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フルーツバスケット

作者: 夜好蛾蝶
掲載日:2026/03/12

初めての短編作品です。

レビューお願いしたいです

「今好きな人がいる人」


 椅子を円卓のように囲んで十人ほどが座っている中、中央に立っている目黒(めぐろ)さんの号令で何人か立ち上がった。


 ワ―キャー言いながら、空いている席めがけて走り出す。出題者の目黒さんは後ろの席にすっと座り込んでいた。


「さいあく……」


 みんなが椅子に座れた中、一人だけ座れずに中央を旋回している人がいた。片桐(かたぎり)ほのかさんだ。クラスの中ではあまり目立たないが勉強ができるから、同じ進学組と独自グループを形成している。


 彼女もフルバスに参加しているんだ。と、不思議な感覚になった。


「え、誰? 好きな人?」


 片桐さんが立っているということは、彼女はお題に即した該当者だということだ。当然、クラスの一軍女子からの追撃が始まった。


「私図書委員やってるじゃない」


 片桐さんの好きな人は、よく訪れる一学年下の子らしい。だけどクラスも名前も分からないから、これ以上突っ込まれても出ないと言う。


「え、でもさ。ソイツのどういうところが好きなの?」


「……顔もそうだけど、しっかりと顔を見て挨拶してくれるところ」


 片桐さんは顔を隠しながら言った。周りの女子はヒューヒューと茶化すコールをはじめ、隣に座っていたヲタクの三井希(みついのぞみ)は「青春だね~」と言いながら黄昏ていた。


 私も場に乗っかるために、さすれど空気を壊さないように小さく短めの掛け声を発した。きっと大声の中に消えたんだろうけど、それでいい。


「とにかく、次行くよ」


 片桐さんは腕を組みながら、教室の天井を見上げる。


 頼みます。どうか……自分が該当するお題は来ないでください。


「この前の期末テストで赤点があった人」


 席を立ったのは、三人だけだった。

 

 霧村(きりむら)さん。坂東(ばんどう)さん。一島(いちじま)さん。全員クラスの一軍たちで、男女問わず一目置かれているカリスマだ。

 

 文武両道とは程遠いが、『青春の謳歌』をカテゴライズすれば、彼女たちはベスト3を独占している。今日のフルバスも企画したのは三人。なぜかは知らない。


 私は彼女たちと友好的な関係を続けていることが、私の高校生活が順調な秘訣だ。

 

 席に座れなかったのは坂東さんだった。帰国子女のような端正でメリハリのある顔立ちに、王子様のような流し髪はとても様になっている。腰に手を当てて立ち尽くしている姿は宝塚の劇そのもの。


「お前なにしくったんだよ!」


「数学、日本史、現代文、英語。あと古典」


「オールパーフェクトじゃん‼」


 クラスがどっと沸きあがる。坂東さんはスポーツ全振りの学業空っぽオンナ。授業中も寝ている姿がよく散見され、毎度のごとく先生に起こされている。そんな姿すら愛らしく見えるのが坂東さんのすごさ。


「み~ちゃんはいくつ?」


「私古文だけ~」


 み~ちゃんこと一島さんは、同学年のインフルエンサー。彼女の身につけているポーチやコスメはとてもお洒落で、私も話を合わせるためにすべてコンプリートしている。正直百円のものと違いは分からないが、一島さんがイイのであれば良いんだ。


「ちなみに、あ~ち世界史。あと古文と数学と英語と化学と……」


「いや、アンタは赤点回避したほうを言ったほうが早いでしょ」


 霧村さんは漫画から飛び出してきたようなザ・ギャルだ。日焼けしたナイスボディに胸にまで伸びるサラサラ金髪ロングヘア―。同じギャル仲間からか坂東さんと仲がいい。

 

 いろんな男をとっかえひっかえしているという噂だが、私もそう思う。一ヶ月の間に三人もの男と一緒に居る姿を見た。


 交友関係が幅広く、一緒に居るだけで『あの子はすごい』とお墨付きをもらえる。所詮それだけの女だ。


「じゃあ、次行くね」


 坂東さんは元気いっぱいなアイドルのように、片足で立って右腕をあげた。イエーイという活気あふれた声と手拍子が鳴り響く。私も空気に合わせて、ゼロのテンションを無理矢理百に持って行った。


 そんな中、自分の真正面に座っている女だけは、ずっと俯きながら何もしていなかった。


 確か名前は……鈴木だ。鈴木蘭(すずきらん)。いつも教室の隅でスマホをいじっている暗い子だ。


 目元が隠れたぼさぼさ頭は鈴木から漂う陰気臭さが滲み出る。ずっと一人でスマホいじって、誰とも話さず帰って、いったい何が楽しいんだろう。今も周りに合わさずなにもしてないから、周囲の人に迷惑かけている自覚がないのか?


 ああいう子が将来、社会に出たときに底辺に堕ちるんだ。


 ドタドタドタ‼ キャハハ! アハハ!


 突然聞こえてきた大歓声と大きな音に、思わず反応して立ち上がる。 なんて言われた? 条件はなに? 


 いや、そんなことよりも、早く席を確保しないと。


 隣をキョロキョロと見渡したが、そこにはもうすでに同級生が座っていた。向かい側にも既空いている席はない。


 どこだ。空いている席はどこだ。早く座らないと。だというのに……か細く聞こえる、得体のしれない音が、私の集中力を乱す。


 うるさい! 黙れ!!


「あの……」


「え?」


 声に反応すると、さっきまで向かいに座っていたはずの鈴木が目の前にいた。顔を上げて確認すると、霧村さんとほかの同級生が仲良さそうに話している。


「そこ……私の」


 フルーツバスケットは、席を立ったら同じ席に座っ

てはならないルールがある。起立している私は、いま自動的に席の権利を失っている。


 周囲の視線が、立ち尽くしている鈴木と席を譲らない私に集中していた。いけない。悪目立ちしている。


「あ……そうだね。ごめんね」


 形式的な会話を終えて、私は中心に足を運んだ。参った。周囲の空気を壊さないようにいいお題を考えないと……


 ……あれ?


 なんか、周囲の空気がおかしい。さっきまでガヤガヤしていた雰囲気が、波が引いたように静かだ。というより、火事の現場にいるかのように息苦しい。


 ぺちゃくちゃやかましい霧村さんが、静かにこちらを見つめていた。一島さんが、ネイルが塗られている爪を眺めていた。坂東さんが、天井を見上げて深呼吸をついていた。


 確かに私は、三人ほど人気者ではない。だからといって、鈴木のようにいてもいなくてもいい存在ではないと思っている。尚且つ、私は三人と仲良く喋っている存在だ。ならば、いつものように盛り上がれよ。

盛り上がるはずだろ!


「まぁ……なんでもいいよ。なんでも。張り切って」


 一島さんが、静かすぎる空気に耐えかねてか話しかけた。だけどそれは、当たり障りのない、命の感じられない言葉だった。


 早く、早くこの瞬間を終えたかった。このまま長くなれば、それだけで私の居場所は消えるような気がして。


「あぁ~それじゃあ〜」


 私は必死に馬鹿でも賢くもない中途半端な頭を回転させる。


 なのに、何も思いつかなかった。声ではない音が流れていく。周囲の顔が険しくなっていく。


 自分な座っていた席を見ると、鈴木がこちらを見つめていた。表情は分からない。どうコイツは感じているのだろうか?

 

 だけど、無性に腹がたった。私がこんな思いをしているのはお前のせいだ。お前が私の視界に入ってきたから、私はいま無音の地獄を味わっているんだ。お前が違う席に座っていれば、私は今ごろ別の席で眺めているはずなんだ。


 お前のせいだ……お前のせいだ……お前のせいだ。

だから、私は決めた。鈴木を狙い撃ちにしよう。と。

ヤツを含む二・三人だけが該当するような質問。なにか……なにか……


「……Instagramをやっていない人」


 ただの偏見だった。言い換えれば、大博打だ。

 だけど神様は、私に味方してくれた。


 片桐さん、三井、そして鈴木の三人が一斉に立ち上がり、陣の中を走り回る。


 陰に生きる者たちの、史上最も地味で見栄えのない戦いが始まった。私は三井が座っていた席に素早く座り、三人の滑稽シーンを優雅に眺めていた。


 鈴木堕ちろ。鈴木堕ちろ。鈴木堕ちろ。


「そこ空いてる! そこ空いてる!」


「どこ! どこどこどこ⁉」


「インスタやっときゃ良かった~」


「お題考えるの、めちゃダルいよ!」


 クラスの中は私の思いとは反して、謎の盛り上がりを見せていた。ただ足音が聞こえるだけだったはずの教室から、小さな運動会のような歓声と活気が生まれていた。


 霧村さん、坂東さん、一島さん。三人とも前かがみになりながら明るい声を飛ばしていた。


 あんな表情、私、見たことない。


「あぁ、ここ空いてる」


 涼しい顔をして私の隣に座ったのは、片桐さんだった。ふぅ~と、書いてもいない額の汗を拭う仕草に、女らしさは感じられない。


 残る人席を今井――残っていた席は鈴木の席だったため、ルールで座れなかった――が座り、残ったのは鈴木だった。


 計画どおり。上手く罠に嵌ってくれた。


 私の中からこみあげる感情は、満足度100パーセントの高揚感だった。


 そう、これは正しい行い。私が鈴木に与えた社会的教育。そう、私は何も悪くない。ただ罪人に罰を与えただけ。そう、これは必要悪なのだ。


「えぇ~鈴木さんって、インスタやってないの?」


 彼女をもっと晒し上げたい。私の努力を無視してのほほんと生きているこのブス女に。


 かなり口下手なのは知っている。声は聞き取れないレベルで小さいし、しどろもどろ。アレとまともに会話ができるのは、きっといない。


 クラスの空気は少し静かになっている。鈴木、お前のせいでな。


 鈴木は何も話さない。話しているのかもしれないけど、聞こえなかったら意味は同じだ。

彼女の表情は分からない、泣きそうだったらいいのに。


「ねぇ」


 鈴木の公開処刑を楽しんでいたとき、隣の片桐さんが私に話しかけた。


「そういうの、たのしい?」


 片桐さんの表情は、おねだりしている幼子を見捨てたような、達観した顔だった。


「どういうこと?」


「鈴木さんイジメて楽しいって聞いてんの」


 私のほうを、真正面から見つめる真面目系。ジトっと睨まれた目には、怒りではなく敵意が籠っている。


 そんな気がする。だけど、今までの慣例通りのことをやっているだけ。何も問題はない……


「蘭ちゃん。大丈夫大丈夫‼」


 私は二人そろって、声のするほうを見た。一島さんが、鈴木に優しく明るい声をかけていた。


 ん? 今、蘭ちゃんって言った?


「インスタだったらやり方教えるから」


「えと、あの……だ、大丈夫です」


「み~ちゃん、振られたね~」


 霧村さんのフォローが、静まっていた空気に華が咲

いた。


 鈴木はごめんなさいと、一島さんのほうにペコペコと頭を下げていた。


「いい、いい! 気にすることないって」と笑っているのが、一島さんが一軍たる所以だろう。


「がんばって蘭さん。あとはやっておきますから」


 隣の片桐さんがエールを送った刹那、私のほうを振り向いた。


「アンタ、凄いね」


「なにが?」


「自分がこの教室の中で居場所がないって、気づいてないの?」


 え? なに言ってんだコイツ?


 私は一島さん、桐村さん、坂東さんたちと仲良くやっている普通の女子高生だ。このクラス内で私よりしっかりしている女子生徒なんて、一人もいない。


「あのさ、みんなバカじゃないから、気づいてんだよ」


 私の心の声など気にせず、片桐さんは話しだした。


 うるさい。大体お前もクラスの端っこで地味な奴らとつるんでいるだけじゃないか。私はクラスの中心人物と一緒なんだ。文化祭だって、体育祭だって、学校以外での遊びだって、私はいつも呼ばれている。


 お前と私は、住む世界が違う。


「アンタ、私とか蘭ちゃんとかを見下して、一島さんたちにはすごい媚びてるでしょ」


「……いやいや、私は一島さんと仲良くやってるだけで」


「じゃあ聞いてみなよ。()(つき)さんに」


 美月さん? 誰だソイツは?


「美月さん。少し聞いてもいいですか?」


 片桐さんのことばで振り向いたのは、誰でもない、坂東さんだった。


 え? 坂東さんって、美月って名前なの?


「どうしたの? もしかして、また勉強のお悩み?」


「違いますよ。そんな大事なことならLINEで話しますよ」


「ほのからくる内容って全部真面目だもんね」


「美月さんからくるの、全部甘いものの話ですけどね」

 

 というか、仲良くない?


 え、私、今まで一度も……


「ところでなんですけど――」


 片桐さんは私の顔を坂東さんに見せるように、身体を引っ張った


「こいつの名前、分かります?」


「え?」


 坂東さんの表情は、お手本になるくらい固まっていた。無理難題を押し付けられたように、さっきまで明るかった坂東さんの表情が、とても遠い遥か過去のように。


「……なんだっけ」


「み、水谷(みずたに)です」


「……違う違う。下の名前だよ」


「……川奈(かわな)……です」


 心がズタボロになるのは、こんな一瞬なんだ。とっさに入れた田名角栄直々のフォローも、見るからに誤魔化していると分かるレベルだった。


 片桐さんは坂東さんに少しの挨拶を交わしたあと、私の膝に手を置いた。リストラを告げられた。そうすぐに悟った。


「多分、ほかの人もそんな感じじゃないかな。アンタ、一度でも、二人だけで話したり遊びに行ったことはある?」


 そんなことはなかった。というより、遊びになんてもう一年も言っていない。


 一年前の5月、入学して一ヶ月経ったとき。スケジュールを無理矢理合わせて遊んだのが唯一の思い出だった。


 そのあとは一島さんが更新するインスタに上がっている三人だけで遊びに行った写真やリールを、いいねするだけの日々。


 それでも、毎日学校で話をしているから、私は仲がいいと思っていた。


「あの人たちって、分け隔てなく話すからね。私も読書ヲタクなのに、あけすけなく話しかけてくれる。とても嬉しいよね」


 片桐さんの口ぶりは、私に向けていた時とは違った、牙が抜けた話し方だった。


「素直に興味がないって言ってくれたら、それだけで楽になるよ。私もたまに『これだったら面白いんじゃない?』って勧めたりするけど。アンタが見下している蘭ちゃんも、のぞみんも、アンタの想像が及ばない方向で幸せなんだよ」


 私に問いかけるようで、それは問いかけていなかった。咎めていると表現したほうが正しい。


「蘭ちゃんがゲームで知り合った娘と同人誌出してるの知ってる? のぞみんが彼氏と一緒にアニメフェス行ったの知ってる? 知らないでしょ。知ろうとしないもんね。アンタは表面とブランドでしか、人を評価しない生き物だもんね」


 ……

 もう、これ以上聞きたくなかった。


 アイツらが、私より先にってる? そんな事実は認めたくなかった。少しでも、片桐さんの嘘であればいいのに、そう思った。


 けれど、これは紛れもない事実なんだ。そう確信した。根拠はないけど、女の勘だ。


「ほら、アンタもでしょ。立たないの?」


「え?」


 意識を取り戻すと、円陣の中で女生徒が五人ほど走り回っていた。


 あぁ、そうか。まだやってたんだ。フルーツバスケット。


 みんなが着席するや否や、「ちょっとちょっと!」と私のほうに近づいてくる。


 私に話しかけてきたのは、目黒さんだった。そのまま腕を強引に引っ張り、円の中央に連れて行く。


「あなたもそうなのに立たなかったから、次の出題者はあなたね」


 何のお題だったのだろう。片桐さんと、目黒さんが、二人そろって私に該当するって言ったのは、一体なんだったのだろうか?



 教室の空気が、またシンと静まり返る。気を遣われているような、お客様に粗相を犯してしまったときのような、息苦しい教室が作られていた。


 坂東さんを見ると、片桐さんと話していた。


 一島さんを見ると、大きなあくびをしていた。


 霧村さんを見ると、スマホをいじっていた。


 片桐さんは、坂東さんと楽しそうに話していた。


 三井は、隣の女子と楽しそうに話していた。


 鈴木は、両隣の人にペコペコと会釈をしていた。


 私は周りの人を必死に見ていた。フルーツバスケットだからではなく、従来の癖で。


 人の顔色を伺い、自分より弱い奴を見て安心する。そのために生きた一年半の証。


 私のことを見ている人は、一人もいなかった。

 このクラスで一番弱いのは、私だった。


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