17
「クラウス様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
クラウス様の部屋に入ってすぐに私は頭を下げ、これまで会わなかった事を謝った。
「・・・・ジュリア・・・・・」
仕事をしていたであろうクラウス様が固まったのが見ていなくてもわかった。
「・・・・本当によろしいのですか?」
エリーナは私が部屋を出る前にそう聞いた。
それもそうだろう。
今の私はリアーシャ様の姿をしていたわけではないのだから。
「いいのよ。話せばわかってくれると言っていたのは貴方でしょう?」
にっこりと笑いそういうが、エリーナは心配でしょうがない様だった。
「・・・私も、嘘をつく事に疲れたの。最後になるのなら、きちんと本当の事を知っていて欲しいのよ」
そう言ってなんとかエリーナを宥めクラウス様の元へやってきたのだ。
「クラウス様。大事なお話があります。少し私の為にお時間頂けますか?」
そう言って顔を上げるとクラウス様はハッとしたように私にソファーへ座るように促した。
いつもの指定席・・・。ここに座るのもこれが最後になるだろう。
そこに腰かけると、クラウス様の侍女が用意したお茶が目の前に置かれた。
それを手にして、一口口に含んで自分を落ち着かせる。
「・・・・ジュリア」
目の前に座るクラウス様が私の名を呼ぶ。
私は、手にしていたカップを元の位置に戻すとスッと背筋を伸ばししっかりとクラウス様の目を見て口を開いた。
「・・・驚かれましたか?でも、これが本当の私なのです。今まで騙していて申し訳ありませんでした。これから、全てをお話致しますわ」
そう言って、にっこりとほほ笑むとクラウス様は口を閉じ、無言で私に先を促した。
私は、これまでの経緯を全て話した。
途中何度も言葉に詰まりながら・・・・・。
「・・・・私はあるべき姿に戻る事に決めました。これ以上嘘をつく事が辛くなったのです。傍でお2人の姿を見ることにも耐えられません。いままで、本当に申し訳ありませんでした。私がこんな事をしなければお2人はもっと早くに出会えていたはずなのに・・・・。クラウス様・・・本当に愛していらっしゃる方とお幸せになって下さい・・・・」
そう言って席を立とうとした。
が、それはクラウス様によって阻まれた。
「全て知っている」
そのひと言で。
「・・・・・・え?」
思わずクラウス様を見た。
すると、クラウス様の鋭い視線が私に突き刺さる。
今まで見ていた優しい瞳ではなく、怒りでいっぱいになった瞳。クラウス様を纏う空気がまるで震えているようだ。
そんな彼に思わず私は竦みあがった。
「・・・ジュリア」
今まで聞いたこともないくらい地を這う様な低い声。
クラウス様が席たってこちらに近づいてくるが私は動けないでいた。
「ジュリア」
隣りに座りそっと私の頬を撫でる。
「は、はぃ・・・・」
声が裏返っていたが今はそれどころではない。
なぜだか、クラウス様の視線をそらせずにいた。
「お前は、私を甘く見すぎている」
顔を近づけられ、耳元でそう囁かれるとなぜだか背筋がぞっとする。
「この1年お前は私の事をまったく信用していなかったのだな」
ふと離れたクラウス様の存在にほっと胸をなでおろすのも束の間、今度は手を取られてそっと口づけられる。
吃驚してその手を引きもどそうとするがそれを強く握られ阻まれる。
「・・・・放さないと言ったはずだ」
その言葉にクラウス様を見るとその瞳に怒りはなかった。
「・・・クラウス様・・・・?」
そっとクラウス様の名を呼ぶと彼は私の手を離し盛大に溜息をついた。
「っはぁぁぁぁぁ~・・・・・・・・。お前はどこまで私の事を信用していないのだ?」
クラウス様の言っている意味がわからず思わず首をかしげる。
その姿を見たクラウス様が再び溜息をついた。
「・・・一度会えばそれがリアーシャではない事くらいすぐに気付いた」
その言葉に私は目が飛び出てしまうのではないだろうかと思うほど吃驚した。
「当たり前だろう。人を見る目は嫌と言うほど養われているのだ。見てわからない訳がないだろう・・・・」
呆れたようにそういうクラウス様に私は思わず言葉が零れた。
「で、でも!あの時はそんな事一言も・・・・!!」
我が家へ訪れた時には何も言わなかった。
「・・・あれは・・・・・・お前に一目ぼれしたのだ」
今までの勢いはどこへやら?最後の言葉に自分の耳を疑った。
「・・・・・・・は?」
私の反応にクラウス様は顔を真っ赤にさせながら叫んだ。
「・・・・っ!彼女を守ろうとしているジュリアに一目ぼれしたのだ!!!!」
その言葉を理解するまでにしばらくかかった私は理解したと同時に思わず叫んでしまった。
「・・・・・・・・・・・・・えええっ!?」
その叫び声を聞いてエリーナが国王の執務室であるのにもかかわらず飛び込んできた。
「ジュリア様!!!!」
勢いよく扉を開けば、エリーナの目に映ったのは真っ赤になった2人が仲睦まじく手を握り合い慌てていた。
「・・・・ジュリア様?・・・・・クラウス様?」
訳のわからないエリーナに、クラウスはいち早く自分を取り戻しエリーナになんでもないと言うと再び外で待つようにとその場から追い出した。
「・・・・はぁ。ジュリア。私はこれまで嫌と言うほど色々な奴を見てきた。私に媚びへつらう奴も、私を殺そうと企んでいる奴も・・・・。そんな私が気付かないわけがないだろう?」
「で、でしたら、なぜ!!なぜ、それをおっしゃってはくださらなかったのですか?」
クラウス様の言葉に私は思わずクラウス様に掴みかかる勢いで問い詰める。
「それは・・・・・・・・・お前を手放したくなかったからだ」
ぼそりとつぶやくクラウス様に私はもう何も言えなかった。
「必死にその事を隠そうとしているお前をみてしまうと何も言えなくなった。それに・・・・それを気づいていたと知ったらお前が国に帰ると言いだすかと思っていた。・・・・・情けないな。国の事ならば即座に結論をだせるのに、お前の事となるとどうしても戸惑ってしまう。もし、国に帰りたいと言われたら?知っていた事を知られて嫌われてしまったら?そう思うとどうしても言えなかった・・・・。事実、お前が離縁したいと言い出した時は、思わず鎖で繋いで私の部屋から出さないでおこうかと思ったくらいだ・・・」
最後は聞き捨てならない事を言われた様な気がしたのだが、そう言って頭を垂れるクラウス様を見ていると思わず手を伸ばしてしまった。
しかし、その手を取られると獲物をとらえた様な眼で私を見ていた。
「ク、クラウス様!!」
思わず手を引っ込めようとしたが強く握られそれも叶わなかった。
「・・・ジュリア。信じてくれ。私は君が好きだ。ジュリア・エルステラを愛している」
まっすぐに見つめてくる瞳は、クラウス様の想いを物語っていた。
「・・・・・クラウス様・・・・。わ、私も・・・愛しております」
こみ上げる想いと共に頬を伝って流れる涙を、クラウス様はそっと拭って私を抱きしめた。
「愛している。ジュリア。これからも私と共にあってくれ・・・・・」
クラウス様のぬくもりが消えたかと思うと、唇にそのぬくもりを感じた。
全てが解決した今、その温もりはいつも以上に優しく心に染み渡っていった。