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シンドローム

アポビオーシスシンドローム

作者: 国後要

アポビオーシス -Apobiosis- とは、増殖のない神経細胞や心筋細胞がアポトーシスのようなクロマチン凝縮により生じる細胞死のことを呼ぶ。遺伝子学を基にした解釈では、遺伝学的に遺伝を終結させる現象なのではないかと考えられている。

 何万年、何億年と生き続けている自分。

 その意識は既にあいまいに薄くなって、かつての自分の名前すら思い出せない。

 性別や容姿も、全て忘れた。


 そんな自分に、異変が起きた。


 静かに、自分の細胞の全てが死んでいく。

 それは自分にささやき続けていた何者かが起こしているわけでもなく、自然に引き起こされていた。

 なぜ、そんなことが起きているのかはわからない。


 ただ、それは自然なことだと思ったから、自分は静かにそれを受け入れた。

 自分の体の全てが崩壊し、死に絶えていく。

 全体が脳の機能を果たしていたために、少しずつ思考能力から何から何までが消えていく。

 恐怖はない。


 ただ、不思議な喪失感だけが自分を支配し続けていた。

 何もかもが失われていく感覚。


 欲望の果てにあった、限界という名の終わり。

 一体何のために全てはここまで動いてきたのだろうか。


 人類の大多数が唐突に死に、そしてわずかに生き残った小数も次々と死んでいき、やがて最後の自分もこうして死んでいく。

 人類の存在した意味とはいったい何だったのか。

 そして、滅亡はいったい、どんな意味があったというのか。


 わからない。

 分からないけれど、推測は出来た。


 もしも、もしもだ。もしも、地球が生物だというのであれば。

 ガイア理論に、則って考えるのならば。


 初めの大多数が死んだのは、アポトーシス、だったのではないだろうか。

 プログラムされた細胞死。個体をよりよい状態に保つために行われる死。

 地球が、人類を害悪と判断し、全体をよりよくするために人類にアポトーシスを引き起こした。


 人類はアポトーシスによって外部へと影響を漏らさずに死亡し、ほぼすべての人類は滅んだ。

 だが、ほんのわずか、ほんのわずかに生き残った存在が居た。それが、自分たち。

 その自分たちが生き残った理由は、必要だったから、なのだろうか。


 地球に対して、何らかの調整を行うためのものだったのだろうか。

 農地を手に入れるために、焼畑を繰り返し続けた。

 各地から集めた化石燃料を盛大に使って、発電をしていた。

 二酸化炭素を大量に排出して、世界全体のバランスを保っていた。


 たぶん、自分以外に、他の国で生きていた者たちも、似たようなことをしていたのだろう。

 そうでなければ、いずれ世界全体の酸素濃度が変化して、人間は生きていけなくなっていた。

 もちろん、すぐにそうなるわけじゃなかったのだろうが、それでも環境破壊はバランスを保つために必要だった……のではないかと、そう思う。

 二酸化炭素がどれだけ必要なのか、そんなのはわからないから、ただの推測でしかないけれども。


 そして、遺された自分たちはそうしてバランスを保ち続け……やがて、ネクローシス……壊死を起こした。

 限界か、あるいは破損。そんな理由で死亡した。

 それは、地球の寿命が近づいていることに由来していたのだろうか。


 そこばかりは推論も出来ない。

 ただ、死んだという事実。それをあてはめられるのは、ネクローシス以外にない。


 ならば、自分がこうして死んでいくのは、アポビオーシスなのだろうか。

 代替不可能な部位がプログラムされて死亡する。

 つまりは、地球が、自らの命脈をあきらめたと、そういう事なのだろう。


 だからだろうか、こうまでも穏やかに死んで行けるのは。

 わからないけれど。なぜだか、とても、穏やかな気分だ。


 静かに、全ての意識を閉じる。

 もう、何も恐れることはない。

 自分の命が、何の価値もないなんてことはない。

 たとえ、地球に利用されていたのだとしても、全く無価値に死んでいくよりは、何倍もいい。


 だから、もう、何も恐れはしない。


 さようなら、母なる星よ。

 さようなら、全ての命よ。

 さようなら、自分の心よ。


 ――――そして、そこには、かつて地球と呼ばれていた岩石だらけの星だけが残った。

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