19
心臓の音がこんなにも聞こえる事なんてあっただろうか?
自分の足音がどこか遠くの方でなっているかのように聞こえる。
「ジュリア様!落ち着いて下さい!!」
後ろから追ってくるエリーナに手を掴まれてハッと我に帰る。
「はぁっ、はぁ・・・・・。ジュ、ジュリア様・・・・・。リアーシャ様は今は眠っておられます。今伺われるのはいかがなものかとっ・・・・」
先程、エリーナの言葉を聞いてから、無意識のうちにリアーシャ様の部屋へと足を進めていた。
「あっ・・・・。そ、そうね・・・・・」
手首をつかんでいた手が離れる。
エリーナは息を整えると私の方を向いて言った。
「ジュリア様。とにかく一度お部屋にお戻りください」
そう言うとエリーナはそっと私の肩を支えてくれた。
「・・・私のせいだわ・・・・・」
そのひと言ですべてを察したのか、エリーナは目を開き首を横に振った。
「いいえ。ジュリア様の所為ではございません。思い出してください。リアーシャ様は国王様を好きなわけではないとおっしゃっていたではありませんか」
「・・・いいえ・・・。それは、きっと私の為に思って言って下さった事だわ・・・・」
私はあの時に言われた言葉を思い出していた。
心の綺麗な方。
あの方ならばきっと私の為にそういったに違いない。
「・・・そうでしょうか・・・・」
エリーナはなおも私の言葉を否定する。
「そうよ!・・・そうでなければ、なぜ・・・・なぜ、王族のリアーシャ様が側室などになると言うの!?そんな事あっていいはずがないのに!!」
リアーシャ様の事を一瞬でも忘れてしまった自分の情けなさにどんどん募る感情があふれ出して止まらない。
「・・・・ジュリア様・・・・」
「・・・申し訳ございません。出すぎた事を申しました。・・・とにかく、今はお部屋に戻りましょう」
エリーナは頭を下げると、私を支えたまま部屋へと急いだ。
私は、心の中に渦巻く自分の感情をどうすればいいのかわからなかった。
尊敬していたリアーシャ様が自害をされたと言う事実にどうしても自分の所為だとしか思えなかった。
だからといって、もうクラウス様を譲ることなど考えられない。
それなのに、リアーシャ様に幸せになってもらいたいなんて甘い事を考えている。
自分がリアーシャ様から奪ったのに・・・・。
気づけば、頬に冷たいものが伝っていた。
私に泣く権利なんてないのに。
そう思うと、泣いている事さえ情けなくなる。
「ジュリア様!そんなにお顔をこすられたら・・・!!」
涙を流す資格のない私は想いきり袖で涙をぬぐった。
それを横から止めようとするエリーナの手を振り払って。
「いいの!!ほっておいて頂戴!これくらい何!?リアーシャ様はもっと酷い傷を負っていらっしゃるのよ!それなのに、私はっ・・・・!!」
情けない情けないっ!
「・・・・やっぱり、私がここにいてはいけないの?・・・・・」
ふと、力が抜けると無意識のうちにぽつりと言葉がこぼれ落ちる。
「そんな事あるわけないではありませんかっ!!」
思い切り否定するエリーナの言葉に思わず眉を寄せ私は反論しようとした。
だけど、その瞬間聞こえないはずの声が聞こえた。
「侍女の言うとおりだ」
ふと、振り返るとそこには今朝見た姿のままのクラウス様がアルバートとともに立っていた。
「ジュリア。約束しただろう?私と共にある事を。その約束をもう破るつもりかい?」
クラウス様の言葉に止めた涙が再び溢れだしそうになる。
「・・・・クラウス様・・・・」
エリーナはクラウスの登場に目を丸くしながらも、私の傍を離れ頭を下げていた。
そんなエリーナの横を通り過ぎクラウス様は私のすぐ傍までやってきた。
「ジュリア。リアーシャの事は心配するな。命に別条はない。少し手首を切っているが傷は深くないし、直に良くなる。・・・・ただ、君はすこし彼女に会いに行く事を控えなさい。彼女の心を想えば時間を置く事が大切だよ」
ポンと頭の上に置かれた手のぬくもりに喜びを感じながらも、クラウス様の言葉に愕然とする。
「・・・リアーシャ様が私に会いたくないとおっしゃったのですか・・・・・」
当然かもしれないがその事に酷く心が痛む。
「そうじゃない。彼女は何も言わない。ただ、今はそっとしておいてやろうと思う。彼女の事は私達にまかせて、君も少し休んだ方がいい。・・・・いいかい?この事は君のせいではない。自分を責めたらいけないよ?」
そういうと額にキスを落としてクラウス様は来た道を戻っていく。
クラウス様の姿が遠のくのを確認して、クラウス様の後に続こうとしていたアルバートを引きとめた。
「アルバート。待って」
どうしても聞いておきたい事があった。
「・・本当の事を教えて頂戴。やはり、リアーシャ様は私に会いたくないと・・・・・」
最後まで言う前にアルバートが言葉を重ねる。
「いいえ!それはクラウス様のおっしゃったとおりです!・・・・彼女は今、何も話されないのです。どうしてこんな事をしたのかも・・・・・」
アルバートはそこまで言うと、再び頭を下げてクラウス様の去った方へ走り去った。
「・・・ジュリア様・・・・」
私たちのやり取りを見ていたエリーナはそっと私の傍によって再び肩を支えてくれた。
「・・・・エリーナ・・・。私・・・」
「ジュリア様。大丈夫ですよ。・・・・国王様もおっしゃっていたではありませんか。とにかく、今はお部屋に戻ってゆっくりお休みください」
そう言われ、私はエリーナに肩を抱かれながら部屋へと戻った。