第44話
「手を挙げない約束ではなかったかな?」
久しぶりに聞くその声は、楽しそうにそう言った。
「・・・・・トレース陛下・・・・」
声のする方を向けば、声色の通り楽しそうにニコニコと笑うトレース陛下がそこに立っていた。
「そんな他人行儀な呼び方はしないでください。私の可愛い人」
そう言うと、トレース陛下はリアーシャ様の隣に並んだ。
「あら、早速口説く気なのかしら。本当に節操のない人ね」
リアーシャ様は、楽しそうにそう答えた。
「そんなことはありませんよ。私は小さな頃から想いは変わっていないのですから」
「あぁ、そう。まぁ、どうでもいいわ」
2人の間で楽しそうに会話がされていたのに、いきなりリアーシャ様が私の方を向く。
「ごめんなさいね。痛かったでしょう?でも、あなたが悪いのよ?私の幸せを壊したんだから。でも、いいの。
私が今度はあなたに変わって幸せになるから」
リアーシャ様の手が伸びてきて、打たれた頬を摩る。
「ジュリア。・・・・・私たちそっくりだと思わない?」
幼い頃、よく聞いたその言葉をリアーシャ様は言った。
そして、そっと私の頬から手を離し背を伸ばした。
「・・・・・当然よね。私達、双子だもの。ならば、私があなたになることも可能だと思うの」
にっこりとそう言ってのけるリアーシャ様の言葉に私の頭はついていかない。
すぅっとリアーシャ様が息を吸い込んだ。
「リアーシャ様。私、クラウス様と幸せになるわね」
吐き出す息と共にそんな言葉を吐いた。
「そうだね。それがいい。そして、君は私の妻。リアーシャなのだよ」
そう言って、ベットに腰掛私の肩をトレース陛下が抱いた。
私は無意識にトレース陛下から逃げようとする。
「な・・・・にを・・・・言っているの・・・・・?」
なんとかこぼれ落ちた言葉は震えていた。
「大丈夫よ。あなたのことを愛してやまないそこの男は、きっとあなたを幸せにしてくれるわ。そして、私もクラウスに幸せにしてもらうから」
ニッコリと幸せそうに笑うリアーシャ様が何を言っているのかさっぱりわからない。
いや、わかりたくもない。
それでも、隣に座る男は私の肩を抱き続けている。その手に私は嫌悪しかない。
「離してください」
嫌悪のあまりするりと口から出てくる言葉は、いつもより冷たく感じる。
「あら、早速嫌われているわよ。貴方」
私の言葉を聞いて、楽しそうにくすくすと笑うリアーシャ様。
「あぁ、失礼しました。可愛い人は照れているだけだ。貴様はさっさとクラウスのところにでも行けばいい」
私に、とろけるような笑みでそう言った後、トレース陛下はリアーシャ様に向けて冷たい口調でそう言う。
「そうね、そうしたいのは山々なんだけど、ジュリアの来ているドレスをいただけるかしら?」
リアーシャ様はトレース陛下のその態度に動揺するでもなく、あっさりと流していた。
が、私には流せない一言を言っている。
「・・・ドレスを?・・・」
「そうよ。私が貴方のフリをしてクラウスのところに戻るんですもの。まぁ、クラウスには顔を見られればすぐにバレるでしょうけど、気分が優れないとでも言って顔を伏せていれば、あちらに着くまでは持つでしょう?」
「あちら・・・・?」
「そう。私たちの母国であるイングラシャ国よ。あちらに着いたとき、一緒にいるのが私だとしたらどうなるかしら?ふふ、それを考えるだけでおかしいわ」
リアーしゃ様の言葉に私は、ふと両親の事が浮かんだ。
「私たちが、公爵家として生まれた双子でも、王家として生まれた双子だとしても、貴方のご両親はどうなるかしら?」
その言葉に、私はスッと血の気が引いた気がした。
「や、やめて!!」
思わず大きな声を上げると、リアーシャ様はにっこりと笑った。