01
さて、ひとつ連載が終わりましたので、新たな連載を始めました。
お時間があるときに覗いてみてください。
これだけは・・・・・。
これだけは、あの人に知られてはいけない。
「ジュリア様。支度が整いました」
侍女のエリーナが私を鏡の前に座らせる。
「ありがとう。さすがエリーナね。今日もとても綺麗に仕上がっているわ」
鏡の中の自分を見てるとまるで別人だった。
「・・・ジュリア様。そんなにお気になさらなくても宜しいのではありませんか?」
鏡越しに私をみて言うエリーナに私は苦笑する。
「ダメよ。だって、あの人は美しい女性が好きなんだもの」
あの人。
それは、私の夫であり、この国の国王であるクラウス・エルステラ。
「しかし、ジュリア様、ここまでしなくても貴方は十分お綺麗ですわ!」
毎度のことながら、エリーナのお世辞に私はいつも救われる。
「・・・ありがとう。嘘でも嬉しい」
これも、毎度の返事だ。
何を言っても聞かない私に諦めたのか、肩を落とすエリーナにいつもこんな事を言わせて申し訳ないと思いながら部屋を後にする。
エルステリア国、王妃ジュリア・エルステラ。
それが今の私。
1年前、この国に嫁いできた。
4つの大きな大陸があるうち一番大きな大陸ユージニア。その中でも一番の大国が我が国だ。
そして、私の祖国はユージニアの中でも最も平和な国とされていた。
争いもなく、自然の多い土地だった。そんな土地に来て私を見染めて下さったのが私の夫だ。
だけど、あの時は・・・・・。
いけない。またあの時の事を考えてしまった。
もう、結婚した以上どうしようもない事だもの・・・。
首を振る私に、エリーナが声をかけた。
「ジュリア様。着きましたよ?」
ふと、その言葉に顔を上げて見れば目の前には重厚な扉。
「国王がお待ちです」
そう言って扉が開けられた先に私は一人で入っていく。
「クラウス様」
机に向かって仕事をしている夫に声をかける。
「ジュリアか。そこに座って待っていてくれ」
そこと言われたのが、いつものソファだと言う事は心得ている。
これも毎日言われる事だ。
夫、クラウスとはいつも午後のお茶を共にする。
これは別に決まりがあってしているわけではないのだが、新婚当初私に気を使ってくれたクラウスが誘ってくれて以来、毎日の日課となってしまった。
「待たせたな」
ふと顔をあげると向かい合って座る夫の姿。
「いいえ。お仕事ご苦労様です」
クラウスに用意してあったお茶を差し出す。
それをクラウスはにっこり笑って受け取る。
こんななんでもない事が今の私には最大の幸せだった。
「・・・・ジュリア」
一口カップに口をつけたかと思うと、クラウスは俯き気味に話し始めた。
「近いうち、側室を設けることになるかもしれない」
その言葉に私は一瞬固まった。
結婚して1年。
夫婦の契りはあるもののなかなかできない跡継ぎに重臣たちが苦言していたことは知っていた。
「・・・そ、そうですか」
なんでもないふりをしたかったが、さすがに動揺を隠せなかった。
「これ以上跡継ぎが出来ないのならばと、どうしても断り切れなかった。すまない」
クラウスは申し訳なさそうに頭を下げる。
「・・いいえ。謝らないで下さい。私に子供が出来なのが悪いのです」
なぜだろう。2人とも問題があるわけでもないのに子供が出来ないのは・・・・。
「ジュリア!私が心から愛しているのはお前だけだ!たとえ側室が来ようと私は側室の元へ渡ることはしない!」
クラウスは私の手を握りそう言った。
しかし、そんなことが出来るはずがない事はわかっていた。
「・・・お気持ちだけで、私は嬉しいですわ。この国の為に、子供は必要です。私が子を生して差し上げられないのですから、そんな事はおっしゃらないでください!」
本心ではなかった。
しかし、私たちはただの夫婦ではない。
国を背負う国王と王妃なのだ。
例え、自分の夫が他の女を抱こうとも私はそれを許さなければならない立場なのだ。
「・・・・ジュリア・・・」
私よりも泣きそうになっているクラウスに苦笑しながら、私たちは恒例のティータイムを終えた。
クラウスの執務室を出ると私はすぐに部屋へと戻る。
まだ泣いてはいけない。
どこで誰が見ているのかわからないのだから。
部屋へ戻るまで私は王妃の笑みを顔に張り付けたまま廊下を優雅に歩く。
すれ違う侍女や従者達に笑みを振りまき、その笑顔に悲しみなどにじませずに・・・。
部屋に入ると私はベットにうつ伏せた。
我慢していた涙をぼろぼろとシーツへと落とす。
一緒に化粧まで落ちるものだから、今の私の顔はひどいことだろう。
そこに、扉からノックの音が聞こえる。
「ジュリア様?エリーナでございます。入ってもよろしいですか?」
扉の向こうから聞こえた声はエリーナだった。
「・・・入室を許可するわ・・・」
エリーナ以外の人にこんな顔は見せられない。
エリーナは私が祖国にいた時から私についていた侍女だった。
「失礼します。・・・・まぁまぁ。どうなさったのです?」
私の酷い顔をみて驚いているのか、泣いているから驚いているのか。
どちらにしてもさほど驚いてはいないエリーナに私は、先程の話をした。
「・・・そうですか。ご側室が・・・・」
それだけ言うとエリーナは目を伏せた。
話をする間、エリーナに化粧をとってもっらっていた為、再び私は鏡の前に座っている。
「・・・でも、良かったのかもしれない。これを機に私は王妃の座を降りたほうが・・・」
鏡の中の人物は先程までいた人物とは全くの別人だった。
「まぁ!そんな事ありませんわ!!クラウス様はジュリア様の事をとっても愛していらっしゃるではありませんか!側室が来られたからと言ってジュリア様が王妃を辞める必要がどこにあるのですか!!」
エリーナはそう言うが、元々私はここにいることが間違っていたのだ。
それならば、相応しい人がここに来るべきだと思った。
そう・・・・。
すべては1年前のあの日から間違ったばかりに・・・・。