26
「・・・・どういうつもりだ」
ウィルト殿下が退室し、2人きりになった謁見の間にクラウス様の低い声が響く。
「・・・出すぎた事をして申し訳ありません」
再びクラウス様に向かって頭を下げる。
「そうじゃない!!どうしてあのような事を言った!悪いのはこの私だ!お前は悪くないだろう」
怒鳴りながらも頭を抱えるクラウス様。
「・・・いいえ。私も悪いのです。クラウス様にここまでさせてしまったのは私です。もっと早く・・・・自分の気持ちを伝えていればよかったんです。そうすれば、この様な事にはならなかった」
クラウス様は無言で私の傍までやってくる。
「私は今とても幸せです。クラウス様に愛されている事がわかったから。だから・・・・リアーシャ様にも幸せになって欲しいのです。私の所為でリアーシャ様の幸せを壊す様な事はしたくない・・・」
ふと、頬にクラウス様の手の温もりを感じた。
「・・・泣くな」
そう言われ初めて自分が泣いている事に気付いた。
私の不甲斐なさで悲しい思いをしてほしくない。
私の為をいつも思ってくれていたリアーシャ様の幸せを壊したくなんてなかった。
「お前は悪くない。すべて私が悪いんだ。私はジュリアを手放す事などできない」
苦笑しながらそういうクラウス様の瞳はなぜか悲しそうで思わずその頬に手を添えてしまった。
「クラウス様・・・。私は貴方に愛されてとても幸せです。私は貴方の事をとても愛しているのです」
そっと私の手を包み込むようにクラウス様の手が添えられ私たちはどちらからともなく唇を合わせた。
****************************
「・・・ごめんなさい。ジュリア」
リアーシャ様は申し訳なさそうに私を見て言った。
「いいえ。私の方こそ申し訳ありませんでした。もっと早くクラウス様と話し合っていればよかった」
リアーシャ様は明日朝に祖国に帰る事となった。
もちろん、ウィルト殿下とご一緒に・・・。
「ウィルトには私からちゃんと話しておくわ。今の彼は聞く耳を持たないけど、話したらわかってくれる人よ。今回の事も悪いのはジュリアではないとね」
リアーシャ様はウィルト殿下の事を聞くなり、殿下に直接話をしたらしい。
けれど、今のウィルト殿下はこのようなところにリアーシャ様を置いておきたくはないと一点張りで話をまともに聞いてくれる様子ではないとのことだった。
それは仕方のないことだと思う。自分の婚約者が知らないうちに側室になったなどの話を聞けば冷静でいられることはないだろう。
それこそ、リアーシャ様達はとても大変な思いをして結ばれた2人だ。
それを乱す事は彼にとってはとても耐え難い思いだったかもしれない。
そんな彼の思いを考えると胸が傷んだ。
「いいえ。おやめ下さい。私はこれで良かったんだと思います。ご迷惑をかけたのは私の方です。リアーシャ様まで巻き込んでしまって申し訳ありません。こんなお怪我までさせてウィルト様がお怒りになるのはごもっともです。リアーシャ様・・・・・どうかお幸せになって下さい」
「これは私が自分でやってしまった事でしょう?貴方は何も悪くないわ。ジュリア・・・。これで最後ではないのよ?そんな顔しないで?」
困ったように笑うリアーシャ様はきっと私の心を見抜いているのだろう。
「私だって、貴方がこの国に嫁ぐ時、とってもさみしかった。私のジュリアが人のものになっちゃうんだって。だけどね、私たちはいつでも繋がっているわ。だって親友でしょう?」
そう、なんだかリアーシャ様を取られてしまう様なそんな喪失感が心の中で燻っていた。
もちろん、幸せになってほしいと思う心の方が勝っている。
だけど、そんな小さな燻りを見破られてますます俯いてしまう。
「リアーシャ様・・・」
「ジュリア。・・・・私たちこれからお互い違う道を歩いて行くの。だけど、それは別れじゃないわ。お互い成長する為に必要な道。私ね、貴方があの時連れてこられた子で良かったって心の底から想うの。貴方以上に私の事をわかってくれる人はいないわ。だからね、離れても大丈夫。私たちはきっと幸せになれる」
リアーシャ様の言葉に私は想いが溢れる。
「私も、リアーシャ様以上に私の事をわかって下さる人なんていません。心よりお祈りしております。どうか・・・どうかお幸せに」
今度こそ心の底から言えた。
今、謝罪をする事はリアーシャ様にとって望む言葉ではないと思った。
そして、今一番私の口から聞きたい言葉はきっとこれだと思う。
リアーシャ様をまっすぐ見つめると、彼女は昔の様に天使が微笑むかのような笑顔を見せた。
その瞬間、彼女が幸せにウィルト殿下と並んでる姿が思い浮かんだ。
それはとてもとても幸せそうに・・・・。
そして、明朝リアーシャ様は祖国へと戻って行かれた。