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関東ママ会

 久しぶりの渋谷。

 家から渋谷までは、電車で30分ほど。こんなに長いこと凛と二人で電車に乗るのは初めてなので、途中で泣かないかな…騒がないかな…と心配していたが、今日の凜のご機嫌でトラブルなく渋谷まで着いた。

 電車に乗っていた際に、見知らぬおばあさんに「かわいいわね。何か月?」と話しかけられた。そうでしょ。この子はそこらへんの赤ちゃんよりかわいいのよ、と言いたくなる気持ちをぐっと抑えて「ありがとうございます。7ヶ月です」と答えた。


 私は独身時代に買ったとっておきのワンピースを着て、ドキドキしながら凜の乗るベビーカーを押して歩いた。ワンピースのウエストが少しきつい。出産前より2キロ体重が増えているので、体形の崩れを隠せない。産後のダイエットをもっと頑張らないといけない。 

 凛はふんわりとした裾広がりの淡いピンクのワンピースを着て、頭にはヘアバンドを付けておめかしをして、お姫様のようだ。


 渋谷はたくさんの人で溢れていて、エレベーターを探して地上に出るのも一苦労だ。地上に出てからも、行き交う人の邪魔にならないように、凛の安全にも気を使いながらベビーカーを押して、信号も見て…と歩くとかなり疲れた。会場となるお店の入るビルの下に着いた時には、心底ほっとした。


 エレベーターのボタンを押してぼーっと待っていると、同じようにベビーカーを押した女性がやってきた。その人は、ダークブラウンに染まったセミロングの髪の毛をふんわりと巻いていて、膝丈のワンピースを着た清潔感のある人だった。

 一緒にエレベーターに乗り込んだ。私が7階のボタンを押すと、その人は控えめに声をかけてきた。


「もしかして、ママ会ですか?」


 私は少し緊張しながら「そうです」と答えた。


「一緒です。はじめまして、うちの子は結菜です」

「うちは凜です。よろしくお願いします」


 ベビーカーに目をやると、凛より少し小さな赤ちゃんがあむあむとベビーカーについているおもちゃを齧っていた。


「何か月ですか?」

「5ヶ月です。凜ちゃんは?」

「うちは7ヶ月です」

「うちの結菜よりちょっとお姉さんなのですね。もうおすわりとかしますか?」

「しますよ。5ヶ月だと、離乳食は始めたばかりですか?」

「先週からようやく始めました。もう大変で…ベビーフードに手を出しちゃおうかなって思っています」


 育児という共通の話題があると、初対面でも会話が続く。二人で談笑しながらエレベーターを降り、お店へ入っていく。


「いらっしゃい!」


 笑茉ちゃんを抱っこした笑茉ちゃんママが、笑顔で迎えてくれた。インスタグラムで見ていたので、すぐにわかった。実物の笑茉ちゃんママは、インスタグラムで見るよりも更に背が高く美しい。顔の小ささと足の長さに感動する。シンプルなブラウスとワイドパンツをさらりと着こなし、まるでモデルのようだ。


「好きなところ座ってね」


 結菜ちゃんママと私は子供をベビーカーから降ろすとベビーカーを畳み、子供を抱っこしながら部屋へ入っていった。


 笑茉ちゃんママは、個室のお座敷席を貸し切りにしてくれたようだ。ママ会にぴったりの、子供が自由に動き回れる会場で、すでに到着していた六組ほどの赤ちゃんとママが自由に過ごしていた。会場は、くすみ色のバルーンやガーランドで飾り付けされて、とても写真映えする空間に仕上がっている。さらに、子供用のおもちゃや絵本、ベビーベッドも置いてあり、子供がぐずった時のことが考えられているのが嬉しい。


 結菜ちゃんママと私は空いているスペースに並んで腰かけた。結菜ちゃんママと他愛もない会話をしながら、部屋の中にいる他の子たちを観察する。どの赤ちゃんも綺麗なお洋服を着て、顔が整っている。


 遺伝子ってすごい。赤ちゃんのママたちも全員美人なのだ。ギャルっぽいママ、モデル系ママ、自然派ママ、ハンサム系ママ…とジャンルは違えど、みんな自分に合った髪型をして、おしゃれな洋服を着ている。まつげエクステやジェルネイルをしているママも多い。私は、事前に美容院に行かなかった自分の浅はかさを呪った。数年前の服を着て、凛の世話の合間にパパっと寝ぐせ直しと化粧をしてきた自分がとても恥ずかしい。消えてしまいたい。


「ここいいですか?」


 ちょうど部屋に入ってきたギャルっぽいママさんに声をかけられた。結菜ちゃんママと私は「どうぞ」と言う。


「はじめまして、咲良です」

「はじめまして、結菜です」

「はじめまして、凛です」


 咲良ちゃんママは日本人離れした顔立ちで、私には絶対着られない短め丈のTシャツを着ていて、おへそが見えそうだった。髪の毛は、明るいキャラメルブラウン。金色のメッシュが入っていて、強めに巻いている。抱っこされている咲良ちゃんを見ると、ホリが深く髪の毛の色も茶色っぽい。純日本人の子ではなさそうだ。


「もしかして、二人ともハーフですか?」


 結菜ちゃんママは、ふんわりとさりげなく聞いた。


「私は違うよ。生まれも育ちも東京!咲良は、イギリス人とのハーフなの」


 サバサバした口調で話す咲良ちゃんママは裏表がなさそうで、話しやすそう。そのまま「あー喉乾いたー」と言って、バッグからミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、ゴクゴク美味しそうに飲んだ。


「私両国に住んでいるんだけどね、渋谷って若干遠くて、途中電車も遅れていたから焦ったよー。ちゃんと間に合ってよかった。電車も普段あんま乗せないから泣かないかヒヤヒヤしたし、もう着いただけで一仕事終えた感やばいんだけど。二人は大丈夫だった?」


 結菜ちゃんママはニコニコしながら「私も渋谷は最近来ていないから、ちょっとドキドキしちゃった」と言う。


「私は、武蔵小杉から一本だから、なんとかなったよ」


 咲良ちゃんママにつられて、思わずタメ口になってしまう。うちの最寄り駅は武蔵中原という駅なのだが、今日は天気がよかったのと、乗り換えが面倒で、散歩がてら隣駅の武蔵小杉まで歩いて電車に乗ったのだ。


「武蔵小杉いいなー!子連れには住みやすそうだよね」


 説明するのが面倒で、最寄り駅は違うと説明しなかった。武蔵中原なんて、誰も知らないだろうし。


「そういえば、私まだインスタのフォロワー少なくて、よかったらフォローさせて!アカウント教えてもらってもいい?」


 三人でインスタグラムのアカウントをフォローし合う。結菜ちゃんのフォロワーが700人、咲良ちゃんのフォロワーが1,000人、凛のフォロワーは1,500人ほどなので、この中では凜のフォロワーが一番多い。インスタグラムのプロフィールは自己紹介代わりだ。


「結菜ちゃんと凜ちゃんは、うちよりちょっとお姉さんなんだね。私、まじわからないことだらけだから色々教えてほしいな」


 咲良ちゃんは2月生まれなので、凛の方が4か月ほどお姉さんだ。

 ちょうと部屋に入ってきたママさんが、咲良ちゃんママを見つけると「咲良ちゃんママ」と寄ってきた。少し背の低いぽっちゃりとしたママさんと凜より少し大きい女の子。


「隣いい?」

「いいよいいよ。あ、こちらは芽衣ちゃんママだよ」

「はじめまして」


 芽衣ちゃんママは美人ではないが、癒し系の柔らかい雰囲気でかわいらしい感じの人だ。


「芽衣ちゃんママとはこの間、ハーフママ会で知り合ったの」


 咲良ちゃんママはそう言うと「これがその時の写真」とインスタグラムの写真を見せてくれる。写真に写る赤ちゃんは確かにホリが深い子ばかりで、いかにも外国の血が混じっていますって感じ。ただ、芽衣ちゃんはあまり外国人感がなく、日本人と言っても通用しそうだ。お母さん似なのだろうか。


「あ、そういえば、私たち今インスタ教え合ったところだから、芽衣ちゃんママも交換したら?」

「あ、ぜひお願いしたいです」


 芽衣ちゃんママともアカウントを教え合う。交換したアカウントのプロフィールを見てみると、中国人とのハーフと書いてあった。ハーフというと、欧米人とのハーフを想像してしまうが、中国人とのハーフでも、一応ハーフベビーというカテゴリーにカテゴライズしてもらえるのだな、なんてことを思う。


「はーい!皆さん注目―!」


 声の方に顔を向けると、笑茉ちゃんママが部屋の中心に立っていた。笑茉ちゃんママが話し始める。


「今日はお集りいただき、ありがとうございます。主催者の紗希です。今日は、私の独断でこの人と会いたいと思った人をお誘いして、関東ママ会を開催させていただきました。こうして、たくさんの方にご参加いただき、大変嬉しいです。ベビーが飽きちゃったら勝手におもちゃや絵本を使っていいし、寝ちゃっても大丈夫です。自由にわいわい楽しい会にしましょう。では、ベビーたちのご機嫌がいいうちに撮影会をしましょう」


 部屋を見渡すと、いつの間にか二十組ほどのママさんと赤ちゃんがいた。女の子の赤ちゃんが多いが、男の子もいる。女の赤ちゃんがふわふわの綿あめみたいなドレスやワンピースを纏っている姿が可愛いし、男の赤ちゃんがシャツや蝶ネクタイして一丁前にめかしこんでいる姿も可愛い。一組、双子の赤ちゃんがいて、全く同じ顔の赤ちゃんが、色違いのワンピースを着ていた。


 まず、集合写真を撮る。店員さんを呼んで、ママが赤ちゃんを抱っこした状態で、写真を撮ってもらった。そのあとで、ママ抜きでベビーをゴロンと床に寝かせ円になった状態で写真を撮った。流石にこれだけの数の赤ちゃんがいると、全員が笑顔の状態を維持するのは難しく、中には泣いている子や寝ている子もいた。

 集合写真の後は、各々自分の子供の写真を撮る。一人の写真や今日知り合った人との写真…それぞれのママが、自分の子供の一番可愛い姿を収めようと、真剣な顔をしてスマートフォンやデジタルカメラを構える様子には一切の妥協がない。プロのカメラマンも顔負けだ。

 咲良ちゃんママに「一緒に撮ろう」と誘われて、結菜ちゃんと芽衣ちゃん、咲良ちゃんの4人で写真を撮った。


「凜ちゃんママのカメラって一眼?」


 結菜ちゃんママに聞かれ「そうだよ」と答えた。


「一眼いい?使うの難しいかな?買おうか迷っていて」


 結菜ちゃんママの手にはiPhoneが握られている。


「慣れちゃえば操作簡単だよ。オートモードもあるし、私の使っているのは少し古いモデルだけど、結構綺麗に写るよ」


 見てみる?と試しに先ほど撮った写真を何枚か結菜ちゃんママに見せる。


「やっぱり、写りが綺麗だね。いいなー私もやっぱり買っちゃおうかな」

「ぜひぜひ」


 そのまま何枚か写真を撮ると、切り上げてテーブルの方に座った。簡単な軽食とドリンクが用意されていたので、つまみながら談笑する。

 笑茉ちゃんママが立ち上がり会場を見渡すと「一旦、撮影は落ち着いたかな?」と声掛けをした。ノリの良いママさんが何人か「大丈夫だよ」と返事をする。


「ではでは、自己紹介タイムに移りたいと思います。時計回りに一人ずつ、名前と子供の月齢、最近ハマっていることを言いましょう。では、まずは私からいくね。笑茉と母の紗希です。笑茉は6ヶ月でアメリカと日本のMIXです。最近は親子でカフェ巡りにハマっていて、近所のカフェに出没しています。はい、では次の方」


 笑茉ちゃんママが座ると、隣の人が立ち上がり自己紹介をはじめた。そのまま滞りなく自己紹介が続いていく。

 私は注目されるのが苦手だ。こんなにたくさんの人の前で自己紹介なんて…どうしよう…。

何を言おうかと考えてしまって、他の人の自己紹介が頭に入ってこない。そうこうしているうちに、私の座っているテーブルまで順番が回ってきてしまった。


「はじめまして。芽衣と母の奈乃です。芽衣は9ヶ月で中国とのハーフです。最近は公園巡りにハマっていて、芽衣と色々な公園に行っています。よろしくお願いします」


 どうしよう…何か無難なことを言わなきゃ…。


「はじめまして。咲良と母の愛里です。咲良は3ヶ月でイギリス人とのハーフです。最近は、スイーツのお取り寄せにハマっていて、ここ最近のHITはロイズのチョコレートペーストです。焼きたてのトーストに塗って食べると、めちゃくちゃ美味だったので、気になった方はぜひ!」


 咲良ちゃんママはすごい。誰もが興味が持つ話題を提供して、場の空気を作る。コミュニケーション能力の差ってこういう自己紹介とか、些細なところで見えてしまう。


「はじめまして。結菜と母の優子です。結菜は5ヶ月で、最近のマイブームは子供服収集です。今着ているのも、先週プチバトーで買ったお洋服で、子供服沼に溺れてしまいそうです。よろしくお願いします」


 私の番が来てしまった。私はドキドキしながら凜を抱っこして立ち上がった。


「はじめまして。凜と母の麻美です。凜は7ヶ月です。最近、私はアマプラで韓国ドラマを見ることにハマっています。よろしくお願いします」


 他の人の拍手の音を聞きながら、座った。恥ずかしくて恥ずかしくて…顔が熱くて、赤くなっていないか心配。凜の顔を覗き込むふりをして顔を伏せた。

 全員の自己紹介が終わると、笑茉ちゃんママは立ち上がった。


「ではでは、あと一時間ちょっと時間があるので、ぜひご歓談ください。途中退場してOKだけど、帰るときは私に声かけてね。会費は帰る時に、現金かPayPayで回収します。席の移動も自由なので、皆さん時間まで楽しんでください」


 笑茉ちゃんママが座ると、皆探り探り会話を始めた。何か話さなきゃ…と思うものの、いい話題が思いつかず黙ってしまう。凛のもちもちの手のひらを触っていると落ち着く。


「私もアマプラ見ているよ。こないだバチェラー一気見した。韓国ドラマおすすめある?」


 最初に口を開いたのは、やっぱり咲良ちゃんママだった。


「最近見て面白かったのは、愛の不時着かな。あと、意外と冬のソナタが面白かったよ。親が昔見ていた時は、何見ているの?って感じだったけど、改めて見ると面白くて」

「冬のソナタ親が見てたわ。懐かしい。見てみようかな」

「私もアマプラ好き。出産前も今も何度もコウノドリ見ていてさ、もう涙腺崩壊するよね」

「わかるー!」

「私もタオル片手に見て、毎回タオルびしゃびしゃ(笑)」


 独身の頃は、出産はどこか遠い世界のことだったのに、妊娠してからは道行く赤ちゃんや妊婦さんについ目がいってしまう。妊婦さんが大きな荷物を持っていると声をかけて手伝おうかな?と思うし、赤ちゃんがいたら何か月かな?なんて思う。


「芽衣ちゃんは9ヶ月だから一番お姉さんだよね。お出かけはしているの?」


 全然違う方向にハイハイで行こうとする芽衣ちゃんを、芽衣ちゃんママは抱っこして膝の上に座らせた。そのまま、ストローマグでお茶をあげている。


「うん。お台場とか近いからよく行っているよ。結構子供の遊べる場所が充実していていいよ」

「お台場いいな。色々遊べるスポットありそうだよね」

「結菜ちゃんママはお住まいどの辺なの?」

「うちは世田谷で、経堂ってところだよ」

「経堂なのね。友達が成城住んでいるからわかる」


 私が住んでいるのは神奈川県だけど、他の三人は東京住まいだった。居住エリアの違う、普通に生活していたら会うことのない人とインスタグラムを通じてこうして集まっているのは不思議。

 笑茉ちゃんを抱っこした笑茉ちゃんママが「なかなか話せなくてごめんね」と申し訳なさそうな顔をしてやってきた。テーブルの空いているスペースに腰を下ろす。皆口々に「笑茉ちゃんママ企画ありがとう」と感謝を述べる。

 笑茉ちゃんママは「これ飲んでいい?」と余っているアイスティーに手を伸ばした。グラスに添えられたつるんとした手にはピンクベージュの控えめなジェルネイルが施されている。私はマニキュアを塗ったあかぎれだらけの手が恥ずかしくて、そっと隠すように凜の身体に自分の手を回した。

 笑茉ちゃんママはアイスティーを飲むと「凜ちゃんと結菜ちゃんは会うの初めてだね。インスタ通り、二人ともかわいい」とニコニコ笑ってくれた。


「そんな…笑茉ちゃんも紗希さんも美しくて恐れ多い」

「いやいや(笑)咲良ちゃんと芽衣ちゃんはハーフママ会ぶりだね」


 恐るべしハーフママ会。ここも繋がっているのか。

笑茉ちゃんと咲良ちゃんが並んでいる姿は、さながらベビー服カタログから抜け出したようで、いるだけで絵になるし存在感がある。また、ベビーと並ぶママも子供を一人産んでいるとは思えないくらいスタイルがよく洗練されている。


 ふと、高校の同級生を思い出した。髪の毛を茶色く染め、ネイルを塗り、化粧をし、制服を軽く着崩していたクラスの中心にいた彼女たち。彼女たちの服装はいずれも校則違反だったけれども、よく似合っていた。そして、そんな彼女たちは、サッカー部やバスケ部の背の高い恰好いい男の子たちと気さくに話していて、中には付き合っている子もいた。校則違反をする勇気がない私は、同じ教室の机二個分の距離からそんな彼女たちを見ていた。笑茉ちゃんママと咲良ちゃんママは、きっとあの時の彼女たち側の人間だ。


 あー、と咲良ちゃんが泣きだした。咲良ちゃんママが「眠いのかな?」と、咲良ちゃんを抱っこでゆらゆらとあやしだした。咲良ちゃんにつられたのか凜もあーと泣き出したので、私も立ち上がって凜をあやす。咲良ちゃんママと私は顔を見合わせながら「これで寝かせたらボーナスタイムだね」なんて笑いあう。一人でいるときに凜が泣くと焦ってしまうが、仲間がいるのが心強い。しばらく格闘していると、咲良ちゃんも凜も眠ってしまった。

 咲良ちゃんママと私は子供を抱っこしたまま座り、すっかり氷の溶けてしまったジュースを飲んだ。


「今日来てよかった」


 自然と言葉が口からついて出た。咲良ちゃんママは、ん?と首を傾げる。


「私の周り、まだ子供がいる子いなくて…ママ友いないから、こうして同じくらいの子供がいるママたちと話せて嬉しいなって」


 こんなこと言って友達がいない人かなと思われたかな。変なこと言ったかな。失敗したかも。


「気持ちわかるよ。私も周りは独身の子ばっかりで、子供いる子いないから…」


 助け舟を出してくれたのは芽衣ちゃんママ。心の中でありがとうと言った。そのまま、なんとなくお互いの年齢を言う流れになり、自分の年齢を教え合う。一番年下は26歳の芽衣ちゃんママ、次が27歳の私、続いて28歳の咲良ちゃんママ、結菜ちゃんママと笑茉ちゃんママは30歳だ。年齢が比較的近いこともあり、親近感が増した。


 あっという間にママ会の終わりの時間になった。

 お店を退席してエレベーターへ向かう。エレベーターに一気に全員は乗れないので、何組かに分かれて乗り込んだ。最後に乗り込んだのが、私たち5人だった。


「ねー見て。みんなサイベックスなんだけど。ウケる」


 咲良ちゃんママに言われて、他の子のベビーカーを見てみると、確かに全員サイベックスの物だった。出産祝いに母に買ってもらったサイベックス。高いから…と遠慮する私に、好きなものを選びなと言ってくれた母。あの時、コンビやアップリカに妥協しなくてよかった。


 エレベーターを降りると、ぐっとベビーカーを押しだす。渋谷の喧騒に負けないようにベビーカーを握る手に力を込めた。機動力重視のフラットパンプスで来た私に比べ、咲良ちゃんママや結菜ちゃんママは細いヒールのパンプスをカツカツ言わせながら歩いている。芽衣ちゃんママと笑茉ちゃんママがスニーカーだったおかげで、浮かずに済んで助かった。


「私、あっちに車停めているから。みんなまたね!気を付けて帰ってね!また企画しまーす!」


 笑茉ちゃんママが軽やかに立ち去った。笑茉ちゃんのお家は青山にあるんだって、そうなんだ、という会話を聞きながら、さすがだなと思った。


 駅の方まで向かうと「私こっちだから」「私山手線」「あ、一緒だ」とそれぞれ散り散りになった。一人になると、ベビーカーを押す足取りが心元なく、他の人にぶつからないように、他の人の邪魔にならないように、と神経を尖らせながら歩く。東横線の電車に乗り込みドアの横にベビーカーを停めると、ようやくほっと一息つけた。

 それにしても、今日は楽しかった。凛と同い年のキラキラした見目麗しい赤ちゃんとママさんをたくさん見て目の保養になったし、育児の話をいっぱいできた。久しぶりに、家族以外の人と話して、楽しいと感じることができた。住む世界も生きてきた世界も違う人たち。子供という共通の話題のおかげで、何の違和感もなく、初対面でも打ち解けることができた。


 スマートフォンを取り出し、インスタグラムを開く。先ほどのママ会の写真を早速アップしている人が何人かいた。私も家に帰って、落ち着いたら写真をアップしよう。



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