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視点が変わります。
トレース陛下の独白です・・・。
フィーナ国の王族として生まれた俺は、この国の第一王位継承権の持ち主だった。
小さい頃から、この国を支え従え導いて行くために厳しい教育を施されていた。
そんな俺に近づく者はすべて裏があったし、おびえていたように思う。
心を許せる者なんか一人もいなかった。父や母でさえ・・・・。
そんな中、諸外国へ顔つなぎの意味も込めた留学を行った。
3年か5年か、ほとんどを自国以外の国で過ごしていた中、何度も顔を合わせる奴がいた。それが、エルステリア国の王子であるクラウスだった。
何度も顔を合わせるうちあちらもこちらの顔を覚えていたのだろう。ある国で何度目かの顔を合わせた時に声をかけてきたのだ。
「フィーナ国王子のトレース殿下であらせられますか?」
同じ王子だというのに、彼は私に至極丁寧に接してきたのを覚えている。
「そういう君はエルステリア国の王子クラウス殿下だったかな?」
その時に相手にしたのは、何度も見かける姿に同じような立場からだったのかもしれない。
「お互いあちらこちらへ行かされて苦労しますよね」
「まったくだ」
苦笑気味にそう言ってくる彼に同じく私も苦笑で返す。同じ立場である彼に少し同情していたのかもしれない。それから、私たちはよく話をするようになった。
といっても、お互いにやるべきことは果てしなくあり、体が空く時間などほとんどなかったが。
たまに同じパーティーで会った時には、隣に並ぶこともあった。そうしたら、お互いの立場、外見にまどわされた女性たちがうっとうしく群がってくる。
しかし、私が何かを言う前にクラウスはうまくかわしてくれていた。
あいつの隣にいるとなんだか楽になれると思ったのはその時からだったのかもしれない。
同じような立場で、同じような目にあっているあいつと一緒にいる時間は自然と増えていった。
「なぁ、少し息抜きしないか?」
そう持ちかけたのは私の方だった。
「息抜き?一体何をするつもりなんだ?」
そんなフランクな会話ができる相手は初めてだった。
にやりと笑って見せれば、クラウスは困ったという風に笑う。だが、本気で嫌がっているわけでもなくその言葉にクラウスも承知した。
そして私達は、騎士の様な格好をして城下へと降り始めた。
初めて城下に降りた時は感動で忘れられなかった。見たこともないものがたくさん並んでいたし、自分たちの事を知らない人であふれていた。
そんな些細な事が、私たちは嬉しかった。
それからどこの国に行ってもクラウスがいれば、2人で城下に降りることが当たり前のようになっていた。
「今度は、トレースの方が先だったか」
ある国で何度目かの顔を合わせた時、声をかけてきた言葉はそんな言葉だったか・・・。
私達は何度も出会う中で同じように今回も城下へとこっそり抜け出した。
町で買い物をしたり、食事をしたり。
時には、花街にも繰り出したりした。
だが、何度も何度もそれを繰り返していたら、さすがに両親の耳にまで届くかもしれないと危惧し始めてもいた。それに、お互い城下を見て思うことがあったのかもしれない。
そろそろ本格的に王子としての役割を果たさなければいけないとお互いに感づいていた。
だから、私たちは決めた。
この国で城を抜け出し自由な時間を求めるのは最後にしようと。
そんな中、出会ってしまったのだよ。
天使の様な少女に-----。
彼女は私たちよりも幼い少女だった。
だが、自分の負うべき役目をしっかりと負ってそれを果たそうと努力さえしていた。
その姿を見て、つくづく自分が情けないと思ったよ。
あんなにも小さな少女が頑張っているのに、自分は城を抜け出して何をやっているのだろうとね。
だが、必死で頑張っている少女に、私は何度も会いに行った。
クラウスと一緒に訪ねる時もあれば、私が一人こっそりと彼女に会いに行くこともあった。
彼女の頑張りを見ていると自分も頑張れる気がした。
彼女の笑顔を見ていると、もっと笑顔にしてやろうとはりきりもした。
彼女が悲しんでいると、その原因を取り除いてあげようと思った。
彼女が困っていると、手助け出来るよう私も悩んだ。
・・・彼女といると、自分が人間らしく思えた。
きっと、クラウスも同じように感じたのだろう。
私たちは自然と彼女が好きになっていったよ。
だから、お互い正々堂々と精一杯の気持ちでぶつかろうと決めた。
彼女がどちらを選んだとしてもね。
私はできる限り彼女に好きという感情を伝えた。
まだ、幼い少女はその気持ちが、理解出来てはいなかったみたいだけどね。
だから、必ずまた逢いに来ると約束した。その時に、私の気持ちを理解した上で返事が欲しいとね。
そのことを、私はクラウスにも告げた。
一足先に私は国に帰らなければいけなかったからね。クラウスに何も言わず帰ることはアイツとの約束を反故にするみたいで嫌だったから。
そうすると、彼は笑って言った。
『彼女はまだ幼い。私たちの気持ちが理解できる年になった時、お互い正々堂々と彼女に気持ちを伝えよう』
とね・・・・。
その言葉に私は頷き帰国した。
その後、父が倒れ私が父の跡を継ぎやっと国が落ち着いてきたところで、ふと彼女に会いたくなった。
あれから数年立っていたし、一体どんな風に生きているのだろうと。
いや、父の跡を継いだ事で気持ちに余裕のなかった自分にカツを入れて欲しかったのかもしれない。
あの時のように、自分より頑張っている姿を見て。
就任の挨拶がてら、再び私は彼女の国を訪れることにした。
彼女がどこの誰かは分かっていたからね。もしかしたら、会えるかもしれない。会えなくても見かけることは出来るかもしれないと、期待を胸に込めて。
そして、昔の約束通り、私は再び彼女に会うためにその国に行く旨をクラウスに伝えた。
約束だったからね。
そして、彼女の国へ行き、彼女を見かけることが出来たよ。
その時、やはり彼女は私の運命の人だと確信した。
だが、次の瞬間、彼女の隣で笑っている男が現れた。
それが、誰だったかわかるかい?
そう、クラウスだよ。
私は、咄嗟に影に隠れた。
なぜ彼女の隣で笑っているのか不思議だった。だが、彼も彼女に会いたくてここに来たのかもしれない。そう思うことにした。実際に私がそうだったのだから。
それでも、私は、なんだか嫌な予感がしたんだよ。
だから、たまたま通りかかったその国の従者を捕まえて聞いてみた。
「彼女達は仲がよさそうだね。一体どういう関係だい?」
一国の王に捕まった従者は、膝を下り頭を下げつつ私の言った彼女達という姿を探して、答えた。
「女性は我が国の公爵令嬢で、男性がエルステリア国の国王様です。先日、お2人のご婚約が決まり近日婚約発表をすると伺っております」
その時の衝撃は忘れたくても忘れられないよ。
彼女がクラウスと婚約することも衝撃だった。
が、クラウスが私との約束を反故にした上、私になんの断りもなく彼女と会っていたのかとね。
それでも、彼女が幸せそうに笑う姿を見れば、それを壊すようなマネはできなかった。
彼女は幼い頃、よく自分は必要ない人間だと言って泣いていたことがあったから。
彼女が幸せであるのならば、大人しく身を引くことにした。
それが、せめてもの私のプライドだったから。
それからは、執務に身を棒げ国の為に必死で頑張ってきた。
そんな折、彼女が突然一人で我が国に訪れた。
それはもう、とても悲しそうな顔をして。
幸せだったのではないか?クラウスは彼女を幸せにしているのではなかったのか!?
彼女の顔を見たとき私はふつふつと怒りが湧いてきたよ。
裏切って彼女を手に入れておきながら、こんな顔をさせるクラウスを許せなかった。
その上、側室を迎えるなどと言う。
あの時、身をひいた自分はなんだったのかと思ったよ。
だから、決めた。
今度こそ、彼女を手に入れるとね-----




