30
「お忙しいところ申し訳ありません」
昨夜は伝言の通り、クラウス様が寝室へ訪れる事はなかった。
がっかりしたのとほっとした気持ちに、苦笑しながら眠りに着いた。
そして今、昨日言われていたいつものティータイムに執務室を訪れていた。
「いいや、こっちこそ、昨日はすまなかった。話とはなんだい?」
未だ、机に向かって仕事をしているクラウス様に気づかれないよう溜息を一つ着くとクラウス様の傍まで近づいた。机に落ちた私の影に、クラウス様は私の方へと顔を上げる。
「?どうした?」
私は思い切って全て正直に話す事を昨日一晩考えた。
「はい、先日ブレンダ様とお茶をさせて頂きました」
「母上とか?それが、どうかしたか?」
「・・・はい、ブレンダ様より子供を作りなさいと申し遣いました」
私の言葉にクラウス様の手が止まる。
「・・・子供か・・・・」
驚いたようにつぶやいたその言葉が、重く私の心にのしかかった。
クラウス様のその言葉は決して明るいものではなかったからだ。
「・・・ジュリアはどう考えているんだ?」
まさか、そんな風に聞いてこられるとは思ってもいなかったので少し驚いた。
「私ですか・・・・・」
どう考えているか・・・・。
もちろん、出来るのであれば子供を産みたい。それは後継ぎが必要だからという事ではなく、純粋にクラウス様との子供が欲しいと思う。
でも、それを言葉にしてもよいのだろうか・・・。
悩んでいるとクラウス様が口を開いた。
「・・・私は正直・・・・まだ子は必要ないと思っている」
「えっ!?・・・・・・」
クラウス様の発言に私は驚いて、思わず声を上げた。
まさか、そんな風に思っているなど夢にも思っていなかったのだ。
「し、しかし、クラウス様はこの国の王ですよ・・・・」
何と言えばいいのか、思わずわかりきっている事を口に出す。
もちろん、後継ぎが必要だと言いたいのだが・・・・。
「・・・わかっている。私の子供が必要だと言う事は・・・・しかし・・・・・」
そこまで言うとクラウス様は口を閉じた。
私も思っている以上にクラウス様の言葉にショックで言葉が出ない。
まさか、子を必要としていなかったなんて・・・・・。
「・・・母上には私の方からきつく言っておく。ジュリア、君もあまり深く考えないでくれ」
クラウス様の言った言葉が全く理解できなかった。
深く考えるなとは一体どういう事なのだろうか?子が必要ないとは一体どういう事なのか・・・・。
ふと、気付けばいつの間にか私は自分の部屋のベットに腰かけていた。
あの後、クラウス様の執務室からどうやって返ったのか覚えていない。
・・・・もしかして、いままでも『出来なかった』のではなく『授かろうとしなかった』のだろうか?
疑いたくないけれども、先程の言葉に私はその想いを拭う事が出来なかった。
「ジュリア様、どうされましたか?」
傍にいたエリーナの声に私はゆっくりとそちらを向いた。
「・・・エリーナ・・・」
彼女の姿を見ると何かがぷつんと切れ頬に涙が伝った。
「ジュ、ジュリア様!?」
私の涙を見てエリーナが慌ててハンカチを差し出してきた。
「どうされたのですか?国王様に何か言われたのですか!?」
エリーナの言葉に何も言えず、ただただ首を横に振るしかなかった。
言えるわけがない。クラウス様が子供を望んでいないという事など。
一国の国を支える王が、後継ぎに関して放棄したとなればいい笑い物だ。
いや、笑い物で済めばいいが、それこそ次代の国王について争いが起こる事など目に見えている。
彼はそれをわかった上で、私にあのように言ったのだ。
・・・なんて、そんな事は詭弁だ。本当は私との子を望んでいない事が悔しく、悲しい。
クラウス様が愛していると言ってくれた言葉を信じれなくなりそうだった。
そんな私の様子をみて、エリーナはそっと私を抱きしめて背中をさすってくれた。
「・・・申し訳ありません。出すぎた事を申しました。もう、何もお聞きしませんから、思う存分泣いて下さい」
その言葉に、更に私は涙が止まらなくなった。
エリーナは姉の様に頬笑み、何も言わず私に寄り添ったまま優しく撫でてくれた。
私は彼女のぬくもりに甘えたまま本当に意識がなくなるまで泣きつくしてしまっていた。