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「ジュリア!私たちそっくりだと思わない!?」
姿は愛らしく、声は天使が喋っているのではないのかと間違うほど透き通った声で私に話しかけるのは祖国の王女リアーシャ様。
「そんな!恐れ多いですわ!!」
思い切り首を横に振るのが私、トルファ大公爵令嬢ジュリア。
昔から、父に付き添って王宮へと足を運んでいるため、同じ年のリアーシャ様とは仲もよく友達のように接してもらっていた。
「あら!だって髪の色も瞳の色だって同じでしょう?それに、私たち顔のパーツもそっくりなのよ?」
あかるくにっこり笑うリアーシャ様。姿だけでなくお心まで綺麗な方。
「リアーシャ様。この国の者ならほとんどが髪の色も瞳の色も一緒ですわ。パーツは似ていてもお顔立ちが違えばお顔は全然変わってきますよ?」
くすくすと笑いながら、楽しい一時を迎えていた。
そこは王宮の一角の庭だった。
それも王宮の入口に近い・・・・・。
遠くでそれを見ている人たちがいたなんて全然気付きもしなかった。
「あそこにいる可憐な女性たちは誰だ?」
その当初、仕事で祖国に訪ねて来ていたクラウス様が近衛に聞いた。
「あぁ、あれはたぶんこの国の王女と大公爵様のご令嬢でしょうね」
その時私たちは花の冠を作っていた。
そして、それを持っていたのはリアーシャ様。
「あの、花を持っている方はどちらだ?」
その時、リアーシャ様は私にその冠を被せてくれた。
そして、近衛はクラウス様に向けていた視線をこちらに向けて言ったのだ。
「あれは大公爵様のご令嬢です」
その時、クラウス様はリアーシャ様に釘付けで、近衛が自分の方を見ていたなど思ってもいなかったのだろう。
そして、近衛はリアーシャ様の手から私に花冠が移ったところなど見ていなかったのだろう。
ありとあらゆる偶然で、クラウス様は自分の惚れた相手の名前を間違って覚えることとなった。
そして、そのままクラウス様は我が公爵家にやってきて、私を王妃にと申し出たのだった。
なぜ、それがわかったかって?
それは、初めてお会いした時にわかりました。
「・・・なんだか、庭でお見かけした時とイメージが違うようですが・・・・」
初対面でそんなことをいうクラウス様もどうかと思うのですが、根が素直な方なので思わず口から出てしまったのだろう。
「・・・いつのお話ですか?」
私が尋ねると、クラウス様は教えてくれた。
それはリアーシャ様とおしゃべりをしていたあの時だと。
そして、手にもつ花冠がとても似合っていたと。
私は、リアーシャ様に花冠を被せられ、そのままでいて、というリアーシャ様のお言葉通り、王宮に入るまで頭の上に花冠があった。
そこで、ハッと思った。
これは、もしかして勘違いされているのではないかと。
他国の王様にそれを指摘するのもどうかと思い私は父に相談したら、父はそれを黙っていろと言った。
この結婚で友好関係が築けるのだと。それも、願ってもいない大国と。
「しかし、王様を騙すことになりますわ!」
父の言うこともわかるのだが、クラウス様が恋い焦がれたのはリアーシャ様だった。
「・・・お前はリアーシャ様の幸せを奪うのか?」
父は私を一睨みするとそう言った。
リアーシャ様の幸せ・・・。
その頃、すでにリアーシャ様は想い合っている婚約者がいた。
なんだかんだあったのだが、無事2人は想いが通じ今は幸せの絶頂期だった。
「・・・そんなこと・・・」
したいと思う訳ない。
リアーシャ様のあの笑顔を奪うような真似は・・・。
「だが、リアーシャ様の婚約者とエルステリア国の国王。どちらが力が上かわかっているだろう?」
父は暗に私が断ればリアーシャ様の笑顔を奪う結果になることを仄めかした。
そして、私に残された道が一つということも・・・・。
クラウス様を騙すことはすごく心苦しかったのだけれども、リアーシャ様の幸せには変えられなかった。
そして、私はリアーシャ様が言っていたように、似通ったパーツを駆使して化粧でリアーシャ様に近づけるよう誤魔化したのだった。
結婚してからのクラウス様はとても優しかった。
あの時の女性が私だと思っているからだろうか?
側にいて、私はクラウス様にどんどん惹かれていった。
そして、この人の妻になれて心の底から喜んだ。
だけど、神様っているんだろうか。
私たちの間には全くと言っていいほど、子供ができる兆候が見られなかった。
「やはり、悪い事って出来ないものよね」
事情を知っているエリーナはなんとも言えない顔でこちらを見ていた。
「しかし、クラウス様は現在のジュリア様を愛していらっしゃると思いますよ?」
エリーナの気持ちは嬉しかったが、それは違うと私は思っていた。
「そうね、確かにクラウス様は愛して下さっているわ。でも、それはリアーシャ様の真似をしている私を愛してくださっているのよ。つまり、本当の私を愛して下さっているわけではないのよ」
苦笑気味に笑う私にエリーナは困った顔を見せた。
エリーナを困らせるつもりじゃない。
だけど、私が耐えられなくなってきていたのだ。
本当の私ではないジュリアを愛しているクラウス様に。
本当の私を見てほしいと思う私のわがままに。
「・・・そんなことないと思います・・・・」
泣きそうな顔をしているエリーナに私は苦笑する。
「あなたが泣かなくてもいいのよ?これは始めから解っていたことだもの」
そう。初めから解っていた。
私が彼に惹かれる事も、そして、彼が本当の私を愛してくれないことも。
「だからね、私もそろそろお役御免をしようかと思ったのよ」
リアーシャ様の代わりになる事はもう疲れきってしまった。
そこに新しい側室がくる話。
愛している人の子供がいれば違ったのかもしれない。
だけど、この一年、私のもとに彼の子供が宿ることはなかった。
その上、他の女の人の元に通って、その人と子供を成す。
そうなったら、私の心は壊れてしまうかもしれない。
そんなところを見たくなかった。聞きたくなかった。
だから、私は逃げることに決めた。
「・・・しかし、クラウス様が許して下さるでしょうか?」
・・・・そこは頭を抱えるところだった。
王族の離縁はそう簡単に行かない。
国王となればなおさらだ。
もし、離縁が出来ないのであれば、せめて、この王宮から離れたかった。
「とにかく、私、明日話してみるわ」