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魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ


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第十九話 変わり者のエルフ

  国境の町でフィネスの居場所を聞くのは、思ったより手こずった。


「フィネスについて知りたいのだが」


 名を出した瞬間、誰もが嫌な顔をして首を横に振る。


 トバスは『変わり者のエルフ』と言っていた。よほどクセの強い人物なのだろうが、まさかここまで探しにくいとは思わなかった。


 何人かに聞いたところで切り上げ、宿へ戻った。駄目で元々だと女将に尋ねると、


「ああ、あの変人かい……アイツなら向こうに住んでるよ」


 そう言って、街の外れを指さした。どうやら女将はフィネスと多少の交流があるらしい。


「あいつは東の丘の先に一人で住んでるのさ。わざわざ会いに来る奴がいるとはねえ」

「聞きたいことがあってな」

「そうかい。まあ、追い返されても怒らんでおくれよ。あいつは気分で対応が変わるからさ」

「心得た」


(……面倒そうだな)


 アーシュは軽く眉を寄せた。


  *


 翌朝、二人は丘を越えフィネスの元へと向かった。


 街道から外れた細い獣道を進むと、木々の間に小さな家が見えてきた。ドワーフが建てたような石造りの家で、窓には色とりどりの薬草が吊るされている。周囲の地面には、魔法陣のような模様が刻まれており、近づくと、かすかにマナの気配がした。



「……なんか、いっぱいかいてあるね」

「魔物よけの罠と結界だ。下手に踏むな」

「どこを歩けばいい?」

「俺の後ろを歩け。足跡をそのまま踏むといい」


 ヒマリは「わかった」と言って、アーシュの足跡を一つずつ丁寧に踏みながらついてきた。


 ようやく扉までたどり着き、アーシュがノックしようとしたその時だった。


 扉の横の小窓がぱっと開いた。


 細い目が覗く。エルフらしい切れ長の目で、色は金色だった。


「なんの用だ」


 ぶっきらぼうな声だった。アーシュが口を開こうとした、その瞬間――


 ヒマリがすっと前に出た。


「あの、あのね、空間魔法のこと、教えてほしいの。わたし、ちがう世界から来て、帰り方が、わからなくて……」


 小窓が音もなく、閉まった。


 ――沈黙が落ちた。


 ヒマリの肩がぴくりと揺れる。

 アーシュは小さく息を吐いた。


「いきなり用件を言うのは、良くなかったな」

「……ごめ」

「謝らなくていい。どうするか、考えよう」


 ヒマリはキュッと唇を結んだが、今日はうつむかなかった。


 どうすればよかったのか考えようとするほど、頭の中はぐるぐるして答えが遠のいていく。


 ヒマリが煮詰まりそうになったところで、アーシュが扉に向かってもう一度声をかけた。


「すまなかった。連れのヒマリが、先走ってしまった。俺はアーシュという。少し、話を聞いてもらえないか」


 返事はなかった。


 そのまま二人で待つ。風が草を揺らし、吊るされた薬草がかすかに擦れた。


 しばらくして、ようやく扉の向こうから声がした。


「……超越種が、何用だ」


 アーシュは少し眉を動かした。


「なぜ、俺が超越種だと」

「マナの質が違う。人間のそれじゃない。それと……その子どもも変わっている。マナの色が異質だ」

「言っただろう、こいつは別の世界の人間だ」


しばらく、沈黙があった。

今度は扉が開いた。


  *


 フィネスはエルフにしては珍しく、髪を短く切り揃えていた。灰色の服にインクの染みがいくつもついている。研究者らしい風貌だった。


 家の中は本と道具で溢れていた。


 床にも積み上げられた本があり、歩くのに気をつけなければならないほどだ。壁には大きな図面が貼られており、複雑な数式と図形が描かれている。


「そこの本をどかして座れ」


 フィネスが奥に向かいながらそう言った。アーシュは本を脇にどかし、ヒマリを先に座らせた。


「茶でも出してやろうか」

「いや、構わない」

「うちの茶は評判がいいぞ」


 ヒマリがチラリとアーシュを見た。


「……では、いただこう」

「フッ……では少し待て」


 二人の様子を見てフィネスが少し笑った。


(……最初の印象ほど、刺々しい相手ではなさそうだな)


 アーシュはそう思った。


  *


「次元断裂から現れた、か」


 フィネスが、茶菓子を勧めながら言った。


 アーシュの説明をフィネスは黙って聞き、時々ヒマリを見ていた。

 

 視線を向けられる度にヒマリの肩が小さく揺れ、カップを握る手に力がこもる。


「何か、手がかりはないか」

「次元断裂からこの娘が現れたというならば、それは二つの世界を繋ぐ門なのかもしれない」

 

 次元断裂とは何なのか。そこからして、まだ解明されていない。中に落ちたという話はあっても、そこから何かが現れたという話は、聞いたことがない。


 だからこそ、フィネスはヒマリという存在を前にして「門」という仮説を口にしたのだ。


 だが、門を開く道程はなかなかに厳しそうだった。


「断裂さえ開けば、転移魔法を使って超えられそうな気がするが、どうだろう」

「ああ、私もそう思う。ただし、次元断裂を人工的に発生させようとすれば、相当な術式と触媒が必要になると思うぞ。女神クラスの力か――それに匹敵するものか」

 

 女神、という言葉にアーシュの脳裏に一瞬だけ、あの戦いの感触が蘇った。邪神を叩き落としたあの断裂。あの時、確かに何か神々しいものの気配があった。


「女神の力……か。なるほど、それなら開くだろうが、現実的ではないな」

「ああ。ただ……」


フィネスが、ヒマリを、見た。


「この子のマナは普通じゃない。量もそうだが質が素晴らしく高く異質だ。特別な何かをもっているのではないか?」


 ヒマリがきゅっと両手を握りアーシュを見上げた。何かを決心したような顔をしている。

 

 その顔を見て、アーシュが小さく頷いた。


「……しゅうのうと、けんじゃのね、スキルを、持っているの」


 フィネスがはっと息を呑んだ。


「スキル……に、賢者か」

「……うん」

「なるほど……あの話は事実なのか……」


 フィネスはぶつぶつと独り言を続け、考え込んだ。茶が冷めていくのにも、気づいていない様子だった。


「そういう事なら、神聖王国の神殿図書館に行くといい」


 フィネスは、ようやく一つだけ確かなものを思い出したように言った。


「元々行こうと考えていたが、何か覚えがあるのか」

「そこの禁書庫に過去に現れた異世界人に関する資料がある、らしい……俺には入館許可すら下りなかったので、事実かはわからんがな」

「異世界人の?」


 アーシュの声に、わずかな硬さが混じった。

 ヒマリも顔を上げて、フィネスを見る。


「あまり詳しくは話せんが、一部の者だけに開示されている情報があってな。それによると、ここではない世界から来た人たちがいたらしいんだ」


 ここではない世界から来た人たち。その言葉に、ヒマリの指がぴくりと動いた。


「……私みたいに来た人が、いたんだ」

「ああ、その後、異世界人たちは元の世界に帰ったと伝えられている。もしかすれば、送還魔法の様なものが残されているかも知れないぞ」


「帰れた……んだ」


 希望と言うにはまだ頼りない。だが、何もない暗闇の中に、小さな灯りが見えたような気がした。


「なるほどな。しかし、閲覧許可か……」


 アーシュは腕を組み、少し考え込んだ。神聖王国の神殿図書館は、ただ本を納めている場所ではない。古い時代の記録や危険な術式も保管している、神殿の管理下にある場所だ。まして禁書庫となれば、旅人が気軽に入れる場所ではないだろう。


「お前なら大丈夫だろう。超越種は、神に近い存在として扱われる。神聖王国なら、少なくとも、交渉の場は設けてくれるはずだ」

「だが、図書館に入るための紹介状は要るだろう?」

「ああ。奴らならば神だろうと紹介状を求めるだろうな。神職者は、融通が効かん」


 フィネスは苦々しげに鼻を鳴らした。

 どうやら、入館を断られた時のことをまだ根に持っているらしい。


「エルフの紹介状なら、許可が降りやすいと、聞いたことがあるが……」


 アーシュがちらりとフィネスを見た。


「俺はだめだからな。入館拒否をされているくらいだからな」


 フィネスは、当然のようにそう言った。


「……何をやったんだ?」

「何もしていない。ユグドラールの古老どもが、私の研究を危険だと言ってエルディアを追い出したせいだ」


 何もしていない者は、普通、里を追い出されたりしない。

 アーシュはそう思ったが、口には出さなかった。


「あの古老たちは保守的だからな。確かに言いそうだ」

「知っているのか?」


 フィネスの目が、わずかに鋭くなった。

 研究の話をしている時とは違う、エルフの里に関わる者を見定めるような目だった。


「ああ。昔馴染に、ハイエルフの魔法使いがいる。その伝手で、古老たちとも何度か顔を合わせた」

「それを先に言え」


 フィネスが呆れたように肩を落とした。


「ハイエルフならば王族待遇だ、間違いない紹介状を頼める」

「……失念していた。そうだったな」



 フィネスがもう一度ヒマリを見た。


「賢者を持つお前ならば魔王期の資料を読めるかもしれないな」

「私なら? ふつうは読めない、の?」

「そうだ。表紙以外は暗号にしか見えない代物らしい」


 暗号と聞いて、アーシュが眉間に皺を寄せる。


「許可が下りたとしても、読めない可能性があるのか……」

「この子ならばきっと読める」

「それはエルフの勘というやつか?」

「いや、言い伝えだな。これも秘匿事項に関わる話なので語れんが……禁書庫に行けば全てがわかるだろう」


 アーシュは、少し、考えてから、言った。


「……資料を読み解けたとして、帰還は実現できるだろうか」

「分からない。だが、そこに答えがなければ――この世界には答えがない、と思っていい」


 部屋に、静かな空気が流れた。


 ヒマリは膝の上できゅっと手を握り、二人の会話を胸の中で反芻していた。


(帰れるかも、帰れないかも……どっちなんだろう。わたしは、帰りたい、のかな? 帰りたくない……のかな? どっちなんだろう……)


  *


 帰り際、フィネスが扉の前でヒマリに言った。


「ここには色んな奴が来たがな、名乗るより先に目的を言う奴は初めてだった」


 ヒマリが少し、身を縮めた。


「……ごめんなさい」

「謝らなくていい。そもそも、お前が居なければ扉を開けなかったからな」

「……え?」

「超越種一人だったら開けなかった。子どもを連れていたから――その子のために来たのだと分かったから、話を聞く気になった」


 フィネスは、扉を閉めながら最後に言った。


「あの思い切りが正しい場合もある。今日の事はあまり引きずるな」


 扉が閉まった。


 ヒマリがアーシュを見上げた。


「……ただしい?」

「時と場合によっては、な」

「……でも、フィネスさんには、だめ、だったよ……」

「ああ、ああいうのが苦手な相手もいる」

「……次は、先にアーシュから聞いてから、動くね」


アーシュは少し間を置いてから、


「ああ」


 と、答えた。


 謝り続けることをしなかった。俯いたまま固まることもなかった。


 そして、次にどうするかを自分で考えていた。


 それだけのことだったが、アーシュには十分だった。

 

 街に向かう二人の足取りは来たときよりも軽かった。

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