落語声劇「十徳」
落語声劇「十徳」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約15分
必要演者数:最低2名~
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※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
八五郎:ちょいと知ったかぶりをしている男。
ご隠居の着ているものが分からなくて適当に言ったら恥をかく。
ご隠居:横丁に住んでる物知り。
八五郎に自身の着ている十徳のいわれを教える。
辰公:八五郎の仲間。八五郎よりはものを知っている様子。
●配役例
【2人】
八五郎:
ご隠居・辰公:
【3人】
八五郎:
ご隠居:
辰公:
※枕は誰かが適宜兼ねてください。
枕:現代は非常に技術や道具が進歩しました。
その過程で失われていったものもまた多いです。
一例をあげますと火鉢、洗濯板など、いまではエアコンや全自動洗濯
機に取って代わられてます。これがちょいとひと昔、いや、ふた昔前
くらいまでは主流だったってんですから、恐ろしいものです。
そして時代と共に失われた、失われかけているものは何も道具や技術
だけではありません。
言葉もそうです。たとえば江戸時代にはよく使われていた「伊達者」
これはおしゃれな人を指します。「ほの字」は惚れる事を言いますが
これも現代ではほぼ聞かないですね。
さらに聞かないのは武士言葉で、例えばありがとうを指す「かたじけ
ない」とか、お疲れ様の意味を持つ、「大儀である」、そして意外な
事に呆れたり、自身の過ちに気づいた時に使う、「これはしたり」
など、もはや大河ドラマや書物や漫画の中でしか目にする事がなくな
ってきてます。
今から申し上げる一席は、そんな今では使われない物、言葉を使った
言葉遊びに近いものでございますようで。
八五郎:ご隠居!ご隠居!
ご隠居:なんだい八っつぁん。そんなに息を切らして。
八五郎:ご隠居、今なんでしょ、あの表の髪結床の前、通ったでしょ。
ご隠居:ああ、今しがた通りましたよ。
なんかなさったかな?
八五郎:なさったかじゃないよ。
ご隠居のおかげでね、あっしァえれぇ恥をかいたんだ。
ご隠居:それは穏やかではないな。
あたしのおかげで恥をかいたというのなら、そのわけを聞かない
といけない。
どうかなさったのか?
八五郎:なさったか、って呑気なこと言ってる場合じゃないやな。
大変な事だよ!
いやね、髪結床んとこに若えのが大ぜい集まったんだ。
そしたら辰公の野郎があっしに向かって言ったんだ。
辰公:おう見ろ、横丁のご隠居が通らあ。さすがご隠居は通人だね。
乙なもの着てるよ。
八五郎:なんてんでね、だからあっしも、なるほどこいつはいいモン着て
るなあってったんだ。そしたらあの野郎、
辰公:そんなこと言っておめえ、ご隠居の着てるのが何なのか知ってんの
か?
八五郎:なんて聞いてきやがるもんだから、知らなくてどうするってんだ
、ご隠居の着てんのは帷子のねんねこだろ、って答えたんだ。
ご隠居:な、なんだいその、帷子のねんねこてのは…。
八五郎:実はわからねえから適当に言った。
ご隠居:ずいぶんいい加減だな。
八五郎:そしたら皆がうわーっと笑って、帷子のねんねこ帷子のねんねこ
って囃しやがる。
だからさっきちょいと隙をうかがって逃げてきたんだ。
それで、そのご隠居の着てるの、なんなんです?
帷子のねんねこじゃねえんですかい?
ご隠居:バカな事を言いなさんな。
世の中に帷子のねんねこなんてものがあるかい。
これはなお前さん、十徳てものだよ。知らないのかい?
八五郎:へえ、十徳?どういうわけで十徳ってんです?
ご隠居:どういうわけって…まあ、別にわけもないんだろうが、無理に
理屈を付けりゃこうだ。
お前さん、この十徳を着てこういう形で立ってご覧なさい。
八五郎:へえ、こうですかい?
ご隠居:立ったところは前にこのヒダの付いている具合と言い、
これは衣の「ごとく」見えるな。
八五郎:はあぁなるほど。
確かに衣のごとく見えるね。
ご隠居:それで着たまま座る。
後ろへサッと捌いた姿なんぞを後ろから見ると、
羽織の「ごとく」見えるな。
八五郎:はぁはぁはぁ!なるほどねえ!
確かに羽織のごとく見えますな!
ご隠居:つまり、「ごとく」と「ごとく」で十徳だな。
八五郎:あぁ~なるほどねえ、衣のごとく羽織のごとくでごとくごとく…
へええ、色々わけがあるもんですねえ!
ご隠居:ああ、なんでも一応、謂れというものがあるんだ。
ところでお前さん、両国橋をご存じかい?
八五郎:あぁ両国橋ぐらい知ってらあな!
ご隠居:ではどういうわけで両国橋と名が付いたか、その謂れをご存知か
?
八五郎:あ~…うん…へへ、ご存じないですな。
ご隠居:あれは武蔵国と下総国の両方を掛け渡してな、両国へまたがって
るてえとこで、両国橋と言うな。
八五郎:はぁ~なるほどこれは分かりいいやね!
じゃあ両国橋みたいなんてのはまだありますかい?
ご隠居:あぁあるよ。
一石橋をご存じかい?
八五郎:ええ場所は分かりますよ。
ご隠居:場所じゃない、謂れだよ。
まぁまぁ分からないなら教えよう。
以前はあの橋は八つ見橋と言ってな、橋の上から辺りを見回すと
あの橋を入れて八つの橋が見えたもんだが、ある時地震で壊れて
しまった。
これをそのままにしておいちゃいけないてんで、幕府御用達の
呉服商「後藤縫殿助」、同じく幕府金座御用の「後藤庄三郎」
、二人の後藤が銭を出し合って橋をかけ直した。
二人の後藤、五斗と五斗を合わせて「一石」になったんだ。
まあ洒落だな。
八五郎:なぁるほど!五斗と五斗で一石橋なんてなァいいねェ!
これァいい事聞いたんで、ちょいと帰ってみんなを驚かしてや
ろ。
じゃご隠居、そういう事でこれ借りてくんで!
さよなら!
ご隠居:あ、お、おい!
八五郎:へへ、いやぁさすがはご隠居、伊達に年食っちゃあいないね。
…おうッ、みんないるかい!?
辰公:なに言ってやんでェ、いるかもくじらもねえや。
おめえが勝手にいなくなったんじゃねえか。
どこへ行ってやがったんだ?帷子のねんねこ。
八五郎:なんだこの野郎、まだ言ってやがるよ。
【咳払い】
おめえ達さっき、俺が帷子のねんねこて言ったら笑ったろ。
辰公:そりゃ笑うよ、おかしいもんな。
おかしいから笑う、哀しいから泣くんだ、不思議はねえやな。
で、どうした?
八五郎:おめえ達の前だがな、俺ァね、アレが何だという事はちゃあんと
心得たうえで、笑わしてやろうと思ってああ言ったんだ。
辰公:ふーん、変な野郎だな。
たいして面白くもなかったけどな。
で、ほんとは何なのか知ってんのかい?
八五郎:あたぼうよ!
アレぁ十徳ってんだろ。
辰公:うん、うんそうだよ、十徳だよな。
どうせどっかで聞いてきやがったんだろ。
で、どうしたんだ?
八五郎:へっザマぁ見やがれ、十徳だ。
あのな、何でも物には謂れがあるのをご存じか?
辰公:あ?何だって?
八五郎:【ご隠居の真似っぽく】
お前達、両国橋をご存じか?
辰公:ハァ?へへ、なに言ってやんでェ。
江戸っ子なら誰だって知ってらァんなもなァ。
八五郎:【ご隠居の真似っぽく】
どういうわけで両国橋と名付けたか、その謂れをご存じか?
辰公:知ってらァ。
武蔵国と下総国に掛け渡してあって両方へまたがってる、両国へ
掛かってるてんで両国橋ってんだろ。
八五郎:う、うんん…うん、そうだよ。
合ってんのに違ってるなんて言えねえだろ…。
【気を取り直してご隠居の真似っぽく】
一石橋をご存じか?
辰公:ああ知ってらァな。
あそこは確かに良いやな。
八五郎:場所じゃねえよ。
どういう謂れでーー
辰公:【↑の語尾に食い気味に】
分かってるよォ、俺ァ昔じいさんに聞いたんだ。
アレぁ元は八つ見橋って言ったんだ。
あの橋の上から辺りを見回すとあの橋を入れて八つの橋が見えたっ
てんだが、それが地震でぶっ壊れた。
このままにしちゃおけねえってんで、確か呉服町の後藤と金吹町の
後藤って二人の物持ちが銭を出し合って橋をかけ直したから、
五斗五斗って洒落込んで一石橋ってなったんだろ。
八五郎:う、うんん…こいつどっかで聞いてやがったな…?
十徳の謂れをご存じか?
辰公:あ?知らねえよ。
おめえは知ってるってのか?
八五郎:何を言ってやんでェったく、知らなくってどうするってんだ。
十徳のわけぐらい知らねえで、江戸っ子だなんて大きな顔をして
歩いてもらいたくねえな!
辰公:大きなこと言いやがるなこいつは。
じゃあその謂れてのを話してみろよ。
八五郎:おぅ教えてやろうじゃねえか。よく聞いとけよ。
この借りてきた十徳着て、すっと立ってみろ。
立ったところは前にこのヒダの付いている具合と言い、
これは衣の「ようだ」。
で、今度はそれ着たまま座るんだ。
後ろへサッと捌いた姿なんぞを後ろから見ると、
羽織の「ようだ」ろ。
辰公:おう、確かにそうだな。
八五郎:「ようだ」「ようだ」で……「やあだ」
辰公:は?何が嫌なんだおめえ。嫌なら止しとけよ。
八五郎:あれ…おかしいな…?
あれを着てこう立ってみろ。
辰公:なんだよ、また立つのかよ。
…で、どうするってんだ?
八五郎:前にこのヒダのスッと付いている具合と言い、
これは衣「みてえ」だろ。
で、今度はそれ着たまま座って、後ろへサッと捌いた姿なんぞを
後ろから見るってと、羽織「みてえ」だ。
辰公:ああ、羽織みてえだな。
八五郎:「みてえ」「みてえ」で……「むてえ」だ…?
辰公:何だよむてえて?眠てえのか?
布団ひいてやろうか?
八五郎:ぇ…あれ…なんか違ってやんな……おかしいな…?
あれを着て立ってみろ。
辰公:おい何べん立ちゃいいんだよこの野郎。
どうすんだよ!
八五郎:あの、立ったところなんざ…
辰公:なんだ?調子が変わってきやがったよ。
なんだか泣きそうになってねえか?
八五郎:ぅ~この、この、この前にこのヒダのスッと付いている具合と言い、
これは衣に「似たり」よ。
辰公:おぅ、衣に似たりだな。
八五郎:で、今度はそれ着たまま座って後ろへサッと捌くなんざ、
羽織に「似たり」だ。
辰公:羽織に似たりだな、それでどうしたんだ?
八五郎:「似たり」「似たり」で……あ、これは「したり」。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
立川談志(七代目)
※用語解説
・十徳
じっとく、とも。
脇を縫いつけた、羽織に似た着物。おもに儒者や絵師、医者などが礼服と
して用いた。語源は「直綴」(じきとつ)からの転訛で、脇を綴じてある
意味かと思われる。
・髪結床
江戸時代における、男性の髪を結い、月代やひげを剃ることを職業とした
理髪店。
・通人
1.人情に通じ、さばけた、粋な人。
2.その方面の事をよく知っている人。
・帷子のねんねこ
帷子:裏地のないひとえの衣服全般を指す。特に、麻やからむし
(植物繊維)で仕立てたもので、通気性が良く、夏の衣料として用いられ
た。
ねんねこ:子どもを背負う際に、背負う人と子どもの両方の上から羽織る
広袖の綿入れ半纏。防寒着として使われた。
つまり何が言いたいかというと、どちらも相反する季節の衣料なので、
「そんなものはない」(by横山光輝三国志・関羽
・武蔵国
現在の埼玉県、東京都、神奈川県の一部(横浜市と川崎市)にあたる
地域を指す。
・下総国
現在の千葉県北部と茨城県南部を占める地域
・金座
勘定奉行直属の、現在で言う造幣局の役割を持つ。
・一石
米俵にして2.5俵。1俵がおよそ60kgなので、150kg。
もともとは大人一人が一人一食一合×三食×一年間で食う米の量を一石と
したとのこと。
・五斗
一石の半分。(雑ゥ!
そう言えばこの噺には関係ないけど、
「太閤が 一石米を買いかねて 今日も御渡海(五斗買い) 明日も御渡
海(五斗買い)」とかいう歌が朝鮮出兵時に流行ったとか流行らないとか
。
・一石橋
現在は「いっこくばし」と呼ばれている。
かつてはこの橋自身と常磐橋、呉服橋、鍛冶橋、銭亀橋、日本橋、江戸橋
、道三橋と、八つの橋を一望できる名所で、別名を「八ツ橋」「八つ見の
橋」と言われたが、現在はその景観はほぼ残ってない。
・したり
したり、これはしたり、など意外なことに対する驚きや、失敗したときの
後悔を表す言葉。
「しまった」「しまった、やってしまった」というような意味合いを指す
が、現在はほとんど聞かれない。
ちなみに私は好きな言い回し。
サゲとしては分かりにくい部類になりつつあるので、枕でそれとなく説明
。




