2話 奪うという祈り
全ての授業が終わり、皆が帰りの支度を始める。一夜は、すでに支度を終えていて、止める間もなく、教室を出ていってしまった。
すぐに追いかけるが、一夜は見当たらない。
どこに行ってしまったのだろう。あの期待のこもった、そして同時に不安を宿した瞳。
絶対に止めないといけない。
私の魂が、そう叫んでいるようだ。
――
【一夜視点】
俺は教室から駆け出し、校舎裏に向かう。
風花に告白するために。
部活のマネージャーとして、毎日みんなをサポートしていた。特に、オーバートレーニング気味の俺に手厚いサポートだった。
県大会優勝。中学生の頃に果たせなかった目標を、絶対にできると言ってくれた。
そうやって、毎日のように話していく内に、だんだん惹かれていった。
校舎裏に着いた瞬間、雪崩のように不安が押し寄せた。それでも、伝えないときっと後悔する。
大丈夫。きっと、成功する。
そう心に何度も言い聞かせた。
その時、俺の視界に、地面へと女性の影が映った。しかし、それは期待していた人物ではないと、すぐに理解する。
長髪の影だからだ。
――
校舎裏で、一夜を見つけた。ひどく驚いた表情を浮かべ、こちらを眺めている。
私はゆっくりと歩み寄り、尋ねた。
「もしかして、風花さんに告白……ですか?」
本当は返答なんて求めていなかった。それでも、聞かずにはいられなかった。
彼が口を開くのを、思わず止めたくなるほどに。
「そうだよ。なんでここに?」
半ば諦めたような声音で、私は口にした。
「あなたのことが好きだから……」
一夜は理解できないといったような表情に変わった。
それもそうだ。彼と私は初対面。悔しいし、認めたくないがそれが正解。
「ごめん。君が言った通り、俺は風花のことが好きだから。
本当にごめん」
一夜は深々と頭を下げる。
謝るくらいなら、私の気持ちを受け止めてほしい。
どうしたら良かったんだろう。私に信者がいたら? いいや、それでは意味がない。
私に多くの信者がいたのなら、一夜のことを気にもとめていなかった。だって、たくさんの信者の中の一人になってしまうから。
なんとも皮肉な話だろうか。
そうか、簡単な話だ。
風花がいるからこそ、一夜は私の告白を断った。だから、一夜の記憶の中から風花を消せばいい。
違う。
やってはいけないこと。何か別の方法……しかし、思いつかない。
私は拳を握りしめた。
このまま見送ればいい。
一夜が誰かを選ぶことくらい、受け入れるべきだ。
それでも……彼が、他の誰かを見る未来だけは、耐えられなかった。
私は乾いた笑い声をあげる。
もう、残された力は半分もない。一夜の額へ人差し指を向け、残された力を使った。
風花に関することの記憶を忘れてしまう、暗示のようなものをかけた。
その途端、一夜は膝から崩れ落ちる。
顔を覗き込むと、空虚な瞳。まるで生気を感じない。もちろん呼吸はある。
「一夜……一夜!? 大丈夫!?」
風花が、一夜に駆け寄り肩を揺らす。
一夜は、ぴくりとも反応しなかった。いや、正確には反応している。ただそれを“誰か”によるものだと、脳が認識できていない。
風が当たった。服が擦れた。
その程度の刺激としてしか、彼の中には残らなかった。
暗示や認識改変は、慎重に扱わなければならない。
対象の心が、それ一つに強く依存している場合は特に。
まさか、ここまで風花ことを思っているとは、考えてもみなかった。
「どうしたの? 体調悪いの?」
私にも聞いてきたが、何も答えることができなかった。
風花は肩を貸すようにして、一夜を保健室へ運ぶ。
その様子を眺めていると、無意識に体が震え出す。
私は怯えていた。また、一夜を取られたと思ったからだ。
そして、一夜の虚無。あの空白の目を見たから。
あんな状態にするために、私は記憶を消したんじゃない。
ただ、もう一度、一夜と話したい、頼られたい、それだけだったのに。
気付いている。彼は、もう私のことを信仰していない。
そして、気づいてしまった。私は、彼のことを信仰していることに。
彼との思い出が溢れてくる。
思い出……それは、もう過去の話だ。
風花は、彼が苦しい時ほどそばにいたはずだ。それは、私にはできなかったこと。
今の彼に必要なのは……




