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1話 神のいない世界

 どうにかして一夜ともう一度会って、来なくなった理由が知りたい。


 神様のはずの私が、何かに縋るように思考を巡らせる。


 その時、一つの案が浮かんだ。


 一夜の通っている高校に行くこと。


 幸い、受験期の参拝で彼の志望高校を知ることができていた。


 後は、どうやってその高校に行くか。


 私は、もしかしたらという望みにかけ、姿を変える。


 すると、ただ白いモヤだった私の姿は、若い女性の姿に変化した。亜麻色の艶やかな長髪に、紫紺の瞳。


 自分で言うのも何だが、かなり整った顔立ちではないだろうか。


 一夜の長年の信仰により、信者がいない私にも少しは神様らしい力が湧いたようだ。


 が、ここで力を使うのは勿体ないので、白いモヤに戻る。神様の力も有限だから。


 とりあえず、彼の高校に行くため、空を漂う。ほとんど神社の敷地内から出たことのない私にとっては、冒険と言っても差し支えない行動。


 自然と気持ちが高まる一方で、しっかり神社に戻れるかという不安もある。


 神様が迷子になったら洒落にならない。


 そのまま風に流されるように空を漂っていると、大きな建物が見えた。


 そこには、同じような服装をした男子と女子が集まっている。


 恐らく、これが学校という場所だろう。


 私は高度を下げ、学校の周りを浮遊する。

校舎は塀に囲まれていて、外部の侵入を妨げているのだろうか、と考えた。


 塀には、五並いなみ高校という言葉が綴られている。一夜から聞いた高校名だ。


 私は喜びのあまり、上下に浮遊した。


 そのまま、塀をすり抜けて職員室という場所に侵入する。一夜のような人を生徒と呼び、それを指導するのが教員という存在らしい。


 そして、彼の信仰によって生まれた力で、ここにいる教員の認識を改変する。


 私の存在を転校してきた生徒として、彼らに一種の催眠術のようなものを仕組んだ。


 この時点で、私の力はかなり消耗していた。


 職員室を出て、人気のない階段で人の姿に変わる。女子生徒の制服を身にまとい、はたから見ても違和感はないだろう。


 少し待っていると、教員の一人が教室まで案内してくれた。

 そこには、たくさんの生徒がいて、その中に私が求めていた生徒もいた。


 背中の裏で手を握りしめ、笑みをこぼさないようにする。


 教卓の横に立つと、自己紹介を促された。


 心臓の鼓動が高鳴る。初めての感覚だ。


 たくさんの人の前で話すからじゃない。私に集まる視線の中の、たった一つのせい。


 そう、ほかの誰でもない一夜がいるからだ。


 教室の窓際の隅の席。そこ以外、見られない。もはや、彼以外にはモザイクがかかったように見える。


 私は目を瞑り、深く息を吸って吐き出す。


 「初めまして。本日からこの高校に通うことになりました、伏見八柱ふしみ やしろと申します。


 これからよろしくお願いします」


 軽く礼をすると、拍手が起こる。


 神様としてのさがだろうか、こうして拍手されると気持ちが昂ぶってしまう。


 なんとかそれを抑えると、指定された席に座る。


 何という幸運だろう。その席は一夜の横だった。


 「よろしく、八柱さん。俺は一夜。分からないことがあったら、遠慮なく聞いてね」


 彼から笑顔を向けられて、私も自然と微笑み返す。


 「そういえば、八柱って聞いたことあるような……」


 と、虚空を見つめながら、彼は記憶の中を探る。

 私は、嬉しいような悲しいような、言い表し難い気持ちに溺れてしまう。


 私は一夜と話す機会を伺っていたが、他の生徒に質問攻めに遭い、時間だけが過ぎっていった。


 この整った容姿のせいだろうか。若干、後悔の念が残る。


 授業は、正直に言うと、全く理解できなかった。そんな私に、一夜は丁寧に教えてくれた。


 しかし、勉学の基礎の基礎から分からないため、終始ポカーンとした表情を浮かべていただろう。


 昼休みになると、他の生徒に邪魔されないように、すぐに彼に話しかける。


 「一夜くんは、どうしてこの高校に入ったの?」


 「うーん。これといった理由はないけど、この高校だったら進路の選択肢が増えるからかな」


 少し間を空けて、続ける。


 「自慢みたいになっちゃうけど、中学ではそれなりに勉強と部活を頑張ってたから、推薦でも十分合格できたから」


 「凄い頑張ったんだね」


 彼は謙遜するが、本当に努力をしていたことを私は知っていた。


 「そういえば、不安なことがあると神社に行ってたっけ」


 ドキッと、心臓が飛び出しそうな感覚を覚えた。彼からその言葉が出ると思っていなかったから。


 動揺を悟られないように、平静を装う。


 「最近行ってないの?」


 「そうだね。本当に理由はないけど、行かなくなったんだよね」


 理由がない、それもそのはずだ。特に御利益もない。神様も力がない。

 そんな神社に行く理由がなくなって当然だ。


 そして、彼の願いも何一つ叶えられなかった。


 その事実に、体の力が抜けて涙が出そうになってしまう。


 心配をかけないように、表には出さない。


 しかし、言葉は出なかった。


 二人の静寂を破るように、一夜に誰かが話しかける。


 「一夜、その人だれ?」


 「転校生の子。八柱っていうんだって」


 「そうなんだ! 私は風花ふうかだよ」


 よろしくね、と差し出された手を取る。その子は、茶色がかった短髪に、同色の瞳。


 愛嬌のある仕草や声色。素直に可愛いと思った。


 ここまでは良かった。


 一夜と風花はすっかり二人の世界に入ってしまう。その世界は固く閉ざされていて、私が入る隙もない。


 こんな私にでも分かる。二人はお互いのことを好きなんだと。


 私の胸が締め付けられると同時に、ざわめきが走る。


 すぐに分かった。この感情を理解してはいけない。すぐに頭を冷やさないといけない。


 それでも、無視できなかった。


 一夜との思い出、記憶が塗りつぶされるように、二人を見つめる。


 一夜の幼いころの姿。一夜の笑顔。一夜の泣く姿。


 全てが今、目の前に映る光景でくすんでいく。


 それもそのはずだ。だって、私の記憶に存在する一夜に……私の姿は映っていないから。


 どうしたら、一夜を取り戻せるんだろう。


 どうしたら一夜は、もう一度私を頼ってくれるんだろう。


 私の中に、激しい嫉妬心が渦巻き始めた。

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