナタの封印が解かれてしまいます・・・・・・」
『・・・・・・』
その場が静かになると、雪花はいたたまれなくなって辺りをキョロキョロと見渡す。
『雪花、封印解除は何としてでも阻止しろ。もし、彼らがオレを解き放つような行動をとったなら・・・・・・』
「それは、私が行けば問題ないと思います」
『・・・・・・ほう、彼らを排除できると?』
「・・・・・・排除なんて、物騒な事は必要ありません。だって・・・・・・」
そう、侵入者の一人の気配には覚えがある。もう片方は知らないけれど。
(マラディ、早く・・・・・・!)
「これって・・・・・・」
現在、館の侵入者であるマラディと楼院の目の前には、冷凍された扉がある。
「僅かだけど、空気が流れてるね。ここを壊せば・・・・・・」
楼院が構えようとすると、マラディが鎌を持って楼院の一歩前に出る。
「私がやります、お任せ下さい」
鎌の柄をギュッと握るマラディを見て、楼院は了承して下がる。
マラディは三日月鎌を弓をつがえるように持ち直し、そのまま扉に向かって下から振り上げる。
“表皮斬り”!!
すると、氷が割る音が響き、保存されていた扉が現れる。
マラディは続けて、鎌の柄の下部で扉を貫く。
「・・・・・・フゥッ」
「お見事」
マラディが開けた(?)扉から室内を注意しながら覗くと、床は霧が立ち込め、その奥は青く光っている。
「・・・・・・境ちゃん、あれは?」
楼院が指す方向、そこには、巨大な氷のクリスタル。
「あれは、吹雪家特有の大技の一つ・・・・・・氷の封印術の中でも特に強力な“永久保存”です。えと、あれに封印されると中でミイラ化して、終いには死んじゃいます。ただ、私みたいに冷たさに耐性がある人やどんな環境にも耐えられる死神、術者よりチカラが強ければ、その効力は遅延されますが」
進んでいくと、その大きさがよく分かる。
「それから、その氷に触ると一瞬で凍傷します」
「はは・・・・・・、怖いね、そりゃ・・・・・・」
氷に触れようとしていた楼院にマラディがそう言うと、楼院は渇いた笑いをこぼした。
そんな楼院にマラディは苦笑すると、何かに引き寄せられるかのように、氷のクリスタルを見上げる。そこで、何かに気がついた。
「境ちゃん?どうしたの」
マラディの様子に気がついた楼院も、倣って見上げる。
見上げて気がついた、そこに封印されている者・・・・・・。
「し、死神・・・・・・?」
楼院がそう呟くのを聞いて、マラディは眉根を寄せてソレを睨みつける。
「ただの死神じゃありません・・・・・・。あれは、堕天し、呪詛化した死神・・・・・・。通称『鎖の死神』ですっ!死神界だと、一般に指名手配されています」
マラディがそう言い切ると、背後から冷たい空気が一気に流れてくる。
それに気づたマラディは振り向かずに鎌を構え直し、楼院はその場から動かず、視線だけをその方向に向けた。
そして、マラディ達が通ってきた廊下から、床を踏みしめる足音が響いてくる。
ギシッ・・・・・・、ギシッ・・・・・・。
「・・・・・・これは、どういうことなの」
ギシッ・・・・・・。
「何のつもりなの・・・・・・?」
廊下の先から現れた少女に、マラディは背を向けたままその少女の名を呼ぶ。
「雪花・・・・・・!」