幕間 ~クラウスとブレンダ~
今日はジュリアが午後の時間に来ないと伝言があったので、私はその時間も休まず執務に当たっていた。
すると、何の沙汰もなく扉が開かれた。
「クラウス!!貴方、ジュリアに何を言ったの!?」
勢いよく部屋に飛び込んできたのは、母上だった。
「・・・・一体何の事でしょう?というより、もう少し静かに入って来ていただけませんか?」
呆れたように溜息をつくと、母はそんな事気にもせずずかずかと私の机の前までやってきた。
「・・・貴方、昨日私に怒ったわよね?ジュリアに余計な事を言うなと」
「えぇ。全くその通りですが、反省して頂けましたか?」
昨日、ジュリアが部屋に戻った後、すぐに使いを出して母の部屋を訪れた。
そして、ジュリアに言った事を聞きだし、それを窘めた。
「貴方はジュリアになんて言ったの!?まさか、子供はいらないなんて言わなかったでしょうね!?」
母の言葉に私は何もなく頷いた。
「い、言ったの!?子供はいらないと!?」
全く何をそんなに驚いているのか。理由は知っているだろうに。
「ええ。今はまだ子は必要ないと言いましたが?」
そう、今はまだ・・・。
私の言葉に、母は片手で目を覆う様に溜息を吐きだした。
「っはぁ~・・・。だからなのね。彼女の様子がおかしかったのは・・・」
母の言葉に思わず眉を寄せる。
「様子がおかしかった?」
昨日は普通にこの部屋を後にした。その後、何かあったのだろうか?
「貴方、馬鹿?なぜそんな事を言ったの!?」
なぜと言われても、まだあの問題も解決していないうちから子を作ってもジュリアが不幸になるだけだ。
無言で抗議の視線をやれば、母はそれを読みとったかのように再び溜息をついた。
「おかしい・・・。私、こんな息子に育てた覚えはないのに・・・」
母のつぶやきに、私だって母に育てられた覚えはないと言いたい。もちろんある程度の親子のコミュニケーションはあったが、教育や育児は家庭教師や乳母の役目だ。
「ジュリアはあの事を覚えていないのでしょう?それなのに、そんな事を言ってしまえば誤解を与えるに決まっているでしょう!?」
母の言葉に首をかしげる。
「そう思ったから、私はまだと言いましたが?」
「あなた・・・。どうして、そういうところはお父様にそっくりなの!?ねぇ、これって遺伝!?遺伝なの?!」
たまにキレると母はおかしくなる。
元王妃として凛としていた母の姿が懐かしい。
「・・・一体、何が言いたいのですか?」
訝しげに母を見やると、キッと見返され机を両手で叩かれた。
「ジュリアは、あなたが子が欲しくないんだと誤解してるわ!絶対よ!!彼女はただでさえ、子供の事に敏感なのに、そんな事を言ってしまえば自分の事を責めるに決まっているでしょう!?」
母の言葉に私はハッとした。
決して、ジュリアとの間に子を授かりたくないと言う訳ではない。
今は時期尚早と言うだけで・・・・。
しかし、母の言うとおりきちんと伝わっていないのだとしたら・・・・。
私は、昔、彼女の言った言葉を思い出した。
今は彼女が忘れている事・・・。
『私は生まれてはいけなかった子供・・・。必要のない子供なの・・・』
幼かった彼女が言った言葉。
私は、椅子から立ち上がると、母を残し部屋を後にした。