雪解け
この町で雪が積もることは極めて稀である。それはつまり、非常に珍しいことだった。
十二月二日、この町に雪が降った。最初はハラハラと舞っていた程度だったから、住民も珍しがって空を見上げるだけだったが、気温が零度を下回ったことにより凍てついたアスファルトは雪を受け止め、溶かすことなくそれを積もらせた。
次第に大粒になっていった雪は町を白く染め、積雪に慣れ無いこの地方の交通機関をマヒさせる。
ダイヤは乱れ、チケットの払い戻しや再発行が頻繁に起こった。
こうして、逃亡者がこの町に逃げ込んだのである。
*
僕はコンビニから出ると、途端にコーヒーをすすった。
視界の全てが寒々しいほど白く、僕の吐息もまた白い。雪が積もったことなど何年ぶりだろう。
だからその時、僕は自分が見た光景を一瞬幻覚かと思ってしまったぐらいだ。寒さで頭がおかしくなることは、あり得ない話では無い。
同い年ぐらいに見える女の子が、コンビニの前で座り込んでいた。
雪見大福を食べながら、さも楽しそうに、降り積もる雪を眺めていた。
その姿が余りにも印象的で、あぜんとする僕に、彼女は雪見大福のパッケージを見せながら言った。
「雪見です。」
僕は「イイっすね..」とだけ言って、またコーヒーをすする。
暮れがかった暗い空は、これ以上無いぐらい深い青色で、それが透けて見えるほどに薄く塗られた雲から降る、その小さな雪は、とても幻想的だった。
僕はコーヒーを飲み終えるとすぐに帰宅した。
彼女に話しかけたい気持ちが無かったわけでは無い。けれども、彼女は僕とは違う気がした。話しかけて、それが決定的なものになることが怖かった。
次の日もあのコンビニの前を通ってみたけれど、そこにいたのはおでんを食べる、いつものサラリーマンだった。
雪は一晩で消えた。儚く。まるでなにも無かったかの様に、何の痕跡も残さずに消えた。
今思えば、彼女は雪の様だった。
*
噂を聞いたのは、この町の戦後最大の積雪量が記録された一週間後ぐらいのことだった。
曰く、高校生ぐらいの女の子が、町の至る所で目撃されているらしい。噂になるからにはやはり理由があり、どうも絵を描いているという話だった。その絵が、評判になっていた。
彼女は景色の中の一部、厳密に言うなら風景の中に存在する数ある物の中から、何か一つの物しか描かない。故に同じ場所にとどまらず、町の一箇所に10分程居座り絵を描くと、次は全く違う場所に現れる。
この一瞬しか現れない希少性と、広範囲に渡る活動域、さらに時間帯を問わず目撃される高い出没率が、彼女を都市伝説化させた。
そして、現れる場所は常にランダムで規則性が無いのだという。
僕は一瞬、あの日いた女の子を思い出した。僕が見た女の子は絵を描いていなかった。でも、都市伝説の画家が目撃され始めたのは、雪が降ってからだという。偶然とは思えなかった。間違いであったとしても、可能性が欲しかった。例えほんの僅かでも、もう一度彼女に合う可能性が。
僕は目撃談を集めた。正直、自分はこういった事に向いていると思った。目撃情報を集めたり、情報を分析するのは楽しくてしょうがない。
日が経つに連れて、都市伝説には尾ひれがつき、目撃すると恋愛が成就するとか、ラッキーなことが起こるという様な話になった。それによって、目撃談も格段に増えた。
そうして僕は、かなりのデータを集め。それを元に捜索を始めた。
ママチャリで出せる限りの速度で疾走し、常に周りに目を配る。
規則性が無いと言われた出没場所も、実際に道を周るとそうでも無いことが解った。人は地図で言えば点だ。点はいきなり別の場所に飛ばないし、基本的に道がある場所しか動けない。
僕が最初に彼女を見つけたのは、噂を聞いてから四日後ぐらいのことだった。
噂通り絵を描いている女の子を見かけた時の胸の高鳴りは、言葉で表現出来ない程で、僕は乱れる呼吸を無理やり落ち着かせ、それでも酸欠で痺れる手足を感じながら彼女に近づいた。
僕に猫の絵を見せながら、彼女は「今日は猫鑑賞。」と言った。
「どうして一つの物しか描かないんだよ。猫の潜ってる車も書けば良いだろ」
キョドって震える僕の声は明らかに不自然だったが、彼女が気にしている様子は無かった。
「私の絵は芸術じゃないから、周りの物は要らない」
「そんなものかな」
「それに、常に動いてないと不安だから」
彼女は終始、真剣そうな顔をしていたが、絵を描く手つきは、彼女の感情を体現するかの様に楽しげだった。
「終わった。じゃあね。」
そう言って彼女は、どこかに行ってしまった。
今度は明確に、僕は追ってはいけないと思った。さよならを告げる相手を追うのは、ルール違反だ。
でも結局、次の日も僕は彼女を見つけた。
何度も、何度も、彼女を見つけ、近づき、少しだけ話して、彼女は何処かに行ってしまう。
見つけるうちに、更に捜すのが上手くなる。ストーカーとして訴えられてもおかしく無い。でも彼女は絵が描き終わるとともにいなくなるだけで、いやな顔もしなかったし、見つけて開口一番、何を描いているのか教えてくれる時の表情は楽しそうに笑っていた。僕はその顔を見るのが好きで、毎日彼女を探した。
*
「今日も君に見つかったね」と彼女は言った。
その日は、どれだけ捜しても見つからなかった。予想を尽く外して、諦めようとしていた頃、初めて出会ったコンビニの前で彼女を見つけた。
「今日は絵は描かないの?」
「うん。もうそろそろ。別の町に行かないとね。」
「どうして?」
「もうこの町に描く物は無いから。」始めて、彼女の悲しそうな顔を見た。
「嘘だ。この町には君が行っていない所が山ほどある。」僕の地図には、点どころか線すら描かれていない場所がある。彼女がこの町の全てを見るには、もっと時間がかかるはずだった。
「君には分かっちゃうか。絵を描いてたのも、不自然にならない為だしね。下手くそな絵を晒すのは、正直恥ずかしかったよ。」
僕は必死だった。
「僕は君の絵が好きだ。確かに素人で、芸術性は無いかもしれないけど、君の絵はシンプルで、何を描いても楽しそうだ。君の絵は美術館にある絵とは違う。僕には絵の良さなんて分からないよ。画家は自分を表現することに必死で、技術やセンスを見せることに夢中で、僕のことなんて考えてない。分からない人間に興味なんて無いんだ。でも、君の絵は違う。」
美大志望の姉に言ったら、殺されるであろう偏見の一言だった。とにかく、彼女がここにいる理由を作りたかった。
彼女は黙って、僕の話を聞いていた。僕は永延と話し続けた。やがて説得が不可能であると悟った僕は、言葉を途切らせた。
「頼みがあるんだ。ある物を預かって欲しい。」
彼女の一言に僕は頷いた。その後のことは、あまり覚えていない。彼女は、何度も謝りながら、僕に一本のUSBメモリを渡して居なくなった。
都市伝説はこの町から消えた。
他の町に同じ様な都市伝説が生まれることは無く、今度こそ彼女に会うことは出来なくなった。
USBメモリの中身は画像ファイルで、彼女の絵なのでは無いかと思って開いた僕は絶望した。
そこにあったのは、芸術と呼ばれる。無愛想な図だった。
*
「今すぐにそのUSBメモリを見せろ」
横田 楷はクラス一の変人として知られる男だ。
「いいか。お前はどうせ、そのUSBメモリに対してなんの検証もしていないんだろう。お前がExplorerの設定をいじってるとは思えんからな。隠しファイルやシステムファイルは見えないだろうし、意図的な論理フォーマットで表示がされていないだけかもしれん。もしくはその画像ファイルに仕掛けがある可能性もある。その絵自体が暗号かもしれん」
僕は何故か、こいつと仲が良い。
「聞いてるのか?まずは、隠しファイルかリカバリー出来るファイルが無いか調べて、とりあえずその画像ファイルもバイナリエディタで覗くのが妥当だ...ほれ...俺が常にパソコンを持ち歩いていることに感謝しろよ」
横田のパソコンは特注らしい。特注と言っても、色々な市販品を組み合わせて作った物だが、三十万円したというそれは、彼の自慢の相棒だ。
「今持ってるなんて言ってないよ」
信用していないわけでは無いが、預かり物を人に見せるのは気が引けた。
横田はめんどくさそうな顔をして「いや、お前は持ってるよ。さっさと寄越せ」と言うと、僕の右ポケットを漁ってUSBメモリをかっさらってしまった。
「ほれほれ...ドライバーインストールなんて十秒で済ませせちまおうぜ相棒。よしきた。隠しファイルは無し。論理フォーマットどころか、物理フォーマットの形跡も無い。こりゃ新品のUSBメモリに、一つだけファイル突っ込んだってことか。勿体ねえな」
画面に話しかける彼を、クラスメイトが遠巻きに冷たい目で見ていた。僕も同類として見られているのだろうか。
「バイナリエディタは...何処に置いておいたかな。これは、違う。クソ、何で日本人はソフトに意味不明な英名つけたがるんだが、分かりにくいったらありゃしない。おお、これだ。えっと、あー、そうか...おい..」
彼はおもむろにこちらを向くと「分かったぞ」と言った。
*
部屋には低音が響いていた。
一日中、一度も消灯されることのないこの部屋に、僕はいつからいるのだろう。
この部屋に人は来ない。
何も無い真っ白い壁に、人工的な蛍光灯の光がさらに部屋の白さを助長する。
故に僕は、全く時間を知ることが出来ない。
この部屋に入れられた時、僕が持たされたのは五リットルの水だけだった。それ以来、食べ物は食べていないし、ほとんど寝てもいない、明かりが消えず時間の分からないこの部屋で規則的な睡眠を取ることは不可能に等しかった。
この部屋にある設置物と言えば、部屋の片隅においてある簡易トイレぐらいのものだ。簡易トイレも白い。気が狂いそうになる。
突如、部屋に流れている雑音が消えた。
「少しは協力してくれる気になりましたか?」
無感情な男の声だった。久しぶりに聞いた人の肉声だ。
「こんな緩いのではいけませんか?たかが三日黙っていたぐらいで、話せなくなったわけでは無いでしょう?」
まだ三日しか立っていないことに僕は驚いた。あと一週間もこの状態が続けば、僕は確実に潰されるだろうと思った。
「効果音をもっとキツイのに変えましょうか。水滴の音なんてオススメですよ。今の君なら、四日で気が狂うでしょう」
僕はそうなった時、彼女を守り切れるだろうか。
「自殺するのはやめた方がいいですよ。必ず救命して、今度は自殺出来ない別の部屋で拘束することになりますから。そうだ、三日も経ちましたからね。お腹が空いているでしょう。そろそろ点滴をしないといけませんね」
頭が働かない。変に眠くて、意識が遠のく。
「君が助かる方法はただ一つ。我々に協力してください。そうすればすぐにでも解放します。もちろん、それなりの謝礼も用意しますよ。何故、赤の他人に肩入れするのです?」
僕は白い部屋が暗くなることを感じながら思った。たとえ他人でも、彼女の為なら僕は廃人になってでも生きよう。
僕は意識を失った。気がつくと点滴が打たれていた。
*
何日目だろうか。
白い部屋では、やることなど何も無い。出来ることも何も無い。
だから僕は思い出す。
あのUSBメモリにあったものは二つの数字だった。
横田はあのファイルの正体を見抜いた。
元ファイルのファイル形式を変更して画像ファイルにした後、偽装後の画像ファイルも機能するようにデータを弄る。こうすることで、拡張子は画像ファイルで、さらに実際に画像として機能するにもかかわらず、偽装後のファイルの中に元のファイルを格納出来るのだと言う。
元ファイルのサイズは極めて小さく、データはただ数字が二つだったが、横田はこれの正体も見抜いた。
曰く、この二つの数字は緯度と経度を表す。
座標は、この町から電車で一時間程離れた地点を指していた。
僕は休日にその場所を訪れた。そこは廃墟だった。くすんだ黄色い外壁に、茶色の窓が規則的に四つ。鍵は掛かっていない。中に人がいるようだった。彼女では無い。スーツ姿の男達。
「何をしているのですか?」
突然の背後からの声は、平坦で凍るように冷たかった。
「こんな廃墟に何の用でしょうか?いえ、言わなくても分かっていますよ」
男は端正な顔立ちをしていたが、その表情は生きているように見えなかった。死んだ人間の表情。無表情よりもっと、決定的な何かが無い。
彼は写真を見せた。それは、彼女の写真だった。突然の出来事に、僕の口から声が漏れる。僕の反応を見た時、彼が一瞬満足そうな顔をしたように見えた。彼の蹴りを頭に食らい、僕は倒れた。
それで気がつくと、僕はベッドの上だった。僕をノックアウトした男は、すぐ隣に座っていた。
「我々があの場所を発見たのは、昨日のことです」
僕が目を覚ましたのを確認すると、体調も聞かずに男は話し始めた。
「二ヶ月前、とある研究員が我々の会社から、退職届も出さずに逃げ出しましてね。逃げ出すだけなら放っておいたんですが、こともあろうに彼は研究を持ち逃げしました」
僕には話が見えない。
「もちろん、見つけ出して研究員は殺しましたが、肝心の研究のほうが出て来ないんですよ。彼の持ち出した研究というのは、書類ではなく現物でしたからね。ポケットなんかに隠せる大きさではありませんし、さあ何処にやったのか」
まさかその研究員が彼女なのか?彼女は殺されたのか?
「ああ、安心してください。彼女ではありません。彼女はその研究員の娘です。そして、彼女は父親に、研究の置き場所に関する情報を託されていたはずです」
僕は答えた。
「USBメモリなら、僕が持ってますよ。ただ、中の情報は座標だけです。もうあなた方も知っていることだ」
彼はケタケタと、気味の悪い声をあげた。笑いとは程遠かった。
「あのUSBメモリは鍵ですよ。ファイルのバイナリそのものがパスワードになっているのです」
僕はまずいことを言ったと思った。USBメモリを自分が持っている。この情報は知らせるべきでは無かったのだ。
「いえいえ、安心してください。あんなものはクラックで解析しましたから。もう言ってしまったほうが早いですね。研究と言うのは、コンピューターなんですよ。ハードからソフトまで、全て次世代の人工知能です。本体は、あの廃墟で発見しました。人工知能プログラムが暗号化されていたので、それも解析して複合し終わりました。ですがどうやら廃墟に放置されていた間、インターネットに接続されていたようでね。外部の人間が、それをさらに暗号化していた。しかも普通のハッシュ関数を用いた物ではありません」
彼は僕を見た。
「二択の質問を繰り返す種類のパスワード。これは、特定多数の人間にしか分からない情報を質問に選ぶことで、パスワードの受け渡しをせずに使うことの出来る暗号です」
「質問を繰り返す?」
「君は、二択の質問を二十五回繰り返した時の場合の数を知っていますか?三千三百五十五万四千四百五十二通りですよ。情報を知り得ない人間には、正解に行き着くことは不可能です。そして、最初の質問は"私はコンビニの前で何を食べた?(1、アイス・2、おにぎり)"これの意味が分かりますね?」
僕はようやく理解した。
「彼女は考えたはずです。父親との思い出や、これまでの自分の情報をパスワードにすることは危険だと。当然、父親の所属していた会社には、父親と親しい同僚がいる。自分の通っていた学校には友人がいる。何処から情報が漏れるか分から無いし、会社が無理やり調べる可能性がある」
だからかつての自分とは切り離された、あの町での思い出をパスワードにした。
「USBメモリは会社が知り得無い人物に預け、その人物にも影響が無いよう、自分は町から遠ざかる。インターネットに接続し、コンピューターに遠隔操作でパスワードをかけたら、後は本体を自らが回収して万事解決だったはずです」
しかし、会社が先にコンピューターを見つけてしまう。
「彼女が今、何処にいるのかは分かりませんが、鍵であるUSBメモリを預けたぐらいです。町では君と彼女は共に行動していたのではありませんか?と言うか、そうで無くては困りますね。彼女の行方は依然として不明です。君に頼るしか無い。最初の質問の答えを教えてください。間違った情報を言っても無駄ですよ。我々の技術力を舐め無いほうが良い」
僕は口を閉ざした。何を聞かれても答え無い。反応もしない。
僕は拷問の話を持ち出され脅されても、一切何も言わなかった。
こうして僕は、この白い部屋に監禁されたのだ。
*
白い部屋に爆音が響いた。
ドアが吹き飛んで、破片が散る。
何故だろう、僕にはそれがスロモーションで見えた。
部屋に横田が入ってきて、やつれた僕を見てハンバーガーを渡す。
「今のはなんだ?」と僕が聞くと「爆弾だ。だか勘違いするな。爆薬じゃない。石炭を混ぜた黒色火薬をエチル化させて、急激に酸化する金属粉末を数種類入れて、導線を引いた密閉容器にいれたら、電流で着火。それだけのことだ。他にも工夫はあるが、まあいい、さっさと逃げるぞ」
僕が無許可で火薬を製造することは犯罪では無いのかと聞いたら、法的にも個人利用の範囲なら可能らしい。ただし、未成年である彼が行えばやはり犯罪だが。
「どうやってここに忍び込んだんだよ?」
「忍び込む?普通に入っただけだ」
「普通に?」
「お前が捕まった時、俺はお前のすぐ後ろにいたからな」
「どう言うことだ?」
「俺がついて行ってやると言ったのに、お前は俺の同行を許可しなかっただろう。覚えておくと良い。俺はそんなことでは引き下がらん。座標を元に自分で見に行かせてもらった。そしたら、お前がちょうどやられてたんでな。お前を連れて行った連中の会社のサーバーをクラックして調べた。」
こいつは、法律と言う言葉を知らないのだろうか。
「他にも調べまくって、事の全容を掴んだ。感謝しろ。幹部のメールアカウントをクラックするのは大変だったんだぞ。それとハンバーガーにも感謝しろ。俺は気が利くんだ」
久しぶりの食事は信じられないほど美味かった。
「ここの会社は色々やばくてな。別件もわんさか出てきたから、俺は行動を起こす事にした。まずは、警察にチクる。あそこは動くのが一番遅い。次にマスコミ。最後にネットで告発して終わりだ。今、警察がガサ入れしてるよ。取材や、批判の電話も鳴り止まない。ネットで他にも被害にあった奴らを募って、デモをやらせてる。結構な数が暴徒化してここに殴り込んでるから、会社は大荒れだ。ここまで重なれば、誰が入ろうが分からん。因みに研究員の件はチクってないからな。問題のコンピューターは金庫からパクってきた」
「金庫も爆弾で吹き飛ばしたのか?」
「そんなわけあるか。コンピューターが壊れたらどうする?ピッキングしたに決まってるだろ」
呆れた犯罪者だ。だがそんな事より、大事な事があった。僕は確信に迫る必要がある。
「そのコンピューター、どうするつもりだ?」
横田が立ち止まった。コンピューターマニアにとって、新型の人工知能はどういう意味を持っているのか。
「"祭り"と言う言葉を知ってるか」
意外な質問だ。
「そりゃあ知っているよ」
横田はニタリと笑った。
「俺は祭りが大好きだ。だが、祭りは年に数回しかない。自分で起こさない限りはな...」
彼はバッグの中から自分のパソコンを取り出す。バッグの中には彼が盗んだもう一つのコンピューターがあるはずだ。
「俺の相棒は一人だけだ。こいつ以外にコンピューターは要らん。たとえそれが新世代の物であろうが、スパコン並みのスペックを持っていようが俺には関係ないことだ」
そして僕にバッグを渡すと、真っすぐに僕の目を見た。よくみるとこいつは結構良い顔をしている。端正とは言えないかもしれない。だが誰よりも生気があって、誰よりも表情がある。いつも怒っていて、騒いでいて、動いていて、笑っていて。そういう表情がある。
彼は僕に地図を渡す。
とある町に点が打ってあった。
「お前なら、見つけられる」
横田 楷はクラス一の変人である。
「祭りの最後は、お前らが締めろ」
僕は彼に出会えた事を誇りに思う。
*
「今日は何を見てるの?」
僕が聞くと、彼女は振り返った。
「これ、君のお父さんが作ってたコンピューター」
僕は静かにそれを渡した。
「ごめんなさい」
彼女は泣いていた。泣きながら、何度も僕に謝った。
「あのUSB、コンピューターを手に入れたら、すぐに返して貰うつもりだったの。暗号なんて気づかないだろうと思って」
ごめん、そんなことはどうでも良いんだ。
君に会えただけで良い。
何度も、何度も君を探した。
君は見つけるとすぐにいなくなってしまう。
それでも、僕は探さなくてはいけない。
だって君に、言いたいことがあるから。
それを言うためだけに、僕は君を探した。
もしも拒絶されたなら、もう君に会う事は無いだろう。
「明日、また僕の町に雪が降るらしい」
昼頃には積もって、夜は晴れる。
「君と一緒に見たいんだ」
彼女は「雪見?」と言った。
僕は「いいでしょ」とだけ答えて、彼女の手を取る。
「君のことが好きだ。」