関東ママ会@少人数バージョン
少人数でママ会をしようよ、と企画したのは、やっぱり笑茉ちゃんママだった。
ママ会前の週末、凜と悠人にお留守番をしてもらって、久しぶりに美容院に行った。一年近く伸ばしっぱなしだった髪にインナーカラーを入れてもらい、セミロングまで切ってもらった。髪の毛をきちんとするだけで、少し背筋がピンとするのが不思議だ。
ママ会の日は、ネイルチップで爪を着飾った。いつもよりしっかりと化粧をして、クローゼットから引っ張り出した黒のノースリーブワンピースを着て、ヒール3センチのスクエアトウパンプスを履いた。凜には、この間ZARAのセールで買った花柄のワンピースとヘアバンダナを着せた。準備は滞りなく終わり、凛をサイベックスのベビーカーに乗せると、颯爽とママ会の会場へと向かった。
新宿駅に着き西口の改札を潜ると、足早に歩くサラリーマンの間を縫うようにして、ベビーカーを押しながら歩く。会場は、駅から十分ほど歩いたビルの高層階にあった。
お店に着くと、芽衣ちゃんママがニコニコしながら、いらっしゃいと出迎えてくれた。
「今回は企画ありがとう」
連絡したのは笑茉ちゃんママ、お店の予約は芽衣ちゃんママ、と聞いていた。今回の参加人数は5人ほど。すでに結菜ちゃんは来ていた。私が席に腰を下ろそうとしたときに、わー私が最後?ごめん!と咲良ちゃんママが慌ただしく入ってきた。
若干、中国語訛りの「いらっしゃいませ」の言葉とともに細身のスーツを着た男性が入ってきた。男性は親しげな笑みを浮かべながら言った。
「いつも菜乃と芽衣がお世話になっています」
ん?と疑問を持つみんなに説明するように「これ主人です」と芽衣ちゃんママがはにかみながら応えら。
「えー!旦那さん!」
咲良ちゃんママがオーバーに驚く。結菜ちゃんママはニコニコと微笑みながら「こちらこそお世話になっています」と言う。
芽衣ちゃんパパは「今日は楽しんでくださいね」と言うと、後ろに控えていた店員の女の子に「後はよろしくね」とバトンタッチして、部屋から出ていった。ドリンクの注文を聞いた店員さんが立ち去ると、みんなのモヤモヤに応えるように笑茉ちゃんママが口を開いた。
「ここ、芽衣ちゃんパパのお店なの。私が会場選びに迷っていたら、提供するよって言ってくれて」
「実は、そうなの。ここなら個室あるし、子連れでも問題ないし、騒いでも大丈夫だから、会場提供させてもらいました」
こんな素敵なレストランを経営しているなんてすごいね、と邪気のない咲良ちゃんママの声を聞いて、私はハッとして、本当にすごいね、と同調した。
「芽衣ちゃんパパは、他にもいくつもレストラン経営しているのだよね。どこだっけ、小籠包の…」
芽衣ちゃんママがいくつか名前を挙げたお店は、どれも聞いたことのあるお店だった。中にはつい先週テレビの情報番組で見たお店が含まれていた。カラフルな色とりどりの小籠包が、インスタ映えすると人気で、最近ではなかなか予約が取れないと報じられていた。
あまり美人ではなく、少しぽっちゃりとしていて野暮ったいと思っていた芽衣ちゃんママ。まさか、社長夫人だったなんて…。
ママ友には暗黙のルールがある。必要以上に相手のプライバシーには踏み込まない。ママの学歴、職業、年齢、収入、旦那の職業を気軽に聞かない。向こうから話すまでは聞かないし、こちらからもきっかけがない限り話さない。なので、旦那さんが社長だという情報すら後から知ることになるのだ。
「この間、カラフル小籠包テレビで見たよ。美味しそうだよね」
「ありがとう。もし、予約が必要だったら言ってね」
「本当?今旦那に予定聞くから、予約お願いしたいな」
結菜ちゃんママが早速iPhoneを取り出し、操作する。
凜が少しぐずりだした。私は、鞄の中からビニール袋を取り出し、ガサガサと音を出す。凜は小さな手を伸ばして、そろりそろりと袋を触りだす。やがてガサガサする音が気に入ったのか、夢中で袋を触りだした。
「そういえば、笑茉ちゃんママ、VERY載っているの見たよ」
結菜ちゃんママの言葉に、見つかっちゃった?と笑茉ちゃんママは恥ずかしそうにする。
「私、思わず写真撮っちゃった」
えー見たい見たい、という咲良ちゃんママに、これこれと結菜ちゃんママがiPhoneの画面を見せる。私も見せてもらうと、華やかな誌面に違和感なく溶け込む笑茉ちゃんママがいた。
「学生の頃に読モしていて、その繋がりで今もたまに撮ってもらっているの。昔と比べて体形も崩れているし、恥ずかしいのだけど」
いやいや今も美しいから、そうそうモデルで通用するよ、とみんなが口を揃えていうと、笑茉ちゃんママは、お世辞でも嬉しいと微笑んだ。お世辞ではなく、本心だ。華やかなブラウスとスキニーデニムを履き、すらりと長い脚を組んで椅子に座る様子は、雑誌の中から抜け出してきたようだ。
「咲良ちゃんママも読モやっていたものね?」
「いやいや、私は最近全然だから」
「え、咲良ちゃんママもモデルさんなの?」
「モデルなんてたいそうなもんじゃないよ」
東京ってすごい。雑誌でモデルとして写っている人たちが、一般人ですみたいな顔をして、さりげなく隣に座っている。そんな人たちに、就職とともに兵庫から上京して必死で標準語をマスターした私なんかが太刀打ちできるはずがない。同じ空間にいて、同じ空気を吸っているはずなのに、お前は偽物だと指を差されそうだ。付け焼刃でセットした髪の毛もネイルチップも、数年前に買った防虫剤くさいワンピースも、何もかもが薄っぺらい。
私の気持ちに呼応するように、凜が「あー」と泣き出した。どうしたの?と凜にかまけるフリをして、私は椅子から立って、凛を抱っこしてあやし始める。けれども、凜はなかなか泣き止まず、泣き声が次第に大きくなる。おむつかな?とワンピース越しに、おむつの感触を触って確かめた。かなりおしっこが出ていそうだ。
「凜ちゃんトイレ行く?私も芽衣のおむつ替えに行きたいと思っていたから、一緒に行かない?」
芽衣ちゃんママが芽衣ちゃんを抱っこしながら席を立った。ふんわりとした笑顔にホッとして、ありがとうと言った。
レストランを出ると「みんなすごいよね」と芽衣ちゃんママがぼわぼわした口調で言った。
「本当。すごいね。私なんて平凡だし、気後れしちゃって…」
「そんなの私も一緒だよ!産後太りのまま全然痩せないし」
お腹周りが手ごわいよね、わかる、と言いながら、赤ちゃん片手に荷物が詰まったマザーズバックを持って歩く。
私たちは、誰が見ても新米ママだ。ようやく赤ちゃんを片手で上手に抱っこできるようになったものの、うまく赤ちゃんを泣き止ませることもできないし、泣き止まないとどうしようとプチパニックになってしまう。わからないことも、悩むことも毎日たくさんあって、スマートフォンを手放せない。けど、赤ちゃんの母親は私たちだけで、私たちよりも愛情をもって赤ちゃんを世話することは、他の誰にもできない。
「私、芽衣のおかげで、今まで会わなかったような人たちとも会えるし、知らなかった世界を知ることができて、最近毎日楽しんだ」
本当芽衣に感謝しなきゃ、と芽衣ちゃんママは芽衣ちゃんの顔を覗き込んで幸せそうに笑った。
なんか、いいな。芽衣ちゃんママはまっすぐで裏表がなくて、性格のよさが滲み出ている。芽衣ちゃんママは、すごく魅力的だ。
ベビールームに着くと、二人で並んでおむつ替えをする。
あ芽衣ちゃんもパンパース?一緒!産院がパンパースだったからなんとなくね。うちもパンパースだったよ、とおむつの銘柄で盛り上がるなんて、私も立派なママだな、なんて。
いつの間にか凜は泣き止んでいて、隣で横になっている芽衣ちゃんを見て、きゃっきゃっと楽しそうに笑っている。お友達がいるのが嬉しいみたいだ。
「ついでにミルクも飲ませる?」
芽衣ちゃんママに誘われて、二人で並んでミルクを飲ませる。ミルクを飲ませている間に、私たちはお互いの夫婦の馴れ初めを話した。私は合コンで、芽衣ちゃんママはバイト先で、出会ったときの話と付き合うまでのいきさつをお互い話した。式場は違うが、二人ともみなとみらいで挙式していたこともわかり、親近感が増した。
「そろそろ戻ろうか」
おしりも綺麗になって、ミルクでお腹も膨れた凜は、満足したのか、機嫌が良い。
レストランに戻るとすでに料理は到着していて、少しぬるくなったスープとサラダを食べた。話題は産後の抜け毛の話になっていて、「髪の毛が抜けすぎてカツラができる勢いなんだけど」という咲良ちゃんママの言葉に笑った。
ムードメーカーの咲良ちゃんママ、みんなの憧れで格好いい笑茉ちゃんママ、空気を読んで場を盛り上げる結菜ちゃんママ、目立たないけど場を和ませる芽衣ちゃんママ。不思議なことに、子供たちもママと同じキャラクターに見えてくる。咲良ちゃんはよく動いてくるくる表情が変わるし、笑茉ちゃんは座っているだけで存在感がある。結菜ちゃんはウーウーと周りと話そうとしているし、芽衣ちゃんはニコニコと愛嬌のある顔で笑っている。凜に目をやると、この場にいることが楽しそうで、他の赤ちゃんの様子を観察している。凜のぱっちりとした二重の黒目がちな瞳やぷっくりとした頬、ふわふわな綿毛みたな髪の毛は、とても愛くるしく、咲良ちゃんや笑茉ちゃんに見劣りしない。平凡を絵にかいたような私の唯一の非凡。
料理を食べ終わると、インスタグラム用の写真を撮った。ママと赤ちゃんの写真、赤ちゃんだけの写真とたくさんの写真を撮った。
「私もマネして買っちゃった」
結菜ちゃんママの手には、真新しい一眼レフのデジタルカメラがあった。私の持っているカメラと同じメーカーで、型式違いのものだ。まだあまり使いこなせていなくて…という結菜ちゃんママに、おすすめの使い方を伝授した。
5人でいると時間はあっという間に過ぎ、また集まりたいね、と言いながら別れた。
『今日は関東ママ会少人数バージョン!
こうして会って話せるのが嬉しかったし、時間があっという間。
相変わらず美意識の高いキラキラママたちと素敵な場所でランチして、私たち親子はキレイな金魚鉢に入れられたメダカ状態(笑)
美しいママ&ベビーたちに癒されました。
笑茉ちゃんママ&芽衣ちゃんママ企画ありがとう♡
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インスタグラムに投稿すると、あっという間に100を超すいいねとコメントが書き込まれた。
『やっぱり美人ベビーのママさんも美人なのね』
『ママたちみんな美しくて眼福。街中で見かけたら絶対振り返る』
『こんなにきれいなママさんがいる東京ってすごいね』
私と同じ温度感でママたちを称賛するコメントが寄せられる。こんなにも洗練された美しいママたちの仲間だと自分が認識されていて誇らしい気持ちになった。
人に自慢できる特技もなく、夢も目標もなく、普通であることくらいしか取り柄のない私の人生が凜のおかげで色付いていく。凜と出会わせてくれた悠人と神様に感謝したい。
「あーうー」
凜がハイハイをしながら近づいてきた。よだれまみれの凜の口元を、凛がつけているスタイで拭う。抱っこすると、嬉しそうに頬を緩ませる。小さな手を天井の電気に向かって伸ばしている。凜はこの小さな手でどんな未来を掴み取るのだろうか。
「凜、大好きだよ」
小さな凜の身体は、ぎゅっと抱きしめると私の腕の中にすっぱりと納まる。甘い匂いも柔らかな身体もふわふわな髪の毛も、すべてが愛おしくて大切だ。幸せすぎて、何か悪いことが起こってしまうのではないかと怖くなる。ささやかな幸せが永遠に続いてほしい。