表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

「お前のような地味で計算高い女はつまらん!婚約破棄だ!」と宣言する王子。喜んでお受けしますが、我が家が肩代わりしている王家の借金、明日までに一括返済してくださいね?え、無理?では国をいただきます

作者: カルラ
掲載日:2026/04/25

王立学園の卒業を祝う壮麗な舞踏会。天井から吊るされた巨大なシャンデリアが、何千もの魔法石の光を乱反射させ、ホール全体を白昼のように照らし出している。色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢たちと、仕立ての良い夜会服を纏った令息たちが、優雅なワルツの調べに乗ってステップを踏む。誰もが、輝かしい未来と希望に胸を膨らませる、若者たちにとっての晴れ舞台である。しかし、スターリング公爵家長女であり、この国の王太子婚約者であるアリアにとって、この煌びやかな空間は、底の抜けた財布からこぼれ落ちる金貨の輝きにしか見えなかった。


「また今月も、無駄な装飾花に金貨三百枚……。王家の予算はとうの昔に枯渇しているというのに」


壁際でグラスを傾けながら、アリアは誰にも聞こえないほどの小さなため息をついた。彼女のドレスは、公爵令嬢であり王太子の婚約者という立場でありながら、決して華美ではなかった。最高級のミッドナイトブルーの絹を使用しているものの、過剰な宝石やフリルは一切排した、実用性と品格のみを追求したデザインである。それは彼女の生き方そのものだった。


幼い頃から、愚鈍な王太子エドワードを支えるための「完璧な王妃」となるべく、血を吐くような努力を重ねてきた。政治、経済、歴史、他国言語、そして何より「財政管理」。現在の王家は、先代からの放漫財政により、内実は火の車である。アリアの生家であるスターリング公爵家が、その莫大な財力をもって裏から資金を融通し、辛うじて国家としての体裁を保っているのが現状だった。アリアは十歳の頃から王家の帳簿に目を通し、削れる無駄を削り、公爵家からの無利子融資をやり繰りして、この国を文字通り「生かして」きたのである。


しかし、当の王太子エドワードは、そんなアリアの苦労を微塵も理解していなかった。


突如として、優雅なワルツの演奏が不自然な不協和音を立てて止まった。楽団員たちが青ざめた顔で楽器を下ろす。ホールの中心、大階段の踊り場に、一人の青年が立っていた。金髪碧眼、容姿だけは絵物語の王子様のように整った王太子、エドワードである。そして彼の腕には、ここ最近彼が熱を上げている小柄な令嬢——ピンク色のフリルを過剰にあしらったドレスを着た、リリア・メイソン男爵令嬢がしっかりと抱き着いていた。


「アリア・スターリング! 前へ出ろ!」


エドワードのよく響く声が、静まり返ったホールに響き渡った。周囲の貴族たちが、一斉にアリアへと視線を向ける。嘲笑、哀れみ、好奇心。様々な感情の入り混じった視線を浴びながらも、アリアは表情一つ変えずに歩み出た。背筋を伸ばし、完璧な淑女の歩みでエドワードの数歩手前で立ち止まると、優雅なカーテシーを披露する。


「お呼びでしょうか、エドワード殿下」


「白々しい態度をとるな、この毒婦め!」エドワードは顔を真っ赤にして叫んだ。「お前が裏でリリアに何をしてきたか、私はすべて知っているぞ! 彼女の教科書を泥水に沈め、階段から突き落とし、あろうことかお茶に毒まで盛ろうとしたそうだな!」


ホールがどよめいた。アリアは内心で深く息を吐いた。(教科書は彼女自身が雨の日に庭のベンチに置き忘れただけ。階段は彼女のドレスの裾が長すぎて自分で踏みづいたため。お茶に至っては、暴飲暴食で胃を痛めた彼女のために、私が手配した最高級の胃薬草茶ですけれど……)


すべてはエドワードの気を引くための、リリアの拙い自作自演である。しかし、恋は盲目というべきか、元々アリアの正論ばかりの「小言」を疎ましく思っていたエドワードにとって、か弱く自分を頼ってくれるリリアは、自らの承認欲求を満たしてくれる格好の存在だったのだろう。


「お前のような、血も涙もない冷酷で計算高い女は、未来の国母にはふさわしくない! 私が真に愛し、王妃として迎えるのは、ここにいる心優しきリリアだけだ!」


「エドワード様ぁ……私、怖い……」


「案ずるな、リリア。私がついている」


抱き合う二人の姿に、周囲の貴族たちはヒソヒソと囁き交わしている。「やはり氷の令嬢は捨てられたか」「あの冷たい目つきはどうかと思っていたのだ」などと、権力者の側に付こうとする浅薄な言葉ばかりが聞こえてくる。


アリアは静かに口を開いた。「……殿下。そのような事実無根の罪状で、王家と公爵家の正式な誓約である婚約を破棄なさると、本気で仰るのですか?」


「事実無根だと? まだ見苦しい嘘をつくか! ええい、これを見よ!」


エドワードは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、アリアの足元に投げ捨てた。そこには、王太子の署名と王家の印章(どうやら国王の書斎から勝手に持ち出したらしい)が押された『婚約破棄およびアリア・スターリングの国外追放令状』があった。


「すでに私の署名と印は済んでいる! あとはお前がそこにサインをすれば、この婚約破棄は正式に成立する! さっさとサインして、この国から出て行け!」


エドワードは勝利を確信したような、傲慢な笑みを浮かべていた。リリアも彼の腕の中で、アリアに向けて隠しきれない嘲笑の笑みを向けている。


アリアはじっと足元の羊皮紙を見つめた。そして、ゆっくりと拾い上げる。


(……ああ。これで、やっと終わる)


長年の重圧、報われない努力、国家の財政という重すぎるパズルを組み立て続ける日々。それらすべてから解放されるのだ。アリアの唇の端が、ほんの少しだけ持ち上がった。それは、この夜初めて彼女が見せた、心からの微笑みだった。


「殿下。一つだけ確認させていただきます。この決定は、王太子の絶対的権限においてなされたものであり、いかなる理由があろうとも後悔し、覆すことはないと、皆様の前で誓えますか?」


「当たり前だ! 誰がお前のような女を手放して後悔するものか!」


「国王陛下のご裁可は得ておられますか?」


「父上は現在、隣国へ視察中だ! 王都の留守を預かる私の決定は、王家の決定と同義である! つべこべ言わずにサインしろ!」


完璧だ。アリアは控えていた自身の執事に目配せをし、羽根ペンとインクを受け取った。そして、一切の躊躇なく、流麗な筆記体で自らの名を令状に書き込んだ。


「確かに、署名いたしました」


アリアが令状を掲げて見せると、エドワードは「はっはっは!」と勝ち誇ったように高笑いをした。


「これで晴れて私は自由だ! リリア、愛しているよ!」


「エドワード様、素敵ですわ!」


周囲の貴族たちも、新しく誕生するであろう王太子妃に媚びを売るため、パチパチとまばらな拍手を送り始める。


「さて」


その拍手を切り裂くように、アリアの冷たく、しかしよく通る声が響いた。先ほどまでの、どこか遠慮がちだった「婚約者」としての態度は微塵もなく、そこにあるのは、圧倒的な権力と財力を握る「スターリング公爵家次期当主」としての絶対的な威圧感だった。


「これで、私と王家との関わりは一切なくなりました。ただの『一商人』として、殿下にお話をさせていただきます」


「な、なんだお前は。まだ追放令状の恐ろしさが分かっていないのか? すぐに衛兵を呼んで……」


「衛兵を呼ぶのは構いませんが、その前にこの書類をご確認いただけますか?」


アリアは執事から、分厚い革張りのファイルを受け取り、そこから数枚の書類を引き抜いた。


「これは?」


「王家から我がスターリング公爵家に対する、借金の借用書です」


ホールが一瞬にして静まり返った。エドワードの顔から余裕の笑みが消え、ポカンとした表情になる。


「しゃっ、借金だと? 何を馬鹿なことを! この偉大なる王家に、借金などあるはずがないだろう!」


「ご存じなかったのですね。王家の国庫は、殿下が十歳の頃にはすでに底を尽いておりました。それ以降、王城の維持費、騎士団への給与、他国への関税の支払い、さらには殿下が毎晩のように開かれる晩餐会や、リリア様に買い与えられた数々のドレスや宝石……そのすべては、王家の名のもとに、我が公爵家が立て替えてお支払いしておりました」


「なっ……嘘だ! そんな話、聞いたことがない!」


「私が帳簿を操作し、殿下の耳に入らないように調整しておりましたから。未来の夫に無用の心配をかけまいとする、私なりの気遣いでした。しかし、それもすべて『私が未来の王妃として、この国を共同運営する』という前提のもとに結ばれた、無利子・無期限の特例融資契約によるものです」


アリアは冷酷な事実を、淡々と、しかし容赦なく突きつけていく。


「契約書には明記されております。『婚約が破棄された場合、特例融資契約は即時打ち切りとし、王家は元本を一括で返済しなければならない』と。もちろん、王太子の絶対的権限により婚約が破棄されたのですから、この契約も絶対です」


「……で、では、その借金とやらは、いくらなのだ?」


エドワードの声が震え始めていた。リリアも何やらただならぬ空気を察し、エドワードの腕にしがみついている。


アリアは美しい微笑みを浮かべ、はっきりと言い放った。


「金貨にして、百十万枚。現在の国家予算の、およそ三年分に相当します」


「ひゃく……」


エドワードの膝から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになった。金貨百十万枚。それがどれほどの天文学的数字か、さすがの彼でも理解できたのだろう。


「当然、一括返済ですよね? 先ほど『いかなる理由があろうとも後悔しない』と皆様の前で力強く宣言されましたから」


「ま、待て! そ、そんな大金、今すぐ用意できるわけが……」


「ご用意できないのであれば、契約に基づき、担保を差し押さえさせていただきます。担保として設定されているのは、この王城、ならびに王都周辺の直轄領すべてです。つまり、明日からここは殿下の家ではなく、我がスターリング家の所有物となります」


「馬鹿な……そんなことが許されるはずがない!」


「許されるも何も、殿下が今しがた承認されたことです。ああ、そうだ。国外追放令状も頂いておりましたね。私は明日から隣国へ旅立ちますが、債権の取り立ては我が家の有能な弁護士団に一任しておりますので、ご安心を。……ええと、明日の正午までに金貨百十万枚が用意できなければ、殿下はただの不法侵入者として、この城から叩き出されることになりますね」


「アリア! ま、待ってくれ! 冗談だ、婚約破棄は冗談だったんだ!」


這いつくばってアリアのドレスの裾を掴もうとするエドワード。アリアはそれを冷たく一瞥し、スッと身をかわした。


「王太子の決定に冗談などあり得ません。王族の決定は絶対なのでしょう?」


その時、ホールの巨大な扉が乱暴に開け放たれた。


「そこまでだ、この大馬鹿者がぁぁぁぁっ!!」


怒號と共に現れたのは、隣国へ視察に行っているはずの国王アルベルトだった。国王は息を切らし、顔を鬼のように赤くしてエドワードへと向かっていく。実は国王の視察というのは名目で、王家の財政危機を打開するため、隣国へ頭を下げて資金援助を頼みに行っていたのだ。しかし交渉は難航し、疲労困憊で帰国した矢先、留守を任せていた愚息が国境最大のパトロンであるスターリング家を怒らせ、婚約破棄を突きつけたという絶望的な報告を受けたのである。


「ち、父上!? なぜここに!」


「黙れ!!」


国王の重い平手打ちが、エドワードの頬に炸裂した。エドワードは派手に床に転がり、呆然と父親を見上げる。


「お前という奴は……自分がどれだけ恵まれた環境で生かされていたか、まったく分かっていなかったのか! アリア嬢がいなければ、この国はとうの昔に滅んでいたのだぞ! それを、あろうことか婚約破棄だと!? この国の首を自ら撥ねたも同然だ!!」


国王の激怒に、ホールにいた貴族たちは青ざめ、一斉に膝をついた。自分たちが嘲笑していた「氷の令嬢」こそが、この国の真の支配者であり、命綱であったことを、ようやく理解したのだ。


国王はそのままアリアの前に進み出ると、なんと王冠を被った頭を深く下げた。


「アリア嬢……いや、スターリング公爵代理。息子の愚行、どう詫びてよいか分からぬ。頼む、どうか先ほどの取り決めは白紙に戻してはくれないか。王家はなんでもする。エドワードから王位継承権を剥奪し、一生幽閉の身としても構わん。だから、見捨てないでくれ!」


一国の王が、一人の令嬢に対して公衆の面前で土下座にも等しい懇願をしている。誰もが息を呑み、アリアの返答を待った。


しかし、アリアの表情は氷のように冷たいままだった。


「国王陛下。顔をお上げください。私はすでに、エドワード殿下から『国外追放令状』を賜り、署名も済ませております。この書面は正式な手続きを踏んだものであり、いかに国王陛下といえども、一度発布された王太子の令状を事後で覆すことは、王室の権威を失墜させる行為となります」


「権威などどうでもよい! 国が滅ぶのだぞ!」


「いいえ、滅びません。所有者が王家からスターリング家に変わるだけです。民の生活は私が責任をもって保証いたします。今まで通り、いや、無駄な王族の浪費がなくなる分、もっと豊かになるでしょう」


アリアの言葉は、完璧なまでの論理と、冷酷なまでの現実を突きつけていた。国王は絶望に打ちひしがれ、その場に崩れ落ちた。


「そんな……」


「エドワード様! 王子様じゃなくなるって、どういうことですか!?」


事態が飲み込めたリリアが、悲鳴のような声を上げた。


「私、未来の王妃になれるって言ったじゃない! お城に住んで、毎日綺麗なドレスを着せてくれるって言ったじゃない!」


「リ、リリア……違うんだ、これは……」


「最低! 嘘つき! 借金まみれの男になんて用はないわ!」


掌を返したようにエドワードを罵倒し、逃げ出そうとするリリア。しかし、アリアの執事が素早く彼女の前に立ち塞がった。


「お逃げにならないでください、リリア男爵令嬢。あなたがこれまで王家のお金で購入された数々の品々も、すべて王家の負債に含まれております。債務者の共犯として、あなたにも責任を取っていただかなければなりません」


「えっ……? いや、いやあああっ! 離して!」


泣き叫ぶリリアと、放心状態で床に這いつくばるエドワード。かつてアリアを嘲笑っていた貴族たちは、今度は恐怖に震えながら二人を見下ろしている。


これ以上の茶番に付き合う義務はない。アリアはふわりとドレスの裾を翻し、ホールの出口へと向かって歩き出した。


「それでは皆様、ごきげんよう。……ああ、エドワード様」


扉の前で一度だけ振り返り、アリアはとびきりの笑顔を見せた。


「真実の愛、どうぞ末永くお幸せに。明日の正午、取り立て人が参りますので、お荷物をまとめる時間は今夜限りですよ」


その言葉を最後に、アリアは背を向け、壮麗な舞踏会会場を後にした。


夜空には満天の星が輝いていた。冷たい夜風が火照った頬を撫でる。長年背負い続けてきた重圧が嘘のように消え去り、アリアの心は羽のように軽かった。


(さて、明日からは大忙しね。城の差し押さえ手続きに、新たな商会の立ち上げ。隣国の第一王子からも、随分と前から熱烈なお誘いを受けていたわね。一度、ゆっくりお茶でもしてみようかしら)


もはや彼女を縛るものは何もない。王家の重荷を下ろした天才令嬢は、自身の才能を存分に振るえる果てしない自由な未来へと、軽やかな足取りで歩み出していった。


翌日、金貨百十万枚を用意できなかった王家は破産を宣言。エドワードとリリアはすべての身分を剥奪され、借金返済のために国境の鉱山へと送られた。愚かな彼らが、地を這うような労働の中で何を思ったのか、それを知る者は誰もいない。一方、スターリング家は領地を拡大し、アリアは瞬く間に大陸一の商会を作り上げ、やがて隣国から国を挙げての求婚を受けることになるのだが……それはまた、別の物語である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ