【原案版】ある日カレンダーから声が聞こえるようになった
おはようございます! こんにちは! こんばんは!
12月3日はカレンダーの日です。以前「なろうラジオ大賞6」の応募作品として投稿したものの、原案版を投稿したいと思います。気づけば一年前。作品は撃沈でした。
応募する際に文字数制限があると気づかず、でも応募したい思いはあったので、何とか試行錯誤しながら内容を削減したのを覚えています。本筋までが少し長めです。それまでは主人公の説明をしているので、必要ない方は流し読みしてもらって構いません。拙作感は否めませんが、温かい目で見てくださると嬉しいです。
主人公の瀬野充はごく普通のサラリーマンだ。一度も染めたことのない黒髪に、こげ茶色の瞳。顔も普通で、あることを除いては、いたってどこにでもいるような容姿をしている。それが何かと問われれば背の高いこと。裏を返せば滅多にいないのだが。学生時代はスポーツや学力も平均的だった。何においても平々凡々な充だが、背の高さだけは唯一誇れるのだ。
元々両親が背の高い部類なので、遺伝的な要素は否めないが、中二の夏頃から急に背が伸び始めて、高校を卒業する頃には180cmを越えていた。大学生になってからも数センチ伸び最終的には185cmにまでなった。身長を伸ばす努力をしたかと`問われれば、否。牛乳を毎日飲んでいただけで、特別なことはしていない。あとは健康のためのストレッチや筋トレをした程度だ。
背が高いゆえのさがなのか「上の棚の本を取ってほしい」とお願いされることが多かった。それは社会人になってからも変わらずだ。よほど忙しくない限り断ることはない。頼られることは素直に嬉しいし、役立つことがあるんだと誇らしい気分になる。
いいように使われている気もするが、そこは考えないでおく。ただ人を見下ろすことも多いためどうしても威圧感を与えてしまうのが悩みだ。
カラーリングに興味があっても、怖がられるのは嫌なので染めたことはない。金髪なんて夢のまた夢だ。見かけによらず、気は小さい。
そんな充でも友達はそれなりにいる。大体が「背を伸ばす秘訣は何だ!」や体格がいいせいで腕相撲の勝負をかけられることしばしば。そこで充が勝つと「お前すげーな」と口々に言いながら、いつの間にか仲良くなるパターンが多かった。やりたくもない勝負をやらされるデメリットはあったが、おかげで友達も出来たし、今ではいい思い出だ。
それに人との待ち合わせがしやすいし、はぐれても高確率ですぐに合流できるのはメリットである。ただ人様の待ち合わせ場所の目印になることも多いため、そのときはあえて移動してやろうと意地の悪い感情が沸く。実際にしたことはないが、こうも毎回だとうんざりする。
そんな充には友達に話していない秘密がある。実は五年ほど前からカレンダーから声が聞こえるという不思議な現象が起きているのだ。事の発端は充の二十歳の誕生日だ。友達が誕生日パーティーを企画してくれて、そのとき初めて酒を飲んだ。祝われながらの飲酒に気持ちよくなり気が大きくなる。一次会と二次会の記憶はある。しかし三次会でカラオケ店に入り、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ――までの記憶はあるが、家にどうやってたどり着いたのかは覚えていなかった。気がついたら、石像を抱えてベッドで寝ていたのである。
目を疑う光景に、二度見して跳ね起き、ベッドから出ると得体のしれないものを見るように、何故か床に正座した。その石像がきっかけかは分からないが、目を覚ますとどこからともなく声が聞こえていたのだ。初め誰かいるのかと辺りを見渡したが、人の気配はなかった。なのに声だけが聞こえる。
ただその日は二日酔いのせいで、未だ夢の中にでもいるんだと気にしないようにしていた。けれど二、三日経っても声は消えることはなかった。「これは怪奇現象ではない。そもそも俺には霊感なんてものはないし、おそらく疲れがたまっているだけだ」と言い聞かせている。しかしその声の主がはっきりと分かる出来事があった。ある日友達と出かける約束をしている最中のこと。スケジュールを確認するため友達の一人がおもむろに手帳を取り出したとき。声が聞こえたのだ。
『うわっ眩しい! ふぁ~ここは窮屈だな』
『本当よね』
『突然暗くなったり、明るくなったりで嫌になっちゃう』
耳を疑った。何なんだ今のは。だから友達の優斗に問いかけた。
「なぁ今の聞こえたか」
「は? 何がだ」
「今眩しいとか、聞こえなかったか」
「何言ってんだお前。誰もしゃべってねーぞ」
優斗ともう一人の友達である和樹が怪訝な表情をする。
「いやーそうかな。ははっ」
「でさーこの日はどうだ」
何事もなかったかのように、日程を決め始める。しかし優斗がスケジュール帳の日付をなぞると、声が再び聞こえてくる。
『わーくすぐったい』
『ふふふっ』
『オレこの感覚好きだわ』
『えーあり得ない! ゾワゾワするだけじゃない』
まただ……何なんだ。ビクりと肩が揺れる。
「――なぁ本当に何も聞こえないか」
あまりにもはっきりと耳に届き、空耳とは言えないレベルだ。確認のため変なやつだと思われるのも厭わず、二人に聞く。しかし帰ってきた答えは予想外の言葉。
「大丈夫かお前。疲れてんじゃねーのか」
「あっ! それか石像の呪とか? 買い手がつかない代物だったんだろ。それを……ふっあはは! 彼女にして家に」
「その話はよせ」
黒歴史を掘り返すなと充は内心思う。
「悪い悪い」
そう言いつつ顔を真っ赤にしながらググっと笑いをこらえてる姿に、苦虫を噛み潰したような顔になる。全く悪びれてない。
あとで聞いた話によると、酔っ払った充を心配した友達の一人が自宅まで送り届けてくれた。その道中に石像が売られている露店を見つけると、充は駆け寄ってその中の一体に向かって話しかけた。
「君可愛いね~」「今一人?」「俺の彼女になってよ」などなど言っていたのである。「引き取り手がいなくて困ってる」と言う店主の言葉を「行くところがない」と勘違いした充は、家に連れ帰ったのだ。
お代は友達が払ってくれて、迷惑をかけたにもかかわらず「面白ぇ~もん見れた」と笑ってくれたのが、唯一の救いだ。充はいい友達をもったと思うものの、本人曰く完全に黒歴史だ。その石像は今も家にある。とまぁこんな感じでイジられる。これ以上話すのは辞めたのだ。友達には一切聞こえておらず、充にだけ聞こえる事実に、何か得体のしれないものを感じる。鳥肌が、つま先から頭のてっぺんまで一気にかけめげる。
それからというもの「ただ疲れてるだけか?」「本当に呪われてるのか?」と、注意深く耳をすませていく中で一つの結論にたどり着く。それが全てカレンダーから聞こえる声だと言うことに。ただ石像との因果関係は分からないが。
その声は一つではない。男だったり女だったり、様々。
一度だけカレンダーに向かって話しかけたことがある。決して寂しかったからじゃない。どうやら充の声は奴らには聞こえないようだ。問に対して答えもせずただただ日付同士で会話している。こんなありえない状況が初めこそ気味が悪かったが、かれこれ五年ほど続いているとBGM化している。心地よく感じてもいる。慣れって恐ろしい。
そしてわかったこともある。奴らには個性が存在している。一年は十二ヶ月に分かれているがそれぞれの月の特徴が現れているのだ。
例えば十二月は早口で気性が荒い奴らが多いが一月になると途端に静かになる。まるで人間の生活を現してるようだ。十二月はまさに師走。一年で一番忙しい時期と世間一般では言われている。普段の倍……いやそれ以上かもしれない。とにかくいつもはのんびりしている人も、余裕がなくなる。かと思えば翌月になると、パタリと忙しさが減る。そのうえお正月休みを挟んでいるせいか、本調子に戻るのに時間がかかる。
昼飲みは当たり前で寝正月。こんな生活を続けていれば休みボケもするのだ。そしてやる気も起きない。
四月はプラス思考で五月はマイナス思考の奴が多い。多いってだけで前向きな奴もいる。四月は新年度。新入生や新入社員にとっては、目標を掲げ希望を持って頑張ろうと決意する時期。
五月は思い描いていた理想と現実のギャップにもがく時期。まさに五月病だ。充は入社当初、五月病にやられそうになったのだが、日付たちがマイナス思考のやつに対して励ましている声を聞いた。するとどうだろうか、まるで内部対話を具現化されたみたいだった。おかげで持ちこたえられた。自分の内なる声に耳を傾けろ。などと言われている気がしたのだ。
たまにうるさいやつもいるが、騒がしさに救われることもある。だからいつの間にかカレンダーから聞こえる多様な声が生活の一部になっていた。とにかく例えを挙げ出したらきりがないが、割と楽しく会話を聞いている。
言い忘れていたことがある。二月の奴らはやたらと寂しがり屋だったり、欲求不満の奴らが多い。最初の一年は気が付かなかったが二年目に「おや?」と思った。閏年だ。四年に一度しか会えない奴がいる。特に二十八日は隣同士だからなのか、閏年のときは騒がしい。具現化したら生き別れた家族が感動の再会を果たしたかのように抱き合って離さない姿が目に浮かぶ。
口々に『久しぶり〜』『ようやく会えたね』と会話しているのだ。そして二十九日が終わりを迎える二十三時五十九分。別れを惜しむように皆すすり泣いていた。素直に感情を出しているのが、羨ましくもある。根底に男が泣くのはカッコ悪いと言う考えがあるからだ。悔し泣きや嬉し泣きは別な気もするが。思わずもらい泣きしそうになった。決して涙もろいわけじゃないのだが、なんとまぁ人間味あふれる奴らだ。
奴らは喜怒哀楽がハッキリしている。人間は言いたいことを飲み込むことも多い。そう考えるとある意味自由気ままで憧れる。カレンダーに憧れるなんてどうかしていると思うが、ありえないことが起きている以上考えるだけ無駄だ。まぁこれは月間カレンダーに限ったことなのだが。もちろん他のカレンダーは違う。
あれは新しいカレンダーの調達に雑貨屋と文具店を回っていたときの話。ついでに手帳も探すかと手にとってみる。まずは声の正体に気づくきっかけとなった手帳の中の奴らのこと。皆が皆窮屈そうにしている。常に閉じられているため、暗闇の中を生きているからだろう。その分光を浴びると饒舌になる。まるで光合成のよう。
週間の奴らは七日間なので人数が少ない分絆が強く――感じる。年間の奴らはとにかく騒がしい。全員集合しているので、皆がしゃべりたい放題でカオスと化している。しまいには一番偉い奴は誰だ論争が始まった。一部始終を聞いていたが、あれは論争と言って差し支えない。と、思う。
『やっぱり一月一日が年の初めだから俺が一番じゃね?』
(それも一理あるな)
『えーでも四月一日の方が年度始めだから、私のがふさわしいよ』
(確かに入学式や入社式があるから俺的には第一候補だ)
『はー!? お前嘘つきじゃん。そんな奴信用ならねーよ』
(エイプリルフールか……)
『えっヒッドーイ。楽しませるためにしてることなのにぃ関係なくない?』
(確かに関係ない。が、冗談の通じない奴には逆にこっちが焦るんだよな。うん。考えればこれは却下だな)
『待て待て! どう考えても一年の締めくくりが大事だろ。集大成だ。よって十二月三十一日の俺が一番番だ』
(確かにしっくりくるな。となると俺は十二月三十一日を推そう! うん? 推しってなんだ。我ながら頭がおかしい)
『あの~。わたし、十二月三日こそふさわしいと思うんですけど……』
『あぁ十二月三日か』
頷きながら、面白い会話してるなとちょっとニヤけそうになりながらハッと気づく。はたから見たら年間カレンダーをじっと見つめる不審者じゃないかと。ただでさえ背が高くて目立つのに慌てて平静を装い、選んでいる素振りを見せる。人目をひく体格なことをすっかり忘れていたのである。会話の続きが気になったが、なんとなく気まずくなりそそくさとお店を後にする。きっとここへは買いに行かない。お店の人には心の中で謝った。
家に帰って十二月三日のことを調べた。何と『カレンダーの日』と記されていた。知らなかった……。毎日が記念日であることは知ってはいたが犬の日や猫の日、いい夫婦の日など有名どころしか知らない。
太陰太陽暦……月の満ち欠けを基準とする暦から、太陽暦……地球が太陽の周りを一回転する周期を基準にする暦に改暦されたのが十二月三日。
「ふむ。なるほど! 名前にカレンダーが入っている時点で、もう優勝だ。是非とも十二月三日には一番になってもらいたい」
大きな独り言である。
最後に日めくりの奴の話になる。実家のカレンダーは日めくりなのだが、こいつらは基本無口。きっと話す相手がいないから。と勝手に思っている。ある意味孤独だ。騒がしい奴らを知っているからか、破られてゴミ箱へ捨てられている姿を見ると物悲しくなる。何を考え、何を思い一日を終えたのだろうか。と思ってしまうのはきっと相当ヤバい。奴らと長い付き合いになると、情が沸く。
だから石像は未だに処分していない。もし処分して奴らの声が聞こえなくなると、寂しいと思うくらいにはなくてはならない存在になってしまったのだ。
時々『この状況は一体何だ〜』と叫ぶ奴や『私何でこんなとこにいるの!?』と声が聞こえる。もしかしたら、元は人間でカレンダーの中に転生してしまったのかもしれない。「案外楽しいぞ!」と教えてやりたいが、あいにくこちらの声は届かない。
「来世がカレンダーだったら、俺が経験してきた今までの話を教えてやるからな。行くまで待ってろよ!」
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ただいま新作投稿に向けて準備中です。12月中の投稿を目指しております。
また別の作品でお会い出来ますように……(2礼2拍手1礼)。




