第十章 第三段階の接触
1月21日、午前六時。
A市の空は薄い灰色に染まり、雪が静かに降り続いていた。
匠はストーブに薪をくべ、湯を沸かしながらスマホを手に取った。
画面には、夜のうちに更新された国際ニュースが並んでいた。
**「トランプ大統領、パリG7欠席へ」**
**「マクロン大統領のメッセージを一方的に公開」**
**「グリーンランドにアメリカ国旗画像を投稿」**
匠は眉をひそめた。
――象徴的な挑発だ。
ただ、情報空間での“象徴の使い方”が外交の前面に出てきていることを示していた。
次のニュースが目に入る。
**「フランス、グリーンランドに部隊派遣」**
**「ドイツ・スウェーデンも参加表明」**
**「ホワイトハウス報道官『欧州の派遣は影響しない』」**
匠は深く息を吐いた。
――欧州は“領土保全”を理由に動き、
――米国は“既成事実化”を進めている。
これは単なる外交摩擦ではない。
**大国間の構造的対立** だ。
そして、その影響は必ずインド太平洋に波及する。
匠はノートを開き、第三段階の条件を確認した。
1. 大国の行動による地域秩序の変動
2. 国内政治の再編
3. 情報空間の混乱
4. 同盟国間の政策調整の難航
5. 複数地域での緊張の高まり
今朝のニュースは、
**①・④・⑤** の三つを同時に刺激していた。
さらに、国内では――
**「各党、解散前の非難合戦」**
**「SNSで真偽不明の情報が拡散」**
匠は静かに呟いた。
「……国内政治の不確実性が、外交判断の余白を狭めている」
日本のプレゼンスは、
日米安保を軸にしながらも、
米欧対立の影響を避けられない。
――日本は、どこに立つのか。
――どこに立たされるのか。
その問いが、匠の胸に重く沈んだ。
外に出ると、雪が静かに降り続いていた。
街はいつも通りの冬の朝を迎えている。
除雪車の音。
遠くの煙突から立ち上る白い煙。
野鳥の声。
世界の緊張とは無縁のように見える。
だが、匠には分かっていた。
――世界の変化は、必ず地方にも影響を及ぼす。
――そして今、その“接触”が始まっている。
スマホが震えた。
矢島からのメッセージだった。
《匠さん、状況が急速に動いている。
第三段階の条件が、また一つ埋まった。
今日の午後、時間をもらえないか。》
匠は画面を見つめ、ゆっくりと返信した。
《分かった。午後に話そう。》
ストーブの火が小さく揺れた。
匠は深く息を吸い、第三段階の資料を開いた。
――臨界点はまだだ。
――だが、第三段階の“接触”は確かに始まった。
その感覚は、かつて外務省で味わった“古傷”を静かに刺激していた。




