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次の朝、まとめた荷物を馬車に積み込むとすぐに城を出発した。
「よろしいのですか?国王様にご挨拶しなくて・・・」
エリーナは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「・・・いいのよ。ちゃんと言伝はしているわ。彼は忙しいもの。私のわがままに付き合わせるわけにはいかないわ」
それは建前だった。
クラウス様の顔を見てしまうと決心が鈍りそうだった。
「・・・ジュリア様」
エリーナは何か言いたそうだったがそれ以上は言葉にしなかった。
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「やっと着きましたね!」
馬車に揺られる事2週間。エリーナは馬車から下りると思い切り背伸びをした。
しかし、すぐに私が下りる為の台を用意した。
「ありがとう」
その台を使って下りる私は、久しぶりに訪ねたフィーナ国の緑の多さに祖国を思い出す。
「結婚してすぐに訪れて以来だわ・・・」
あの時は、エルステリア国に嫁いだばかりで何もかもがすべて新しく、覚えなければいけないことがたくさんあった。嫁いだ身として、祖国に迷惑をかけないよう、エルステリア国に恥をかかせないよう必死でそれらを覚えようとしていた。
そんな私を見かねてか、クラウス様がここへ連れて来てくれたのだった。
「・・・・思えば、あれから私はクラウス様に惹かれていったのよね・・・・」
うっとりと思い出に浸ってしまい再び胸の奥が疼いた。
「・・・忘れる為に来たのよ・・・・」
軽く頭を振り、今までの思い出は心の奥にしまいこんでしっかりと前を見つめ、城へ入った。
「ジュリア様。ご到着されたばかりでお疲れでしょうが、明日こちらの国王様の元へご挨拶へと訪れていただきます」
部屋に入るなり、エリーナはそう言った。
フィーナ国の一角に我がエルステリア国の領土があり、この城もそこに立っている。
管理はもちろんエルステリア国の者が行っているが働いている者はフィーナ国の者が多い。
その上、こちらに住むとなると色々と迷惑をかけることになる為、挨拶はしておかなければならない。
「そうね・・・。こちらでしばらくお世話になることですし挨拶には行かなければいけないわね」
エリーナの言葉に同意すると、早速エリーナは明日の謁見許可を頂く!と、張り切って部屋を出て行ってしまった。
今回はまだエルステリア国の王妃としての訪問だ。
「・・・クラウス様の恥にならないようにしなくては・・・・」
いくら、忘れるとはいえ他国との友好関係や施政に私事で迷惑をかけるわけにはいかない。
まだ王妃の立場でいる以上するべきことはちゃんとしよう。
そう心に決め、今はとにかく目の前の荷物を解くことを始めた。
今回、侍女はエリーナしか連れてこなかった。
だから、荷物を解く事も出来ることであれば自分でやるつもりだった。
だが荷物に手をかけた時、扉からノックの音が聞こえた。
「・・・誰?」
エリーナはさっき部屋を出たばかりだ。さすがにこんなに早く帰ってくることはできない。
ふと、首をかしげながら問いかける。
「・・・・アルバート・バーンズに御座います」
その名前を聞いて、私は頭の中の記憶をたどった。
いや、そんな事をしなくてもすぐに思いついた。
「どうぞ」
声をかけ自らの手でドアを開ける。
「ご無沙汰しております。王妃様」
扉の前で深々と頭を下げるのは、エルステリア国第2騎士団団長アルバート・バーンズ。
「・・・アルバートが今回の私の護衛ですか?」
無意識のうちに低くなる声のトーンに自分でも驚いた。
「はい。国王様より申し遣って参りました」
・・・・何も、アルバートを寄越さなくてもいいだろうに・・・。
思わず顔をしかめてしまう。
「あなたの様な優秀な方が私の護衛ですか?もっと他の方がいるでしょう・・・・」
わざわざクラウス様の片腕と呼ばれたアルバートを私につけなくても。
「・・・恐れながら国王様はとても心配されておいででした。王妃様を一人には出来ないと。国王様も時間が取れ次第こちらへ訪れるそうです」
アルバートの言葉に耳を疑った。
クラウス様がここに来る!?
「クラウス様がそうおっしゃっられたのですか!?」
思わず聞き返してしまう。
「・・・はい。そう伺っておりますが・・・・?」
私の驚きようにアルバートは不思議そうに私を見ていた。
だけど、そんな事が気にならないくらい私は驚いていた。
そんな事をされたのでは、いつまでたってもこの気持ちに蹴りがつけれない。
大体、先日のティータイムの時にそんな事は一言も言ってなかった。
それに、側室の方はどうするつもりだろう?
側室を招き入れておいて、その方を放っておくなどありえない。
「・・・クラウス様は何をお考えに・・・・」
思わず目の前が真っ暗になる。
ふらりとふらついた私をアルバートがすかさず支えてくれた。
「王妃様!大丈夫ですか!?」
「・・・・大丈夫よ。ちょっと目眩がしただけ。少し休めば良くなります。悪いけど一人にしてくれますか?」
そう言うと、アルバートは心配そうに私を見ながら一礼してその場を後にした。
扉を閉め、ベットへ腰かける。
「・・・そんなに・・・・・」
そんなに、リアーシャ様を愛しておられるのだろうか。
それならば・・・・。
それならば、なぜ一目見て気付かないの!?
どうして、あの時「違う!」と言って下さらなかったの!
初めてお会いしたときに、「お前じゃない!」そう言って下されば私だってこんな辛い思いすることなかったのに・・・・。
「・・・・私、最低ね・・・・」
自嘲気味に笑う私。
ここ最近ずっとそんな思いが浮かんでいた。
でも、彼が悪いのではない。
リアーシャ様の幸せを願って私が自ら決めたこと。