4話 薔薇の魔王と憤怒の魔獣
暗い監獄に向かう一人の少女がいた。
赤髪のツインテールで、赤い薔薇を髪留めとして使っていた。少女が身にまとうドレスはまるで赤い薔薇が咲き誇るような煌びやかさがあった。
少女が入ろうとする監獄にはいくつか出口がある。そのうちの一つがハイラー王国の東に位置する草原にある。
入口は祠の跡地のようになっており、そこから石畳の階段が長く続いている。
石畳の階段を降り、監獄の最奥へ少女は向かっていた。
最奥へたどり着くとそこには赤いドラゴンが一匹気持ちよさそうに眠っていた。
少女は赤いドラゴンにそっと手を置いた。それからドラゴンに頬ずりをした。
「これは十戒のスキル……。そうか、あの墓守はここに来ていたか。良かったな、憤怒の魔獣よ。墓守と遊んでもらえて」
赤いドラゴンは目を覚まし、少女の方へとグルグルと喉を鳴らしながら頬ずりをした。
そんなドラゴンの鱗に少女は鼻を当てて、匂いを嗅いでいた。
「くんくん。これは、そうか。墓守以外にも、魔女の娘、それから黒の異世界人とも会っておったのじゃな。これは良い収穫ではないか」
少女は笑いながら、
「カカッ。偶然にも、魔女の娘、黒の異世界人がいたとは。そうか。もうじき会えるな、お前とも……」
と言った。
ドラゴンはそのままづかづかと歩きながら、離れていった。
恐らく監獄のさらに奥深くにある場所へと向かったのだろう。
そして少女は高らかに笑った。
その少女の笑い声は監獄の全体に響き渡った。
次の瞬間、一人の鎧の男がずかずかと歩きながら、少女の後ろへと近づく。
「王国の監獄で、無関係者がウロウロと、良い度胸だな」
鎧の男は大きな斧を両手で持ち、少女へと思いっきり振りかざした。
「ほう。中々良い肉付きをしておるな。しかし出会い頭に殺しかかるとは、中々横暴な人間じゃな」
「侵入者は問答無用で殺していいと、王からの命令だ!」
「カカッ。あの愚王じゃな」
少女は大きな斧を片手で受け止めた。
鎧の男は怒りの形相を露わとし、
「貴様、我の斧を受け止めるのは何奴……!」
「ほほう。お主肉付きは良いんじゃが、少し付き方が悪いのう。無駄についているだらしないところじゃな。その大きさは、流石の妾も一人じゃ食べきれんし、妾はお腹空いてはおらぬ」
少女はそう言いながら、大きな斧を粉砕した。手元に一輪の薔薇を添えて、男を罵る様に笑う。
「愚王の配下も愚者じゃな」
斧が粉砕されたことに鎧男は一瞬戸惑いを見せるが、
「き、貴様ぁあああああああああああ」
といったように、少女へと突進してくる。
少女に近づこうとした時、無数の茨が男へと向かっていき、男の四肢に刺していく。
男の動きがだんだん鈍くなっていき、その場で倒れ込む。
少女は男を見下ろしていた。
男にとってそれはただ屈辱でしかなかった。まるで男自身が敗北したと象徴するかのように思えたから。
「き、貴様……。なぜ、とどめをささない……」
「とどめか。できたら良いものじゃが。しかし良かったのう、人間。妾は殺し専門の魔王ではないのじゃ」
「ま、魔王だと。お、お前みたいな小娘が……」
「妾にとってはお主は、赤子じゃが」
「き、貴様……」
「カッカ。怒れ、憎しめ! そちらの愚王に告げろ。お前に死ぬよりも恐ろしい地獄を見せてやると」
「小娘ごときが、魔王を語りやがって……」
男は少女を見てぞっとした。
「かっか……。ひれ伏せ、人間。そして妾を崇めよ。そしてハイラー王国の全民に告げろ。薔薇の魔王フロレア―ルは死んでおらんと」
魔王は高笑いをしながら、鎧男の元から去っていった。
*
薔薇の魔王が監獄で鎧男を倒したという情報は瞬く間にハイラー王国全土に知れ渡ることになる。
そして屋敷に到着して数日後の雪村たちの耳にもその情報は届いていた。
雪村はレオナと紅茶を飲みながら、屋敷の中庭で話していた。
「どうやら薔薇の魔王が監獄に現れていたみたいわね」
「薔薇の魔王……。ああ、あの薔薇の魔王フロレア―ルのことか」
「雪村さん、ご存じでしたか」
「あー、そういえば王の配下から聞いたな」
「そうでしたか。しかし監獄に急に魔王が現れたっておかしい話ですよ」
「確かにそうだよな。それに俺らが脱出した監獄に偶然にも魔王が入ることはあるのか?」
「恐らく監獄に何か目的があってきたのではないでしょうか」
「目的ね」
雪村はそう言って、紅茶を一口飲んで、
「んー。目的に該当することとしたら、ああ、あのドラゴンじゃね」
俺はなんとなく思い当たるのがそれだと思った。
「それなんですよ。恐らく、目的が。私、屋敷についてから調べたんですけど、私たちが逃げていたあのドラゴン、どうやら憤怒の魔獣に該当するんですよ」
「憤怒の魔獣?」
「ええ。まず人間が真っ向から戦うとまず勝てません。死にます」
「死ぬってこえーよ」
「さらに言えば、憤怒の魔獣から受けた炎は受けた者が黒ずみになるまで燃え続けます」
「ええ……。勝ち目ないじゃん」
「もし憤怒の魔獣を手に入れることが魔王の目的だとしたら、恐らくこのハイラー王国は燃えつくされ、消えます」
「だとしたら、それも視野に入れてどうにか対処すべきだな」
「今のところ憤怒の魔獣の被害は報告されていないので、恐らくまだ監獄にいると思います」
憤怒の魔獣がまだ監獄にいるとしたら不幸中の幸いではある。だが、あんな化け物いつ地上に出てもおかしくない。そもそもなんであの化け物は監獄にいるんだ。
「なあ、ちょっとおかしくないか。そもそもなんで監獄にあんな化け物がいるんだ」
「そうですね、分かりません。いつから住み着いているのかも、分かりませんね」
あのドラゴンに対して不確かな要素が多い。
なぜ王国の地下にある監獄に住み着いているのか。
なぜドラゴンは監獄から地上に出ないのか。
「そうだな。なら、こっからは俺の憶測になるんだが、聞くか」
「ええ、聞きましょう」
「例えば憤怒の魔獣が薔薇の魔王のペットみたいに服従しているのだとして、薔薇の魔王がドラゴンに対してあらゆる躾を施したとする。まあその中に監獄の外に出るとお仕置きする的なものも含めて。その状況下にドラゴンが居たのだとすれば、ドラゴンが地上に出ない理由なのだと思うが、どうだ?」
「確かにその方がドラゴンが監獄に留まる理由づけにもなりますし、そう解釈した方が都合がいいでしょう」
「そういうことだとすればな。多分他に別の理由があるのかもしれないが、一応、そういうことにしておいて。要するに監獄はドラゴンにとっての住処みたいなものだろう。まあ魔王が勝手に監獄を犬小屋として使っているのだとしたら、これまた面白いことにはなるな」
俺の話を聞きながら、レオナは少し考えているようだった。
そしてレオナは何か思いついたかのように、
「そもそもなぜ監獄を住処にしたのでしょうか」
「確かにそうだな。住処なんてドラゴンだったら、どこかの洞窟でもいいわけだし」
「もしかしたらあの監獄に何かあるのではないでしょうか」
「確かにそうなってくるよな」
俺は納得して頷いていると、レオナは嬉しそうに、
「気になります!」
「は? どいうこと?」
「というわけで私たちはもう一度監獄へ行きます」
「は? まじか。というかドラゴンにまた追いかけられたらどうする?」
「まあ、それもありますが。私の王国乗っ取りの計画に利用できるかもしれません」
「計画にドラゴンを利用するのか?」
「ええ。ドラゴンを服従させることができれば、王に対しての抑止力になるのではないかと考えています。ですので、雪村さん、私に協力してください」
「まあいいけど」
「ありがとうございます♪早速準備しましょう」
レオナはウキウキしながら、部屋へと戻っていった。
俺はやれやれと思いつつ、重い腰を上げた。
こうして俺達は監獄へ再び向かうことになった。




