10
3日後。
1か月前と同じように少ない荷物を馬車に乗せ、リアーシャ様の格好をした私が馬車に乗り込んだ。
本当の姿でいられる時間は終わってしまったのだ。
その上、国に戻ったらクラウス様の側室の方と嫌でも会わなければいけない。
「さぁ、出発しましょう」
あれ以来、私の顔はつねに微笑を保っている。
鏡を見ても完璧だと自分で思う。
王妃としての役目はしっかりと果たせるだろう。
馬車に揺られながら、窓に映る自分の姿をみて溜息がこぼれる。
「・・・・溜息ばかりですね」
ぽつりとつぶやくエリーナの声は私には届く事無く、2週間馬車に揺られ続けた。
******************************
エルステリア国に到着すると、町の雰囲気は変わらず活気づいていた。
「・・・・戻ってきたのね」
窓の外を流れる景色ははこの1年で何度もみた景色に変わって来ていた。
「はい。まもなく城に到着しますよ」
向かい側でにっこりと笑うエリーナに私も頬笑み返す。
城の近くまで来ると、本日舞踏会に招待されている客であろう馬車がひしめき合っていた。
「これでは目立ってしまいますので、裏門から入っても宜しいでしょうか?」
エリーナの問いに私は頷き、彼女は馬車の外へと声をかける。
他の馬車を見送り、裏門の方へ回るとそこでは侍女や従者たちがあわただしく今日の準備をしているようだった。
そんな中、その場に相応しくない馬車の到着に彼らは動かしていた手を止めた。
「・・・到着いたしました。足元にお気を付け下さい」
その言葉の後、馬車から下りて現われた私に、彼ら達は驚きの表情を見せながらも頭を下げる。
そんな姿を見て、慌てて口を開いた。
「皆さん。私の事は気にせず、仕事に戻って頂戴。突然邪魔をしてしまってごめんなさい」
彼らにとっては、王族に会えば当然の事をしただけなのだが、思いもよらず王妃からそんな言葉を貰った事に皆驚き、固まってしまっていた事に私は気付かなかった。
いつもならば、威厳を保つために当然の様に通りすぎていた事をすっかり忘れていた。
しかし、それに気付いたエリーナが慌てて声をかけた。
「さ、さぁ、ジュリア様。お部屋に戻って、舞踏会の準備を急いで行わなくては間に合わなくなります」
そういうとその場を後にし、エリーナに連れられ自室へと向かった。
部屋に向かう途中、クラウス様に挨拶をしなくてはと思ったが彼も準備で忙しいでしょうからと侍女に止められ、そのまままっすぐ部屋へと戻った。
1か月ぶりの自室は塵も埃も見当たらない。
主が留守にしていたなど嘘のようにいつもの景色が広がっていた。
「さぁ、ジュリア様あちらで頼んでいたドレスが届いています。こちらに着替えましょう」
溜息をつく暇もなく部屋に着くなりエリーナと他の侍女たちにドレスを脱がされ、着替えさせられる。
コルセットをギュッと締められ、ネイビーのドレスに身を包んだ。
あちらで頼んでいたベアトップのロングドレス。胸元にはクリスタルがちりばめられ、腰の部分がキュッとしていて大きなリボンが付いていた。そこから徐々に広がっていくドレスはとても上品に見える。そして、胸元にはトレース陛下から贈られたネックレスが着けられる。
ネイビーのドレスに深い赤の宝石はまさにぴったりだった。
「・・・・まるで合わせて作られたみたいね・・・」
思わず苦笑してしまう。
着替えが終われば、鏡の前に座らされメイク、髪のセットと徐々に作り上げられていく。
「出来ました」
後ろから声がかかり、目を開けると鏡の中にいたのは大人の雰囲気を纏ったリアーシャ様にそっくりな自分が王妃の仮面をかぶってそこに座っていた。
「・・・・ありがとう。素敵だわ」
にっこりほほ笑むと、鏡の中の自分は優雅にほほ笑む。
「・・・・ほぅ・・・・。素敵ですわ。ジュリア様」
鏡越しにうっとりと私を見ているエリーナに思わず苦笑した。
以前に戻った感じがしたからだ。
「また、リアーシャ様のお姿だもの。あの方の様にはいかないけどね・・・・」
心の美しさが違う。
そう思った。
その言葉にエリーナが何か言おうとしていたが、扉からのノックの音にエリーナの言葉が発せられる事はなかった。
「・・・・ジュリア様。トレース陛下の使いの者が参りました」
ノックの音は迎えが来た事を告げていたらしい。
思わず息をのみ、鏡を覗き込んだ。
(貴方は王妃。クラウス様に相応しくある様に努めなさい。大丈夫。上手くやれるわ)
心の中でそう自分に言い聞かせると目を瞑り深呼吸をした。
「・・・ジュリア様」
再び呼ぶエリーナの声に目を開けその場を立ちあがると、扉の前で待つ騎士とエリーナとともにトレース殿下の待つ控室へと向かった。
「ジュリア殿!!」
舞踏会の行われる広間前のトレース陛下の控室にて陛下と謁見する。
「お久しぶりでございます。トレース陛下。先日は大変お世話になりました」
扉を開けその部屋へ入ると腰を落とし挨拶をする。
「それから、このような素敵なネックレスを頂きありがとうございます。お礼が遅くなってしまい申し訳ありません」
胸元にきらりと光るそれの礼を言うと、頭の上からくすりと笑う声が聞こえる。
「いいや、着けてきてくれて嬉しいよ。とても似合っている。こちらこそ、急にパートナーを頼んでしまって申し訳なかったね。パートナーを探していたときにクラウスから君と参加しない事を聞いて、それならと思って誘ってしまったんだが、迷惑じゃなかっただろうか?」
胸がズキリと痛むが、表情には出さない。
「とんでもございません!誘っていただけて光栄ですわ」
にっこりと笑ってそう答える。
「そうか。それなら良かったよ。それにしても・・・・また、雰囲気が違うようだが・・・・?」
首をかしげる陛下。
「ええ。実は・・・その事で陛下に謝らなければいけない事がございます」
しっかりと陛下の目を見ると陛下は頷いた。
「ふむ。何かな?」
「はい、先日は休暇を頂いていた事もあって少し気が抜けておりました。いつもより身だしなみに手を抜いておりましたので陛下には大変失礼な姿をお見せいたしました。・・・申し訳ありません。どうか、先日の姿は忘れて頂けませんでしょうか?」
トレース陛下は顎に手をあて、少し考えていた。
「・・・つまり、先日の姿は休暇中の姿で人前で見せる姿ではなかったと?」
少し低くなった声に、あってはならない失態だったと頭を下げる。
「本当に申し訳ありません。陛下にお会いするのにあのような姿で会うなど許される事ではございません」
あの姿はみっともなく人前で見せる姿ではなかったと告げる。
そう言えば他の人にむやみに話したりはしないだろう。彼は女性に恥をかかせるような人ではないはずだ。
そして、クラウス様の耳に入らない様に・・・・。
「どうか、先日の失態はクラウス様に内密にして頂けないでしょうか?立場を考えずとった行動の罰は私が受けます」
それを聞いたトレース陛下はにっこりと笑った。
「ふむ・・・。クラウスには知られたくないのだね。わかったよ。先日の事は内密にしておこう。私としては別に失態などと思っていないが、君と秘密を持つ事は楽しそうだ。それに罰などはないよ。友人として訪ねてくれたのだ。どんな姿でも歓迎するよ」
トレース陛下の暖かい言葉に私はほっと胸をなでおろした。
「・・・ありがとうございます!」
これで、私の姿を伝えるものはいない。
安心した私は思わず頬が緩んだ。
「・・・・そんなに・・・・・・かな・・・・・・」
トレース陛下は何かをぽつりとつぶやいた。
だが、私には何を言ったか聞き取れなかった。
「え?陛下、何かおっしゃいましたか?」
首をかしげトレース陛下を見るが、にっこりと笑うと、なんでもないよと首を振られてしまった。
「さぁ、ジュリア殿。そろそろ時間だよ。舞踏会へと参りましょう」
そういうとトレース陛下は左手を差し出し、私はその手に自分の手を重ねた。
心を閉じ王妃の仮面を張り付けて、トレース陛下と共に舞踏会へと足をすすめる。




