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第五章 古いファイルの封印を解く

午後のオンライン会議まで、まだ数時間あった。

 匠は机の引き出しから、外務省を辞める直前に保存した古いUSBメモリを取り出した。

 黒い樹脂製の小さな筐体は、長年触れていなかったためか、わずかに冷たかった。


 ――これを開く日が来るとは思わなかった。


 PCに差し込むと、古いフォルダがいくつも並んでいる。

 その中に、ひときわ目を引くファイル名があった。


 **「B-Scenario_Stage3_Confidential」**


 匠は深く息を吸い、ファイルを開いた。


画面に表示されたのは、匠がかつて作成した“構造分析モデル”だった。

そこには、国名や人物名は一切書かれていない。

ただ、「国際秩序の変動が連鎖する条件」 が、淡々と記述されていた。


 〈第三段階:多層的リスク連鎖モデル〉


 1. 大国の行動が地域秩序の均衡を崩す

 2. 国内政治の不安定化が外交判断に影響を与える

 3. 情報空間の混乱が意思決定を難しくする

 4. 複数地域で同時多発的に緊張が高まる

 5. 同盟国間の政策調整が困難になる

 6. 結果として、日本が“選択を迫られる局面”が到来する


 匠は画面を見つめながら、当時の記憶を呼び起こしていた。


第三段階のモデルを作成した当時、匠は外務省の若手として異例の抜擢を受けていた。

だがそのことが、匠を職場から離れるきっかけになるとは夢にも思わなかった。


 ――あの時、俺は正しかったのか。


 匠は、ある国際案件の分析チームに所属していた。

 複数の情報源が矛盾し、真偽不明の情報が飛び交う中、匠は“最悪のケース”を想定した分析を提出した。

 しかし、その分析は一部の関係者から「過度に悲観的だ」と批判され、政治判断の場では採用されなかった。


 その後、事態は匠の想定に近い形で進行し、対応が遅れたことで現場が混乱した。

 責任の所在を巡る議論の中で、匠の名前が内部文書に残り、

 “あの分析が混乱を招いた”

 という誤解が広がった。


 真相は違う。

 匠はむしろ、混乱を避けるために警鐘を鳴らした側だった。

 だが、政治的な判断の中で、若手の声はかき消された。


 その出来事が、匠を外務省から遠ざける決定打となった。


 ――俺は、もう戻らないと決めたんだ。


 しかし今、再び第三段階のモデルを見つめる匠の胸には、

 あの時と同じ“嫌な予感”が静かに蘇っていた。


 匠はスマホを手に取り、最新のニュース速報を確認した。


 「立憲民主党・公明党の両代表、新党結成の会見」

 「新党名は未定」


 匠は僅かに眉をひそめた。

 政治的評価をするつもりはない。

 ただ、事実として“国内政治の再編が加速している”ことだけは明らかだった。


 政党の枠組みが変われば、外交政策の一貫性にも影響が出る。

 それは匠が第三段階で示した“国内政治の不安定化”の条件に合致していた。


 ――現実は、加速度を増している。


 匠はコーヒーを飲み干し、深く息を吐いた。


 窓の外では、雪が静かに降り続いている。

 街はいつも通りの冬を描いていた。

 しかし、匠の胸の中には、もう“静けさ”はなかった。


 第三段階のモデルは、まだ“予測”の段階だ。

 現実に起きたわけではない。

 だが、条件は整いつつある。


 匠はファイルを閉じ、静かに呟いた。


 「……問題は、どの条件が最初に臨界点を超えるかだ」


 午後の会議で、矢島に伝えるべきことは決まっている。


 世界は静かに軋み続けている。

 俺が必要とされている理由はそういうことだ。

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