第四章 揺らぐ国内、静寂の街
翌朝、匠はいつものように早く目を覚ました。
外は前日よりも更に冷え込み、窓の外には淡い光の中で粉雪が舞っている。
A市の冬は厳しいが、その厳しさがむしろ心を落ち着かせる。
しかし、匠の胸の内には、昨日のオンライン会議の余韻がまだ残っていた。
――プランBの第三段階。
その言葉が、静かな朝の空気をわずかに震わせるように思えた。
ストーブに薪をくべ、湯を沸かしながら、匠はスマホでニュースを開いた。
画面には、国内政治の急展開が次々と表示されていた。
**「立憲民主党と公明党、新党結成を視野に協力調整」**
**「椎馬総理、通常国会冒頭での衆院解散を与党幹部に伝達」**
匠は僅かに眉をひそめた。
自分の立ち位置は常に情勢を俯瞰し分析すること。
政治的評価をするつもりはない。
ただ、事実として“国内の構造が揺れ始めている”ことだけは明らかだった。
「……動きが早いな」
匠は呟いた。
政党間の協力関係が再編される可能性が報じられ、
与野党が選挙態勢に入ったという記事が並んでいる。
それらはすべて、匠がかつて分析していた“国内政治の変動が外交判断に影響を与える”という構造そのものだった。
だが、今の匠は外務省の人間ではない。
一介の地方公務員でありA市の一市民だ。
それでも、情報の連なりを見れば、自然と頭の中で“構造”が組み上がってしまう。
――国内政治の再編。
――国際情勢の不安定化。
――同盟国間の政策調整の難航。
それらが同時に進行する状況は、プランBの“第二段階”に極めて近い。
匠はコーヒーを淹れ、深く息を吐いた。
窓の外では、民間の除雪車が走る音が聞こえる。
A市の朝は、いつもと変わらない。
しかし、ニュースの文字列は、まるで別世界の出来事のように見えた。
そのとき、スマホが震えた。
矢島からのメッセージだった。
《匠さん、第三段階の再評価……急ぎたい。
今日の午後、もう一度オンラインで話せるか?》
匠は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
第三段階――それは、匠が外務省を辞める直前に作成した“最も扱いが難しい部分”だった。
あれは、単なる予測ではない。
複数の国際的要因が連鎖し、
“日本がどのような選択を迫られるか”を示したシナリオだった。
匠はゆっくりと返信した。
《午後なら大丈夫だ。時間を作る、調整しよう》
送信ボタンを押した瞬間、胸の奥に小さな痛みが走った。
それは、かつての職務に戻ることへの恐れではない。
むしろ、“分析者としての自分”が再び目を覚まし始めていることへの自覚だった。
コーヒーを飲み干し、匠は立ち上がった。
外は相変わらず静かで、雪が柔らかく降り続いている。
A市の風景は、世界の激動とは無縁のように見える。
だが、匠には分かっていた。
世界の変化は、必ず地方にも影響を及ぼす。
そして今、その“境界線”が静かに揺れ始めている。
午後の会議までに、第三段階の資料を読み返す必要がある。
匠は古いファイルを取り出し、机に広げた。
――第三段階。
――あれを、もう一度見直す時が来た。
窓の外では、陽光に輝く氷の結晶が舞い踊り、
その美しさの向こう側で、世界は静かに軋み続けている。




