9
招待状を受け取って以来、舞踏会の準備に追われていた。
新しく作るドレスの採寸。デザインの打ち合わせ。
装飾類の選別。ダンスの練習。
気づけば、あと3日でここを去らなければいけない。
その間、傍ではずっと心配そうにしているエリーナに思わず苦笑する。
「エリーナ?私は大丈夫よ?貴方の方が今にも倒れそうで心配だわ。私の事はいいからゆっくり休みなさい」
「いいえ!私はジュリア様のお傍を離れられません!!」
このやり取りももはや何度目だろう?
何度休めと言っても、私の事が心配だといって傍を離れようとしない。
溜息をつきつつ、そんなに思ってくれる事に少し心が満たされる。
しかし、何かをしていないと考えたくなくともクラウス様と側室の姫が寄り添っている姿が頭に浮かんで来ては今にも取り乱してしまいそうになる。
こんな事で本当に舞踏会に参加できるのだろうか・・・。
再び深いため息をついた時、扉からノックの音が聞こえた。
「失礼します」
対応にでたエリーナの向こう側からアルバートの声が聞こえた。
ダンスの練習はもう終わったはずだったが、何の用だろう?
そう思っていると、アルバートが部屋へと入ってきた。
「失礼します。ジュリア様。至急お伝えしたい要件がございます」
私の所に持ってくる至急の要件?
その言葉になんだか嫌な予感がしたが、アルバートに先を続けるよう促す。
「はい。・・・実は、エルステリア国の国境近くで以前より問題となっておりましたダルン団との争いが大きくなり私の指揮致します第2騎士団もそちらへ赴くようにと国王より仰せつかりました」
「・・・それで、舞踏会のパートナーとして参加できないと言う事ですね?」
アルバートの言いたい事はそれだったのだろう。
先を見越して私の方からそう告げた。
「・・・・申し訳ありません」
何一つ言い訳も言わず頭を下げる。
いや、国王からの仰せであるのならばそれが最重要事項だ。
謝る必要すらないのに、本当に申し訳なさそうに頭を下げるアルバートに顔を上げさせた。
「アルバート?顔を上げて下さい。私は構いません。それよりもしっかりと国を守って下さい。それが、あなたの仕事ですから。ただし、ご自分の命もくれぐれも大事にして下さいね」
国王命令だというのなら仕方がない。
何より民の為にも争い事は早く治めて欲しい。
そう思いアルバートに気にしなくてもいいと告げたつもりだった。
それなのに、そう言った途端アルバートの表情は強ばる。
「・・・っ!!本当に、申し訳ございません!!」
先程よりも深く頭を下げて部屋を後にするアルバート。
そんなに、気にしなくてもいいのに・・・。と思いながら、締められた扉に目をやった。
「だけど・・・。パートナーなしで舞踏会に赴くのはやはりまずいわよね・・・・」
決してこちらに意図はなくとも一人で出席するとなると、周りにどう思われてしまうかわからない。
側室を認めて居ないのだと思われるかもしれない。
それか、興味もないなどと思われてしまうかもしれない。
どちらにしても、クラウス様にとっていい方には転ばないだろう。
「困ったわね・・・・・」
アルバート以外にパートナーとして連れて行こうとするとまた色々と考えなければいけない。
正妃として連れていてもおかしくない方。
何かしらの関係を疑われる事のない方。
ふと、思い浮かんだ人物がいた。
・・・エルステリア国にとって大事な方。
「いえ・・・・。ダメよ。お忙しい方だもの・・・・・」
頭の中からその方を消そうと首を振った時、ノックの音と同時にエリーナの声が聞こえた。
「ジュリア様。エリーナでございます。フィーナ国より使者が来られています」
今まさに頭から消そうとしていた人物の国の名を聞いて再び色濃くその方が思い浮かんだ。
「入室を許可します。はいりなさい」
そういうと、エリーナと共に、フィーナ国の騎士服を纏った男が部屋へと姿を現した。
「フィーナ国国王様よりジュリア様に事付けを預かって参りました」
頭を下げる騎士に先を促した。
「今度開かれますエルステリア国での舞踏会につきまして、ジュリア様のパートナーがお決まりでないようでしたら、ぜひ我が国王と一緒に参加して頂けませんでしょうか?」
あまりのタイミングのよさに思わず目を丸くしてしまった。
「え・・・・ええ。御迷惑でないのでしたら、こちらからもお願い申し上げたいのですが・・・・・」
いきなりの事で戸惑いを隠せない。
トレース陛下であればエルステリア国の王妃としてパートナーを務めても問題ない。友好国の国王と出席する事はむしろクラウス様にとってもプラスに繋がるだろう。
だけど、あまりのタイミングの良さに何か引っ掛かるものはあった。
しかし、パートナーのいない今はとてもありがたい申し出に首を縦に振るしかなかった。
「つきましては、色よいお返事が頂けた場合にこちらをお渡しするようにと預かって参りました」
騎士から渡された箱の中には、大きな赤い石を真ん中に周りには小さいながらもキラキラと光るダイヤがちりばめられているネックレスが入っていた。
「こ、こんな、高価な物は頂けません!!」
この大きな赤い石は『レッドベリル』ではないだろうか?またの名をレッドエメラルド。すごく希少価値の高いものだ。
慌てて騎士に返すが、騎士も困った顔をしてそれを受け取らない。
「受け取って頂けなければ、その場に捨ててこいと申し遣っております。私としても受け取って頂きたいのですが、受け取って頂く訳にはいかないでしょうか?」
弱ったようにそう言われてしまっては受け取らなければいけない様に思えてくる。
「・・・わかりました。・・・トレース陛下に感謝の意をお伝え下さい。後日改めてお礼に伺わせていただきます」
本意ではないが、あまりの騎士の困り様に可哀そうになった。
それを聞いた騎士は、正反対にぱぁっと明るい顔をした。
「いえ!そうおっしゃるだろうとの事でしたので、お礼はそれを身に付けて一緒に参加してください。とのことでした!!」
明るくそう言い放った彼はスキップをしそうな勢いで部屋を後にした。
最後は、しっかりと舞踏会前にお迎えに上がりますと言い残して・・・・。
騎士を見送って戻ってきたエリーナは、ジュリアの手の中にあるそれを見て深いため息をついた。
「はぁ・・・・。さすが、トレース国王様ですね。あのような若い騎士にこれを持ってこさせ、受け取らなければ捨てろだなんて、ジュリア様のお心の優しさを見越していらっしゃったんですわ」
呆れたようにそういうエリーナ。
「やはり・・・・舞踏会で着けなければダメよね・・・・」
そう言われたのだからそうなのだろうが・・・。
「そうですね。幸いドレスのデザインにも不釣り合いではありませんし、着けて行かれた方が宜しいと思いますよ」
2人して深いため息が出た。
クラウス様からの贈り物以外を身に付けて舞踏会へと参加しなければいけないなんて。
手の中にはキラキラとその存在を現すかのように光っているそれを見つめて、思わずため息が溢れた。