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「ジュリア殿。本日はわざわざご足労いただいてすみません」
「いいえ。こちらこそお招き戴きましてありがとうございます」
夕方、再びフィーナ国の王宮へとやってきた私はトレース陛下と向かい合わせに座っていた。
「今日も素敵ですね」
にっこりと笑うお姿は威厳と自信に満ち溢れていた。
まさしく国を背負ってたつ男という感じだ。
「ありがとうございます。でも、お忙しいでしょうにわざわざこの様な席を設けて頂いて宜しかったのでしょうか・・」
クラウス様はいつも夕食もそこそこに仕事に戻ってしまう。
国を支える者としてやらなければいけない事がたくさんあるのだろう。
それなのに、他国の私が突然訪問してしまったものだから迷惑をかけているのではないか心配だった。
「あぁ。もちろんだよ!私こそこんな素敵な女性と夕食を共にできるなんて私は幸せ者だね」
陛下はお優しい。
「もったいないお言葉ですわ」
ぺこりと頭を下げると、くすりと笑う声が聞こえる。
「そんなことはないさ。君が結婚していなかったら私の妻にしたいくらいだ」
その言葉に顔をあげると思わず息が止まりそうだった。
声色や言葉のトーン、表情はとても穏やかで優しいのに、陛下の目は真剣にこちらを見つめていた。
思わず背中がぞくりとした。
「・・そ、そんな。トレース陛下の様なお方なら私の様な小娘ではなくとも、綺麗な女性たちが放っておかないでしょう?」
多少声が上ずってしまったが、なんとか言葉をつなぐ。
私の言葉に、陛下もいつもの表情に戻った。
「・・・・そんな事ないよ?君みたいな可愛いお嫁さんが早く来てほしいものだ。なんて、こんな事を言っていたらクラウスに怒られるかな?」
陛下の冗談にほっと胸をなでおろした。
そして、その言葉にふと思い出した。
「・・・そう言えば陛下とクラウス様は仲がよろしいんですよね?」
「ん?・・あぁ。そうだね。私たちが幼い頃はお互い国を背負う立場としてあちこち勉強に行っていた。その際に、クラウスとも何度か一緒になってね。兄のように私を慕ってくれているよ」
「まぁ!そうだったのですか?ふふ、お2人とも小さい頃からさぞかし優秀だったのでしょうね」
陛下とクラウス様の小さい頃を思い浮かべると思わず頬がゆるんでしまう。
「いや、そんな事ないよ?私もクラウスもよくケンカをしていたよ。討論していたはずなのに、熱くなるとお互い一歩も引かなくてね。あぁ、そうそう、あれはいつだったかな?女の子を取り合ってケンカしたこともある」
陛下は幼いころの思い出を楽しそうに語ってくれた。
だけど、陛下の言葉に私は思わず胸が痛んだ。
あの温厚なクラウス様がトレース陛下と取り合うくらい心を許した女性がいたなんて・・・。
いくら、幼いころの話とはいえ心が痛むのは押さえられなかった。
「・・・その女性とは今でも・・・仲がよろしいのですか・・・?」
思わず口から勝手にこぼれ落ちた言葉に分自身が驚いた。
「ん?その女の子かい?んー・・・それが、私はあまり覚えていなくてね。たぶん、どこかの貴族の娘だったとは思うんだけど、それが誰だったかは覚えていないんだ」
陛下がこちらを見て申し訳なさそうにそう言う。
「そうですか・・・」
陛下の視線に気づくこともなく、素直に感情をだして落ち込んでしまう私に、向かい側から苦笑の様な笑い声が聞こえて、はっと顔をあげた。
「あ!申し訳ありません!!」
「いやいや。そんなに気にしなくても、昔の話だからね。クラウスも忘れてると思うよ」
陛下にフォローされてしまった。
情けなさに思わず顔が下を向く。
「さぁ、昔話はこれまでにして料理をいただこう!」
目の前にはフィーナ国特産の食材で作られたメインディッシュが置かれていた。
陛下の心配りににっこりと笑って答え、目の前の料理に手を伸ばした。
心の中では、昔のことだと解っていながらも、どうしてか気になってしまうその子を心の隅に追いやって。
「それで、王妃業を休む為と言っていたが、何か辛い事でもあったかな?」
皿の上の料理がなくなると、次はデザートが運ばれてきた。
それと同時に陛下が口を開いた。
「いいえ。辛いことなどありませんわ。クラウス様にも、国の者にも良くして頂いております」
にっこりとそう答えた。
他国の王にこんな事を悟られないようにと。
「ふふ。即答だね。まるで答えが用意されていたみたいだ」
陛下の言葉に思わず眉を潜めた。
「・・・陛下。試されたのですか?」
自分が思っているよりも低い声が出てしまった。
「いやいや。とんでもないよ!そんな怖い顔をしないでくれ。何か悩みがあるなら相談に乗りたかっただけだよ。弟の様なクラウスのお嫁さんだ。私にとっては妹みたいなものだからね。まぁ、力はあちらが上だけど・・・」
おどける陛下に私は少し肩の力を抜いた。
「・・・ありがとうございます。でも・・・・本当に何でもありませんわ!お心づかい感謝致します」
これ以上何も聞いてくれるな。そんな思いを込めて精いっぱいの笑顔でそう答えた。
「・・・・まぁ、ジュリア殿がそういうならあまり聞かない事にしよう。でも、何かあったらいつでも私のところへ来なさい。力になるよ」
そういうと陛下はデザートに口をつけ、フィーナ国特産の果実で造ったそのデザートの説明を始めた。
(よかった。これ以上聞かれたらなんて答えていいかわからなかったもの・・・・。)
危うく、この想いを陛下に打ち明けるところだった。
でも、それほどまでに私の心はギリギリの所まできている事を知った。
(もう少し大丈夫だと思ったのに・・・・。早めにクラウス様から離れて正解だったかもしれない。)
陛下の言葉はあまり頭に入ってこず、私は時々相槌を打つだけだった。